地元にはない大きさの、全国チェーンのショッピングモールで、邪魔にならない量の服を購入した。紙袋を二つ手に提げて飲食店が並んだ通りを歩いて、澪はスムージーを注文し、外に出た。
「次はねぇー、公園」
 プラスチックを二つ持った手の指先で、駐車場の奥を指差す。慣れているのか、迷いない足取りで進む澪に黙ってついていく。
 すぐに、あまり広くはない公園が見えてきた。遊具は二種類のみで、ブランコと滑り台。あとはベンチがあるくらい。隣には保育園がある。休日だからか、子どもの声は聞こえない。
「はぁい、どーぞ」
「ありがとうございます」
「どいたまぁ。あ、はんぶんこね」
 どっちも飲みたくて。澪はブランコに座って、青い空に限りなく手を伸ばす。私は、隣のブランコに腰掛ける。少し悩んでから、渇いた土の上に紙袋を置いた。
 お店のロゴが入ったプラスチックのカップを少し傾ける。アプリを使って、角度と色合いを調整して、シャッターを切った。同時に、躊躇いない欠伸が聞こえた。
 視線を移すと、ふいに目が合った。瞼の端に指を押し当てて、澪は紙袋に目を落とす。
「物に換えるとさ、親に変に勘繰られるから気をつけなよー」
 答えられなかった。澪はどうでもいいような顔をして、カップを交換する。すぐに「んうまぁい」とろけそうなくらい頬を緩めて、まだ半分も飲んでないそれを、勢いよく吸い込む。
「だから、食べ物で消費してるんですか?」
「そーだよ」
「食べ物以外にも、色々ありませんか?」
「んまー、あるね」
「こうして遠出したり、遊園地や動物園も、チケットとパンフレットは隠せばいいですし」
 そこで、だからカラオケだったのかと思う。地元のお土産物も、多分見つかっても特別変には思われない。勝手に納得してると、澪の目が真っ直ぐに突き刺さった。
 いつぶりだろうか。苛立たしさとは違う、ひどく慎重な色。
「何が言いたいの?」
 逃さないというような声音。一瞬だけ息が詰まって、慣れないことはしない方がいいと思った。途端、程よく身体から力が抜ける。目敏く気付いたのか、澪は不満そうな顔をする。
「今日みたいに、色んなところに連れて行ってください。私にお金の使い方を教えて下さい」
 目を見つめて告げる。だから言葉を受け取った澪の表情の移ろいを、ちゃんと見れた。
 きつさとは正反対の柔からな顔立ちから強張りが解けて、大きな目をぱちくりさせて、やがて「ふ」と笑みが零れる。けれど、私の視線から逃れるように、空を振り仰ぐ。
「ほんとにもー」
 澪が今、どんな表情をしているのか分からない。その一言だけでは、心に触れられない。
「分かんないや、七瀬。いっつも唐突だし、謙遜しないし、そのくせ素直かと思えば素直じゃないし。あたしに相談する前に勝手に動くしさぁ。マスターに危険視されるべきなのは、あたしより七瀬だと思うんだけど」
「マスターさんは心配しているんですよ」
 空から目を離して、澪の目が振り向く。ストローに口付けしたまま、澪の声を待った。
「心配って、前も言ってたけど。なんっか、マスターの信用あつくない?」
 考えると、ボコっと音が鳴る。「ちょ、はんぶんこ」自分のことはさておいて、私の手からカップを奪った。一口より多目に飲んだだけの、はんぶんこ以下になったそれが返ってくる。
「信用してます」
「ま、七瀬はそー答えるよね」
「澪も信用してるから、甘えてるんじゃないですか? ……あ、悪い意味ではなくて」
「それぜったい、悪い意味も入ってたよね!」
 そーっと視線から逃れて、焼き芋っぽい味が残った舌に、多分黒ゴマミルクを乗せる。ブランコの鎖が軋む音がして、ちらと横顔を覗く。
 どこかを思い出すような眼差しと思案気な顔をして、膝の屈伸を繰り返しブランコを揺する。
「前も言ったでしょ。どんなに取り繕っても、手遅れだから。演じるほーが、はずい」
 苦笑いに似た笑みが浮かぶ。欠伸をしてから、またストローを齧る。
「七瀬にも、まぁ見せてるほーだよ」
 相変わらずゆったりした口調で、どこか恥ずかしそうに呟く。私の方は見ないで、景色を眺めて。ショッピングモールと公園の間の道路から、車が走る音がした。
 じりじりとセミの鳴き声が、まだ夏でもないのに聞こえた気がして、夏みたいにぼんやりと思考が丸くなる。それが、止んで、身体の中を流れる血のリズムが数秒、早まった。
「え」
 遅れて、息が洩れる。ゆっくりと恥じ入るような速度で、澪が私を見た。
「びっ、くりしたぁ。ずいぶん静かだったね」
「私だから、って思っていいんですか?」
「えぇー、二回言わせる? マスターと七瀬には、見せてるよ」
 まぁ見せてるほーだよ。正確には、そんな恥じらいが隠れた言葉だったけど。多分それが本音で、全部を見せてくれているわけではないのだと思う。
 けれど、それが普通なんだと思う。私だって、誰にも言えない秘密を抱えている。
「澪に出会えてよかった」
 気がつくと、澪が目を丸くしてぱちくりさせて、前髪をくしゃっと掴んで表情を隠していた。
「偶然でも澪に出会えて、澪が誘ってくれて、本当によかった」
 心から思うから、言葉にすることに躊躇いがなかった。言葉を受け取る澪の方が、前髪を掴んだ手に力を込めていく。「……はいはい」掠れた声で、投げやりに囁くような声量で呟く。
 照れていると思った。澪の言葉を借りれば、私はまた唐突だったのだろう。確かに、何の前触れも、小説なら伏線すらなかった。これからは、出来るだけ気をつけようと思う。
 私は、いつも気付くのが遅い。自分の性格も、自分の感情も。
 ――大切な人の心の移ろいも。
「澪」
 澪は焦げ茶色になった鎖に腕を絡めて、その片手で顔を隠したまま「なぁに」と抑え込んだような声で頷く。
「話しておきたいことがあります」
 随分と勇気を込めてしまうと思ったのに、案外落ち着き払った声だった。
「どこか、相応しい場所を知りませんか?」
 私はただ、話をしたかった。話をするために、誘った。遠出をするとは思わなかったけど、罪悪感を減らすために澪の自由に付き合うのは、純粋に楽しかった。
 やがて、前髪を掴んだ手を離さずに、澪は一度だけ、小さく頷いた。