次の仕事も無事に決まったので、ウキウキと家まで帰ってきた。

「ただいまー!」
「あれ? お兄ちゃん? おかえりなさい、今日は早かったんだね!」
「うん、それが色々あって……」

 家に着くとカリンはすで騎士学園から帰ってきていて、夕食の準備を始めていた。肉が焼ける匂いに僕のお腹がグゥーと音を立てる。夕食の準備を一緒にしながら、今日の出来事を話した。

「というわけで、魔導士団はクビになったけど、冒険者になって『青魔導士』として依頼受けるから、生活はこれまで通り心配ないぞ」
「よかった! 実はお兄ちゃんなら冒険者の方がいいんじゃないかって前から思ってたんだ! それに『青魔導士』ってお兄ちゃんだけなんでしょ? すごいよ!!」

 ふたりでいつものように四人がけのテーブルにできあがった料理を並べていく。

「「いただきます」」

 そろって食事の挨拶をして、熱々のチキンの香草焼きを頬張った。噛みしめるとじゅわっと肉汁があふれ出して、香草の爽やかな風味が鼻から抜ける。もうひと口欲しかったけど、カリンに盛大に褒められて嬉しいやら恥ずかし伊やらで、不安に思っていたことをこぼした。

「そうだったのか? 冒険者だと収入が安定しないから、ちょっと不安で避けてたんだけど」
「そうだね。五年前ならそうかもしれないけど、今のお兄ちゃんならむしろ冒険者の方が稼げるんじゃない?」

 カリンは艶のあるアッシュブロンドの髪を揺らして、さも当然のようにいい放つ。透き通ったアメジストのような瞳は嬉しそうに細められていた。ひいき目なしに見ても、可愛らしい容姿だと思う。

「うーん、どうかな。やってみないとわからないな」
「もう、慎重すぎるよ。私が言うんだから、間違いないの! それより、あの『黒翼のファルコン』で冒険者になったんだから、お祝いしよう!」
「うん、ありがとう。じゃぁ、明日は久しぶりに豪勢にしようか」
「やったー! アグリ豚のステーキ食べたい! それからデザートにイチゴたっぷりのタルト!!」

 そのリクエストが僕の好物ばかりなことに微笑んで、翌日の夜はふたりでお祝いをした。
 無理のないペースで毎日家に帰り、今までは休みの日にしか一緒に食べられなかった夕食を、毎日ふたりで準備してできたての料理をいただけるようになった。これは嬉しい誤算だった。こうしてこれからも穏やかな日が過ぎていくのだと僕は思っていた。



「ジェリーさん、おはようございます! 今日はこの依頼を受けます!」

 僕は翌日からギルドで魔物討伐を受けていた。毎日一件ずつ近場の仕事を受けていて、もう一週間になる。

 冒険者にはランクがあって、Fランクからはじまり最高ランクはSSS(トリプルエス)ランクになる。だけどSSSランクは国に数人いるかどうかの神ランクなので、実質的にSランクが冒険者の最高ランクということだ。驚いて確認したら、十二時間以内に戻ればSランク、二四時間以内ならAランク、三六時間以内ならBランクという基準だったみたいだ。

 初日は最低ランクの依頼からこなしてワンランクずつ上げていき、順調だったので今日は思い切ってSランク向けの依頼を受けることにした。前にもジェリーさんからのお願いで、ベヒーモスやキメラのソロ討伐を受けたことがあったから似たようなものを選ぶ。

「おはよう! クラウスは今日もヤル気満々ね」

 爽やかな笑顔を浮かべて、受付のジェリーさんが依頼書を受け取ってくれた。

「せっかく認めてもらえたから頑張りたいんです」
「はうっ! そんな照れながらいじらしいこと言ったら、抱きしめたくなっちゃうじゃない!」

 ジェリーさんは受付から身を乗り出して僕の頭を抱き寄せ、その豊満な胸にぐいぐいと押し付けた。

「ふがっ! ちょっ……! ジェリーさんっ! う、う、後ろつまってます!」
「あら、ごめんなさい。可愛くて、つい」

 危なかった、いろんな意味で爆死するところだった。
 後ろに並んでる他の冒険者の視線が痛いほど突き刺さってるので、さっさと受付を済ませて目的地に向かう。



 今回の依頼はアダマンタイトの討伐だ。
 亀型の魔物で高い防御力と体力があるから、それなりの攻撃力がないと討伐が難しい。そのため討伐依頼もSランクの冒険者が対象になっている。依頼書によると、アダマンタイトは王都の西にあるクレイン山で確認されたと記載されていた。クレイン山に足を踏み入れ、魔力感知で魔物の気配を探っていく。

「見つけた……」

 青魔法を極めるなかで、僕の魔力感知は精度がかなり高くなってた。その気になれば、この国の中なら対象の大きさや魔力量、知っている人や魔物ならどこにいるかまで調べられた。

 アダマンタイトは初めてだけど、その大きさと魔力量で判別できる。限界突破(リミッターブレイク)とリジェネで身体強化して最短距離を登っていった。
 視界に入ってきたのは、ゴツゴツとした岩のような甲羅に山の一部と錯覚するような巨体。額には黒い魔石がはめこまれて手足は短いものの丸太よりも太く、鋭い牙の間からは凍てつく冷気が漏れだしている。

 ——これが、アダマンタイト!

 その赤い瞳は、確かに僕を捕らえた。

「ヴオオオォォォォッ!!」

 アダマンタイトの咆哮は、僕が敵だと認識したことを知らせる。
 迷わずで全力で挑むことを決めて、最高のパフォーマンスを出せる身体に変えた。

神秘覚醒(アラウズ)!」

 その途端に、アダマンタイトの口から凍てつくブレスが吐き出される。周りの木々は瞬時に凍りつき粉々に砕けてしまい、隠れる場所がなくなった。
 敵が次の攻撃準備に入っている間に、僕はその巨体を駆けあがる。

意識断絶(ブラックアウト)!」

 まずは無傷で捕らえられないか、試してみた。体が大きいと流し込む魔力も多くなるため、実験として挑戦してみる。

「ヴグアアアッ!!」

 効果はあったようだけど、やはり動きを止めるまでには至らない。
 結構な量の魔力を流し込んだのに、この巨体だとどれくらいで効果あるのかな……? 探究心がムクムクと湧き上がる。

「そうだな、折角だからやってみるか」

 おそらく魔物の中でもドラゴンの次に大きい巨体だ。ここで実験しておけば、どれくらいの大きさまでなら一撃で沈められるのかわかる。
 そこで無限ループ技を使うことにした。

強制魔力解放(フォストマジック)

 魔力の回路を開いて流れをよくしたり、体力を魔力に変換して魔力を増やす青魔法だ。まずはこれで、さっき使った分の魔力を回復する。

「ハイヒール」

 回復した魔力で体力を全快する。万が一に体力が切れたら実験どころではなくなるからだ。

意識断絶(ブラックアウト)
「ヴグアアアッ!!」

 アダマンタイトはまだ沈まない。

強制魔力解放(フォストマジック)
「ハイヒール」
意識断絶(ブラックアウト)
「ヴグアアッ!!」

 アダマンタイトの動きがぎこちなくなった。

強制魔力解放(フォストマジック)
「ハイヒール」
意識断絶(ブラックアウト)
「ヴアアッ!!」

 アダマンタイトはじっと立っている。

強制魔力解放(フォストマジック)
「ハイヒール」
意識断絶(ブラックアウト)
「ヴグッ!!」

 アダマンタイトはまともに咆哮を上げられなくなった。

強制魔力解放(フォストマジック)
「ハイヒール」
意識断絶(ブラックアウト)
「——ッ!!」

 アダマンタイトはようやくその巨体を山の中に沈めた。

「ふー、今の僕で六回か……魔力の総量増やしたいな……」

 僕は新たな研究目標を胸に、討伐証明を採取しようとした。しかし甲羅が硬すぎて、青魔法で強化しているのにまったく刃が立たない。しかたなくアダマンタイトを収納袋に入れてギルドへ報告するために戻ることにした。収納袋は食べ物や飲み物の鮮度を保ってくれるから、きっと魔物を入れても魔石化しないだろうと考えてのことだ。

 ところが今日一番驚いたのは、アダマンタイトを飲み込んだ収納袋のポテンシャルだった。どこまで収納できるのか試したい衝動に駆られたけど、時間の余裕がなかったのであきらめた。



 ギルドに戻ってきた僕は、討伐証明どころかあの巨体ごと持ち帰ってきたため、どう報告しようか悩んでいた。混雑していた受付が落ち着いたところでじジェリーさんに声をかけた。

「え……アダマンタイトを持ち帰ってきた?」
「はい、討伐証明の部位が採取できなくてて……収納袋に入ったので持ってきたんですが、かなり大きくて、どこに出せばいいですか?」

 ジェリーさんが口を大きく開けたまま、フリーズしてしている。
 しまった、なにかやらかしてしまっただろうか。

「あの、ジェリーさん?」
「あっ、ごめんなさいね! アダマンタイト持ってきた冒険者なんて初めてだったから……今ウルセルに確認とるわ」

 そう言って受付の奥へと消えていった。
 そうか、みんなやっぱり討伐証明だけ持って帰ってくるんだな。失敗してしまったかな。次から気をつけよう。
 ひとり反省しながら待っていると、ウルセルさんが笑いながらやってきた。

「よう、クラウス! ブフッ、アダマンタイト、持ってきたって……ククッ、マジか?」
「はい……すみません。僕は治癒魔法しか使えないので……ご迷惑おかけします」
「いや、違うんだ。クククッ、お前の規格外っぷりがおかしくてな。なあ、聞いただろ? そのアイテム収納袋は持ち主の魔力の総量によって容量も変わるんだ」
「え! そうだったんですか!?」

 衝撃の事実だった。
 そんな機能がついてるなんて……あ、もしかしたらジェリーさんから収納袋を受け取るときに、聞いてたかもしれない。浮かれすぎてて覚えてなかったんだ。

「なんだ知らなかったのか? うちのギルド員に支給してる理由として、魔力量が目視で確認できるから採用してるんだ」
「わかりました、まあ、魔力量だけで魔導士団に入れたくらいですからね。納得です」
「いや……さすがにアダマンタイトは、なかなか入らないと思うけどな? ブフフッ!」
「そうですか? それでアダマンタイトはどうしたらいいですか? このままだと報酬受け取れないですよね?」
「ブハッ! お前、心配はそっちかよ! クククッ、ほんと、あのときクラウスに会えてよかったよ。しばらく楽しめそうだ」

 よくわからないけど、ウルセルさんが楽しく過ごせるならよかったと思う。そして一旦街の外に出て、アダマンタイトの確認をしてもらうことになった。

 でも、このあとウルセルさんを絶句させることになるとは思ってもみなかった。