二十分もすれば、完全に教室には私以外いなくなっていた。まるで一瞬にして教室そのものが変わってしまったようだった。
 黙って宿題をする。ノートに課題を解くと、今度は本を開いて読み始める。時刻は五時過ぎ。まだ周りが明るかった。
 本を読んでしばらくすると、胸の奥がじんわりと熱を持ってくる。手足の先は冷たいけれど、体の中だけが熱い。この感覚はいつものことで、初めは気持ち悪くて仕方なかったけど、今となっては快感を感じるようにもなってくる。
 私は読んでいた本に栞を挟み、机の端に置く。通学鞄に手を突っ込み、乱暴にカッターを取り出す。百均で買った、なかなか切れ味のいいカッターだ。カッターを取り出す間にも、胸の熱さはどんどん増してゆく。それが気持ちよくて、次第に頬も紅潮するのを感じる。そっちに意識を向けながら腕を動かす。
 それを軽く手首に当てる。身につけていたカーディガンと肌の間に空気が入り込んで、涼しい。周りの雑音が全く聞こえないところも、誰も見ていないところも、私が教室を選んだ理由だった。しかも、六時過ぎでないと見回りの教師も来ないところは助かる。
 すぅっと優しくカッターを肌に滑らせると、鮮やかな赤色の血液が漏れ出てくる。やっと胸の熱さを癒せて、私はさらに快感を覚える。もう一回カッターを入れると手足の冷たさも引いて、だんだん元の状態に戻る。これが、なんだか寂しい気もするのだが。
 スカートの下の腿を軽く擦り合わせる。蒸し暑さで肌は湿っていた。
 気持ちいい…。
 私はいつからこんなことをするようになったのだろうか。スカートと机に垂れた血液をティッシュで拭き取りながら、そんなことを考える。
 百均に自分用のカッターを買いに行ったのはいつだっただろう。割と最近だったような気もする。原因は、学校生活と家でのストレスだということを私は知っている。周りの人間は変えられないし、この時間が作れるのなら、別にこのままでもいいと思っている。
 左手首を見ると、五本の傷跡がある。今日の分を合わせて七本。止血された傷口からそのままカーディガンで覆う。
 そろそろ帰ろうか、とカッターを鞄にしまったその時、教室のドアがガラリと音を立てた。先生かと思ってびくりと肩を震わせる。後ろを振り向くと、同じ制服を着た一軍の生徒が立っていた。