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 ウッドヴィル王国の王都の一画にこぢんまりとした一軒家がある。

 中心地から少し離れた区画の住宅街にある二階建ての古い家だが、どこか暖かみのある雰囲気だ。僕たちは思い出の詰まった我が家へやっと帰ってきた。

「あー! やっと帰ってきた——!!」
「うえ、埃っぽい! クラウス、窓開けてー!」
「青龍、頼んだ」
《うん、いいよー! ついでに風魔法で大きな埃はお外に出しちゃうねー》

 僕の首に巻きついていた青龍がスルリと離れて、器用に風魔法を使って掃除してくれる。

「うわあ、青龍ちゃん、すごい! 天才!」
《えへへ、そうかなー?》

 カリンに褒められて照れている青龍に言ってやりたい。僕だって数えきれないほどカリンに天才って言われてきたんだ。しかも聖獣の声は聞こえてないはずなのに会話が成り立っているのが、通じ合ってるみたいで納得いかない。
 青龍を誉めるカリンに僕の方を見てほしくて、腕の中に抱き寄せた。

「カリン、僕も頑張ったんだけど」
「え、いま華麗に青龍ちゃんに丸投げしたよね!?」
「違う、ここに戻ってくるまでの話」

 そう、我が家に帰ってくるまで本当に大変だったんだ。
 セントフォリアで魔皇帝(マジック・エンペラー)を辞めると宣言してから、今日まで一日でも早くこの家に帰りたくてあらゆる仕事を頑張ったんだ。


 最初にやってきたのはミリア王女だった。
 僕の妻になると騒いでいたけど、僕とカリンが血がつながらないこと、すでに恋人であることを伝えて、なんとかあきらめてもらった。
 シューヤさんが慰めているうちにいい感じになっていたから、きっと大丈夫だと思う。


 その後は各国の国王が代わるがわる、僕に国にこないかと打診してきた。大豪邸を用意するとか、爵位を用意するとか言われたけど全部断ってきた。

 ウッドヴィルの国王だけは穏やかに微笑んでいて、最後に褒賞として税金を一生徴収しないと約束してくれたのですぐに飛びついた。一生ウッドヴィルの国民ですと宣言したら、とても喜んでくれた。
なにやら用事ができたみたいで一足先に帰ると言うので、転移魔法で送ってあげることにした。送った先にはアラン団長がいて、やっと約束を果たせそうだとガッチリ握手された。
 申し訳ないことに、アラン団長と交わした約束を覚えていない。


 セレナとソニアさんはそのままセントフォリアで暮らすことになった。
 護衛長のヘクターさんが猛烈にアタックして撃沈していたけど、ソニアさんがヘクターさんを応援していたので、うまくいくことを祈っている。


 サクラさんはリハク国王にプロポーズされたと、こっそり教えてくれた。
 結婚式には呼んでくれるそうなので、どうやってお祝いするか守人たちと相談している。


 ルキさんはセントフォリアの公爵家に戻って、魔道具の研究をすると言っていた。砂漠の環境がこたえたらしく、サウザンアレスで一儲けすると張り切っていたので、モリス師匠を紹介しておいた。


 ウルセルさんはウッドヴィルでギルドマスターを続けるそうだ。なので、引き続き僕とカリンの上司のままだ。
 ジュリーさんが妊娠したと聞いて、泣いて喜んだのは内緒にしてほしいと頼まれた。男泣きしたのがよっぽど恥ずかしかったらしい。


 そんなドタバタと僕の私室に設置されていた魔法陣を解除するので一カ月ほど経って、ようやく帰ってこれたんだ。

「そうだね、クラウスも頑張ったよね。お疲れさま」

 そう言って僕だけにキスをしてくれる。触れるだけの軽いキスだった。
 カリンは積極的なタイプみたいだ。僕の方が照れてしまう時がある。

「うん……僕からもキスしたい」
「ふふ、クラウス、大好き」
「僕も愛してる」

 そうして重ねた唇は離れがたくて、深く深く貪ってお互いに求めあう。劣情に染まった僕たちをとめるものはなにもない。心のままにカリンを愛した。
 ずっとずっと大切にしてきた愛しいひとは、僕の腕の中で幸せそうな顔をして寝息を立てている。
 やっと帰ってきた落ち着ける家で、僕も深く眠りについた。



 僕は夢を見た。
 銀色の髪と瞳の少年と、青紫色の髪と瞳の少年が出てくる夢だ。夢の中で会ったふたりは眩しいくらいの笑顔で、ありがとうと叫んでいた。そこで目が覚めた。

 隣を見れば、僕の腕の中でスヤスヤと眠りにつくカリンがいる。

 ちょっとだけ素直じゃなくて、でもすごくわかりやすくて。
 いつも真っ直ぐに気持ちを向けてくれる。
 僕が困ったときはなにをおいても助けてくれて、どっちが年上なのかわからない。

 僕の愛しいひと。
 何度生まれ変わっても、君だとひと目でわかった。
 何度生まれ変わっても、君しか愛せなかった。

 きっと、また生まれ変わっても君だけを愛すると誓います。

「だから、僕と結婚してください」

 ポツリと呟いた言葉に返事が返ってくると思わなかった。

「はい、喜んで」

 パチリと開いた瞳は、アメジストみたいな薄紫でキラキラ輝いている。
 ほんのりと頬を染めて、幸せそうに笑うカリンに優しく口づけした。



 それから十カ月後、僕たちは小さな教会で結婚式を挙げた。ささやかな式ではあったけど、みんなから祝福されてとても幸せだった。カリンの美しい女神のような純白のドレス姿は、一生忘れない。
 僕たちはラクテウスとオルビスの双神の前で、永遠にともにいると誓った。


 結婚式の翌朝、家に鍵をかけてその鍵はお隣さんに預けた。
収納袋には一週間分の飲み物と食料が入ってる。予備の着替えも多めに持った。念のため予備の青いローブも持った。

「クラウス、早く行こう!」

 アッシュブロンドの髪をなびかせて、待ちきれないと玄武に飛び乗ったのは僕の愛しい妻だ。

 これから数カ月のハネムーンに出発する。
 魔導士団から退職金として不正に徴収されていた給金が返ってきたので。結構な金額を受け取った。これだけゆっくり旅行してもまだまだ余る。

「ねえ、クラウスってば! 置いてっちゃうよ!」
「ごめん、やっと約束を守れたなと思ったら嬉しくて」
「約束?」
「うん、カリンを置いてセントフォリアにいくことになったときに、約束しただろ? 玄武に乗って一緒に魔物を倒しにいこうって」

 カリンはやっと思い出したと、顔をほころばせる。
 僕も玄武に乗って、後ろから抱きかかえるようにカリンの腹部に手を回した。

「イタズラは禁止だからね!」

 カリンが素早く牽制してくる。だけど、できない約束はしたくない。

「うん、我慢できたらね」

 髪をかき分けて、うなじに唇を落とすとビクリと震える。そんなカリンがかわいくて、ついついやめられなくなるんだ。

「ふぁっ! もう! ダメって言ったのに!」
「うん、ごめん。カリンが目の前にいるのに我慢できない」

 そんなはたから見たら目を逸らしたくなるような僕たちに、遠慮なく声をかけられる玄武は本当に聖獣として立派だと思う。

《主人殿、出発してよいか?》
「あっ、ごめん! いいよ、玄武頼む!」

 季節は春になり、僕が魔導士団をクビになってから一年が経つ。
 一年前からは想像もできないほどの幸せを手にして、僕は愛しいひとと新たな一歩を踏み出すんだ。

「ねえ、これからもずっとずっと、一緒にいてね?」
「うん、もちろん。ずっとずっと一緒だよ」



 僕の魂の伴侶。
 君だけを愛して、君だけのために僕は世界だって変えてみせる。