「絵のモデル?」
利香と彩音が初めて会話をしたしばらく後、夏休みの終わる二日前、利香はやっと彩音に自分が図書室に来た理由を伝えた。
「そう、絵のモデル」
初めて会話したその日、そのまま図書室に戻ってこのことを伝えればよかったのだが、まだ彩音と睡蓮の絵をどうやって絡ませるのかを考えていなかったので、なかなか顔を出せなかった。
あの日以降、美術部で自由な時間はずっと彼女と睡蓮を絡ませた絵を描いていた。目の前に彩音がいないので、顔も形もぼんやりとしたものにしかならない。けれど、いくつかパターンを描いていくうちに、構図が決まり、あとはモデルとなる彼女に許可を取ればいいだけになった。
「うん、今度の文化祭で絵を出すんだけど、それのモデルになってほしいんだ」
「……ヌード?」
モデルといえば、ヌード、そんなことを言われるのは何故だろうか。美術部の人間は裸体ばかり描いているわけではないのに。最初にそのイメージを付けた人間がいたとしたら、はた迷惑な話だ。だって、最初に拒否の色が出て、嫌悪する人間が増える。
「違う」
利香は笑いながら、目の前で手を左右に振る。
「だよね、そんな絵は飾れないもんね」
少し安堵した表情で彼女が笑う。
本気でヌードモデルを頼まれると思われていたのだろうか。確かに、描いてはみたい。利香は彩音を上から下までなぞるように見つめる。
「違うん……だよね」
あまりにジロジロ見つめすぎたせいか、彩音は不安そうにそう尋ねてきた。
「ああ、ごめん。うん、大丈夫、勿論服は着てもらうよ」
「うん……でも」
やはり断りを入れてくるだろう、利香はそう予想していた。
モデルを頼むとなると、彼女は自分と一緒に過ごす時間を増やさなければいけない。そうなると、自分達の関係がバレる可能性があるのだ。
水槽の中で過ごしている彩音にとって、それはもっとも避けなければいけないことだった。ここで下手なことすれば、自分が積み上げてきた全てのことが吹き飛んでしまう。それは、とても怖い。
水槽の中で行き場を無くした魚は、外には出られない。ただ、隅の方で死を待つか、または仲間割れの果てに殺されるかしかない。
温かい水の中で冷たい関係を築いている歪な熱帯魚達。
それが、利香には不思議なものに見えた。
「駄目?」
「……どんな絵を描こうと思っているの?」
その言葉は、予想外だった。
もしかしたら興味を持ってくれるかもしれない、とは思っていたけれど、本当に興味を持ってくれるとは思っていなかった。
断られたら、もう、適当な絵でも描こうと思っていたぐらいだった。
「ちょっと待って」
利香は学校用のリュックの中に入れているスケッチブックを取り出し、自分の描きたいと思っているものを彼女に見せた・
それは、絵の真ん中で空を仰ぎながら片手を自分の目の辺りに置いて光を遮り、憂鬱そうな表情でこちらを見つめている少女の絵だった。顔以外にはあまり描き込まれておらず、周辺に咲いている花も、葉の形からかろうじて睡蓮だとわかるぐらいだった。
「これなんだけど、真ん中の人間を彩音にやってほしいの」
憂鬱そうな瞳で、睡蓮の中で空を見上げる少女。
想像をしてみた。
泥の中で生まれて、太陽に焦がれながら水面に茎を伸ばす睡蓮。太陽に出会った瞬間から吸い上げる養分の汚れた場所を忘れたかのように自分の白さを保ちながら咲いていく。
ああ、確かにこれは自分かもしれない。
彩音は受け取ったスケッチブックに描かれている仮の自分に指を這わせる。さらさらとしたスケッチブックは、描かれているところだけざらついていて、軽い熱を帯びていた。そこに置いてある黒鉛の線は、もしかしたら、利香の燃える創作意欲の燃えカスなのかもしれない。
指を離すと、紙の上に描かれている彼女の一部が黒くなって彩音の指先に付いていた。
「どう?」
利香の言葉に、彩音は卑怯だと思った。
こんな風に描かれたら、自分はうんと言わざるを得ない。例え、危険を犯しても、この絵になりたい。そう思ってしまうではないか。
「あの、これ、水の中に入ったりしないよね?」
自分の中の感情を誤魔化す為に、わかりきった質問をすると、利香は微笑んだ。
「しないしない。ああ、でも、髪の毛を濡らしてもらうぐらいはするかも。あと、彩音だってばれない様にメガネも外すし、その髪の毛、全部ほどいてもらうよ」
「じゃあ、いいかな」
「ほんとに?」
利香は彩音の両手を握り、目を輝かせている。彩音の両手に支えられていたスケッチブックは、そのまま倒れて、静かな図書館の中を少しだけ騒がせて机の上に倒れこんだ。
「う、うん」
「ありがと、助かるよ。本当は断られるかもって思ってたけど、本当に良かった」
利香は掴んだ手をブンブンと上下に振りながら、教室では見せたことのないような笑顔で彩音を見ていた。
「でも、どこで描くって言うの?学校だと目立つから困るし、それに髪の毛濡らすなんて」
「うん、それでね、そこは悪いんだけど、私の家まで来て欲しいな、って」
「利香の?」
「うん」
「どこだっけ?」
「あの、ここから三十分ぐらい歩いていさ……」
「西に?東に?」
「ごめん、そういうの、わかんない」
「アンタ、中二でしょ?」
「いいの、そういうのは。えーと、どうやって説明すればいいかな」
うんうんと唸りながら考えている利香を見つめながら、彩音は利香が方向を知らないことに驚いていた。
東と西がわからないなんて、どうかしてる。
「あのね、利香、東って言うのは」
「あ、わかった!」
説明を始めようとした瞬間に、利香がルーズリーフを鞄の中から出して、そこに道を描き始めた。
なるほど、口で伝わらないものは絵で補足する、か。
さっさと描かれていく利香への道順を見ながら、彩音は利香が美術向きの感性を持っていることに納得をした。
言葉ではなくて、絵で伝えられる才能があるのだ。
それは多分、学校という枠の中に納まっていては出来ないものだろう。全てを解放して、自由な発想の中で泳ぎまわらないとできない芸当だ。
「ほい、できた!」
出来上がったルーズリーフをこちらに渡された。そこには、様々な目印が描かれていた。
通りにある『楽汽』という喫茶店。たしかここは、数年前に出来た喫茶店で、一度か二度、テレビに出たこともあった有名な喫茶店だった。最初は名前が『らくき』だと思っていたが、母親から『らっきー』と言うと聞いて驚いた覚えがある。数ヶ月前にモーニングを食べに行った際『楽汽』と描かれている看板の隣に『LUCKY』と書いてあるのを見て、二度驚いた覚えがあった。
その近くにある薬屋、そして、初音神社の前を通って、坂道を下る。
見覚えのある道順だった。
「あれ、利香って私の家の前通ってるの?」
「え、彩音の家ってどこ?」
「初音神社の前」
「あれ?あそこに住んでたんだ」
「そうよ、でも、会わないもんね」
「でも確かに、そうかも。彩音と一緒のクラスになったのって、多分今回が初めてじゃない?」
「私の記憶が確かなら、そうね」
「そうなると、あんまりしゃべらないよね。特に私、一人で過ごすこと多かったし」
「ふーん」
「じゃあ、話は早いね。最初からそうやって聞いておけばよかった」
「えーと、じゃあ、この地図を見ている限りだと、私の家の前からずーっと坂を下って、線路越えたところにあるのね?」
「そうだね、近くにでっかい公園あるし、わからないならコンビニで待ち合わせとかする?」
「いや、それは止めて。誰かに見つかるかもしんない」
「えー、大丈夫だよ」
「いや、これだけは本当に気をつけないと。男子も女子も、自分達とは違う行動をとる連中には敏感だから。クラスメイト、いいや、同級生に見つかったが最後よ。その情報はすぐに拡散される」
「息苦しいね」
「もう、慣れっこだわ……じゃあ、この道の通りに行くようにするわ。で、いつ行けばいい?」
「そうだね、直ぐにでも製作したいから、明後日の始業式の後とかどう?」
「うん、オッケー。ちょうど先生いないから部活もない」
「あとは、そうだね、九月の一週目の日曜日がいいかな」
「何回か行かないと駄目?」
「うん、悪いけど。一回じゃ多分駄目だと思う。勿論、写真とか撮って資料にして残すから、この二回でなんとかなると思うけど」
「そう、ならいいよ。日曜日は基本的に部活はないの」
「あの、友達への配慮はいいの?」
「ああ、あの子達なら心配ないわ」
「どうして?」
「あの子達、全員運動系の部活に入ってるから」
「どういうこと?」
「今年の運動部系の部活、全然成績残せなかったの、知ってる?」
「知らない」
「だよね。なんかね、今年はてんで駄目だったらしいのよ。勿論、駄目だったのは私達みたいな二年生の代じゃなくて、三年生達なんだけど、もうね、全然駄目。毎年地区予選の準決勝まで行ってたバレー部ですら、二回戦負け。それでね、今年は二年生を鍛えるために、部活の量が増えたんだってさ」
「はあ、大変だねえ」
「そうね、だけど、私にとっては好都合よ。日曜日にまで呼び出されて遊ばなくていいし、もうずっとそのまま部活をしてて欲しいぐらい」
にやりと笑う彩音の顔が、少しだけ怖い。
「というわけで、なんとかなると思うから、利香の家にお邪魔させてもらうわ」
「うん」
「持っていくものとか、ない?」
「大丈夫、ああ、でもセーラー服だけは持ってきてほしいな」
「えっ、セーラー服?」
「駄目?」
「いや、持っていくのは……ちょっと」
「そっか、じゃあ、私の着てもらえばいいか」
「え、う、うん」
「ん?でも……」
利香はおもむろに彩音の胸に両手を当て、手を動かし始めた。
「うひゃっ……」
声を上げて体を捻らせる。
胸に触れられたのは、家族以外では、これが初めてだった。
「な、なにするのよ、利香!」
「いや、私のサイズに合うかなって」
自分の胸を揉み、サイズを確かめると、利香は頷いた。
「うん、多分大丈夫。いやー、彩音も大分控え目なんだね」
その言葉を聞いた瞬間に、彩音は近くにあったハードカバーの本を利香の頭に振り下ろした。
鈍い音と、利香の『ごしゅっ』という声が図書室に響いた。
利香と彩音が初めて会話をしたしばらく後、夏休みの終わる二日前、利香はやっと彩音に自分が図書室に来た理由を伝えた。
「そう、絵のモデル」
初めて会話したその日、そのまま図書室に戻ってこのことを伝えればよかったのだが、まだ彩音と睡蓮の絵をどうやって絡ませるのかを考えていなかったので、なかなか顔を出せなかった。
あの日以降、美術部で自由な時間はずっと彼女と睡蓮を絡ませた絵を描いていた。目の前に彩音がいないので、顔も形もぼんやりとしたものにしかならない。けれど、いくつかパターンを描いていくうちに、構図が決まり、あとはモデルとなる彼女に許可を取ればいいだけになった。
「うん、今度の文化祭で絵を出すんだけど、それのモデルになってほしいんだ」
「……ヌード?」
モデルといえば、ヌード、そんなことを言われるのは何故だろうか。美術部の人間は裸体ばかり描いているわけではないのに。最初にそのイメージを付けた人間がいたとしたら、はた迷惑な話だ。だって、最初に拒否の色が出て、嫌悪する人間が増える。
「違う」
利香は笑いながら、目の前で手を左右に振る。
「だよね、そんな絵は飾れないもんね」
少し安堵した表情で彼女が笑う。
本気でヌードモデルを頼まれると思われていたのだろうか。確かに、描いてはみたい。利香は彩音を上から下までなぞるように見つめる。
「違うん……だよね」
あまりにジロジロ見つめすぎたせいか、彩音は不安そうにそう尋ねてきた。
「ああ、ごめん。うん、大丈夫、勿論服は着てもらうよ」
「うん……でも」
やはり断りを入れてくるだろう、利香はそう予想していた。
モデルを頼むとなると、彼女は自分と一緒に過ごす時間を増やさなければいけない。そうなると、自分達の関係がバレる可能性があるのだ。
水槽の中で過ごしている彩音にとって、それはもっとも避けなければいけないことだった。ここで下手なことすれば、自分が積み上げてきた全てのことが吹き飛んでしまう。それは、とても怖い。
水槽の中で行き場を無くした魚は、外には出られない。ただ、隅の方で死を待つか、または仲間割れの果てに殺されるかしかない。
温かい水の中で冷たい関係を築いている歪な熱帯魚達。
それが、利香には不思議なものに見えた。
「駄目?」
「……どんな絵を描こうと思っているの?」
その言葉は、予想外だった。
もしかしたら興味を持ってくれるかもしれない、とは思っていたけれど、本当に興味を持ってくれるとは思っていなかった。
断られたら、もう、適当な絵でも描こうと思っていたぐらいだった。
「ちょっと待って」
利香は学校用のリュックの中に入れているスケッチブックを取り出し、自分の描きたいと思っているものを彼女に見せた・
それは、絵の真ん中で空を仰ぎながら片手を自分の目の辺りに置いて光を遮り、憂鬱そうな表情でこちらを見つめている少女の絵だった。顔以外にはあまり描き込まれておらず、周辺に咲いている花も、葉の形からかろうじて睡蓮だとわかるぐらいだった。
「これなんだけど、真ん中の人間を彩音にやってほしいの」
憂鬱そうな瞳で、睡蓮の中で空を見上げる少女。
想像をしてみた。
泥の中で生まれて、太陽に焦がれながら水面に茎を伸ばす睡蓮。太陽に出会った瞬間から吸い上げる養分の汚れた場所を忘れたかのように自分の白さを保ちながら咲いていく。
ああ、確かにこれは自分かもしれない。
彩音は受け取ったスケッチブックに描かれている仮の自分に指を這わせる。さらさらとしたスケッチブックは、描かれているところだけざらついていて、軽い熱を帯びていた。そこに置いてある黒鉛の線は、もしかしたら、利香の燃える創作意欲の燃えカスなのかもしれない。
指を離すと、紙の上に描かれている彼女の一部が黒くなって彩音の指先に付いていた。
「どう?」
利香の言葉に、彩音は卑怯だと思った。
こんな風に描かれたら、自分はうんと言わざるを得ない。例え、危険を犯しても、この絵になりたい。そう思ってしまうではないか。
「あの、これ、水の中に入ったりしないよね?」
自分の中の感情を誤魔化す為に、わかりきった質問をすると、利香は微笑んだ。
「しないしない。ああ、でも、髪の毛を濡らしてもらうぐらいはするかも。あと、彩音だってばれない様にメガネも外すし、その髪の毛、全部ほどいてもらうよ」
「じゃあ、いいかな」
「ほんとに?」
利香は彩音の両手を握り、目を輝かせている。彩音の両手に支えられていたスケッチブックは、そのまま倒れて、静かな図書館の中を少しだけ騒がせて机の上に倒れこんだ。
「う、うん」
「ありがと、助かるよ。本当は断られるかもって思ってたけど、本当に良かった」
利香は掴んだ手をブンブンと上下に振りながら、教室では見せたことのないような笑顔で彩音を見ていた。
「でも、どこで描くって言うの?学校だと目立つから困るし、それに髪の毛濡らすなんて」
「うん、それでね、そこは悪いんだけど、私の家まで来て欲しいな、って」
「利香の?」
「うん」
「どこだっけ?」
「あの、ここから三十分ぐらい歩いていさ……」
「西に?東に?」
「ごめん、そういうの、わかんない」
「アンタ、中二でしょ?」
「いいの、そういうのは。えーと、どうやって説明すればいいかな」
うんうんと唸りながら考えている利香を見つめながら、彩音は利香が方向を知らないことに驚いていた。
東と西がわからないなんて、どうかしてる。
「あのね、利香、東って言うのは」
「あ、わかった!」
説明を始めようとした瞬間に、利香がルーズリーフを鞄の中から出して、そこに道を描き始めた。
なるほど、口で伝わらないものは絵で補足する、か。
さっさと描かれていく利香への道順を見ながら、彩音は利香が美術向きの感性を持っていることに納得をした。
言葉ではなくて、絵で伝えられる才能があるのだ。
それは多分、学校という枠の中に納まっていては出来ないものだろう。全てを解放して、自由な発想の中で泳ぎまわらないとできない芸当だ。
「ほい、できた!」
出来上がったルーズリーフをこちらに渡された。そこには、様々な目印が描かれていた。
通りにある『楽汽』という喫茶店。たしかここは、数年前に出来た喫茶店で、一度か二度、テレビに出たこともあった有名な喫茶店だった。最初は名前が『らくき』だと思っていたが、母親から『らっきー』と言うと聞いて驚いた覚えがある。数ヶ月前にモーニングを食べに行った際『楽汽』と描かれている看板の隣に『LUCKY』と書いてあるのを見て、二度驚いた覚えがあった。
その近くにある薬屋、そして、初音神社の前を通って、坂道を下る。
見覚えのある道順だった。
「あれ、利香って私の家の前通ってるの?」
「え、彩音の家ってどこ?」
「初音神社の前」
「あれ?あそこに住んでたんだ」
「そうよ、でも、会わないもんね」
「でも確かに、そうかも。彩音と一緒のクラスになったのって、多分今回が初めてじゃない?」
「私の記憶が確かなら、そうね」
「そうなると、あんまりしゃべらないよね。特に私、一人で過ごすこと多かったし」
「ふーん」
「じゃあ、話は早いね。最初からそうやって聞いておけばよかった」
「えーと、じゃあ、この地図を見ている限りだと、私の家の前からずーっと坂を下って、線路越えたところにあるのね?」
「そうだね、近くにでっかい公園あるし、わからないならコンビニで待ち合わせとかする?」
「いや、それは止めて。誰かに見つかるかもしんない」
「えー、大丈夫だよ」
「いや、これだけは本当に気をつけないと。男子も女子も、自分達とは違う行動をとる連中には敏感だから。クラスメイト、いいや、同級生に見つかったが最後よ。その情報はすぐに拡散される」
「息苦しいね」
「もう、慣れっこだわ……じゃあ、この道の通りに行くようにするわ。で、いつ行けばいい?」
「そうだね、直ぐにでも製作したいから、明後日の始業式の後とかどう?」
「うん、オッケー。ちょうど先生いないから部活もない」
「あとは、そうだね、九月の一週目の日曜日がいいかな」
「何回か行かないと駄目?」
「うん、悪いけど。一回じゃ多分駄目だと思う。勿論、写真とか撮って資料にして残すから、この二回でなんとかなると思うけど」
「そう、ならいいよ。日曜日は基本的に部活はないの」
「あの、友達への配慮はいいの?」
「ああ、あの子達なら心配ないわ」
「どうして?」
「あの子達、全員運動系の部活に入ってるから」
「どういうこと?」
「今年の運動部系の部活、全然成績残せなかったの、知ってる?」
「知らない」
「だよね。なんかね、今年はてんで駄目だったらしいのよ。勿論、駄目だったのは私達みたいな二年生の代じゃなくて、三年生達なんだけど、もうね、全然駄目。毎年地区予選の準決勝まで行ってたバレー部ですら、二回戦負け。それでね、今年は二年生を鍛えるために、部活の量が増えたんだってさ」
「はあ、大変だねえ」
「そうね、だけど、私にとっては好都合よ。日曜日にまで呼び出されて遊ばなくていいし、もうずっとそのまま部活をしてて欲しいぐらい」
にやりと笑う彩音の顔が、少しだけ怖い。
「というわけで、なんとかなると思うから、利香の家にお邪魔させてもらうわ」
「うん」
「持っていくものとか、ない?」
「大丈夫、ああ、でもセーラー服だけは持ってきてほしいな」
「えっ、セーラー服?」
「駄目?」
「いや、持っていくのは……ちょっと」
「そっか、じゃあ、私の着てもらえばいいか」
「え、う、うん」
「ん?でも……」
利香はおもむろに彩音の胸に両手を当て、手を動かし始めた。
「うひゃっ……」
声を上げて体を捻らせる。
胸に触れられたのは、家族以外では、これが初めてだった。
「な、なにするのよ、利香!」
「いや、私のサイズに合うかなって」
自分の胸を揉み、サイズを確かめると、利香は頷いた。
「うん、多分大丈夫。いやー、彩音も大分控え目なんだね」
その言葉を聞いた瞬間に、彩音は近くにあったハードカバーの本を利香の頭に振り下ろした。
鈍い音と、利香の『ごしゅっ』という声が図書室に響いた。