走る。
 バス停で、バスを待つなんて考えられなかった。自転車を買わなかった自分を恨んだ。
 息が、切れて。乱れて。走りながら、ショルダーバッグの留め具を捻って、中からスマホを抜き取る。四つの連絡先のうちの一つを選んで、耳に当てた。
 陽気な音楽がすぐに止んで、繋がった。
「仲直りって、どうすればいいの?」
 も、と声が聞こえてきて、だけど重ねていた。
「どう、すれば、許してもらえるかな?」
 相談とは程遠い。言えないことが多くて、整理してから伝えようと思っていた。そう、冷静に考えていた。それなのに、口を出ていたのは単純なことだった。
 だけど私は、仲直りの仕方も、許してもらえる方法も、分からなかったから。
 許すも、許さないも、澪が選ぶこと。自由な澪が、自由に選ぶこと。澪が選ぶことを、尊重したい。
 だけど、それでも。どうしても。
 ――『七瀬』 明るい声で、また名前を呼んでほしい。
「ふふっ」
 走りながら吐く息に、鈴の音のように澄んで可愛らしい声が降り落ちた。
「ゆら?」
 動揺が、渇いた声で結ばれる。「ふふっ」と人口の電灯よりも、優しい光みたいなものが鼓膜を撫でる。 運動不足のせいで重くなっていく足が、ふわりと軽くなる。ただの錯覚に、数秒前よりも足が早く前に進んでいる気がした。
「幼稚園で習わなかったの?」
 やがて、ゆらは柔らかな声で囁くように言った。電話の先で、保育園の先生みたいに人差し指を立てる姿が、何故か見えた。
「謝って、伝えたいことをちゃんと伝えるの」
 あぁ、そうかと思った。それだけでいいのかとも思うし、それこそ難しいことだとも思う。
 ただ、救われた。
「ありがとう」
 心から想いを込めて、だけど声が掠れていた。ゆらはそんなことは関係ないというように一言だけ。「がんばって」背中を押して、励ましてくれて、ぷつりと電話を切った。