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 ヴッドヴィルに戻りセントフォリアにいる兄貴と通信でやりとりしながら、俺は国王の協力のもと聖竜クイリンの行方を追っていた。幸いにも『黒翼のファルコン』なんてギルドのマスターをやってるから、部下たちにも動いてもらった。

 そこへ新たに連絡が入り、クラウスが朱雀を正気に戻したこと、クイリンがセントフォリアにいることを聞いた。さらに古代遺跡へ向かえと大聖女様から緊急命令が下る。


 
 魔導士団トップの赤魔導士の協力で転移魔法を使って飛ばしてもらい、古代遺跡へやってきたが周辺は惨憺たる状況だった。最初に目に飛び込んできたのは倒された魔物の山だ。

 一定の時間で魔石と化すのに、どれほどの速さで倒しているのか。そこで炎を吹く紅蓮の槍が視界に入り、なるほどと思った。ルキがいるなら納得だ。守人の中でも頭ひとつ飛び抜けて強い。この俺でもいまだに手も足も出ないのだ。

「それに、カリンちゃんも張り切ってんなあ。おお、聖獣もフル稼働してる。……これ俺の出番あるか?」
「ボクもそう思った」

 後ろから声をかけてきたのはシューヤだ。ちょうど転移してきたようで、同じ感想だったらしい。

「なにをボケッとしている。魔物が押し寄せているではないか。いくぞ」

 もうひとり転移してきたと思ったらサクラで、真面目なコイツは武器の大剣を抜きながら走り出していた。
 たしかに魔物が次から次へとこの遺跡に押し寄せている。まるで黒い霧に誘われるように集まってるみたいだ。この黒い霧のせいなのか息苦しくて動きにくいけどしかたない。

「起きろ、シヴァ」

 俺は相棒でもある漆黒の魔剣をスルリと抜いた。シューヤもすでに攻撃するためのポイントに移動して援護している。

「さあ、胸焼けするくらい喰らい尽くせ!」

 クラウスが黒く染まった聖竜クイリンと対峙しているのをチラリと見上げて、そっと祈った。

 どうか平和な街で前みたいに俺を笑わせてくれますようにと。
 クラウスが笑顔で過ごせる世界になりますようにと。


     * * *


 聖竜クイリンの金色だった躯体はウロボロスの魔力に侵食されて、真っ黒に染まっていた。聖獣の宝珠が黒く変色していたのと近い魔力の流れを感じる。

「さて、どうしたもんかな。どうやって飛び乗ろうか?」
《ええ!? 貴方、あれに飛び乗るつもりなの!?》
「うーん、他にフォローお願いできる状況じゃないし、自分でなんとかするしかないよね」
《ちょっと、アタシに無茶振りするのだけはヤメテよ!?》

 僕は考えた。朱雀にとってどこからが無茶なのか。
 考えた結果、今回の作戦なら無茶ではないという結論になった。

「うん、大丈夫。有能な朱雀ならできるよ」
《ヒッ! 主人がそういう顔で命令すると、昔からロクなことないのよ!》

 背中に乗る僕をチラッとみて、怯えたように体を震わせる。
 そういう顔ってどんな顔だろ? 優しく微笑んでるだけなのに。

「大丈夫だよ。作戦は至ってシンプルにしたから。ほら、クイリンの上まで飛んでくれればいいから。あとは勝手に飛び降りるよ」
《イヤ——!! やっぱりそうじゃないのよ! あんな暴れまくってる奴の上に飛んでいけなんて、自殺行為よ!?》
「そうか、朱雀じゃ無理なんだ。それなら青龍に……」
《誰ができないって言ったのよ!?》

 なんていうか、本当にこういうタイプってみんな一緒なんだな。僕にしてみたら扱いやすくて、むしろ楽しいくらいだ。ニコニコしてる僕に悪態つきながらも、クイリンが放つデタラメな攻撃を避けて距離を縮めていく。

 クイリンは聖属性の攻撃を光線のように放ちながら、自分を侵していくウロボロスの魔力に抗(あらが)っているようだった。
 アクロバティックな飛行に振り落とされないようにながら、タイミングをうかがった。

「朱雀! 僕が飛び降りたらすぐに離れろ!」
《わかったわ!》

 眼下に聖竜クイリンがきた瞬間に僕は飛び降りた。僕に向かって放たれる光線は腕や脚をかすっていく。脇腹に鋭い痛みを感じたけど一瞬だ。それらはすべてリジェネで回復していく。

「捕まえたっ!」

 クイリンの背中に飛び乗ることができて、すぐに魔力の流れを丁寧に読み取っていく。朱雀の時よりも深いところまで、ウロボロスの魔力が浸透していた。
 でも、これなら大丈夫だ。朱雀と同じならもとに戻せる!!

「スキャン完了、 強制魔力復旧(リターンマジック)!!」

 まとわりつく黒い霧は、朱雀と戦った時と同じように僕を取り込もうとしている。でも今度はものともせずにクイリンに絡まるウロボロスの魔力を、押し流していった。

 ウロボロスの魔力に触れると流れ込んでくる感情は、なんだろう?
 悲しみと絶望と、もうひとつの感情に気がついた。気にはなるけど、まずはクイリンをもとに戻すのが先決だ。

 ウロボロスの魔力に抵抗力がついてるのか、この黒い霧は僕には効かない。
 朱雀を正気に戻す時に、僕が受けた呪いのような黒い模様も一緒に払ったからなのか少しも影響がなかった。

 古代遺跡の近くで戦っているカリンも同じようだ。以前と変わらない動きをしている。
 やがてクイリンは金色の光を取り戻し、それとともに暴れていたのが嘘みたいに静かに佇んでいた。

「ふう、よかった。ちゃんともとに戻せた。でも、これじゃ足りない」

 ここまでなら、いままで転生してきた僕でもやってきた。この先だ。
 マリンの魔法陣をもとに組んでいる、ウロボロスを封印するための魔法を断ち切るんだ。

 何度も何度も繰り返してきた、聖女の献身による封印。
 あの時なにもできなかった僕のせいだ。
 マリンに決断させて、転生した後は娘たちに助けられて、僕はなにもできなかった。

「だから、ここで終わらせる!  魂の解放(リベレイト・ソウル)!!」

 僕は魔法陣を展開して魔力を流し込む。クイリンとウロボロスの封印に繋がる魔法陣にたどり着いた。組み込まれた複雑な魔法陣を少しずつ紐解いていく。

 クイリンの身体から鱗と共に金色の光が空に消えていった。その琥珀色の瞳を大きく見開いている。黒い霧に包まれた空間に美しく舞い上がって、とても幻想的だった。
 その中に人型が現れる。黒い艶やかな髪は風になびいて、そっと開かれた瞳はセレナと同じ琥珀色だ。

 ついにクイリンの魔力が失われて、完全にもとの姿に戻ったその人を抱えたまま真っ逆さまに落ちていく。

「朱雀!」
《ちょっと! いきなり落ちないでよ! 心臓に悪いじゃないの!!》

 文句を言いながらもそのふかふかの身体で受けとめて、セレナのもとに降り立った。

「う、そ……なんで……本当、に?」
「セレナ、聖女の呪いの輪廻はこれで終わりだ」
「クラウス様……本当に?」

 セレナは未だ信じられないと言うように、ふるふると震えている。
 隣の女性が一歩、脚を踏み出す。

「セレナ? セレナなの……?」
「っ! ……ぁさん、お母さん!!」
「セレナ!!」

 セレナが弾かれたように、人の姿に戻った母に抱きついた。
 ボロボロと大粒の涙を流している。もう帰ってこないと思った母が戻ってきた。数年ぶりの再会にきつく抱き合っていた。

 これで呪いのような聖女の献身による封印は、終わりを迎えた。



 だがそれも束の間で、クイリンがいなくなったことで結界の維持が困難になる。
 地響きのような重低音が、古代遺跡から響いてきた。

 黒い霧は遺跡を中心に集まっていく。呪いなんて比じゃないほどの、圧倒的な存在感があった。それは、この世の悪意を集めてさらに凝縮したような重苦しい波動を発していた。

 そばにいるだけで発狂しそうなほど、感情が揺さぶられる。あの時感じた絶望的な孤独と悲しみもあった。魔物たちはピタリと動きをとめて動かない。

 懸命にセレナや僕たちを守ってくれていたルキさんも、その手をとめている。
 遺跡がガラガラと音を立てて地下層まで崩れ落ちて、地面にポッカリと穴が空いたようになった。

 そこから現れたのは、あの日、あの時、僕たちの前に立ちはだかった銀色の蛇、ウロボロス。


 ——双頭の邪竜だった。