俺達は一旦、酒場に戻った。

 カランカラン。

「いらっしゃい……ん? あんたはこの前の」

 酒場にはマスターがいた。

「お前はあの時の坊主か」

 酒場なのだから、マスターは当然のようにいるとして、俺を小馬鹿にしてきた冒険者の連中、三人組もまたその場に居合わせていたのである。

「へっ。なんだ。お前もリッチが恐ろしくて逃げ帰ってきたクチか」

「というか、なんだよ! その女! 影薄そうな顔して、生意気に女連れてやがって!」

 ひがまれた。俺がひがむのではなく、ひがまれるのは人生初だ。

「どうしたんだ? 坊主……北の墓地の方には行ってきたのか?」

 マスターに聞かれる。

「ああ。行ってきたよ」

「リッチはどうだった? 恐ろしい化け物だっただろう? 怖くなって逃げ帰ってきたのか? それとも、もしかしたら倒して帰ってきたのか?」

「一応、倒してきました」

「嘘言ってるんじゃねぇ! お前なんかにリッチが倒せるわけねぇだろう!」

「そうだ! そうだ! お前みたいにガキにリッチが倒せるわけがねぇ!」

 冒険者達はよってたかって否定してきた。

 俺はリッチからドロップした装飾品である『ダークリング』を見せる。

「まさか、それはリッチからドロップされると言われているレアアイテム『ダークリング』か」

「ほ、本当にあのリッチを倒したのか!?」

 冒険者達は驚いていた。

「だから、倒したって言ってるだろ」

 俺は呆れたような口調で言う。だが、信じられないのも無理はない。それに、決して俺一人の力で倒せたわけではないのだ。ここにいる剣聖エステルの力がなければとても倒せる相手ではなかった。

「ふっ……まさか本当に倒したのか。大した奴だ」

 マスターは呆れたような口調で言ってきた。

 ――と、その時の事であった。一人の男が酒場に入ってくる。酒場の常連客だろうか。

「……た、大変だ!」

「どうしたんだよ?」

「魔王軍だよ。魔王軍! エルフの国を攻めていた」

「ん? なんだよ。魔王軍がエルフの国を攻めていたのは随分前の事だっただろう?」

「魔王軍がエルフの国と抗争をしていたんですか?」

 俺は酒場のマスターに尋ねた。

「なんだ? お前。そんな事も知らないのか」

 マスターに呆れられる。この世界では割と常識的な事だったのかもしれない。だが、最近この世界に召喚された俺は何の事なのかさっぱりわからない事が殆どだ。

「すみません、知らないんです」

「魔王軍とエルフの国は今から三カ月前から抗争状態にあるんだよ。だけど、エルフもそんなに弱い種族ではない。奴等は弓矢も魔法も使えるんだ。魔王軍もエルフの国を攻めあぐねているみたいなんだ。だから、戦争の状況は膠着状態になっている。だけど、そんな事は誰もが知っている事なんだよ」

「へー……」

 魔王軍とエルフの国が抗争状態にあるそうだ。この世界は魔王軍による脅威に脅かされている。それを何とかする為に、異世界から勇者が召喚されてきたのだ。だから、魔王軍により脅かされている何らかの国があったとしても不思議ではない。

「だから、落ち着けよ、何があったんだよ?」

「エ、エルフの国がやばいんだ。魔王軍に攻め落とされそうになっているんだ」

「な、なんだって!? 嘘だろ! そんな情報聞いてないぞ! 戦況は五分五分じゃないのかっ! 劣勢になったって話すらこっちは聞いてないぞ!」

「ああ……なんだかわからないが。ここにきて急激に戦況が悪化したのだ。魔王軍が新戦力でも投入したのかもしれねぇ。それにより、エルフ軍が苦戦し始めたんだ」

「そ、そんな事があったのか……エルフの国が攻め落とされたら、ボチボチこの国もやばいかもな」

「……エルフの国とはどこにあるんです?」

 俺は聞いた。

「ここから西にずっと行った森の中にある……そんな事聞いてどうするつもりなんだ? まさか、行くつもりなのか? やめておけ。魔王軍はマジでやばいんだ。命が惜しくはないのか?」

「行かざるを得ないんですよ。なにせ——」

 このおっさんに言ってもわからないだろう。なぜなら、世界を救う勇者はいないんだ。その事を誰よりも俺は知っている。だから俺が行かなければこの世界がやばくなるのは間違いなかった。

「行くつもりなのですね。エルフの国へ。どこまでもお供します。カゲト様」

「君がいてくれたら心強いよ。エステル」

 こうして俺達は危機に陥っているというエルフの国へ向かう事にしたのだ。