「わかった。それならひとつ確かめたいことがある」
カリンの無茶な話を飲むかわりに、僕は条件をつけることにした。パッと顔を上げたカリンが期待に満ちた瞳で見上げてくる。
「なになに?」
「冒険者登録して、一度魔物を討伐して実力を見てから決める」
「そんなんでいいの? じゃぁ、明日登録してくるね!」
カリンはアッサリと納得して、ご機嫌で風呂に向かった。
翌日の朝一でカリンは出発して、翌々日には本登録を済ませて帰ってきた。この行動力はきっと母さんに似たんだと思う。
「この時間ってことは、Bランク……マジか」
「これでも騎士学園で学年一番だったんだからね。実戦経験は少ないけど、チームで討伐もしたしね。それから魔物の討伐はこれでいい?」
そう言って渡してきた討伐依頼書は、王都の東にある『夜明けの森』に生息しているジャイアントホーンだった。
Bランクの冒険者ならお手頃の依頼だ。文句のつけどころがない。
どうやらカリンはできるタイプのようだ。さすが僕の妹だ。
「段取りいいいな。じゃぁ、明日の朝出発しよう」
「うん、任せて! 準備もバッチリしておくから!」
ものすごく嬉しそうにカリンは笑っていた。
翌朝、カリンと一緒に『夜明けの森』まできたけれど、いつもと様子が違っていた。
「お兄ちゃん、魔物が全然出てこないね」
「うん……おかしいな、こんなに魔物がいないことなんてなかったんだけど」
万が一にもカリンが怪我をしないように、半径二キロメートル以内は魔物の魔力を感知をしながら進んでいた。それなのに討伐対象の魔物はおろか、EランクやFランクの魔物の気配すら感じなかった。
《主人殿よ、どこまで魔物の魔力感知ができる?》
胸ポケットから玄武が顔を覗かせている。すっかりこの場所が定位置になっていた。
「そうだな、この国中ならできるけど……」
そう言いながら、意識を集中して魔力感知の範囲を広げていった。そこである事実に気が付いた。
「えっ……ウソだ。まさか、こんな!」
僕は王都の方角を振り返った。意味のないことだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「魔物の大群が……王都に向かってる! カリン、いますぐ戻るぞ!」
「わ、わかった!」
間に合え、間に合ってくれ!
僕の育った街なんだ。大切にしたい人たちが、たくさんいるんだ!!
「玄武っ! 王都まで僕とカリンを乗せていってくれ!」
僕のポケットから取り出した玄武は、瞬く間にもとの大きさに戻っていく。僕とカリンはその背中に飛び乗った。
「「リジェネ!!」」
「「限界突破!!」」
僕はすぐさま玄武とカリンに身体強化の青魔法をかけた。もちろん僕にも同じ魔法をかける。
「これで身体能力が上がったはずだ! 頼む!」
「っ! これって、すごい……!」
《承知した。飛ばしていく!》
僕たちは魔物の大群が迫る王都へと急いだ。
やってくる時は三時間かかった道が、わずか四十分ほどで王都が見えてきた。玄武が直線距離で進んだのと、この巨体から想像できないスピードで走ってきたおかげだ。
魔力感知では魔物の大群は、王都の北側から南下していた。道も森も無視して、魔物の到着地点にまっすぐに向かう。
やがて聞こえてきたのは怒号、悲鳴、甲高い剣撃の音、そして爆裂音。
魔物の大群はすでに王都に押し寄せていて、騎士団と冒険者たち、魔導士団も外壁門の前で応戦していた。幸い外壁に張られている結界は破壊されていない。
アラン団長とウルセルさんは、連携しながら騎士や冒険者たちの指揮を取っている。魔導士団も後方から支援していた。魔力感知で調べると、王都の中にも魔物は侵入している。一刻も早く外壁に群がる魔物をくいとめて、街に入り込んだ魔物も殲滅する必要があった。
でも魔物が凶暴化していて、怪我人が続出している。このままではジリジリと戦力ダウンして、結界ごと破壊されかねない。まずは全体の回復だ。
「パーフェクトヒール!!」
僕は玄武の背中から全体的に完全治癒魔法をかけた。これで騎士団も冒険者たちも、一旦ダメージを無効にできる。
「うおっ、なんだ!? いきなり傷が治った!?」
「これなら、まだ戦えるぜ!!」
「この光は! やっぱりすごい、全快だ!!」
「まさか……こんな人数を一度に!?」
「これで魔物を倒せる! まだ街を守れる!!」
騎士団と冒険者たちが盛り返したのを確認して、すぐに次の行動に移った。
「玄武! カリン! 外壁門から魔物が入り込まないように、フォローを頼む!!」
「わかった! 任せて!」
《承知した》
今度は魔物を排除するために玄武から降りて、街の外壁門から二十メートルほど前に立つ。後方では玄武が凍てつく息吹を吐きだして、魔物を寄せつけないように門を守っていた。
カリンも玄武から降りて、目の前の魔物をどんどん倒しまくっている。もう実力がどうこういうレベルじゃないのは理解した。それにしてもこのふたり、本当に心強い。
僕は跪(ひざまず)き、そっと地面に手のひらをついた。周りの魔物たちの魔力の流れを感じ取っていく。何百、何千といる魔物たちを捕らえた。地面にあの金色の不思議な模様が広がっていく。
「地獄血焔!!」
僕の魔力が地面を通して、周囲の魔物たちの体を駆けめぐった。
魔物たちは一斉に動きを止める。身体をめぐる魔力に作用して血液が高温になり、やがて青い炎となって発火していった。
外壁門を半円状にかこむように、青い炎が壁のように燃え上がる。魔物を燃やし尽くすまで、僕の魔力を含んだ青い炎は消えない。これなら魔石すら残らないから進化も防げる。僕が使える、魔物を一掃する青魔法だ。
まずは危機的状況を脱したので、魔力感知でウルセルさんを探しだそうと振り返った。
「なんだ……あの魔法! あんなの見たことがない!!」
「あれじゃねえか、最近入った青魔導士とかいう……」
「そんな、これは黒魔導士以上じゃないか!?」
「さっきの治癒魔法は、青いローブの……クラウスが戻ったのか!」
「戻ってきてくれたのか!? しかも魔法で攻撃もできたのか!」
「青魔導士……青魔導士か!」
騎士団と冒険者の人たちは、呆然とした様子で、手が止まっている。
いやいや、まだ油断ならない状態だからしっかりしてほしいんだけど。
「クラウス! やっぱりお前か!!」
そこで、冒険者の指揮を取っていたウルセルさんが、僕の前までやってきた。
「ウルセルさん! 勝手な真似をしてすみません。状況はどうですか? 青い炎が燃え尽きたら、また魔物が押し寄せてくると思います」
「そうか、わかった。この規模の大群なら、ボスクラスの魔物がいるはずなんだ。アランたちと協力して、そいつの討伐を頼めるか?」
「もちろんです!」
「よし! それなら、冒険者と騎士団の半数は街の中に入り込んだ魔物の討伐にあてられるな」
「え? 半分? そんなに連れていっちゃうんですか!?」
僕たちがきたくらいで、いくらなんでもそんなに戦力が変わるわけない。たしかに騎士団や冒険者たちは驚いていたみたいだけど、それは僕がいきなり魔物に全体攻撃をしかけたからだ。
「お前、自覚ないんだなあ。みんな玄武を味方にしたのに驚いて、さらにクラウスの青魔法に度肝抜かれてたぞ。ほら、後ろにいる魔導士団も見てみろよ。いい顔してるぜ」
ウルセルさんに促されて見てみると、黒魔導士たちはあんぐりと口を開けている。赤魔導士たちも、信じられないものを見たような顔をしていた。
フール団長は口をパクパクさせて、顔を真っ赤にしてブルブル震えている。「私を騙していたのか!?」というダミ声が聞こえてきそうだ。
うわぁ、あとで変に絡まれないといいけど。
「な? いい顔だろ?」
そう言ってニヤリと笑ったウルセルさんも、魔導士団とは違う意味で実にいい顔をしていた。そんなウルセルさんに僕もふっと表情を緩める。
「……わかりました。それなら、カリンも連れていってください。街にはお世話になった人たちも、たくさんいるんです。きっと気になってるはずなので」
それに魔物が押し寄せる外壁の外より、数が減るだけの街の中の方が安全だ。少しでもカリンの危険を減らしたい。
「クラウス……んー、まあ、いいか。その分Aランク以上の冒険者はこっちに回すよ。じゃぁ、頼んだぞ」
そのあとウルセルさんはアラン団長やフール団長と話をして、カリンも連れて街へと駆け出した。僕の本音に気づいても、そっと飲み込んでくれたみたいだ。これでいい。これでカリンの生存率は高まったはずだ。いくら腕が立つと言っても、油断はできない。
青い炎が弱まったところから、ちらほらと魔物がこちらに出てきている。その後ろに潜む魔物たちの魔力感知をすると、そこにひときわ強い魔力の個体を見つけた。
これがきっとボスクラスの魔物だ。こいつを倒せば他の魔物たちも落ち着くかもしれない。
「この気配は……キングミノタウロスか。やるしかないな」
強敵との戦いの前に準備を整える。
「 強制魔力解放」
「神秘覚醒」
「ハイヒール」
そして、ついに青い炎の壁はなくなり、第二波の魔物の大群が僕たちに向かってきた。