* * *
《ボクは——オルビスを解放してほしい》
【ラクテウス! ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!!!】
ウロボロスの悲痛な叫びとともに、呪いの欠片が僕を取り囲んだ。
真っ暗に染まった世界でも声が聞こえてくる。
《ボクたちはもともと神とよばれる存在だった》
再生の力を持ったラクテウスと破壊の力を持ったオルビス。相反する力を持つ双子の神、それがウロボロスの本来の姿だ。
《ある日、光の女神リュミエールに目をつけられた。再生の力を持つボクがいると人間の信仰心が分散する。自分の力が強くならないから、消えろと言われたんだ》
ラクテウスは静かに語る。
僕の脳裏に映像が流れ始めた。これはラクテウスたちの記憶みたいだ。
傲慢で自分勝手な光の女神は執拗に、邪魔な存在である再生の神を消そうとしていた。ついにラクテウスは追い詰められ最後かと思った時、片割れのオルビスが破壊の力を使って神々の世界を壊し地上に降りた。
そしてラクテウスたちは身を守るために銀の蛇に姿を変えた。
だが光の女神のお告げで銀色の蛇は災いを呼ぶと、人間からも追われることになった。
人間は簡単に倒せるけど、ラクテウスたちは逃げるだけだった。守護するべき存在を傷つけるなんてできなかったと話す。
人間からの信仰心もなくなり神としての力も使えなくなり、やがてオルビスは自分達を守るために人間たちの悪意を利用し始めた。
悪意を取り込んで放てば呪いの欠片となり、生物に噛みつけば魔物になり、人間に噛みつけば石に変える。
《そうやっているうちに、オルビスはいつしか悪意に飲み込まれてしまったんだ》
ここで映像は途切れた。信じられないような話だった。
いつの時代の話だろうか? セシウスの時代よりも遥か遠い昔のことみたいだ。
《すでに神の力なんてなにも残っていない。だから、オルビスをこの悪意の塊から解放してほしい》
望むのは大切な片割れの自由。
自分のために人間の悪意すらも取り込んでしまった片割れに、なにもできない深い悲しみ。神の力もなくし片割れをもとに戻せない絶望感。
それでもいつか、闇に落ちてしまった片割れを自由にしてほしい。助けてほしい望むのは、オルビスへの強い想いだ。
「うん、わかった。やってみる」
《……ありがとう。ああ、ちょうど助けも来たね》
助け? と思った次の瞬間、一筋の光が差し込んでくる。光とともに耳に届いたのは。
「クラウス! クラウス!!」
「カリン! ありがとう、また助けられたな」
青い炎をまとう剣を振り抜いたカリンが、クシャリと顔を歪めた。
「何度だって、助けにくるんだからね! クラウスが嫌って言ってもくるんだから!」
「うん、その時は期待してる」
すでにラクテウスの声は聞こえない。代わりにウロボロスは身動きひとつせずにジッとしている。
さあ、すべてを終わりにするために解放しよう。
こんな悲しい呪いみたいな運命から自由になろう。
魔法陣の構築は問題ない。両手で光る魔法陣は淡く青い光を放っている。
神の力なんてよくわからないけど、この銀色の蛇に流れているのは魔力だ。魔力なら僕がなんとかできるかもしれない。
「 魂の解放」
両手の魔法陣から僕の魔力を流し込んでいく。
歪み切った魔力の流れを正しい流れに戻して、呪いの欠片に似た魔力は霧散させていく。
すでに日は沈んで、空は濃いオレンジから深い紫色へ変化していた。暗闇に半分包まれた森の中に、銀色の光の粒が浮かび上がっていく。
周りに押し寄せている魔物からも銀色の光の粒が立ち上がっていた。
闇の中に舞い上がる光は燦然と輝いて、目が離せない。
ウロボロスの巨体は輪郭を崩して、半分以上が空へ消えていた。
誰も言葉を発っすることができないほどの、美しい光景だった。
魔物たちはすでに呪いの欠片が消え去って、もとの生物の姿になり住処へと戻っていった。やがて、最後の銀色の光の粒が、ふわふわと空へ昇って消えた。
《ありがとう。やっと……自由になれたよ》
銀色の髪と瞳の少年が、目の前に現れた。隣にもうひとり青紫の髪と瞳の少年がいた。セシウスの時に見た少年だ。ふたりは色が違うだけで作りは同じ、まさに神々しいほどの美しさを持つ少年たちだ。
【今まで、ごめんね……許してもらえないと思うけど……ごめんなさい】
青紫の少年は涙をポロポロこぼしながら、謝っていた。もう足元からどんどん消えていってるのに、それでも謝り続けている。
「うん、もういいよ。君たちも、もう自由だ」
最後に僕に見せてくれた笑顔は、きっと忘れない。
まだまだ気持ちが整理しきれないけど、それでもやっと終わったんだ。
千年も繰り返してきた呪いの輪廻は、ここで終わり。
そして僕は最後の仕事をするべく、セントフォリアへと帰還した。
* * *
翌日、セントフォリアはかつてないくらい歓喜にあふれていた。女王である私ですら感動と歓喜に包まれ、臣下の前で涙を流してしまった。
今世の魔皇帝が、いままで誰もなしえなかったウロボロスの討伐を成し遂げたのだ。
どんなにありえないような事実でも、私からの発表なので誰も彼も事実なんだと受けとめた。
これで世界はより平和になる、魔皇帝様の統治で世界はますます発展すると誰もが思っていた。
クラウス様たちがセントフォリアに戻ってきてから一週間が経った。
この間に他の国にも伝令を送り、今日は各国の国王が集まって今後の方針を決める世界的な会議がおこなわれる。
それに先立って、セントフォリアの国民の前で新しい魔皇帝としてクラウス様が挨拶をする予定だった。
「クラウス様……本当にこれを国民の前でお話しされるのですか?」
私は震える手で一枚の羊皮紙を握りつぶした。
大聖女として教育受けてきた私が、これほど感情をこらえきれずに思いっ切り顔や態度に出してしまった。ほんの五分前に受け取ったばかりの書簡に、人生最大の衝撃を受けている。
「はい、もう決めました。最後は頑張って魔皇帝っぽく話してきますね」
「いえ! 私が言いたいのはそこではありません!!」
魔皇帝様として挨拶するために、特別にしつらえた青いマントを羽織ってクラウスはそれはもういい笑顔で答える。ほうっとため息が出るほどお似合いだった。
「マリアーナ様、もう諦めましょう?」
「そうよ、お姉様。この感じじゃ、もう何を言っても無理よ」
姪のセレナと、二度と会えないと思っていた妹のソニアに諭される。
ブルブルと震えながらも、はぁとため息をついて国民が集まっている広場の方へ視線を向けた。
もしもクラウス様がこれを発表したら大騒ぎに、ヘタをすると大混乱になる。直後にすぐに私のフォローが必要だろう。
でも、と私はセレナとソニアの楽しそうな横顔を見て思った。
このふたりに幸せを与えてくれたクラウスの様のためなら、これくらいなんでもないと。
「魔皇帝クラウス・フィンレイ様のご挨拶だ、静粛に!!」
近衛騎士の掛け声で、魔皇帝入場のファンファーレが高らかに奏でられる。
いつもは大聖女として私が姿をあらわすバルコニーにやってきたのは、風に揺れる艶やかな黒髪に、夜明けの空を思わせる青紫の瞳のクラウス様だ。
青いマントには金の刺繍が施され、スラリとした体格なのに平伏したくなる覇気をまとっている。歳若く整った顔立ちのクラウス様に、集まった女性たちは見惚れていた。
ウロボロスを討伐したなど信じられないような、優しげな表情を浮かべ話す言葉に集まった国民たちは静かに耳を澄ませている。
「僕がクラウス・フィンレイだ。この場に集まってきただき感謝する。本日は、僕からふたつ話がある」
静まり返った広場にクラウス様の凜とした声が響き渡る。
「まずひとつめ。僕がウロボロスを討伐する過程で、光の女神リュミエールの非道なおこないを目にした。従って、僕は光の女神を今後一切、信仰しない!」
光の女神リュミエールはウロボロスを封印していた遺跡に祀られていた女神で、この世界ではポピュラーな女神だった。信仰心のないものでも存在は認知している。それを信仰しないと言い切った。ああ、やはりこの羊皮紙の通りに宣言されるのだ。
「僕はこれから再生の神ラクテウスと破壊の神オルビスの双神を信仰する。これが信仰の証となるブレスレットだ。皆がどの神を信仰するかは自由だ。強制ではないが、一考してほしい」
そして今度は聞いたことのない双子の神様の話が出てきた。証だと言って高く突き上げた腕には、銀色と青紫の蛇が己の尾を口に咥えて輪になったブレスレットがはめられている。国民たちは混乱してなにも言えない。これも後からフォローが必要なようだ。
「次にウロボロスを討伐したので、魔皇帝は今後は現れない。従って僕が 最後の 魔皇帝だ。そして、それも本日をもって退位する!!」
国民たちがポカンと口を開けて、クラウス様を見上げていた。ついに宣言されてしまったけど私だって、夢であってほしいと思っている。
しかしクラウスは非常にスッキリした顔で、見惚れるほどの笑顔になっていた。
本当にしかたのないお方だ。でも、それがクラウス様の望みならば、私ができることはどんなことでもしよう。
「これからもなにかあれば役に立つよう駆けつける。ただ、明日から僕はただのクラウス・フィンレイとして、愛する人のために生きていく! 皆もどうか愛する人を大切にしてほしい」
未だ広場はシーンとしていた。
言うべきことを言ったクラウス様はそのまま広場に背を向けて、王城の中へと姿を消した。私はひとつ決意を固める。
これだけは後世に伝えよう、これが 最後の 魔皇帝の最初で最後の演説だったと。
《ボクは——オルビスを解放してほしい》
【ラクテウス! ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!!!】
ウロボロスの悲痛な叫びとともに、呪いの欠片が僕を取り囲んだ。
真っ暗に染まった世界でも声が聞こえてくる。
《ボクたちはもともと神とよばれる存在だった》
再生の力を持ったラクテウスと破壊の力を持ったオルビス。相反する力を持つ双子の神、それがウロボロスの本来の姿だ。
《ある日、光の女神リュミエールに目をつけられた。再生の力を持つボクがいると人間の信仰心が分散する。自分の力が強くならないから、消えろと言われたんだ》
ラクテウスは静かに語る。
僕の脳裏に映像が流れ始めた。これはラクテウスたちの記憶みたいだ。
傲慢で自分勝手な光の女神は執拗に、邪魔な存在である再生の神を消そうとしていた。ついにラクテウスは追い詰められ最後かと思った時、片割れのオルビスが破壊の力を使って神々の世界を壊し地上に降りた。
そしてラクテウスたちは身を守るために銀の蛇に姿を変えた。
だが光の女神のお告げで銀色の蛇は災いを呼ぶと、人間からも追われることになった。
人間は簡単に倒せるけど、ラクテウスたちは逃げるだけだった。守護するべき存在を傷つけるなんてできなかったと話す。
人間からの信仰心もなくなり神としての力も使えなくなり、やがてオルビスは自分達を守るために人間たちの悪意を利用し始めた。
悪意を取り込んで放てば呪いの欠片となり、生物に噛みつけば魔物になり、人間に噛みつけば石に変える。
《そうやっているうちに、オルビスはいつしか悪意に飲み込まれてしまったんだ》
ここで映像は途切れた。信じられないような話だった。
いつの時代の話だろうか? セシウスの時代よりも遥か遠い昔のことみたいだ。
《すでに神の力なんてなにも残っていない。だから、オルビスをこの悪意の塊から解放してほしい》
望むのは大切な片割れの自由。
自分のために人間の悪意すらも取り込んでしまった片割れに、なにもできない深い悲しみ。神の力もなくし片割れをもとに戻せない絶望感。
それでもいつか、闇に落ちてしまった片割れを自由にしてほしい。助けてほしい望むのは、オルビスへの強い想いだ。
「うん、わかった。やってみる」
《……ありがとう。ああ、ちょうど助けも来たね》
助け? と思った次の瞬間、一筋の光が差し込んでくる。光とともに耳に届いたのは。
「クラウス! クラウス!!」
「カリン! ありがとう、また助けられたな」
青い炎をまとう剣を振り抜いたカリンが、クシャリと顔を歪めた。
「何度だって、助けにくるんだからね! クラウスが嫌って言ってもくるんだから!」
「うん、その時は期待してる」
すでにラクテウスの声は聞こえない。代わりにウロボロスは身動きひとつせずにジッとしている。
さあ、すべてを終わりにするために解放しよう。
こんな悲しい呪いみたいな運命から自由になろう。
魔法陣の構築は問題ない。両手で光る魔法陣は淡く青い光を放っている。
神の力なんてよくわからないけど、この銀色の蛇に流れているのは魔力だ。魔力なら僕がなんとかできるかもしれない。
「 魂の解放」
両手の魔法陣から僕の魔力を流し込んでいく。
歪み切った魔力の流れを正しい流れに戻して、呪いの欠片に似た魔力は霧散させていく。
すでに日は沈んで、空は濃いオレンジから深い紫色へ変化していた。暗闇に半分包まれた森の中に、銀色の光の粒が浮かび上がっていく。
周りに押し寄せている魔物からも銀色の光の粒が立ち上がっていた。
闇の中に舞い上がる光は燦然と輝いて、目が離せない。
ウロボロスの巨体は輪郭を崩して、半分以上が空へ消えていた。
誰も言葉を発っすることができないほどの、美しい光景だった。
魔物たちはすでに呪いの欠片が消え去って、もとの生物の姿になり住処へと戻っていった。やがて、最後の銀色の光の粒が、ふわふわと空へ昇って消えた。
《ありがとう。やっと……自由になれたよ》
銀色の髪と瞳の少年が、目の前に現れた。隣にもうひとり青紫の髪と瞳の少年がいた。セシウスの時に見た少年だ。ふたりは色が違うだけで作りは同じ、まさに神々しいほどの美しさを持つ少年たちだ。
【今まで、ごめんね……許してもらえないと思うけど……ごめんなさい】
青紫の少年は涙をポロポロこぼしながら、謝っていた。もう足元からどんどん消えていってるのに、それでも謝り続けている。
「うん、もういいよ。君たちも、もう自由だ」
最後に僕に見せてくれた笑顔は、きっと忘れない。
まだまだ気持ちが整理しきれないけど、それでもやっと終わったんだ。
千年も繰り返してきた呪いの輪廻は、ここで終わり。
そして僕は最後の仕事をするべく、セントフォリアへと帰還した。
* * *
翌日、セントフォリアはかつてないくらい歓喜にあふれていた。女王である私ですら感動と歓喜に包まれ、臣下の前で涙を流してしまった。
今世の魔皇帝が、いままで誰もなしえなかったウロボロスの討伐を成し遂げたのだ。
どんなにありえないような事実でも、私からの発表なので誰も彼も事実なんだと受けとめた。
これで世界はより平和になる、魔皇帝様の統治で世界はますます発展すると誰もが思っていた。
クラウス様たちがセントフォリアに戻ってきてから一週間が経った。
この間に他の国にも伝令を送り、今日は各国の国王が集まって今後の方針を決める世界的な会議がおこなわれる。
それに先立って、セントフォリアの国民の前で新しい魔皇帝としてクラウス様が挨拶をする予定だった。
「クラウス様……本当にこれを国民の前でお話しされるのですか?」
私は震える手で一枚の羊皮紙を握りつぶした。
大聖女として教育受けてきた私が、これほど感情をこらえきれずに思いっ切り顔や態度に出してしまった。ほんの五分前に受け取ったばかりの書簡に、人生最大の衝撃を受けている。
「はい、もう決めました。最後は頑張って魔皇帝っぽく話してきますね」
「いえ! 私が言いたいのはそこではありません!!」
魔皇帝様として挨拶するために、特別にしつらえた青いマントを羽織ってクラウスはそれはもういい笑顔で答える。ほうっとため息が出るほどお似合いだった。
「マリアーナ様、もう諦めましょう?」
「そうよ、お姉様。この感じじゃ、もう何を言っても無理よ」
姪のセレナと、二度と会えないと思っていた妹のソニアに諭される。
ブルブルと震えながらも、はぁとため息をついて国民が集まっている広場の方へ視線を向けた。
もしもクラウス様がこれを発表したら大騒ぎに、ヘタをすると大混乱になる。直後にすぐに私のフォローが必要だろう。
でも、と私はセレナとソニアの楽しそうな横顔を見て思った。
このふたりに幸せを与えてくれたクラウスの様のためなら、これくらいなんでもないと。
「魔皇帝クラウス・フィンレイ様のご挨拶だ、静粛に!!」
近衛騎士の掛け声で、魔皇帝入場のファンファーレが高らかに奏でられる。
いつもは大聖女として私が姿をあらわすバルコニーにやってきたのは、風に揺れる艶やかな黒髪に、夜明けの空を思わせる青紫の瞳のクラウス様だ。
青いマントには金の刺繍が施され、スラリとした体格なのに平伏したくなる覇気をまとっている。歳若く整った顔立ちのクラウス様に、集まった女性たちは見惚れていた。
ウロボロスを討伐したなど信じられないような、優しげな表情を浮かべ話す言葉に集まった国民たちは静かに耳を澄ませている。
「僕がクラウス・フィンレイだ。この場に集まってきただき感謝する。本日は、僕からふたつ話がある」
静まり返った広場にクラウス様の凜とした声が響き渡る。
「まずひとつめ。僕がウロボロスを討伐する過程で、光の女神リュミエールの非道なおこないを目にした。従って、僕は光の女神を今後一切、信仰しない!」
光の女神リュミエールはウロボロスを封印していた遺跡に祀られていた女神で、この世界ではポピュラーな女神だった。信仰心のないものでも存在は認知している。それを信仰しないと言い切った。ああ、やはりこの羊皮紙の通りに宣言されるのだ。
「僕はこれから再生の神ラクテウスと破壊の神オルビスの双神を信仰する。これが信仰の証となるブレスレットだ。皆がどの神を信仰するかは自由だ。強制ではないが、一考してほしい」
そして今度は聞いたことのない双子の神様の話が出てきた。証だと言って高く突き上げた腕には、銀色と青紫の蛇が己の尾を口に咥えて輪になったブレスレットがはめられている。国民たちは混乱してなにも言えない。これも後からフォローが必要なようだ。
「次にウロボロスを討伐したので、魔皇帝は今後は現れない。従って僕が 最後の 魔皇帝だ。そして、それも本日をもって退位する!!」
国民たちがポカンと口を開けて、クラウス様を見上げていた。ついに宣言されてしまったけど私だって、夢であってほしいと思っている。
しかしクラウスは非常にスッキリした顔で、見惚れるほどの笑顔になっていた。
本当にしかたのないお方だ。でも、それがクラウス様の望みならば、私ができることはどんなことでもしよう。
「これからもなにかあれば役に立つよう駆けつける。ただ、明日から僕はただのクラウス・フィンレイとして、愛する人のために生きていく! 皆もどうか愛する人を大切にしてほしい」
未だ広場はシーンとしていた。
言うべきことを言ったクラウス様はそのまま広場に背を向けて、王城の中へと姿を消した。私はひとつ決意を固める。
これだけは後世に伝えよう、これが 最後の 魔皇帝の最初で最後の演説だったと。