リクと居る時よりゆっくりと、休み休み歩いては、途中出会った野良猫に変な目で見られたりしたけれど気にしない。
あと少し。帰ったら、お水を飲もう。今日はいつもより暑くて、少しくらくらする。
「だめだなぁ……体力、本当に落ちてきた……」
家の近くまで来た頃、あれからガーデニングを続けていた原のおばさんが帰ってきたわたしの様子に気付き、心配そうに庭から出て来た。
「あらやだ、ネネちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫です」
「もう帰る所よね、おばちゃん、連れてってあげる」
「えっ、いや、本当に大丈夫……」
遠慮は届かずそのままおばさんにひょいと抱き上げられて、抵抗する間もなくわたしはすぐ近くの家に辿り着く。
あちこち原のおばさんについていた土で汚れてしまったけれど、親切にして貰ったのだから諦めよう。おばさんが我が家のインターホンを鳴らすと、お母さんがすぐに出てきた。
「はぁい……あら原さん、おはようございま……、ネネ!? どうしたの!?」
「嗚呼、乙宮さん、朝早くごめんなさいねえ。ネネちゃん、よたよたしてたから連れてきちゃったのよ」
「まあ……ご親切に、ありがとうございます」
わたしはおばさんの腕の中から、お母さんの腕に引き渡される。土がお母さんのエプロンに付いてしまったが、不可抗力だ。
「リクちゃんと居る時は、しっかり歩いてたんだけどねえ……」
「そうですか……。お姉ちゃんの意地かしら……」
「嗚呼、なるほど。お姉ちゃんのネネちゃんだから『ねーちゃん』なのねえ」
「ふふ、そうなんですよ。ネネはリクが生まれた時から、ずっと一緒なんです」
「本当に仲良しだものねえ」
人間の女の人と言うのは、やはり立ち話が長い。少し休んで体力も回復したわたしは退屈になって、お母さんの腕の中で小さく声を上げる。
すると二人はようやく話を切り上げて、お互い頭を下げて家に戻っていった。
「それじゃあネネちゃん、お大事にねえ」
「ええ……ありがとう、おばさん」
*****
もうすっかり日が高い。片道十分の散歩のはずが、随分掛かってしまった。暑さを感じたのも当然だ。
お母さんに手足や身体に付いた土汚れを丁寧に拭いて貰って、お気に入りの日当たりの良い場所で寝転べば、ようやく人心地が付いた。
「ネネももう歳なんだから、あんまり無理しちゃダメよ……?」
「はぁい」
短い返事をしたわたしを心配そうに一瞥してから、お母さんは家事に戻る。
わたしは窓際の定位置で日向ぼっこをしながら、一昨年の春にリクの入学式で撮ったという家族写真を見上げた。
ぴしっとしたスーツのお父さんと、普段より綺麗にお化粧をしたお母さん、今よりも身体が小さい可愛いリク。
そして、一緒に行くことが出来なかったわたしの代わりにと真新しいランドセルにぶら下がるのは、わたしにそっくりな白猫のストラップ。
そのストラップの猫も、わたしがリクに貰った物と同じように赤い首輪をつけていたものだから、彼はすっかり気に入って喜んでいたのを今でも覚えている。気に入りすぎて、今は灰色の猫になりつつあるけれど。
……わたしは後どれくらい、リクと一緒に歩けるのだろう。
もう高い塀に登るのも億劫だし、肉球も前より硬くなってきた気がする。日に日に大きくなっていくリクと、同じスピードでずっと歩き続けるのもやっとだ。
それでも、好奇心旺盛なくせに心配性な可愛い弟が立派に成長するまで、一番傍で見守り続けよう。わたしが居ないと、コトハちゃんに声をかけるのもままならないだろうから。
今朝の光景を思い出しながら、わたしは丸くなって微睡む。夢の中でも、いつだってリクと一緒だ。
だってわたしは、生まれた時から、リクのお姉ちゃんなんだから。
もうすぐリクが帰ってくるはず。リクが帰って来たら、何をしよう。
ブラッシングをして貰おうか。お膝に乗せて貰おうかな。それともブラシは使わずに、少しずつ大きくなっていくあったかい掌で優しく撫でて貰おうかな。
けれどその前に、きっとリクは楽しそうに、学校での出来事をたくさん話して聞かせてくれるのだろう。
そんな夢か現かわからない、代わり映えのない幸福な微睡みの中。
わたしは伸びた爪に触れた首輪の鈴を、ちりん、と、ひとつ鳴らした。