勢いよく開く。頭の上で鳴り響く音を無視して、目を向ける。そこに姿がなくて、慌てて辺りを見渡した。
「御園?」
ひょいっとカウンターの先から顔を出したマスターさんが、眉を顰めて困惑を顔に浮かべる。
「澪は? 澪はどこにいますか? 見回りですか? どの辺を――」
「落ち着け」
鋭くて真っ直ぐな声が耳に届いて、息が止まった。おかげで、少し切れた息が口の中に残って、空気が身体を巡る。ふっと静かに息を吐いて、カウンターの中に入った。
マスターさんは引き出しからあるものを取り出して、私の目の前に突き付けた。
「近いです」
「悪いね」
悪びれもなく言う。近過ぎて見えない紙きれを両手で受け取って、程よい距離感にしてから見る。小さな厚紙には、左右に向いた矢印と、右側には異界駅とだけある。
「【切符】だよ」
「え」
まず耳を疑って、次に拍子抜けした。サイズや質感は、確かに普通の切符と変わらない。だけど、だからこそ、特別な力を持っているようにはどうしても見えない。期限を示す数字はなく、矢印の左側は空白だ。
「未来や過去、並行世界。いくつもある世界のどこか一つだけ、一回だけ、その人が生きたい場所に連れていってくれる。だから、行き先に指定はない」
「……」
顔を上げると、見透かすような視線とぶつかった。瞳の奥に、じりじりする熱が潜んでいた。
「少し前に、上から支給されてたんだよ。ちゃんと二人分ね。御園には自分で伝えるからって、志倉に言われて預かってた」
少し前とはいつなのか、どうしてすぐに教えてくれなかったのか。そう、頭の隅で思った。
だけど簡単に、掻き消えた。思うより冷静な思考が、考えついたそれに、お腹の底までひんやりと冷たく静まりかえった。それなのに、感覚は指の先まで研ぎ澄まされたようで。
「志倉は、行くからって持ってった」
「……いつ、ですか?」
最悪な想定に驚くよりも、舌打ちしたくなる程に腹立たしくて、声に滲み出る。本来自由なはずの澪自身の選択にも、澪にそうさせた自分にも、腹が立つ。肺に熱い煙が広がっていく。
「二時間くらい前。電車は一時間に一回だから、もう行ったか、まだホームにいるかどうか」
「ホームはどこですか」
「いつも降りるホームの向こう側にあるよ」
最後まで聞き終えるよりも早く、身体が動いていた。慣れたカウンターから飛び出して、開け放した扉のドアノブにぶつかって、躓きながらも振り返った。
「いってきます」
マスターさんは意外にも目を丸くして、それから睨みつけるような目つきに変えた。
「いってらっしゃい」
おかえりは言わないからな。冷たく突き放すような声で乱暴に言い放つのに、その瞳は出会った時と同じ、温かくて優しい色をしていた。
「御園?」
ひょいっとカウンターの先から顔を出したマスターさんが、眉を顰めて困惑を顔に浮かべる。
「澪は? 澪はどこにいますか? 見回りですか? どの辺を――」
「落ち着け」
鋭くて真っ直ぐな声が耳に届いて、息が止まった。おかげで、少し切れた息が口の中に残って、空気が身体を巡る。ふっと静かに息を吐いて、カウンターの中に入った。
マスターさんは引き出しからあるものを取り出して、私の目の前に突き付けた。
「近いです」
「悪いね」
悪びれもなく言う。近過ぎて見えない紙きれを両手で受け取って、程よい距離感にしてから見る。小さな厚紙には、左右に向いた矢印と、右側には異界駅とだけある。
「【切符】だよ」
「え」
まず耳を疑って、次に拍子抜けした。サイズや質感は、確かに普通の切符と変わらない。だけど、だからこそ、特別な力を持っているようにはどうしても見えない。期限を示す数字はなく、矢印の左側は空白だ。
「未来や過去、並行世界。いくつもある世界のどこか一つだけ、一回だけ、その人が生きたい場所に連れていってくれる。だから、行き先に指定はない」
「……」
顔を上げると、見透かすような視線とぶつかった。瞳の奥に、じりじりする熱が潜んでいた。
「少し前に、上から支給されてたんだよ。ちゃんと二人分ね。御園には自分で伝えるからって、志倉に言われて預かってた」
少し前とはいつなのか、どうしてすぐに教えてくれなかったのか。そう、頭の隅で思った。
だけど簡単に、掻き消えた。思うより冷静な思考が、考えついたそれに、お腹の底までひんやりと冷たく静まりかえった。それなのに、感覚は指の先まで研ぎ澄まされたようで。
「志倉は、行くからって持ってった」
「……いつ、ですか?」
最悪な想定に驚くよりも、舌打ちしたくなる程に腹立たしくて、声に滲み出る。本来自由なはずの澪自身の選択にも、澪にそうさせた自分にも、腹が立つ。肺に熱い煙が広がっていく。
「二時間くらい前。電車は一時間に一回だから、もう行ったか、まだホームにいるかどうか」
「ホームはどこですか」
「いつも降りるホームの向こう側にあるよ」
最後まで聞き終えるよりも早く、身体が動いていた。慣れたカウンターから飛び出して、開け放した扉のドアノブにぶつかって、躓きながらも振り返った。
「いってきます」
マスターさんは意外にも目を丸くして、それから睨みつけるような目つきに変えた。
「いってらっしゃい」
おかえりは言わないからな。冷たく突き放すような声で乱暴に言い放つのに、その瞳は出会った時と同じ、温かくて優しい色をしていた。