鳴上先生が定年なのは知っていた。けれど、再任用とかの制度を使って、まだまだ教職を続けてくれると――続けて欲しいと思っていた。

 私は鳴上先生も、先生の授業も大好きだったから。

「バレンタインにチョコまで渡した優衣にはショックだろうけどぉ~」

落ち込む私を励まそうと、美香は笑い話にしようとしてくれていた。

「日頃の感謝を込めただけです~。勘違いされそうな言い方しないでよね!」

私も笑おうと、冗談に乗って明るく返した。

鳴上先生はよく悩み相談に乗ってくれて、いつも「くだらんなぁ」と優しく笑ってくれた。

その笑顔は、困っている風でも、呆れている訳でもなく、そっと評価してくれていた。

――くだらんなぁ。

その言葉に、悩みを断ち切って貰った。何度も、何度も。そうして私は前を向けた。

「……残念だったね」
「……うん」

真面目なトーンの美香に、私も静かに返した。四月の中旬にある離任式に出られないのが、何よりも悔しかった。

 日が暮れて、面会時間ギリギリにクラス担任の相澤栞《あいざわしおり》先生が見舞いに来てくれた。

「調子はどう? 優衣ちゃん」

相澤先生は入院中の課題と、授業の補習プリントを届けるためによく様子を見に来てくれる。文芸部の部顧問でもあるので、部員の私を名前で呼ぶ。

「元気ですよー相澤先生」