「君も誘われていたんだね、探偵くん」
「もちろんだろ、アイツは僕のクライアントなんだから」
「アイツって言うな」
「あだっ」
自信満々に胸を張る探偵少年の頭に、手刀を落とす。そんなに勢いを付けているわけでもなかったが、受けた彼は大袈裟に反応する。どうやら最近そういった技術を覚えたらしい。振り返った探偵少年が自信満々に笑っているのを見て、束の間の成長を感じた。
（そんなことで喜んでるなよ、馬鹿）
素直に褒めるのもなんだか癪に障ったので、僕は彼の格好をまじまじと見つめた。上から下まで綺麗に整えられた服装は、少年の端正な顔をより引き立たせている。一見、どこぞの御曹司にしか見えない。
「お前、よくドレスコードなんて持ってたな」
「まあ。探偵の嗜みだからな！」
「そんな嗜みあったら世の中の探偵、全員破産してるだろうな」
「はっはっは！　俺は神だからな！　これくらい朝飯前だ！」
「急に手のひら返すなよ」
テンポのいい会話が豪華な会場のロビーに落ちる。緊張からかいつもより声量が出ていない気がするが、目の前の彼はそんな事はなさそうだった。自信満々の彼は、ふんっと鼻を鳴らすと襟を整えるように引っ張る。その仕草にまったくもって違和感が生まれないのだから、こちらは困惑する他なかった。
（もしかして、こいつもこういうことに慣れているのか……？）
「探偵くんは、よくこういうところに来るのかい？」
「よく、っていう訳じゃないが、時々だな。……母がこういう事に参加するのが好きなんだ」
「へえ」
「このスーツも、今日の事がバレて用意されたもので……ったく、別に要らないって言ってるのに」
少年が小さな声で愚痴をこぼす。その様子は、優しい母親に申し訳なくて直接言えない子供の姿でしかなく。僕は彼がちゅう秋と同じ上流階級の人間であることに驚きながらも、内心安心していた。
（こいつも、こんなこと言うんだ）
自分のためなら用意して当然、とでもいうのかと思っていた。意外な側面を覗いたような気がして、僕は気まずさに視線を逸らす。……既に場違いである気がするのは、自分だけだろうか。
「ちゅう秋くん」
「岡名さん」
ぼんやりしていた思考を引き戻すように、聞き覚えのある声が鼓膜を叩く。ハッとして振り返れば、そこにはぴっしりと糊の利いたスーツに身を包んだ岡名が立っていた。いつものビジネススーツとは全く違う質を持った生地に、同じ色でもここまで印象が変わるのかとまじまじ見てしまう。僕のようにスーツに着られている感覚は一切ない。流石大人だ。