その時、突風が吹いた。強い風だ。思わず猫の足でベンチにつかまる。そうしていないと、本当に吹き飛ばされてしまう気がした。

 ――あぁ。
 その時ふと、気が付いた。

 ――先生、これでお別れですね。

 吹き飛ばされるのは、意識が持っていかれるのに似ていた。

 ――また会える日を、楽しみにしてますから。

 意識が持っていかれて、現実に引き戻されるのだろう。

 ――最後じゃ、ないですからね。

 その発想は、すとんと胸の奥に落ち着いた。

 ――約束ですよ。

 強い風の中、揺さぶられる体で、必死に顔だけは先生に向けた。

現実に戻るその瞬間まで、この目に先生の姿を焼き付けた。


   ***

「――サクラ?」

鳴上爽文は、勝手に名付けていた猫の名前を呼ぶ。この黒猫、やっぱり雰囲気が佐倉に似てるなあ。艶のある黒髪と黒い毛並み。いつもかけていた青の太いフレームの眼鏡と、綺麗で青い猫の瞳……。

そんなことを考えてぼーっとしていたら、はっとするような突風が吹いた。

 気が付くと、隣のぬくもりは消えていた。

 風にかき消されたような、淡い猫の記憶。

「帰るか」

ひとり呟き、爽文は帰路につく。あの猫はきっと、ふらっとどこかへ帰ったのだ。飼い猫のようでもあったし。

公園を出る前に爽文は振り返り、

「またな」