「いや…全ての男がお父さんみたいな男じゃないよ?」
「そんな事は百も承知ですよ」

桃李の言葉に彼女はきっぱりと返した。

「でも『そうではない』人を見抜くなんて、それこそエスパーでもない限り、あるいは人の本質を看破する霊術の使い手でもない限り無理です。男性全体に対して失礼だと私に怒るなら、それより前に、全ての元凶である父親に文句を言って下さいよ」
「怒っていない。決して、君に怒っている訳じゃないぞ?」

慌てたような美斗のフォローに桃李も頷く。
彼女はふっと息をつき、窓の外に目をやった。

「父親とすら呼びたくないあいつが、結婚を無理だと言った最大の原因というのもありますけど。もう調べておいででしょうから、把握してるでしょ?伯母は流産を機に配偶者…つまり我々と血の繋がらない伯父とうまくいかなくなって離婚していますし、祖母は…まあ時代もあったんでしょうけど、離婚こそしていませんが、祖父が亡くなってからは祖父の悪口ばかりです」

例えば先だって書いた「年金が少ない」は序の口。曰く「お見合い写真が汚れなければ、結婚なんかしていなかった」。曰く「お父様にどうしてもと言われたから犠牲になった」。曰く「落ちぶれた家の落ちこぼれの長男、しかも一般人なんか」。このように、散々な物言いである。

なお祖母が事ある毎に口にする「お見合い写真が汚れてしまったから、お父様にどうしてもと言われて結婚しただけで、そうでなければ一般人の落ちぶれた家の落ちこぼれの長男なんかと結婚しなかった」であるが、これが嘘であると彼女は知っている。
曾祖母は「貴方はお祖父ちゃんが『お爺ちゃん』になってからの顔しか知らないから、想像できないかもしれないけど」と言った。

「善一さんは、若い頃は評判の美男子でね。瓊子ったら昔から凄い面食いだから、すっかり善一さんに惚れ込んじゃって。一般人でも構わないから善一さんと結婚するって聞かなかったの。私達…特に慈朗さん。つまり貴方の曾お祖父様が、結婚くらいは瓊子の好きにさせてあげたいと思っていたから、2人を一緒にさせたのよ」
「そうだったんだ。うん。お祖父ちゃんの若い頃って、全然想像できない」

というやり取りが、翠子存命時にあった。

「つまる所、祖母さんは自分の選択肢が間違いだと思ってるけど、それを自分のせいだって認めたくないから、ひたすら祖父さんの悪口を言っているだけさ。『見合い写真に汚れがどうたら』ってのも、使用人のせいにしていたし。仮に本当であったとしても、大お祖父様が娘に全てをおっかぶせて犠牲を強いるような真似をする訳が無い。大お祖母様から聞いた、大お祖父様の人となりから察するにね。あくまでも、顔で祖父さんを選んで、それが間違いで自分のせいだって認めたくないんだよ。祖母さんは」
「時代ってのもあるだろうけどさ。祖父ちゃんって家庭とか子育てとか祖母ちゃんに丸投げの放ったらかしだったんだろ?」
「ひたすら趣味人で、構われた記憶が無いってお母さんは言ってたね」
「祖父ちゃんも祖父ちゃんで大概だけど、死んでから奥さんにああも悪口ばっか言われるの、可哀想だと俺は思うわ」
「それは同感。第一、祖父さんが定年まできちんと真面目に勤め上げたからこそ、祖母さんは十分な年金をもらえてるってのにね。同じく悪者にされてる大お祖父様も、草葉の陰でお嘆きだろうよ」

これは、祖父が没した後のいつかの双子の会話である。