翌朝、目を覚ますと俺一人だった。雨はやんでいて、窓からは明るい光が差し込んできた。

「琴那?」

 返事はない。ハンドバッグは消えている。広げられていた菓子箱やクリアホルダーは、元の場所にきれいにまとめられていた。

 あの後、俺たちは他愛無い話を続け、そのままどちらからともなく寝落ちしてしまったようだ。創作論も文創の過去やこれからも、露川祠の話ももうしなかった。
 地元の話とか、好物の話とか、そんな本当にくだらない会話。琴那とするのは、不思議と初めてな気がした。

 キスの後、色っぽい流れにはならなかった。ふたりともとっくにそんな資格を失っていた事は自覚していたし、お互いにあのキスを特別なものにしたいと言う意識が働いたのかもしれない。
 あのキスは俺と琴那にとって、最後であり、全てであり、そして始まりとなった。

 廊下に出て玄関を見る。半分濡れた琴那のブーツは無い。
 洋間に入る。段ボールが乱雑に積まれている中、ポツンと白いコンビニ袋が置かれていた。
 中を覗く。ビールとストロング系の缶酎ハイ、それに乾き物やスナック菓子のパッケージ。結局どれも、昨晩開封することはなかった。

「ったく、引っ越しの準備中だってのに、荷物置いていきやがって……」

 袋の中にはもうひとつ、コンビニで買ったと思われる新品のメモ帳が入っていた。俺がいつも持ち歩いているのと同じ露川祠のブログを見て、最初に購入したのもこれと同じものだし、新歓コンパに持って行ったのもこれだった。

「呪い、かけやがって」

 けどまあ、それはお互い様だろう。俺もきっと、アイツに呪いをかけてしまったのだ。

 テーブルのペン立てからボールペンを一本取り出す。そしてメモ帳の最初のページに書き込む。

【また再び一歩】【露川祠】

そして

【高揚感】と。