胸とお腹の気持ち悪さはどんどん激しくなり、頭をカチ割りそうな頭痛までやってきた。いよいよ我慢できなくなり、ベッドから落ちるように身体を起こし、なんとかバスルームに駆け込む。間一髪、間に合った。
 洗面台の鏡に映る私は服を着ていなかった。正確には下着しか身につけていなかった。髪はしばっていなくて、パーマもかけていないのにクルクルボサボサとしていた。
 酒と一緒に流れた記憶をとりかえしていく。
 髪がこんなふうになっているのは、セットしていたからだ。
 下着しか身につけていないのは、着ていたドレス風ワンピースを脱いだからだ。

 あれはカリンと最後に連絡をとった2か月前、そう、私の誕生日の週末。私は高橋(元カレ)と別れを決断した。
 私も高校を卒業して10年になった。数年前にカリンをはじめ、多くの友人たちが結婚するピークを迎え、そういうことに羨ましさを感じたのも事実。でも、私には社会人になってすぐから、もう丸5年付き合っている彼氏がいる。30歳の大台が見えているのだから、「結婚」の2文字が見えるのはもうすぐだと思っていた。
 誕生日に期待していた私が浅はかだった。
 「なに? プロポーズとか期待してた?」
 彼が差し出したプレゼント称した大容量のお菓子パックと、小馬鹿にしたその態度とが、5年の恋から私を目覚めさせた。5年も付き合っているいい大人の彼女へのプレゼントがスーパーのお菓子だけ。しかも「プロポーズ」を楽しみにしていた私を嘲笑っている。
 こうやってバカにされながら生きていくなんて、耐えられないと思い、その場で別れた。一瞬の出来事だった。
 その次の週くらいに成人式ぶりに同級生ラインが動いて、卒業10周年の同窓会が開かれることになった。あのホテルの大広間で、学年全員が集まって再会を喜んでいた。そうだそうだ、それでドレスアップして、おめかしを解いてそのまま寝てしまったということか。

 そこまで思い出して、部屋に戻る。
 電気は付けっぱなし。
 部屋にはシングルベッドが一つ。
 私は1人でこの部屋に泊まっている。
 思い出した通り、髪につけていた髪飾りはテーブルの上に、脱いだワンピースは床に無造作に脱ぎ捨てられている。
 ベッドの脇に落ちていたホテルのパジャマを身につけて、もう一度、床につく。チェックアウトの11時まで、何時間寝られるだろうかと、スマホで時間を確認する。
 「午前8時23分」
 「新着メッセージがあります」
 身支度も考えると、寝られるのはあと2時間くらい。メッセージは昨日集まった高校の同級生ラインと、ある男子からだった。
 「体調大丈夫か?」「たまたま同じホテルだったから、送ったぞ。」「オレらももう若くないんだから、飲み過ぎんなよ〜」
 なるほど。記憶はないが、あの男子が送ってくれたのか。英明くんのように私の心を満たしてくれた男子ではなかったけど、結局こうやって優しくできる男がいいのかもしれない。
 「ありがと。チェックアウトまで寝てから帰ります。」「また機会あったら誘って。笑 今度は飲みすぎないようにしよー。」
 社交辞令の「また誘ってね」で彼とのラインを閉じる。そして同級生ラインを開く。
 送られてきていたのは、卒業10周年の同窓会で撮った集合写真だった。確か会の中ほどで撮ったはず。この時の記憶はなんとなく残っている。なぜかアキとは別の、部活の友達たちと会食していたところで、クラスごとの集合を呼び掛けられて、アキと再会して一緒に並んで写真に写ったはず。
 写真を見ると、いつも端が定位置だった私がなぜか真ん中に写っている。もちろんアキも一緒。高校時代と変わらないショートカットでメガネをかけている。左手の薬指には指輪。同じく真ん中の最前列には、英明くんが座っている。
 その左手薬指には、たしかにアキと同じ指輪が光っている。
 よく見たらアキの右手は英明くんの肩にに添えられている。指輪は一般的なシルバーではなくゴールドだったから、見間違いではない。

 さっきまでの夢は、英明くんの本心だったのだろうか。
 もしそうだとしたら、覚めてほしくない夢だった。
 「夢と知りせば、覚めざらましを」
 同級生ラインを閉じる。一度保存してしまった集合写真は、消去した。
 2時間眠らなくても酔いを覚ますことができたようだった。

 この同窓会以来、もう高校の同窓会には行っていない。アキと連絡をとることも、もちろん英明くんと会うこともない。夢にだって出てきてくれることは無くなってしまった。