もう、どうやっても主人を辞められないと理解して、次の質問に移ることにした。
「ところで、どうして正気を失っていたんだ? 何かあったのか?」
本来の目的はこっちだ。内容によってはウルセルさんや騎士団、魔導士団での対応が必要になる。玄武は頭を上げて、真っ直ぐに僕を見据えた。
《うむ、これは邪竜の封印が破れかけている証である》
「邪竜って?」
《ここから南にある、古代遺跡の奥深くに眠る邪竜だ。なに、我が主人が四聖獣を正気に戻せば問題ない》
「え? なにそれ、ちょっと無理なんだけど」
昨日ウルセルさんに聞いたけど、聖女の国セントフォリアを中心に東西南北に聖獣が置かれている。つまり、国をまたいで旅が必要ってことだ。
そんなの無理だ。カリンが一人きりになってしまう。
《クラウス殿なら簡単なことだぞ?》
「他の人じゃダメなの? その国の人たちだっているだろ?」
それならウルセルさんに報告して、各国に通達を出してもらえばすむことだ。
《我ら四聖獣の主人はひとりだけだ。他の者に頼んだところで、聖獣を抑えることすらできぬだろう》
「じゃぁ、せめてあと二年後でもいいかな?」
《おそらくその前に邪竜が復活するであろうな》
「そんな……」
どうしよう。二年後ならカリンも騎士団に入団して見習い期間も終わる頃だから、まだなんとかなりそうなんだけど。参ったなあ……そもそも、カリンのために冒険者になっただけなのに、こんなことになるなんて予想してなかった。
「ちなみに、邪竜が復活するとどうなる?」
《世界中に魔物があふれ、人々を襲い街や村は破壊し尽くされる。最終的には魔物に支配されるであろう》
——そんな……そんなことになったら、世界の崩壊じゃないか。僕には荷が重すぎるし対処できる内容じゃない。
「まずは、ウルセルさんに報告と相談をしてくる。玄武は山に戻るか?」
《承知した。我は主人とともにまいる》
玄武が一瞬黒い光を放ったと思ったら、手のひらサイズにシュルシュルと縮んだ。あのバカでかい山みたいな巨体が、めちゃめちゃコンパクトサイズになった。
「えええ! こんな小さくなれるなら、最初からもう少しコンパクトで良かったんじゃない?」
玄武のを手のひらに乗せて、マジマジと観察してしまった。
《主人殿が我を覚醒させたから、できるようになったのだ。ちなみに離れていても我の名を呼べば、すぐに駆けつけられるようになっておる》
「へええ、便利だな、それは」
意外と便利そうな機能に感心しながら、ミニマムサイズの玄武と一緒にギルドへと向かった。
報告のためにギルドへ訪れると、ウルセルさんとジェリーさんが話を聞くことになっていた。実はジェリーさんが副ギルドマスターで、このふたりは夫婦だとここで初めて知った。
荒くれ者が多い冒険者たちが、素直に受付嬢のジェリーさんの話を聞く理由がようやくわかった。逆らわないんじゃなくて、実力的に逆らえなかったんだ。
玄武から聞いた内容と、現在は小さくなって僕の胸ポケットに入っていることをふたりに報告した。ちなみに玄武は目の前のテーブルの上に置かれて、甲羅の中に手足を引っ込めて大人しくしている。
「なるほどなあ。で、他の聖獣も正気に戻さないといけないんだな?」
「はい、そうみたいです。でも僕はカリンを置いていけません。どうしたらいいのかわからなくて……」
「そうだなあ……一度カリンちゃんと話してみたらどうだ? もう十七だろ? 話せばわかると思うけどな」
ウルセルさんは、穏やかな眼差しで玄武を見つめている。
十七歳といえば、騎士学園の学生とはいえ成人している。来月は学園も卒業だしその後は騎士団に入団すると決まっていた。二年間の見習い期間が終われば、一人前の騎士として国中を駆け回る。それまでは一緒にいるのだと思っていた。
ずっとふたりで助け合ってきたから、離れるなんて考えてもみなかったけど……そういうタイミングなのかもしれない。
魔物があふれたらカリンにも影響があるし、僕がやらないといけないとは理解した。でも気持ちがついてこない。
ここでカリンの手を離して、本当に大丈夫なのか不安だった。
正直、世界がどうのこうのなんてよくわからない。
僕はたったひとりの家族の方が大切なんだ。それが、ずっと僕の心の支えでもあったから。
でも、今回のは無視できる内容じゃない。
「……一度カリンと話してみます」
「ああ、クラウスとカリンちゃんなら大丈夫さ。ベストな方法が見つかるよ」
ウルセルさんの言葉は、僕の背中をそっと押してくれた。
「カリン、話があるんだけど」
いつものようにふたりきりの夕食を食べ終わって、僕は切り出した。
玄武の主人になったのはもう話してあるし、ミニマム玄武は紹介済みだ。
「うん? あらたまって、どうしたの?」
「……あの、実は、玄武を正気に戻した話はしただろ?」
「うん」
「それで、聖獣って他にも三体いて、それも正気に戻さないといけないんだ。それで、その聖獣は世界各国にいるから旅に出ることになった」
僕はひと息で決定事項として伝えた。カリンの笑顔を見て思ったんだ。カリンのいる世界を守るためにもそれしか道はない。
「ああ、そういうこと! うーん、わかった!」
「え? わかってくれたの?」
あっさりと理解を示したカリンに拍子抜けしてしまう。もっと反対されるかと思っていた。
「うん、世界中旅しないといけないんでしょ? そして、それはお兄ちゃんじゃないと、できないことなんでしょ?」
「そうだけど……カリンをひとり残していくことになるんだぞ?」
「んー、その辺は考えるから大丈夫! 心配いらないよ」
そう言ってニッコリと笑う顔に無理をしてる印象は受けなかった。不安に思っている様子もなさそうだ。
「そうか……よかった。カリンのことが心配で、どうしようかと思ってたんだ」
「大丈夫だよ、もう子供じゃないんだから! 学費出してもらっててなんだけど、ちゃんと自分のことは自分で考えるよ」
「うん、そうだよな。カリンも大きくなったんだな……」
両親が亡くなったのは僕が十三歳、カリンが十歳の時だった。
いつも寂しいのを我慢していたのは知ってる。夜にひとりで泣いているカリンを何度も慰めてきた。あの時の僕にしがみついてくるカリンが、ずっと頭から離れなくて心配しすぎていたのかもしれない。
——と思っていたのだが。
「お兄ちゃん、ただいま!」
「え? カリン? 騎士学園はどうしたんだ?」
今朝、元気に「いってきます!」と騎士学園に向かったカリンがわずか二時間ほどで帰ってきた。
僕は旅に出る準備のために、この日はギルドにいかず家にいた。
「辞めてきた」
「はあ!? 辞めてきたって、なんで!? 学費ならちゃんと払えるだけあるから心配いらないよ!?」
もしかして、旅に出るから通い続けられないと思ったのか? それならSランクの魔物を討伐した分が残ってるから、まったく心配ないんだけど!
「私もお兄ちゃんの旅についていく」
「はああ!?」
「もう退学処理も終わったから、戻れないよ」
「何で!? あと一カ月で卒業だし、騎士団に入るのが夢だっただろ!?」
騎士団に入るために、あんなに頑張っていたのにカリンはなにを言ってるんだ?
「正確には、お兄ちゃんが魔導士団にいたから、私は騎士団に入ろうと思ったの。お父さんとお母さんみたいに、剣と魔法で戦えたらいいなと思って。だから今は騎士団に入ることに意味はないの」
「そう、だったのか? いや、でも騎士団なら生活も保証されてるのに……」
それを聞いてなにも言えなくなってしまった。確かに父さんは剣士で、母さんは赤魔導士として冒険者をしていた。そういう理由で騎士団を選んでいたとは思わなかった。
「……お兄ちゃん、置いていかないで」
「カリン……」
「……私をひとりにしないで」
震える声のカリンを、僕にしがみついてきた手を、振り払うことはできなかった。