佐久間くんと一緒に電車に乗ってネイルサロンに向かうのは夏休みになってしまった。早く行きたいという気持ちはあったのだけどお互いお金のこともあったからだ。(特に佐久間くんは道具を集めるので毎月かなりお金を使っているらしい)
二人で電車に揺られている間、佐久間くんは珍しく口数が少なくて、緊張しているんだろうとわかった。私もつられて少し緊張した。
貯めたお小遣いを持って私たちはお店に飛び込み、ドキドキしながらネイルをしてもらった。
その時、佐久間くんが何を思っていたかは知らない。でも私たちの爪が見違えるほど綺麗になった後、彼は確かに何か吹っ切れたような顔をしていた。
「プロすげー」
電車に乗っている間も佐久間くんはよく自分の爪を眺めていた。私と自分のものに目を落としたが、すぐに佐久間くんのものに目をやってしまっていた。
いつもの駅で降り、少し歩いたその時だった。
「由隆?」
佐久間くんの名前が呼ばれ、パッと振り返ると、いつも佐久間くんが一緒にいる人たちが四人いた。そういえば、遊びに誘われたけど断ったと佐久間くんが言っていた。
「由隆じゃん。あ、田城さんも。どしたの?」
「え、あ……」
「二人、仲良かったんだ? 遊びに来てたの?」
佐久間くんはひたすら黙っていて、私は何か言おうとしたけど上手くいかなかった。
無意識だろうか、佐久間くんが手を動かした。きっと隠そうとしたのだと私は思った。でもそれはすぐに見破られる。
「由隆、それ」
ほんの少しの揶揄が混じった、低い声が佐久間くんを問い詰めた。
その瞬間、私は佐久間くんがどれだけ動揺しているか、手に取るようにわかった。だから今度は私が助けなければと思った。
私が、と口を開こうとした。私が佐久間くんに頼んで、塗らせてもらっただけ。そう言おうとした。そうすればきっと笑ってこの場は収められるから。
だけど、佐久間くんは怯えの滲む顔のまま笑って、手を前に出した。
「俺、好きなんだ。ネイルするの」
瞬間、空気が固まるのがわかった。数秒経ってから内田くんが小さく笑う。
「えー、まじ?」
よくない、と私が思って、でも何にもできないでいると、吉野さんがくるりとそちらを向いて、不機嫌そうに眉を寄せた。
「別にいいじゃん、由隆がなにしてようとさぁ。その言い方、ちょっとやな感じだよ?」
「や、別に馬鹿にしてねーって。ただ、由隆のキャラじゃなくね? って」
「龍弥さぁ、アイドルのミカちゃんがかわいい顔してサイコホラー映画笑いながら見てるのギャップあって好きって言ってたじゃん。ていうかキャラって何? 由隆に失礼でしょ」
思ってもみなかった展開に私は戸惑う。
「いやいや、そんなマジな話じゃなくて。ほら、俺ら男だし。結菜たちがするのはいいよ? 女子だもん。でも男がさー」
「性別関係なくない? そういうの古いよ。龍弥、古くさいのは嫌いっていつも言ってんのに?」
「……古いとかも違くない? 昔なら良くて、今なら言っていいの? ずっとだめじゃん? ていうか、友達が好きって言ってるもの、そんな簡単に否定していいの?」
教室でもいつも興味が無さそうな顔で頷いているのかいないのかもよくわからない冴島さんが唐突にそう言った。
「あたしたちって、由隆の友達じゃないの? なんで由隆無視して話進めてんの?」
しばらくまた沈黙が訪れて、あのさー、とちょっと呑気に聞こえる声で鈴木くんが口を開いた。
「俺もマニキュア塗ったことあるんだけど。好きなバンドがやってんの見て真似した。百均で買ったやつだけど」
全然上手くいかなかったなー、となんてことなさそうに言って佐久間くんに笑いかける。
「めっちゃ綺麗じゃん、それ」
その称賛はこの場で一番綺麗に響いた。佐久間くんが笑う。今度は怯えはなかった。
「いいだろ」
田城さんに付き合ってもらってサロン行ってきてー、といつも通りの声で言う。この人はすごい、と私は何度目かのことを思った。
二人で電車に揺られている間、佐久間くんは珍しく口数が少なくて、緊張しているんだろうとわかった。私もつられて少し緊張した。
貯めたお小遣いを持って私たちはお店に飛び込み、ドキドキしながらネイルをしてもらった。
その時、佐久間くんが何を思っていたかは知らない。でも私たちの爪が見違えるほど綺麗になった後、彼は確かに何か吹っ切れたような顔をしていた。
「プロすげー」
電車に乗っている間も佐久間くんはよく自分の爪を眺めていた。私と自分のものに目を落としたが、すぐに佐久間くんのものに目をやってしまっていた。
いつもの駅で降り、少し歩いたその時だった。
「由隆?」
佐久間くんの名前が呼ばれ、パッと振り返ると、いつも佐久間くんが一緒にいる人たちが四人いた。そういえば、遊びに誘われたけど断ったと佐久間くんが言っていた。
「由隆じゃん。あ、田城さんも。どしたの?」
「え、あ……」
「二人、仲良かったんだ? 遊びに来てたの?」
佐久間くんはひたすら黙っていて、私は何か言おうとしたけど上手くいかなかった。
無意識だろうか、佐久間くんが手を動かした。きっと隠そうとしたのだと私は思った。でもそれはすぐに見破られる。
「由隆、それ」
ほんの少しの揶揄が混じった、低い声が佐久間くんを問い詰めた。
その瞬間、私は佐久間くんがどれだけ動揺しているか、手に取るようにわかった。だから今度は私が助けなければと思った。
私が、と口を開こうとした。私が佐久間くんに頼んで、塗らせてもらっただけ。そう言おうとした。そうすればきっと笑ってこの場は収められるから。
だけど、佐久間くんは怯えの滲む顔のまま笑って、手を前に出した。
「俺、好きなんだ。ネイルするの」
瞬間、空気が固まるのがわかった。数秒経ってから内田くんが小さく笑う。
「えー、まじ?」
よくない、と私が思って、でも何にもできないでいると、吉野さんがくるりとそちらを向いて、不機嫌そうに眉を寄せた。
「別にいいじゃん、由隆がなにしてようとさぁ。その言い方、ちょっとやな感じだよ?」
「や、別に馬鹿にしてねーって。ただ、由隆のキャラじゃなくね? って」
「龍弥さぁ、アイドルのミカちゃんがかわいい顔してサイコホラー映画笑いながら見てるのギャップあって好きって言ってたじゃん。ていうかキャラって何? 由隆に失礼でしょ」
思ってもみなかった展開に私は戸惑う。
「いやいや、そんなマジな話じゃなくて。ほら、俺ら男だし。結菜たちがするのはいいよ? 女子だもん。でも男がさー」
「性別関係なくない? そういうの古いよ。龍弥、古くさいのは嫌いっていつも言ってんのに?」
「……古いとかも違くない? 昔なら良くて、今なら言っていいの? ずっとだめじゃん? ていうか、友達が好きって言ってるもの、そんな簡単に否定していいの?」
教室でもいつも興味が無さそうな顔で頷いているのかいないのかもよくわからない冴島さんが唐突にそう言った。
「あたしたちって、由隆の友達じゃないの? なんで由隆無視して話進めてんの?」
しばらくまた沈黙が訪れて、あのさー、とちょっと呑気に聞こえる声で鈴木くんが口を開いた。
「俺もマニキュア塗ったことあるんだけど。好きなバンドがやってんの見て真似した。百均で買ったやつだけど」
全然上手くいかなかったなー、となんてことなさそうに言って佐久間くんに笑いかける。
「めっちゃ綺麗じゃん、それ」
その称賛はこの場で一番綺麗に響いた。佐久間くんが笑う。今度は怯えはなかった。
「いいだろ」
田城さんに付き合ってもらってサロン行ってきてー、といつも通りの声で言う。この人はすごい、と私は何度目かのことを思った。