隣町に着いて早々、「最初に目についたカラオケ屋に入る」と宣言した澪に従って、駅前のカラオケ屋に足を踏み入れた。運よく持ち込み可能で、およそ三時間前に買ったお土産物を広げた澪は、履歴から選んでいった。知っていると答えたら、マイクを手渡された。
別に、歌うだけなら良かった。歌わない時に、盛り上げることを求められるのが面倒だった。
テレビの中のアイドルを真似たウィンクを受けて、澪が三つ混ぜて、黒と紫の間の色になったジュースを飲んだまま、片手のマスカラを振る。わざとらしく片方の頬を膨らませるから、グラスをテーブルに戻す。
「楽しんでるぅー?」
誰の真似だろうか、マイクを私に向ける。何度か頷いただけでは足りず、仕方なく「うぇ~い」適当に返す。満足そうに、澪はジャンルの分からないダンスを再開した。
「二人で歌おー」
歌い終えてすぐ、澪は言った。タッチパネルを見ると、八年くらい前に流行ったデュエット曲があった。思いがけず記憶が呼び起こされ、躊躇した私の手を引っ張って、澪は明るく笑う。
「『姫様』にはぴったりでしょ」
「……」
「あ、それとも、女王の方がいい?」
無邪気に笑って、澪がぐいっと距離を縮めて、私の目を覗く。近づき過ぎて、澪の表情がぼんやりとする。きっと澪もそうだろう。私は空いた手で、デコピンしたい欲を抑えて澪のおでこを押しやって、自然と笑っていた。
「澪の方が、お転婆なお姫様には合ってると思うので、私は女王にします」
「ふーん。じゃ、あたしのお姫様っぷり見てもらうから」
セリフも演技もだからね。嬉しそうに言って、澪はタッチパネルを押した。インタビュー動画がすぐに切り替わって、短い前奏の後、澪は映像を真似しながら歌い始めた。
言った通り、セリフも演技も完璧にこなそうとする姿は、お姫様になりたい幼女と変わりなくて、つい考えてしまった。
――澪みたいに明るく笑って、喜怒哀楽が人並みに表現出来たら、お父さんはいなくならなかったのだろうか。
何度も考えたことで息が苦しくなりかけた瞬間、ふいに指先に熱を感じた。
「女王様の番ですよ」
ついさっきまでお転婆なお姫様を演じていたはずの澪が、従順に跪いて、私の指先を掴んでいた。恥ずかしいと言っていた騎士を真似ているのがおかしくて、一気に強張りが解ける。
数秒遅れてマイクを唇に近づけて、深く息を吸う。
室内に籠った空気は生温くて、けれどあの時触れた香りより、余程身体に馴染んだ。
流れてくる歌詞に、私の中の私が問いかけてくる。けれど、息が詰まったのは一瞬だった。
「あたし、女優になれるんじゃない?」
歌の合間に、澪は肩までの髪をわざとらしく払いながら言う。慌てて、すぐにお姫様の真似をして声を重ねる。その場で、出来る限り動きを映像のお姫様に近づける。
明るく温和な見た目と、お姫様を真似る姿とはかけ離れた繊細な声に、頭を撫でてもらうような心地良さを覚えた。
別に、歌うだけなら良かった。歌わない時に、盛り上げることを求められるのが面倒だった。
テレビの中のアイドルを真似たウィンクを受けて、澪が三つ混ぜて、黒と紫の間の色になったジュースを飲んだまま、片手のマスカラを振る。わざとらしく片方の頬を膨らませるから、グラスをテーブルに戻す。
「楽しんでるぅー?」
誰の真似だろうか、マイクを私に向ける。何度か頷いただけでは足りず、仕方なく「うぇ~い」適当に返す。満足そうに、澪はジャンルの分からないダンスを再開した。
「二人で歌おー」
歌い終えてすぐ、澪は言った。タッチパネルを見ると、八年くらい前に流行ったデュエット曲があった。思いがけず記憶が呼び起こされ、躊躇した私の手を引っ張って、澪は明るく笑う。
「『姫様』にはぴったりでしょ」
「……」
「あ、それとも、女王の方がいい?」
無邪気に笑って、澪がぐいっと距離を縮めて、私の目を覗く。近づき過ぎて、澪の表情がぼんやりとする。きっと澪もそうだろう。私は空いた手で、デコピンしたい欲を抑えて澪のおでこを押しやって、自然と笑っていた。
「澪の方が、お転婆なお姫様には合ってると思うので、私は女王にします」
「ふーん。じゃ、あたしのお姫様っぷり見てもらうから」
セリフも演技もだからね。嬉しそうに言って、澪はタッチパネルを押した。インタビュー動画がすぐに切り替わって、短い前奏の後、澪は映像を真似しながら歌い始めた。
言った通り、セリフも演技も完璧にこなそうとする姿は、お姫様になりたい幼女と変わりなくて、つい考えてしまった。
――澪みたいに明るく笑って、喜怒哀楽が人並みに表現出来たら、お父さんはいなくならなかったのだろうか。
何度も考えたことで息が苦しくなりかけた瞬間、ふいに指先に熱を感じた。
「女王様の番ですよ」
ついさっきまでお転婆なお姫様を演じていたはずの澪が、従順に跪いて、私の指先を掴んでいた。恥ずかしいと言っていた騎士を真似ているのがおかしくて、一気に強張りが解ける。
数秒遅れてマイクを唇に近づけて、深く息を吸う。
室内に籠った空気は生温くて、けれどあの時触れた香りより、余程身体に馴染んだ。
流れてくる歌詞に、私の中の私が問いかけてくる。けれど、息が詰まったのは一瞬だった。
「あたし、女優になれるんじゃない?」
歌の合間に、澪は肩までの髪をわざとらしく払いながら言う。慌てて、すぐにお姫様の真似をして声を重ねる。その場で、出来る限り動きを映像のお姫様に近づける。
明るく温和な見た目と、お姫様を真似る姿とはかけ離れた繊細な声に、頭を撫でてもらうような心地良さを覚えた。