約束の火曜日のお昼休み。トイレから教室に戻ると、ゆらが丁度やってきた。
 ゆらは、私が覚えていないクラスメイトに呼び止められ、少し話をして、名前を呼んでいた。
「いただきまーす」
「いただきます」
 元気で明るい声に続いて、両手を合わせる。目を瞑って、手に取ったものの封を開けた。
 いつも通り、ゆらは話し始める。最近見た映画や流行りのドラマ。食べに行ってみたい東京のカフェ。好きな人。ゆらの声は、変わらずきらきら輝いているみたいで、楽しそうに話すゆらを眺めながら、パンを口に運び続けた。
 ふと、今思い出したような素っ気なさを演じたゆらが「そういえば」と言った。
「あんぱんばっかり、どうしたの?」
「……」
 言われて、机の上に並べたものを順に見ていって、初めて気が付いた。ごくりと、思わず飲み込んでお腹に落ちた、口の中に残るあんこの甘さを感じながら、少し考える。
「何となく、好きになった。かも」
 疑問の形になってしまうのは、本当に、かも、という程度だから。
 ゆらまで、驚いたらしい。数秒、自然な発色のアイシャドウを乗せた瞼が動きを止めて、それから素早く、三度瞬いた。
「好きなものが増えて、良かったね」
 まるで自分のことのように嬉しそうに笑うから、つられて頬が緩んで、うんと答えた。
 食べ物に、あまり執着がない。ただ味がするだけで、美味しいと思わない。
 二年前、突然気付いたことに、どうと思うことはなかった。気付いてから選ぶ基準は、可愛いから、美味しそうに見えるから、だと知った。変える方法を、私は探さなかった。
「増えて、いくかも」
 ふいに、そういえばと思った。初めて迷い込んだ時、異界駅の喫茶店で食べたぜんざいを、再会した先輩がくれたあんぱんを、美味しいと思った。
「美味しいって、思うことが多い。最近」
 気付くのが遅い。いつも、昔からそうだった。
「いいね。一緒に食べてて、おいしいって思えるの」
 ゆらは、待ち焦がれていたように切実に言う。私が作るお弁当をいつも「おいしい」と褒めてくれるゆらは、「美味しい」と私が返す瞬間を、待っていたのだろうか。
「ゆらも、食べる? あんぱん」
 食べている途中の、まだ開けたばかりのあんぱんを半分に割って、少し大きい方を差し出す。
「食べるー! ありがと」
 くしゃっとした笑みを咲かせて、半分のあんぱんを子どものように嬉しそうに受け取った。
 珍しく大きな口を開いて齧り付く。零れたように「おいしい」と呟いた声は、好きな人の話をするみたいにワントーンが上がっていて。
 恋をするゆらは、いつも可愛くてきらきらしていて。
 まだ知らない恋がどんなものか。静かに想像して、あんぱんに口をつけた。