☆
『ということで、だいぶ寒くなってきましたねぇ。秋が深まると、食べたくなるのがっていうありきたりな、オープニングトークはしません。だって、私、陰キャだから、好きな食べ物はグミとクリームパンしかありません。だから、こんな風情ある話ができないんです。残念! え、グミ総選挙やってほしいって。仕方ないなぁ。じゃあ、やろうじゃありませんか』
私はいえーいと脳内で呟いた。するとAIジョッキーが勝手に鳴り物のBGMを鳴らしてくれた。
『第一回、グミ総選挙。今回は私が好きな4つのグミから選んでもらいます。陰キャのみんな心して、真剣に選んでくれ。1、ハリボーコーラ味 2、果汁グミ ぶどう味 3、アンパンマングミ 4、コロロ ソーダ味 さあ、選んでくれぇい』
アンケートの棒グラフはすごい勢いとすごい数で反映されている。すでに同時視聴人数が1万人を超えている――。
『はい、ストーップ。結果発表! はい、圧倒的な人気ですね。果汁グミ。なんと43%の支持。てか、ほぼ半数じゃんね。これ。ちなみに私のベスト1はなんだと思う? そうそう。正解よ。みんなわかってるねぇ。オブラートがいいんだよね。ということでこの曲いきましょう。ドリーミングでアンパンマンマーチ』
☆
「ねえ。私の家に来ない?」
「え、いいのかよ。お母さんは?」
「お母さん、今日も仕事だから、夜まで帰ってこないよ」
三者面談の週間に入り、今日は午前授業だった。11月の風は冷たく、私は首に黒のマフラーを巻いていた。ツバキはブレザーの制服のままですごく寒そうに見えた。
☆
私の部屋はきれいに整えていた。というか、私は確信犯的に今日、ツバキを私の家に連れてこようと思っていた。
「なんか、女の子の部屋、緊張するんだけど」
ツバキは正座してモゾモゾしていた。
「ほら、見て。私のパジャマ」
そう言って、私はクローゼットからパジャマを取り出し、ツバキに見せた。
「おいおい、そんなの見せびらかすなよ」とツバキはそう言いながら、笑った。
「足崩しなよ」
「おう。そうだな」
ツバキはそう言ったあと、両足を崩した。
「なあ。やっぱり、ユリハって喋り上手いよな。親譲りな感じがする」
「そうかな。――私なんて、まだまだだよ」
「だけど、こんだけの人がさ、ライブ配信見るんだから、すごいよな。――いつも、どんな気分でやってるんだ?」
「うーん。なんかそう言われるとわからないな」
「やっぱ、すげぇわ。ユリハ」
ツバキはオレンジジュースが入ったグラスを手に取り、一口飲んだ。
「俺はそんな才能ないからさ、大学行って、普通のサラリーマンするしかなさそうだから、才能あるのってすごいうらやましい」
「――そうなんだ」
「あぁ。たぶんだけど、お母さん、嬉しいと思うよ。きっと」
「どうかな。――タレントが難しいことママが一番知ってるし、一番厳しいから、反対するかも」
私がそう言うと、ツバキは大きなため息をついた。
「ちょっと、なんでツバキがため息つくのさ」
「なんだろうな。――腹立つんだよ。うじうじしてて」
「は? なにそれ。こっちだって必死に悩んでるんだけど」
「なあ。ユリハはさ、森谷ガールズじゃないだろ。そして、森谷ガールズの娘でもないだろ」
「え、娘ではあるよ」
「いや、あー。俺が言いたいのは、えーと、ガールズさんの本名、なんていうの?」
「ヤスヒデ」
「そう。ヤスヒデさんの娘なだけだろ。ユリハは。気にし過ぎなんだよ。森谷ガールズの娘であることを」
ツバキがそう言い終わると、しばらくの間、お互いに黙ったままになった。時計の針の音だけが静かに1秒ずつ刻んでいた。
「――だから、俺が言いたいのは。そうやって輝いてるユリハをずっと見ていたいし、ずっと応援したいんだよ。俺は。だったら、そろそろ、ヤスヒデさんに言う必要があると思う。――ただ、それだけだよ。バカ」
ツバキはそう言い終わるとまた、大きなため息をついた。
私だって、覚悟はあるよ。――覚悟は。だけど、ママに迷惑かけたくないんだ。私は。
玄関の方から、がちゃっと鍵が開く音がした。
☆
「あーら、お友達。やだ。男の子じゃないの」
「お邪魔してます。サカタツバキって言います」
最悪だ。なんで、ママはこんな時間に帰ってきたんだろう。
「ママ。早かったね」
「早かったもなにも、マネージャーが間違って予定入れちゃったみたいなのよ。それで本当は今日の予定がなかったみたいで、私は六本木までお散歩して帰ってきたってだけよ」
ママはボブヘアの頭をくしゃくしゃと左手でかいていた。
「それより、たまたまなんだけど、おみあげあるの。3人でリビングで食べましょ」
ママはそう言って、私の部屋から出ていった。
「なあ。今、めっちゃチャンスだよ」
「なにが?」
「当たり前だろ。RADIOSのこと、カミングアウトしようぜ。俺も応援するから」
「えーーー」
私はため息をついたあと、腹を割る覚悟を決めた。
☆
丸いダイニングテーブルを三人で囲った。ママは生クリームがはみ出るくらい入っているシュークリームが乗った皿を3つ、テーブルの上に並べた。
「はい、どうぞ」
ママは野太く、優しい声で、私とツバキにそう言った。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
ツバキと私はバラバラにそう言った。そして、ママもよっこいしょと言いながら、椅子に座った。
「さあ、食べましょう。マネージャーからのお詫び」とママはそう言うと、三人で笑った。
デザート用の細いフォークで上に付いているシューを刺し、中に入っているいっぱいの生クリームをつけ、それを食べた。生クリームはさっぱりしていて、上品なバニラの香りがした。
「お兄ちゃん、ユリハと付き合ってるんでしょ」
「はい。いつもお付き合いさせていただいてます」
「はは。いつもありがとうねぇ。こんな子ですが、大切にしてやってください」
「はい。ずっと大切にします」
「お、言ったな。大切にしろよ」とママは野太い声でそう言って、ゲラゲラ笑った。
ツバキを見るとツバキの両肩は力が入ってそうで、緊張しているのが、一目瞭然だった。だけど、ツバキは今だ。って強いアイコンタクトを私に送ってきた。
急に心臓がドキドキしてきた。急に顔も熱を持ったような気がする。
「ママ」
「ん? ユリハ。どうしたの」
ママはいつものように優しい声でそう言った。
「――ママ。黙っててごめんなさい。実は」
「ん?」
ママは眉間にしわを寄せて、一瞬ツバキの方を見た。ツバキは違う違うと右手を振っていた。
「私、LILISのRADIOSやってるんだ」
「えー。そうなの。あのラジオのでしょ」
「そうなの」
「いいじゃないの。もー、びっくりさせないでよ。ツバキくんとなんか遭ったんじゃないかと思っちゃったよ。な?」とママはツバキの方を見て、そう言ってゲラゲラと笑った。ツバキはまんざらでもなさそうな表情をしていた。
「それが、すごいんです。ユリハ」
「え、どういうこと?」
「僕から言うのも、あれなんで、ユリハ、スマホ見せてよ」
私はLILISを起動したままのスマホ画面をママに見せた。ママは私のプロフィール欄をじっと見ていた。
「ユリハ。すごいじゃないの。――こんなに再生されているじゃない」
私はゆっくり頷いた。
「18歳になったら、これで稼ぐことできるようになるんです」
「ツバキくん。あなたはちょっと黙って」
ママは鋭い声で、ツバキにそう言った。
「私はね、ユリハに聞きたいの。――やってみたいの? ユリハは」
「――今はまだ、バレてないけど森谷ガールズの娘だってバレて、ママに迷惑かかるかも」
「ユリハ。それは間違っているよ」
「えっ」
「――私は関係ないの。あなたの人生なんだから。仮にユリハが私の娘だってバレたところで、私はちっとも迷惑じゃないわよ。むしろ、親子共演して、私、仕事増やしちゃうかもよ」とママはそう言って、ゲラゲラ大きな声で笑った。
――私、次第なんだ。
それだったら、いけるかも。
「ママ。――今まで黙っててごめんなさい」
「え、あなたこれ、いつからやってたの?」
「1年前くらいからやってました」
「あらー。もっと早く言ってくれたら、アドバイスしたのに。もったいないわねぇ。ユリハは昔からそういうところがあるからねぇ。一人で抱え込んじゃうのよ。この子は。だから、ツバキくんよろしく頼むね」
「はい」
ツバキはそう返事をして、右手の親指を立てて、グーサインをした。
☆
「ありがとう。ツバキ」
「ううん。よかったな」
ツバキと一緒に家を出て、ツバキを駅まで送っている。ツバキと手を繋いで、路地を歩くのはちょっと新鮮に感じた。夕日は眩しくて、キラキラ輝いていた。
「なあ」
「なに?」
「俺、本当はさ、ユリハの手伝いがしたいんだよ。だけど、今の時代、そんなの必要ないよな。全部AIがやってくれるから、LILISもRADIOSも流行ってるんだもんな」
「そうだね。――ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね」
「マジでよかったな」
ツバキはそう言って、微笑んだから、私はゆっくりと頷いた。
☆
『卒業まで残り、1週間を切りました。私も残念ながら、JKを卒業することになり、変態紳士の皆様のご希望に添えなくなってしまうことをお詫び申し上げます。というのは置いておいて、私の素朴な質問、聞きたいと思いまーす。アンケート! このハイテクAI時代の中で、卒業式で紅白まんじゅうを貰ったことがある人。YES、NOで答えてーーー』
AIジョッキーがいつものように勝手にアンケートを生成して、画面中央に『卒業式で紅白まんじゅう、貰ったことある人! YES NO』と表示されている。
今日は珍しくリビングのソファに座り、配信をしている。ダイニングテーブルの方からママがそっと私の様子を見つめているのが見える。
ママにピースサインを送ると、ママもピースサインを送り返してくれた。
『おー。やっぱりそうだよねぇ。おまんじゅう屋さん、すごいね。もらったことがあるがなんと、63%と予想以上の結果にこまゆり、驚きました。こまゆりもね、中学校のとき、もらったことあるだ。だけど、そのときは母に全部、食べられちゃいました。どうでもいいけど、紅白まんじゅうの最終形態は色合い的にアポロチョコだと思うの私だけじゃないはず。この曲、聴いてください。ポルノグラフィティでアポロ』
AIジョッキーが曲を流し始めた。私はお水を一杯飲むんだ。
「いいじゃないの。ちょっと、アポロチョコのくだりは無理やりねじ込んだ感じがあったわね」
「いいの。私はフィーディングでやるタイプだから」
私がそう言うと、ママはゲラゲラと笑った。
「嬉しいわ。私。娘の饒舌なラジオを聴けて」
ママは裏声混じりの優しい声でそう言った。
☆
「卒業おめでとう」
「おめでとう」
ツバキと私はお互いにそう言い合ったあと、玄関前でみんながはしゃぎまくっている中を抜けて、手を繋いで帰ることにした。
街路樹の桜が綺麗に咲いていて、その中をツバキと一緒に歩くのはとても幸せに感じた。
「ねえ。楽しみだね」
「あぁ。楽しみ」
ツバキはそう言って、微笑んだ。
私とツバキは制服のまま、市役所に入り、婚姻届を出した。市役所の人はびっくりしていたけど、そんなのどうでもよかった。
ママがあなた達、脇を固めなさい。と同棲するなら、結婚しなさいと喝を入れられ、ツバキの親もママと交えて、話して、私たちは結婚することになった。
市役所を出て、またツバキと手を繋いだ。大きな桜の木がすごく綺麗だった。
「なあ」
「なに?」
「ずっと、一緒にいような」
私がうんと頷いたとき、ぶわっと大きな風が吹いた。
そして、気がついたら、私とツバキは桜吹雪の中にいた。
『ということで、だいぶ寒くなってきましたねぇ。秋が深まると、食べたくなるのがっていうありきたりな、オープニングトークはしません。だって、私、陰キャだから、好きな食べ物はグミとクリームパンしかありません。だから、こんな風情ある話ができないんです。残念! え、グミ総選挙やってほしいって。仕方ないなぁ。じゃあ、やろうじゃありませんか』
私はいえーいと脳内で呟いた。するとAIジョッキーが勝手に鳴り物のBGMを鳴らしてくれた。
『第一回、グミ総選挙。今回は私が好きな4つのグミから選んでもらいます。陰キャのみんな心して、真剣に選んでくれ。1、ハリボーコーラ味 2、果汁グミ ぶどう味 3、アンパンマングミ 4、コロロ ソーダ味 さあ、選んでくれぇい』
アンケートの棒グラフはすごい勢いとすごい数で反映されている。すでに同時視聴人数が1万人を超えている――。
『はい、ストーップ。結果発表! はい、圧倒的な人気ですね。果汁グミ。なんと43%の支持。てか、ほぼ半数じゃんね。これ。ちなみに私のベスト1はなんだと思う? そうそう。正解よ。みんなわかってるねぇ。オブラートがいいんだよね。ということでこの曲いきましょう。ドリーミングでアンパンマンマーチ』
☆
「ねえ。私の家に来ない?」
「え、いいのかよ。お母さんは?」
「お母さん、今日も仕事だから、夜まで帰ってこないよ」
三者面談の週間に入り、今日は午前授業だった。11月の風は冷たく、私は首に黒のマフラーを巻いていた。ツバキはブレザーの制服のままですごく寒そうに見えた。
☆
私の部屋はきれいに整えていた。というか、私は確信犯的に今日、ツバキを私の家に連れてこようと思っていた。
「なんか、女の子の部屋、緊張するんだけど」
ツバキは正座してモゾモゾしていた。
「ほら、見て。私のパジャマ」
そう言って、私はクローゼットからパジャマを取り出し、ツバキに見せた。
「おいおい、そんなの見せびらかすなよ」とツバキはそう言いながら、笑った。
「足崩しなよ」
「おう。そうだな」
ツバキはそう言ったあと、両足を崩した。
「なあ。やっぱり、ユリハって喋り上手いよな。親譲りな感じがする」
「そうかな。――私なんて、まだまだだよ」
「だけど、こんだけの人がさ、ライブ配信見るんだから、すごいよな。――いつも、どんな気分でやってるんだ?」
「うーん。なんかそう言われるとわからないな」
「やっぱ、すげぇわ。ユリハ」
ツバキはオレンジジュースが入ったグラスを手に取り、一口飲んだ。
「俺はそんな才能ないからさ、大学行って、普通のサラリーマンするしかなさそうだから、才能あるのってすごいうらやましい」
「――そうなんだ」
「あぁ。たぶんだけど、お母さん、嬉しいと思うよ。きっと」
「どうかな。――タレントが難しいことママが一番知ってるし、一番厳しいから、反対するかも」
私がそう言うと、ツバキは大きなため息をついた。
「ちょっと、なんでツバキがため息つくのさ」
「なんだろうな。――腹立つんだよ。うじうじしてて」
「は? なにそれ。こっちだって必死に悩んでるんだけど」
「なあ。ユリハはさ、森谷ガールズじゃないだろ。そして、森谷ガールズの娘でもないだろ」
「え、娘ではあるよ」
「いや、あー。俺が言いたいのは、えーと、ガールズさんの本名、なんていうの?」
「ヤスヒデ」
「そう。ヤスヒデさんの娘なだけだろ。ユリハは。気にし過ぎなんだよ。森谷ガールズの娘であることを」
ツバキがそう言い終わると、しばらくの間、お互いに黙ったままになった。時計の針の音だけが静かに1秒ずつ刻んでいた。
「――だから、俺が言いたいのは。そうやって輝いてるユリハをずっと見ていたいし、ずっと応援したいんだよ。俺は。だったら、そろそろ、ヤスヒデさんに言う必要があると思う。――ただ、それだけだよ。バカ」
ツバキはそう言い終わるとまた、大きなため息をついた。
私だって、覚悟はあるよ。――覚悟は。だけど、ママに迷惑かけたくないんだ。私は。
玄関の方から、がちゃっと鍵が開く音がした。
☆
「あーら、お友達。やだ。男の子じゃないの」
「お邪魔してます。サカタツバキって言います」
最悪だ。なんで、ママはこんな時間に帰ってきたんだろう。
「ママ。早かったね」
「早かったもなにも、マネージャーが間違って予定入れちゃったみたいなのよ。それで本当は今日の予定がなかったみたいで、私は六本木までお散歩して帰ってきたってだけよ」
ママはボブヘアの頭をくしゃくしゃと左手でかいていた。
「それより、たまたまなんだけど、おみあげあるの。3人でリビングで食べましょ」
ママはそう言って、私の部屋から出ていった。
「なあ。今、めっちゃチャンスだよ」
「なにが?」
「当たり前だろ。RADIOSのこと、カミングアウトしようぜ。俺も応援するから」
「えーーー」
私はため息をついたあと、腹を割る覚悟を決めた。
☆
丸いダイニングテーブルを三人で囲った。ママは生クリームがはみ出るくらい入っているシュークリームが乗った皿を3つ、テーブルの上に並べた。
「はい、どうぞ」
ママは野太く、優しい声で、私とツバキにそう言った。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
ツバキと私はバラバラにそう言った。そして、ママもよっこいしょと言いながら、椅子に座った。
「さあ、食べましょう。マネージャーからのお詫び」とママはそう言うと、三人で笑った。
デザート用の細いフォークで上に付いているシューを刺し、中に入っているいっぱいの生クリームをつけ、それを食べた。生クリームはさっぱりしていて、上品なバニラの香りがした。
「お兄ちゃん、ユリハと付き合ってるんでしょ」
「はい。いつもお付き合いさせていただいてます」
「はは。いつもありがとうねぇ。こんな子ですが、大切にしてやってください」
「はい。ずっと大切にします」
「お、言ったな。大切にしろよ」とママは野太い声でそう言って、ゲラゲラ笑った。
ツバキを見るとツバキの両肩は力が入ってそうで、緊張しているのが、一目瞭然だった。だけど、ツバキは今だ。って強いアイコンタクトを私に送ってきた。
急に心臓がドキドキしてきた。急に顔も熱を持ったような気がする。
「ママ」
「ん? ユリハ。どうしたの」
ママはいつものように優しい声でそう言った。
「――ママ。黙っててごめんなさい。実は」
「ん?」
ママは眉間にしわを寄せて、一瞬ツバキの方を見た。ツバキは違う違うと右手を振っていた。
「私、LILISのRADIOSやってるんだ」
「えー。そうなの。あのラジオのでしょ」
「そうなの」
「いいじゃないの。もー、びっくりさせないでよ。ツバキくんとなんか遭ったんじゃないかと思っちゃったよ。な?」とママはツバキの方を見て、そう言ってゲラゲラと笑った。ツバキはまんざらでもなさそうな表情をしていた。
「それが、すごいんです。ユリハ」
「え、どういうこと?」
「僕から言うのも、あれなんで、ユリハ、スマホ見せてよ」
私はLILISを起動したままのスマホ画面をママに見せた。ママは私のプロフィール欄をじっと見ていた。
「ユリハ。すごいじゃないの。――こんなに再生されているじゃない」
私はゆっくり頷いた。
「18歳になったら、これで稼ぐことできるようになるんです」
「ツバキくん。あなたはちょっと黙って」
ママは鋭い声で、ツバキにそう言った。
「私はね、ユリハに聞きたいの。――やってみたいの? ユリハは」
「――今はまだ、バレてないけど森谷ガールズの娘だってバレて、ママに迷惑かかるかも」
「ユリハ。それは間違っているよ」
「えっ」
「――私は関係ないの。あなたの人生なんだから。仮にユリハが私の娘だってバレたところで、私はちっとも迷惑じゃないわよ。むしろ、親子共演して、私、仕事増やしちゃうかもよ」とママはそう言って、ゲラゲラ大きな声で笑った。
――私、次第なんだ。
それだったら、いけるかも。
「ママ。――今まで黙っててごめんなさい」
「え、あなたこれ、いつからやってたの?」
「1年前くらいからやってました」
「あらー。もっと早く言ってくれたら、アドバイスしたのに。もったいないわねぇ。ユリハは昔からそういうところがあるからねぇ。一人で抱え込んじゃうのよ。この子は。だから、ツバキくんよろしく頼むね」
「はい」
ツバキはそう返事をして、右手の親指を立てて、グーサインをした。
☆
「ありがとう。ツバキ」
「ううん。よかったな」
ツバキと一緒に家を出て、ツバキを駅まで送っている。ツバキと手を繋いで、路地を歩くのはちょっと新鮮に感じた。夕日は眩しくて、キラキラ輝いていた。
「なあ」
「なに?」
「俺、本当はさ、ユリハの手伝いがしたいんだよ。だけど、今の時代、そんなの必要ないよな。全部AIがやってくれるから、LILISもRADIOSも流行ってるんだもんな」
「そうだね。――ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね」
「マジでよかったな」
ツバキはそう言って、微笑んだから、私はゆっくりと頷いた。
☆
『卒業まで残り、1週間を切りました。私も残念ながら、JKを卒業することになり、変態紳士の皆様のご希望に添えなくなってしまうことをお詫び申し上げます。というのは置いておいて、私の素朴な質問、聞きたいと思いまーす。アンケート! このハイテクAI時代の中で、卒業式で紅白まんじゅうを貰ったことがある人。YES、NOで答えてーーー』
AIジョッキーがいつものように勝手にアンケートを生成して、画面中央に『卒業式で紅白まんじゅう、貰ったことある人! YES NO』と表示されている。
今日は珍しくリビングのソファに座り、配信をしている。ダイニングテーブルの方からママがそっと私の様子を見つめているのが見える。
ママにピースサインを送ると、ママもピースサインを送り返してくれた。
『おー。やっぱりそうだよねぇ。おまんじゅう屋さん、すごいね。もらったことがあるがなんと、63%と予想以上の結果にこまゆり、驚きました。こまゆりもね、中学校のとき、もらったことあるだ。だけど、そのときは母に全部、食べられちゃいました。どうでもいいけど、紅白まんじゅうの最終形態は色合い的にアポロチョコだと思うの私だけじゃないはず。この曲、聴いてください。ポルノグラフィティでアポロ』
AIジョッキーが曲を流し始めた。私はお水を一杯飲むんだ。
「いいじゃないの。ちょっと、アポロチョコのくだりは無理やりねじ込んだ感じがあったわね」
「いいの。私はフィーディングでやるタイプだから」
私がそう言うと、ママはゲラゲラと笑った。
「嬉しいわ。私。娘の饒舌なラジオを聴けて」
ママは裏声混じりの優しい声でそう言った。
☆
「卒業おめでとう」
「おめでとう」
ツバキと私はお互いにそう言い合ったあと、玄関前でみんながはしゃぎまくっている中を抜けて、手を繋いで帰ることにした。
街路樹の桜が綺麗に咲いていて、その中をツバキと一緒に歩くのはとても幸せに感じた。
「ねえ。楽しみだね」
「あぁ。楽しみ」
ツバキはそう言って、微笑んだ。
私とツバキは制服のまま、市役所に入り、婚姻届を出した。市役所の人はびっくりしていたけど、そんなのどうでもよかった。
ママがあなた達、脇を固めなさい。と同棲するなら、結婚しなさいと喝を入れられ、ツバキの親もママと交えて、話して、私たちは結婚することになった。
市役所を出て、またツバキと手を繋いだ。大きな桜の木がすごく綺麗だった。
「なあ」
「なに?」
「ずっと、一緒にいような」
私がうんと頷いたとき、ぶわっと大きな風が吹いた。
そして、気がついたら、私とツバキは桜吹雪の中にいた。