「やぁ、君は迷子かい?」
 あの時のように、突然光が目を焼いたかと思うと、高そうな赤い車から降りた男性が言った。
 どうして澪は、私を一人歩かせ、いつも離れた位置から観察しているのだろう。ふと思った。
「おーい、聞こえてるかな?」
「すみません。大丈夫です」
 少し、後退りながら、答えた。思い浮かんだことと、未だ消えないマスターさんの声に気を取られて、返事をすることを忘れていた。それから、習慣の確認も。
「本当に、大丈夫? こんな場所で一人きりで、心細かったんじゃない?」
 慣れた口調で呼びかけて、後退った分を詰め寄って来る。ぐっと、ため息を堪えた。
「一人には慣れているので、平気です」
 咄嗟に、よりも今までの経験上から、近づいてくるタイプだと思った。へらへらと笑う、男性から【怪物】の特徴を読み取って、迷わずチョーカーを二回擦る。
 すぐに両手で耳を塞ぐ。男性の顔が苦し気に歪んで、ぐらりと頭が重たげに俯いた。
 一安心して、直後、男性の身体がぐらりと揺れて思わず、一歩近づいた。
「七瀬っ!」
 耳を劈くような悲痛な叫び声が聞こえたのに、振り向くことが出来なかった。
 ――目前に迫りくる、固く鋭い刃が、不思議な月に照らされて妖しい光を放っていた。