「ありがとぉ。おかげで普通のぜんざい食べられる。あ、ちょっと、抹茶ぜんざいもちょーだい?」
「もちろんです。助けてもらったので」
カウンター席から降りて、深く頭を下げる。「いーの」と両手で肩を掴まれて、ゆっくり顔を上げる。
同じ制服、正確にはネクタイの色が違う一つ上の先輩の彼女は、その目で座るように促した。
「さっきも言ったけど、仕事? 宿命? みたいなもんだからさ」
銃声の後、彼女の手を借りて立ち上がると、男性の姿はなかった。そこから五分もしない場所にあった喫茶店に向かう途中、彼女は首についたチョーカーを見せて教えてくれた。
思い出しながら席に戻る。彼女がテーブルの上をトントンと指先で叩いて、大きくて立派な湯呑みを指さす。
「とりあえず、あったまりなよ」
「……いただきます」
両手で包むと、熱いくらいに温かい。息を吹きかけてから、一口だけと思って口をつけたそれは、思ったよりも美味しくて、優しい味がした。一気に、半分以上流し込む。
「おぉー、いい飲みっぷり」
お酒飲んでるみたい、とからっと笑う。彼女の手の横に、固くて暗い色の銃が変わらずある。
「気になるんだ?」
「はい、気になります。聞いても、大丈夫ですか?」
銃をなぞり、指先から目を離して、私の目を見る。じっと、信じられないものでも見るように。首を横に倒して、彼女の中の疑問を探る。
「何でもない。いいよ、教える」
「ありがとうございます」
湯呑みを両手で持ったまま、彼女の横顔を眺める。彼女の言葉を借りると、クリームソーダを良い飲みっぷりで飲んで、唇を人差し指でなぞってから話し始めた。
「まず、ここは異界駅ね。私たちが住んでる世界とは異なる、簡単に言うと別の世界にあるの。それで、異界にある駅だから異界駅」
「異界、駅」
「さっき七瀬を、あ、七瀬って呼んでいい? 御園の方が良い?」
「七瀬で大丈夫です」
「分かった。あたしのことも、澪って呼んでいいからね」
一つ上の先輩の彼女を呼び捨てしていいか悩んだ。けれど彼女がこちらにちらりと置いた目がそれを求めているように見えて、とりあえず小さく頷く。
「さっき七瀬を襲ってた奴みたいなのが、この異界駅には住んでる? っていうか、居るんだけど。そいつらを倒したり、迷い込んだ人を保護するのが、あたしみたいな、異界駅の番人の仕事」
非日常、夢みたいなことをすらすら説明した口を手で半分隠して、ふわぁと欠伸をする。
嘘や夢だと思わなかった。まだ、激しく動いた心臓の感覚が胸に残っている。
「お仕事なら、報酬があるんですか?」
彼女は意外そうに目を見張って、カウンターの向こう側からは小さな笑みが届いた。
「おかしいですか?」
「いや、何かそこ突っ込むと思わなくって。ねぇ、マスター」
「危ない目に遭ったばかりで、まさか気にするとは思わなかったな。案外タフなんだね、御園さんは」
どう返事すればいいか迷って、湯飲みを口に運ぶ。音が出ないように啜って、やはりそれは胸の強張りをゆったりと解してくれた。
「報酬は、お金と【切符】だよ」
テーブルに湯呑みを戻したと同時に、彼女は妖しい笑みを作った。頬杖をついて、何故か挑発的な目をする。
「はい。まず、ぜんざい二つね」
「大人のお子様ランチの方が先がよくない?」
「御園さん、ぜんざいが先でも良いかな?」
「全然、大丈夫です。有難いです」
深く頷いて、白い器に目を落とす。空腹という言葉がよく似合う、空っぽのお腹には、食べ物であれば何でも嬉しい。彼女は文句を呟いたわりには、マスターの手のお盆から奪うように器を取る。
「いっただきまぁす」
嬉しそうに頬を緩ませて、食べる彼女を横目にスマホを手にする。運よく、無傷だった。
柔らかな黄緑色と同じ色と、白い白玉だんご。バニラアイスに、ふっくらと艶やかな粒あん。上からと、斜め左に傾けた構図で、それから温かい色に設定して撮る。
「あたしよりも断然、女子高生らしいね。ばえるって感じ?」
彼女は呟いて、右手を頬に当てて味わう。美味しそうに撮れた私の写真が偽物のように、彼女は本当に美味しそうに食べる。私のお腹の虫を惹きつけてやまない。
「あ、すみません。写真撮っても大丈夫でしたか?」
「ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
スマホを脇に置いて、両手を合わせる。彼女よりは小さな声で「いただきます」と言ってから、スプーンで白玉と粒あんを掬って、落とさないように口に運ぶ。
抹茶の苦味と、あんこの深い甘さが交わりながら舌を撫でて、白玉だんごの弾力が心地いい。
「……おいしい」
「でしょー! マスター、料理の腕はいいからねぇ」
「ありがとう。どうして志倉が誇らし気なのか分からないけど」
「いーじゃん。美味しいのは美味しいんだから」
仲良しといった様子のやりとりと眺めながら、止まらないスプーンを器と口に行き来させる。
確かに、この美味しさを知っていたら自慢したくなる。誇らし気になる気持ちも分かる。
「おかわりはどうする?」
一度首を縦に振ってから、横に振った。飲み込んで、食事中だから小さく口を開く。
「大人のお子様ランチを食べた後に、おかわりお願いします」
「はい、承知しました」
ふわりと、白い空みたいな柔らかな笑みを残して、マスターさんはまた私達に背を向ける。ゆるふわな明るい茶色の髪が、甘くて柔らかい雰囲気によく合っていた。
「あの」
彼女と黙々と食べ続け、マスターさんが大人のお子様ランチをテーブルに乗せた時に、ふと気になった。温かいぜんざいと日本茶がお腹に積もり、少し余裕が生まれたのかもしれない。
「【切符】は、駅で買うような切符ですか?」
彼女の手が止まる。何故かマスターさんに強請って貰ったばかりのフォークを、お子様ランチのハンバーグに伸ばしていた。彼女の隣で、マスターさんの横顔が一瞬強張ったような気がした。
ちらっと横目で私を見て数秒後、彼女はひどく愉快そうに、にやりと笑った。
「【切符】は、過去や未来、並行世界に行けるアイテムなの」
驚く声も出なくて、瞬きすら忘れた。予め予想して用意していたかのように、彼女はそっと目を細める。
「信じられない?」
信じるとか、信じられないとか、そういう話ではなかった。疑うよりも、思ったことがある。
「でも、本当だよ。番人をしていれば、いつか必ず手に入るアイテム」
ここが異界駅で、不思議なことに溢れている場所なのは、信じるよりも疑うことの方が難しい。それは助けてくれた彼女のことも。彼女の言葉も。だから、思った。
悪く言うと、きっと魔が差したんだ。
「どうすれば番人になれますか?」
視界の端で、空気が揺れた。マスターさんは躊躇うような速度で顔を上げて、けれど迷いなく私達を見る。彼女は悪びれる様子もなく、その目で問いかける。もしくは、訴えた。
「続けて」
マスターさんは顔を背けた。【切符】の話をしてから、マスターさんはどこか様子が違う。
「どうすればってのは、詳しくは秘密ね。大体はぁ、一カ月から半年の訓練が必要だよ」
「訓練、ですか」
「そりゃ、戦うもんねぇ。さっきのは不意打ちだったから簡単だったけど」
「体育の成績は3を上回ったことがないですが、難しいでしょうか?」
んっはは、と上体を仰け反らせて豪快に笑う。チョーカーの鈴は揺れるも、音は鳴らない。
結局答えず、やはり難しいのかと思った。
「手っ取り早く、番人と同じになる方法があるよ」
考えて、ごちゃごちゃし始めた思考を、軽やかな声が奪い去った。
私の手を両手で包んで、彼女はまたにやりとする。不思議に溢れた、危険な異界駅にいることを忘れているように、彼女は出会った時から絶えず余裕たっぷりだ。
「あたしと契約しない?」
悪戯っ子な猫みたいな目をして、彼女は誘った。
「もちろんです。助けてもらったので」
カウンター席から降りて、深く頭を下げる。「いーの」と両手で肩を掴まれて、ゆっくり顔を上げる。
同じ制服、正確にはネクタイの色が違う一つ上の先輩の彼女は、その目で座るように促した。
「さっきも言ったけど、仕事? 宿命? みたいなもんだからさ」
銃声の後、彼女の手を借りて立ち上がると、男性の姿はなかった。そこから五分もしない場所にあった喫茶店に向かう途中、彼女は首についたチョーカーを見せて教えてくれた。
思い出しながら席に戻る。彼女がテーブルの上をトントンと指先で叩いて、大きくて立派な湯呑みを指さす。
「とりあえず、あったまりなよ」
「……いただきます」
両手で包むと、熱いくらいに温かい。息を吹きかけてから、一口だけと思って口をつけたそれは、思ったよりも美味しくて、優しい味がした。一気に、半分以上流し込む。
「おぉー、いい飲みっぷり」
お酒飲んでるみたい、とからっと笑う。彼女の手の横に、固くて暗い色の銃が変わらずある。
「気になるんだ?」
「はい、気になります。聞いても、大丈夫ですか?」
銃をなぞり、指先から目を離して、私の目を見る。じっと、信じられないものでも見るように。首を横に倒して、彼女の中の疑問を探る。
「何でもない。いいよ、教える」
「ありがとうございます」
湯呑みを両手で持ったまま、彼女の横顔を眺める。彼女の言葉を借りると、クリームソーダを良い飲みっぷりで飲んで、唇を人差し指でなぞってから話し始めた。
「まず、ここは異界駅ね。私たちが住んでる世界とは異なる、簡単に言うと別の世界にあるの。それで、異界にある駅だから異界駅」
「異界、駅」
「さっき七瀬を、あ、七瀬って呼んでいい? 御園の方が良い?」
「七瀬で大丈夫です」
「分かった。あたしのことも、澪って呼んでいいからね」
一つ上の先輩の彼女を呼び捨てしていいか悩んだ。けれど彼女がこちらにちらりと置いた目がそれを求めているように見えて、とりあえず小さく頷く。
「さっき七瀬を襲ってた奴みたいなのが、この異界駅には住んでる? っていうか、居るんだけど。そいつらを倒したり、迷い込んだ人を保護するのが、あたしみたいな、異界駅の番人の仕事」
非日常、夢みたいなことをすらすら説明した口を手で半分隠して、ふわぁと欠伸をする。
嘘や夢だと思わなかった。まだ、激しく動いた心臓の感覚が胸に残っている。
「お仕事なら、報酬があるんですか?」
彼女は意外そうに目を見張って、カウンターの向こう側からは小さな笑みが届いた。
「おかしいですか?」
「いや、何かそこ突っ込むと思わなくって。ねぇ、マスター」
「危ない目に遭ったばかりで、まさか気にするとは思わなかったな。案外タフなんだね、御園さんは」
どう返事すればいいか迷って、湯飲みを口に運ぶ。音が出ないように啜って、やはりそれは胸の強張りをゆったりと解してくれた。
「報酬は、お金と【切符】だよ」
テーブルに湯呑みを戻したと同時に、彼女は妖しい笑みを作った。頬杖をついて、何故か挑発的な目をする。
「はい。まず、ぜんざい二つね」
「大人のお子様ランチの方が先がよくない?」
「御園さん、ぜんざいが先でも良いかな?」
「全然、大丈夫です。有難いです」
深く頷いて、白い器に目を落とす。空腹という言葉がよく似合う、空っぽのお腹には、食べ物であれば何でも嬉しい。彼女は文句を呟いたわりには、マスターの手のお盆から奪うように器を取る。
「いっただきまぁす」
嬉しそうに頬を緩ませて、食べる彼女を横目にスマホを手にする。運よく、無傷だった。
柔らかな黄緑色と同じ色と、白い白玉だんご。バニラアイスに、ふっくらと艶やかな粒あん。上からと、斜め左に傾けた構図で、それから温かい色に設定して撮る。
「あたしよりも断然、女子高生らしいね。ばえるって感じ?」
彼女は呟いて、右手を頬に当てて味わう。美味しそうに撮れた私の写真が偽物のように、彼女は本当に美味しそうに食べる。私のお腹の虫を惹きつけてやまない。
「あ、すみません。写真撮っても大丈夫でしたか?」
「ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
スマホを脇に置いて、両手を合わせる。彼女よりは小さな声で「いただきます」と言ってから、スプーンで白玉と粒あんを掬って、落とさないように口に運ぶ。
抹茶の苦味と、あんこの深い甘さが交わりながら舌を撫でて、白玉だんごの弾力が心地いい。
「……おいしい」
「でしょー! マスター、料理の腕はいいからねぇ」
「ありがとう。どうして志倉が誇らし気なのか分からないけど」
「いーじゃん。美味しいのは美味しいんだから」
仲良しといった様子のやりとりと眺めながら、止まらないスプーンを器と口に行き来させる。
確かに、この美味しさを知っていたら自慢したくなる。誇らし気になる気持ちも分かる。
「おかわりはどうする?」
一度首を縦に振ってから、横に振った。飲み込んで、食事中だから小さく口を開く。
「大人のお子様ランチを食べた後に、おかわりお願いします」
「はい、承知しました」
ふわりと、白い空みたいな柔らかな笑みを残して、マスターさんはまた私達に背を向ける。ゆるふわな明るい茶色の髪が、甘くて柔らかい雰囲気によく合っていた。
「あの」
彼女と黙々と食べ続け、マスターさんが大人のお子様ランチをテーブルに乗せた時に、ふと気になった。温かいぜんざいと日本茶がお腹に積もり、少し余裕が生まれたのかもしれない。
「【切符】は、駅で買うような切符ですか?」
彼女の手が止まる。何故かマスターさんに強請って貰ったばかりのフォークを、お子様ランチのハンバーグに伸ばしていた。彼女の隣で、マスターさんの横顔が一瞬強張ったような気がした。
ちらっと横目で私を見て数秒後、彼女はひどく愉快そうに、にやりと笑った。
「【切符】は、過去や未来、並行世界に行けるアイテムなの」
驚く声も出なくて、瞬きすら忘れた。予め予想して用意していたかのように、彼女はそっと目を細める。
「信じられない?」
信じるとか、信じられないとか、そういう話ではなかった。疑うよりも、思ったことがある。
「でも、本当だよ。番人をしていれば、いつか必ず手に入るアイテム」
ここが異界駅で、不思議なことに溢れている場所なのは、信じるよりも疑うことの方が難しい。それは助けてくれた彼女のことも。彼女の言葉も。だから、思った。
悪く言うと、きっと魔が差したんだ。
「どうすれば番人になれますか?」
視界の端で、空気が揺れた。マスターさんは躊躇うような速度で顔を上げて、けれど迷いなく私達を見る。彼女は悪びれる様子もなく、その目で問いかける。もしくは、訴えた。
「続けて」
マスターさんは顔を背けた。【切符】の話をしてから、マスターさんはどこか様子が違う。
「どうすればってのは、詳しくは秘密ね。大体はぁ、一カ月から半年の訓練が必要だよ」
「訓練、ですか」
「そりゃ、戦うもんねぇ。さっきのは不意打ちだったから簡単だったけど」
「体育の成績は3を上回ったことがないですが、難しいでしょうか?」
んっはは、と上体を仰け反らせて豪快に笑う。チョーカーの鈴は揺れるも、音は鳴らない。
結局答えず、やはり難しいのかと思った。
「手っ取り早く、番人と同じになる方法があるよ」
考えて、ごちゃごちゃし始めた思考を、軽やかな声が奪い去った。
私の手を両手で包んで、彼女はまたにやりとする。不思議に溢れた、危険な異界駅にいることを忘れているように、彼女は出会った時から絶えず余裕たっぷりだ。
「あたしと契約しない?」
悪戯っ子な猫みたいな目をして、彼女は誘った。