* * *
暖かな風が僕の頬を優しく撫でていった。
寝床がふかふかしていて気持ちいい。枕も暖かい。こんな枕があるのか。
その感触を確かめたくて、手を伸ばしたら変な声が聞こえた。
「ひあっ!!」
なんだ、今の声。カリンの声か? カリン!?
そう思って目を開けたら、カリンが真っ赤な顔で僕を覗き込んでいた。
「あ、カリン。おはよう。どうした? そんな真っ赤な顔して……」
そこではたと気がつく。この角度で覗き込まれてるって、もしかして。
——膝枕!? 待て、待て待て、僕が伸ばした手はどこにある?
僕の悪戯な右手は、カリン内腿をなで回していた。衣服の上からとはいえ、ちょっと際どいところまで進んでいる。
「っ! ごめん! ちょっと、すごく気持ちよくて、思わず触れたくて……」
ダメだ、話せば話すほど墓穴を掘ってる気がする。
カリンは真っ赤な顔で、起き上がった僕を上目遣いで見つめてくる。いや、それはそれでかわいいんだけど。
「こんなところじゃ、イヤ……」
さらなる爆弾発言に、僕の理性が吹っ飛びそうになった。
こんなところじゃなきゃいいのか!? いや、結婚するんだからいいとは思うんだけど、経験のない僕に寝起きでこれは刺激が強すぎる!
「よかった! 目が覚めたな!」
僕が暴走する直前で、ルキさんが声を掛けてくれた。
そうだ、朱雀を正気に戻して、そのまま意識を失ったんだな。ほかの守人と同じように一緒にきてくれていた。
「はい、すみません。聖獣の宝珠に触れると、いつもこうなるんです」
「ああ、カリンちゃんから聞いたよ。それで、朱雀がオレたちを乗せてくれて、今はセントフォリアに向かってるけどよかったか?」
「大丈夫です。さすがルキさんです。時間が無駄にならずにすみました」
「あの、僕はどれくらい眠っていましたか?」
「そうだな、三時間くらいか。オレも報告やらなんやらしてからの出発だったからな」
僕が褒めると照れたように笑って、ルキさんは簡単にサウザンアレスの状況も教えてくれた。
僕が聖竜クイリンを探しながら、聖獣のもとにくるのは伝わっていて受け入れの準備はできていたそうだ。
「でも、あちこちで魔物の活性化が確認されて、国王も余裕なさそうだったから、ちょうどよかったんじゃないか? ああ、でも朱雀にのって王都に戻った時の国王の驚きっぷりは笑えたな」
うん? なんだろう、この感じ……ウルセルさんの僕をからかうときの黒さと、シューヤさんのエゲツない作戦を考える時の黒さと同じ匂いがする。
守人というのは、やっぱりこれぐらいの強かさがないとできないんだろうか。ルキさんが守人の中で最年長っぽいし、よりその特徴が強いのかもしれない。
「それでセントフォリアに戻ってどうする?」
「まずはマリアーナ様に会います。聖竜クイリンはサウザンアレスにはいなかったので、ほかの国の情報が欲しいです」
僕はひとつの考えがあった。転生を繰り返して積みかさねてきた知識は、確実に僕の可能性を広げてくれた。
魔法陣の構築から魔力の使い方や修行した魔力の操作まで、今までより深く理解できている。
今の僕なら……ウロボロスの呪いを解呪した僕だからできることがある。
この呪いの輪廻を、本当の意味で終わらせるんだ。
朱雀に乗ったままセントフォリアの王都マルティノにある王城に下りた。急いで女王の謁見室に向かう。
「クラウス様、よくぞご無事で戻られました……!」
マリアーナ様はそう言って優しく抱擁してくれた。琥珀色の瞳にはうっすらと涙も滲んでいる。僕がセントフォリアを出発するときよりもやつれて生気がないように感じた。この黒い霧の影響で大変なことになっているのだろう。
実際にチラリと見えた城下町は以前のような活気はなく、人影もまばらだった。
「ご心配おかけしました。なんとかできそうなので、さっそくですがクイリンの情報をもらえますか?」
セントフォリアの城には四大公爵家の当主たちが集まっていた。守人たちと通信しながら、国境を超えて移動する聖竜クイリンや魔物の情報を集めていた。ルキさんはすでにカスティル家に通信していたようで、当主は他家のフォローに当たっていた。
「クイリンは現在、古代遺跡におります。すでにセレナを向かわせており、他の守人たちにも連絡して直接古代遺跡に向かうよう指示を出しております」
「セレナを!? ……マリアーナ様、ふたつ聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?」
僕は蘇った記憶から考えたことを包み隠さず話すことにした。もうこれ以上悲しい決断をさせないと決意して、ズバッと切り込む。
「今の聖竜クイリンはセレナのお母さんですね。そしてセレナもそれを理解していて、次のクイリンになろうとしている……で間違いないですか?」
マリアーナ様が瞠目した。いままでに見たことがないくらい動揺している。
「聖獣を正気に戻す過程で、転生前の記憶が戻ったんです。それで理解しました」
「そうですか……クラウス様のおっしゃる通りでございます。セレナには旅に出るときにすべて話しました。聖女の役目ですから……」
伏せられた瞼は震えていて、その表情から本意でないのが感じ取れた。機会がなければ話していなかったのかもしれない。
「それなら、僕がこの呪いのような輪廻をとめます」
「そんな……そのようなことが、本当にできるのですか……?」
「僕のこれまでの記憶と、今回の人生で極めた青魔法があればできます。いえ、なにがなんでもやり遂げます」
「クラウス様……どうか、どうかあの子たちを救ってください! お願いします……!」
大聖女様の絞り出すような心の叫びを、僕は静かに受けとめた。
転移魔法で古代遺跡に向かえば、僕の記憶にあった景色とは随分違っていた。遺跡はすでに崩れ落ちて黒い霧のようなものが辺りに漂っている。
『ギイヤヤアアアァァァ!!』
耳に刺さるような鳴き声は聖竜クイリンの叫びだ。視線を向ければ、セレナが結界に黒く染まったクイリンを閉じ込めて、暴走するのを食いとめていた。
護衛長のヘクターさんたちは、襲いかかる魔物からセレナを守っている。
「セレナ!」
「ここでも魔物が活性化してるんだな。オレが片付ける」
「私もいきます」
ルキさんとカリンは大地を強く蹴って、あっという間に数十体の魔物を屠っていく。ルキさんの紅蓮の槍が火を吹いて魔物を倒し、カリンは剣を鮮やかに操り呪いにかかっていたブランクを感じさせなかった。
僕は聖獣たちももとの大きさに戻して、みんなの援護をするように指示を出した。それからセレナのもとに駆けつけて状況を聞きとる。
「セレナ、なにがあった?」
「クラウス様! ウロボロスを封印しようとしたのにできなくて、そのうちにクイリンが暴れ出して、どうにもならなくて……!」
苦しそうに眉間に皺をよせて、それでもクイリンを抑えている結界に魔力を流し込んでいる。
「セレナ、大丈夫だ。結界を解いていいよ。後は僕がやる」
「えっ……でも、そんなことしたら」
「カリンの呪いは解呪した。ほら、後ろを見てみて」
そろそろと後ろを振り返ったセレナが、大きく目を見開いている。カリンの勇ましい戦いぶりに、そして綺麗になった左腕に釘づけになっていた。
「じゃぁ……じゃぁ、クイリンの鱗は……」
「うん、もう必要ない。だから、こんな呪いみたいな封印はウロボロスごとなくそうと思ってる」
「それなら、クイリンはどうなってしまうの?」
セレナの声は震えている。封印がなくなれば、クイリンも消滅してしまう。考えはあるけど、期待を持たせたくなくて明言は避けた。
「それは僕に考えがある。はっきり言えなくて悪いけど、僕を信じてくれる?」
「……わかった。クラウス様を信じる」
そのセレナの言葉で、弾けるようにクイリンに張られた結界が消え去った。
すでに全身が黒くなってしまったクイリンは、のたうち回るように暴れている。
「朱雀、クイリンのところまで連れていってくれ」
《なによ、人使いが荒いわね! でも、アタシは有能だから連れていってあげるわ》
ふわりと舞い降りた朱雀は、僕が乗りやすいように身を低くした。素直な態度なのに上から目線の物言いでフッと笑いがもれる。
「ああ、頼む」
ウロボロスが封印の間際にのこした爪痕は、僕とマリンの子供たちを苦しめ続けた。記憶を取り戻すたびに、なん
とかしようとずっと研究をしてきたんだ。
何度も挑戦しては叶わなかったけど、今回で終わらせる。
すべてを終わらせて、僕が最後の最後の 魔皇帝になる。
暖かな風が僕の頬を優しく撫でていった。
寝床がふかふかしていて気持ちいい。枕も暖かい。こんな枕があるのか。
その感触を確かめたくて、手を伸ばしたら変な声が聞こえた。
「ひあっ!!」
なんだ、今の声。カリンの声か? カリン!?
そう思って目を開けたら、カリンが真っ赤な顔で僕を覗き込んでいた。
「あ、カリン。おはよう。どうした? そんな真っ赤な顔して……」
そこではたと気がつく。この角度で覗き込まれてるって、もしかして。
——膝枕!? 待て、待て待て、僕が伸ばした手はどこにある?
僕の悪戯な右手は、カリン内腿をなで回していた。衣服の上からとはいえ、ちょっと際どいところまで進んでいる。
「っ! ごめん! ちょっと、すごく気持ちよくて、思わず触れたくて……」
ダメだ、話せば話すほど墓穴を掘ってる気がする。
カリンは真っ赤な顔で、起き上がった僕を上目遣いで見つめてくる。いや、それはそれでかわいいんだけど。
「こんなところじゃ、イヤ……」
さらなる爆弾発言に、僕の理性が吹っ飛びそうになった。
こんなところじゃなきゃいいのか!? いや、結婚するんだからいいとは思うんだけど、経験のない僕に寝起きでこれは刺激が強すぎる!
「よかった! 目が覚めたな!」
僕が暴走する直前で、ルキさんが声を掛けてくれた。
そうだ、朱雀を正気に戻して、そのまま意識を失ったんだな。ほかの守人と同じように一緒にきてくれていた。
「はい、すみません。聖獣の宝珠に触れると、いつもこうなるんです」
「ああ、カリンちゃんから聞いたよ。それで、朱雀がオレたちを乗せてくれて、今はセントフォリアに向かってるけどよかったか?」
「大丈夫です。さすがルキさんです。時間が無駄にならずにすみました」
「あの、僕はどれくらい眠っていましたか?」
「そうだな、三時間くらいか。オレも報告やらなんやらしてからの出発だったからな」
僕が褒めると照れたように笑って、ルキさんは簡単にサウザンアレスの状況も教えてくれた。
僕が聖竜クイリンを探しながら、聖獣のもとにくるのは伝わっていて受け入れの準備はできていたそうだ。
「でも、あちこちで魔物の活性化が確認されて、国王も余裕なさそうだったから、ちょうどよかったんじゃないか? ああ、でも朱雀にのって王都に戻った時の国王の驚きっぷりは笑えたな」
うん? なんだろう、この感じ……ウルセルさんの僕をからかうときの黒さと、シューヤさんのエゲツない作戦を考える時の黒さと同じ匂いがする。
守人というのは、やっぱりこれぐらいの強かさがないとできないんだろうか。ルキさんが守人の中で最年長っぽいし、よりその特徴が強いのかもしれない。
「それでセントフォリアに戻ってどうする?」
「まずはマリアーナ様に会います。聖竜クイリンはサウザンアレスにはいなかったので、ほかの国の情報が欲しいです」
僕はひとつの考えがあった。転生を繰り返して積みかさねてきた知識は、確実に僕の可能性を広げてくれた。
魔法陣の構築から魔力の使い方や修行した魔力の操作まで、今までより深く理解できている。
今の僕なら……ウロボロスの呪いを解呪した僕だからできることがある。
この呪いの輪廻を、本当の意味で終わらせるんだ。
朱雀に乗ったままセントフォリアの王都マルティノにある王城に下りた。急いで女王の謁見室に向かう。
「クラウス様、よくぞご無事で戻られました……!」
マリアーナ様はそう言って優しく抱擁してくれた。琥珀色の瞳にはうっすらと涙も滲んでいる。僕がセントフォリアを出発するときよりもやつれて生気がないように感じた。この黒い霧の影響で大変なことになっているのだろう。
実際にチラリと見えた城下町は以前のような活気はなく、人影もまばらだった。
「ご心配おかけしました。なんとかできそうなので、さっそくですがクイリンの情報をもらえますか?」
セントフォリアの城には四大公爵家の当主たちが集まっていた。守人たちと通信しながら、国境を超えて移動する聖竜クイリンや魔物の情報を集めていた。ルキさんはすでにカスティル家に通信していたようで、当主は他家のフォローに当たっていた。
「クイリンは現在、古代遺跡におります。すでにセレナを向かわせており、他の守人たちにも連絡して直接古代遺跡に向かうよう指示を出しております」
「セレナを!? ……マリアーナ様、ふたつ聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?」
僕は蘇った記憶から考えたことを包み隠さず話すことにした。もうこれ以上悲しい決断をさせないと決意して、ズバッと切り込む。
「今の聖竜クイリンはセレナのお母さんですね。そしてセレナもそれを理解していて、次のクイリンになろうとしている……で間違いないですか?」
マリアーナ様が瞠目した。いままでに見たことがないくらい動揺している。
「聖獣を正気に戻す過程で、転生前の記憶が戻ったんです。それで理解しました」
「そうですか……クラウス様のおっしゃる通りでございます。セレナには旅に出るときにすべて話しました。聖女の役目ですから……」
伏せられた瞼は震えていて、その表情から本意でないのが感じ取れた。機会がなければ話していなかったのかもしれない。
「それなら、僕がこの呪いのような輪廻をとめます」
「そんな……そのようなことが、本当にできるのですか……?」
「僕のこれまでの記憶と、今回の人生で極めた青魔法があればできます。いえ、なにがなんでもやり遂げます」
「クラウス様……どうか、どうかあの子たちを救ってください! お願いします……!」
大聖女様の絞り出すような心の叫びを、僕は静かに受けとめた。
転移魔法で古代遺跡に向かえば、僕の記憶にあった景色とは随分違っていた。遺跡はすでに崩れ落ちて黒い霧のようなものが辺りに漂っている。
『ギイヤヤアアアァァァ!!』
耳に刺さるような鳴き声は聖竜クイリンの叫びだ。視線を向ければ、セレナが結界に黒く染まったクイリンを閉じ込めて、暴走するのを食いとめていた。
護衛長のヘクターさんたちは、襲いかかる魔物からセレナを守っている。
「セレナ!」
「ここでも魔物が活性化してるんだな。オレが片付ける」
「私もいきます」
ルキさんとカリンは大地を強く蹴って、あっという間に数十体の魔物を屠っていく。ルキさんの紅蓮の槍が火を吹いて魔物を倒し、カリンは剣を鮮やかに操り呪いにかかっていたブランクを感じさせなかった。
僕は聖獣たちももとの大きさに戻して、みんなの援護をするように指示を出した。それからセレナのもとに駆けつけて状況を聞きとる。
「セレナ、なにがあった?」
「クラウス様! ウロボロスを封印しようとしたのにできなくて、そのうちにクイリンが暴れ出して、どうにもならなくて……!」
苦しそうに眉間に皺をよせて、それでもクイリンを抑えている結界に魔力を流し込んでいる。
「セレナ、大丈夫だ。結界を解いていいよ。後は僕がやる」
「えっ……でも、そんなことしたら」
「カリンの呪いは解呪した。ほら、後ろを見てみて」
そろそろと後ろを振り返ったセレナが、大きく目を見開いている。カリンの勇ましい戦いぶりに、そして綺麗になった左腕に釘づけになっていた。
「じゃぁ……じゃぁ、クイリンの鱗は……」
「うん、もう必要ない。だから、こんな呪いみたいな封印はウロボロスごとなくそうと思ってる」
「それなら、クイリンはどうなってしまうの?」
セレナの声は震えている。封印がなくなれば、クイリンも消滅してしまう。考えはあるけど、期待を持たせたくなくて明言は避けた。
「それは僕に考えがある。はっきり言えなくて悪いけど、僕を信じてくれる?」
「……わかった。クラウス様を信じる」
そのセレナの言葉で、弾けるようにクイリンに張られた結界が消え去った。
すでに全身が黒くなってしまったクイリンは、のたうち回るように暴れている。
「朱雀、クイリンのところまで連れていってくれ」
《なによ、人使いが荒いわね! でも、アタシは有能だから連れていってあげるわ》
ふわりと舞い降りた朱雀は、僕が乗りやすいように身を低くした。素直な態度なのに上から目線の物言いでフッと笑いがもれる。
「ああ、頼む」
ウロボロスが封印の間際にのこした爪痕は、僕とマリンの子供たちを苦しめ続けた。記憶を取り戻すたびに、なん
とかしようとずっと研究をしてきたんだ。
何度も挑戦しては叶わなかったけど、今回で終わらせる。
すべてを終わらせて、僕が最後の最後の 魔皇帝になる。