* * *


 ————もうダメだと思った。

 護衛兵たちはやられて、なんとか結界を張って守っているものの、それだけで手一杯だ。
 ここに来るまでに二十匹の火トカゲとの戦闘で、魔力がほとんど残ってないのに魔物が魔石進化したのだ。

 Dランクの魔物からAランクのブラックサラマンダーへ。最初の一撃で攻撃の要だった護衛長が倒されて、反撃するも決定打を与えられず追い詰められた。
 覚悟してこの特命の旅に出たはずなのに、いざとなったら体が震える。この三年間で何度も危機はあったけど、こんな絶望的な状況は初めてだった。

 最後にあのお方に……会いたかった。もうすぐ会えると思ってたのに。

 その時、ピタリとブラックサラマンダーの攻撃が止む。
 なにが起きているのかわからず、でも結界を解くことはできないしブラックサラマンダーからも目が離せない。なにかを探しているようにキョロキョロとしている。突然あさっての方向に黒炎を吐き出した。

 そのまま、なにかを追いかけるように黒炎を断続的に吐き続けている。ブラックサラマンダーが私に横腹を見せたところで、またなにかを探していた。
 すると今度はあっという間に、凍りついて漆黒の巨体から氷の柱が突き出てきた。ブラックサラマンダーはもう動かない。

 これは……助かったの? たしかに強い魔力は感じたけど、誰かがブラックサラマンダーを討伐してくれたの?
 戸惑っていると、魔物の背中から青年が姿を現した。柔らかな黒髪をなびかせて、青紫の瞳が私たちを見つめている。優しそうな目元とバランス良く整った顔立ちは、私の記憶の中のある人によく似ていた。

「エ……ラ……ル」

 青年がぽそっとなにかを呟くと、私たちは金色の淡い光に包まれた。すぐに全体治癒魔法をかけてくれたのだとわかった。私と倒れている護衛兵たちの傷はあっという間に癒えていく。

「驚かせてすみません。皆さんには治癒魔法かけたので、もう大丈夫だと思います。あの、実は今試験中で討伐証明が必要なんですが、もらってもいいですか?」

 ブラックサラマンダーの尻尾を抱えて近づいてきた青年を見て、希望が確信へと変わる。それなのに喉がカラカラで声が出ない。大きく頷いて返事をすると、ペンダントの先についている水晶が金色に光っていた。その事実にさらに驚き思考が停止してしまう。

「それでは急いでるので、これで失礼します」

 そう言って、青年は姿を消した。


「……っ! ……っ! ……っっ!!」

 私は、あまりの偶然に、あまりの奇跡に、言葉にならなかった。

「うっ……はっ! 聖女様!! ご無事ですか!?」
「ゔゔっ! 魔物は!!」
「がは……え、あれ? 傷が治ってる? 聖女様は……聖女様?」
「……た」

 意識を取り戻した護衛兵たちは困惑しながらも、私の様子をうかがっている。

「聖女様? あの……?」
「やっと見つけた! 私たちの旅はもうすぐ終わるわ」
「ええ! 本当に見つけられたのですか!?」
「本当に……! 三年もかかったけど、やっと!!」
「それでは、早く出発しましょう! 一刻も早くお会いせねば!」

 私はペンダントの先についた、いまだ金色に光る水晶を握りしめた。

 そう、見つけた。ずっとずっと探し求めていたお方を。
 ずっとずっとお会いしたかった、あの方を。

「クラウス・フィンレイ様……すぐにお迎えに向かいます!」


     ** *


 僕は全力疾走した。

 リジェネは常に体力を回復してくれるので、どんなに全力を出しても疲れることはない。
 いつまでに戻ればSランクになるのか聞くのを忘れたから、とにかく最短で戻るしかなかった。
 出発したのが十時半。夕方くらいまでに着けばSランク判定を受けられるか?

 ……ていうか、倒したのが火トカゲじゃないけど合格できるんだろうか? まさか、ブラックサラマンダーじゃダメだとか言われたらどうしよう!?

 僕は覚悟を決めてギルドの扉を開いた。

「も、戻りました!!」
「え、クラウス!? めちゃくちゃ早かったわね。最速記録なんじゃないかしら? ちょっと待っててね」

 受付のジェリーさんは、ウルセルさんを呼びにいってくれたんだろう。カウンターの奥に姿を消した。そして数分後にやってきたウルセルさんに、火トカゲとブラックサラマンダーの件を正直に話す。

「あの……火トカゲは見つけたんですけど、他の冒険者に倒されてしまったんです。でも魔石進化してブラックサラマンダーになったので、そっちでもいいかと討伐したんですけど……やはりこれでは不合格でしょうか?」
「は? ブラックサラマンダーを討伐してきた?」

 ウルセルさんとジェリーさんはポカーンとしていた。気を取り直したウルセルさんが、渡した討伐証明をまじまじと見ている。

「Aランクのブラックサラマンダーをひとりで倒して、この時間に戻ってきたのか?」

 時刻は夕方だ。出発してからすでに七時間が経過している。今回は討伐した魔物も違うし、時間もかなり経ってしまったから、やっぱり無理かもしれない。
 またチャレンジさせてもらえるなら、次回頑張ったほうがいいかも……。

「はっ! ははは! いやー、初っ端から飛ばしてくれるな。合格だ。クラウス・フィンレイは文句なしでSランク合格だ!」
「え……合格ですか!? 僕は、僕はここで働けるんですね!」

 もしかしたら「試験の内容も理解できない奴はいらん」とか言われて、ダメかもと考えていたので合格という言葉にホッとする。そこでようやく、ここは魔導士団じゃないんだと実感した。

「当たり前だろ! このギルドは完全実力主義がモットーだ。クラウスみたいな強い冒険者は大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございます!!」

 初めて認めてもらえた。
 ずっと『色なし』と呼ばれて、僕が何を言っても聞いてすらもらえなかった。
 でも、ここは違う。ウルセルさんは違う。ジェリーさんも違う。ちゃんと仮登録の僕でも見てくれていた。
 魔導士団で傷ついて硬くなった心が、軽く柔らかくほぐれていく。

「それでな、職業はどうする?」
「職業ですか? 魔導士ではダメなんですか?」
「うーん、それだとザックリ過ぎるんだよなぁ。クラウスは黒でも赤でもないだろ?」

 僕は黙って頷いた。たしかに黒魔導士でも赤魔導士でもない。職業は依頼を受ける際や、誰かとパーティーを組むときに必要な情報だから、適当な登録はできない決まりだ。

「いっそ、新しく作るか? うん、そうしよう!」
「そんなことできるんですか?」
「ああ、問題ない。そもそも俺が冒険者になった頃は魔剣士も聖騎士もなかったからな。今じゃ聖騎士が騎士団長になってるけど最初は大変だったらしいぞ」

 そうだったのか! 確かに騎士団長のアランさんは聖騎士だった。聖属性が使える騎士が強いって認識されるまで、僕みたいに大変だったのかもしれないと想像した。
 ウルセルさんは僕を上から下まで見て、閃いたという顔をした。いい案が出てきたらしい。

「青魔導士……青魔導士ってどうだ?」
「うわあ、なんかカッコいいですね! それでお願いします!」

 僕が身につけているローブと同じ色の魔導士とか、制服みたいで夢みたいだ! ……あれ? もしかして僕が青いローブ着てたから、青魔導士なのかな? ま、まあ、細かいことは気にしないようにしよう。

「じゃぁ、治癒魔法だけで攻撃できるのが青魔導士の定義でいいか?」
「はい、それで大丈夫です!」
「それならクラウスが使う特殊魔法は青魔法ってとこだな。あ、帰る前に受付で冒険者カードと支給品のアイテム袋を受け取っていけよ」

 そうか、僕が開発した魔法は青魔法か……なんだか恥ずかしいような嬉しいような、くすぐったい気分だ。 

「ウルセルさん、ありがとうございます!」

 こうして僕は世界でたったひとりの青魔導士となった。