「おいなりもらっていーい?」
「はい」
 答えるより早く奪われ、澪は代わりに、大きさの合わないちくわの天ぷらを置いた。
「着いてからの、お楽しみだからね」
「はい。分かってます」
「あ、でも、気分で動くかも」
「分かってます、いいですよ。覚悟してるので」
「駅弁いっぱい買ったから?」
 図星だった。だから黙って三個目にお弁当、海鮮をふんだんに使ったちらし寿司をスプーンで掬い、多目の一口を口に詰める。いくらと鮭フレークが、酢飯と一緒に舌の上に転がった。
 澪が待ち合わせに指定したのは、通学に使う電車の始発駅だった。それも、通学で使う時間よりも一時間と十分早く、待ち合わせ時間にもなると、さらに二十分も早い。
 その十分前に駅に着くと、澪は大きな欠伸をしながら、元気よく手を振って出迎えた。
 こちらの世界の普通の切符を購入し、小さな売店で色々買った。駅弁を五つ。スナック菓子。お土産物。正確にいくつあるのか分からない。レジのおばちゃんには複雑そうな顔をされた。
「駅弁にー、電車で遠出って、高校生になったなぁって感じじゃない?」
「まぁ、駅弁は別として、電車で遠出はそうですね」
 元々、ゆらに誘われなければ外に出ないから、よく分からない。それでも、中学生が行動できる範囲より高校生の方が自由な気がするのは、何となく分かる。
「いつか、旅行出来たらいいですね」
 ふいに浮かんだそれを、そのまま口にする。澪の相槌の声がなくて、気になって見ると、澪はぴたりと動きを止めていた。ピンクの漬物に伸びた手が、電車の揺れと一緒に動く。
「澪?」
 迷惑にならないくらいの大きさで呼びかける。澪はハッとして、不思議そうに目を瞬いた。
「どしたの、急に」
「澪とは、学年が違うので。澪が留年しない限り、一緒に修学旅行は行けないじゃないですか。だから」
 ただ聞かれたことに答えただけだった。なのに、澪はまたぼんやりとした目をして、それを誤魔化すように箸を置いた手で、前髪をくしゃっと掴む。
「あっは。そんなに、好きになって、くれてたんだ」
 途切れ途切れに呟いた声は、風船を貰った子どものようにも、知らない街で迷子になった子どものようにも、どちらにも響いて聞こえた。