「どけて!」

 やっと言えた、という安堵とともに、両肩をあたたかく大きな手が包み込む。
 その手に抱かれて、空中を漂い、教室の出入り口の天井付近にできている空間から廊下に出た。私はその手に抱かれたまま廊下を泳いでいる。
 「大丈夫?」
 「うん。」
 私の左からささやく声の方に目をやると、英明くんだった。私が見ている景色いっぱい英明くん、と言うくらい顔が近い。こんな至近距離で見ても、非の打ち所がないイケメンだ。
 「よかった、ケガなくて。」
 そう言うと、より一層、私のことを強く抱きしめる。心拍が上がり、身体のあっちもこっちもくすぐったくなってくる。

 あたたかい空気をまとったまま地に足をつけると、そこは吹き抜けホールのステンドグラス前だった。高校の校舎には、たしかにこのようなカップルに人気そうな「ザ青春」のロケーションがあった。
 英明くんはチノパンにスポーツメーカーのロゴが入った黒いTシャツを着て、私の正面に立った。
 「ねえ。」
 「どうしたの?」
 「すきだ。」
 ドキっという大きな鼓動に気づく。これは告白というやつ、なのだろうか。いや、そうだ、それだ。まさか英明くんの方から告白されるなんて。もう、心配していた振られるということはない。ここでOKすれば、晴れてカップルとなれる。そんなことわかりきっているのに、いざとなると人間、なにも言葉が出なくなるらしい。
 「僕じゃダメ、かな?」
 「いや。」
 「じゃあ、どう?」
 英明くんじゃダメということを否定するので精一杯。「どう?」と聞かれても、なんと答えていいやら。OKしたいけれど、もう高校生のように本能的に好きな人と付き合っている時間は私にはない。結婚を考えると、もう失敗している時間は、ない。
 「うーん。じゃあ、ダメじゃないなら、デート、行こう。」
 そう言うと英明くんはまた私の左に立って、肩を抱き、ポンと床を蹴ると身体が宙に浮いた。