* * *
「……連絡が来ない」
私はしかめっ面のまま、毎夜くるはずのお兄ちゃんからの通信を待っていた。だいたいの時間は決めてあって、予定が変わる時は前日までかジェリーさん経由で伝えてもらってる。
イレギュラーなことが起きた?
それとも連絡できない状況なの?
連絡できない状況……っ!!
初めてお兄ちゃんから通信で連絡をもらった時だ。嬉しすぎて張り切って声をかけたのに、お兄ちゃんの側には別の女がいた。王女とか言ってたけど、女には変わりない。
天国から地獄の底に叩き落とされたような気持ちになったのだ。
呪いを受けてお兄ちゃんについていけなくて、あの時ほど自分の体を疎ましく思ったことはなかった。
もしかして今も誰か女の人がお兄ちゃんの側にいて、連絡できないんじゃ……!!!!
心臓がキュッと掴まれたようにつぶれそうだ。
妖艶な美女がお兄ちゃんにしなだれかかり、腕をからませ真っ赤な唇を寄せて——
「ダメ——!! そんなの絶対に許せないっ!!」
ひとりで勝手に想像して、ひとりで勝手に怒り狂った。はたと我に帰り虚しくなる。
お兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんの隣にいるのはいつも私でいたい。
あの夕暮れ色の瞳を私だけに向けてほしい。
いっそ、お兄ちゃんとは血が繋がってないとバラしてしまおうか。そうしたら私を気にかけてくれるかもしれない。
「でも、もしそれでも妹だって言われたら……立ち直れない」
はぁとため息がこぼれる。
独占したいくせに臆病で、お兄ちゃんが家族に向ける愛情を妹のフリして受け取っている。本当の兄弟ではないと伝えたら、お兄ちゃんはどんな顔をするんだろう?
《《カリン! 遅くなってごめん!》》
その時、待ちに待ったお兄ちゃんからの通信がきた。嬉しくてたまらないのに、テンパりすぎて素直な言い方ができない。
「もう! 遅いよ! なにかあったのかと思って心配してたんだからね!」
《《うん、ごめん。通信機を手にした瞬間ウルセルさんに声かけられて話し込んじゃった》》
……犯人はウルセルさんね。通信機買ってくれたから、今回は大目にみよう。
私がツンケンしても、お兄ちゃんは優しくふんわりした声で返してくれる。こんなところも大好きになってしまった理由のひとつだ。
「最近忙しそうだけど大丈夫?」
《《うーん、毎日時間が足りない。なんで一日二四時間なんだろう?》》
「ふふっ、それ子供の時から言ってたね。治癒魔法の練習してた時も言ってたよ」
《《そうだっけ? まあ、あの時もヒールを覚えるのに必死だったからな》》
お兄ちゃんはお転婆な私がよく怪我をするから、それを治すためにヒールを覚えてくれた。あの頃にはもうお兄ちゃんを好きになっていたなと思い出す。
「ねえ……あの頃お兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたの覚えてる?」
まだ幼かった私は傷つくことを知らず、ただ純粋に気持ちを伝えていた。今思えばずいぶん大胆だ。
《《ああ、覚えてるよ。あの頃のカリンは素直でかわいかった……》》
「そうだね、いまはかわいいだけじゃなくて、強く美しく育ってしまったのよねー」
いつものように私の冗談で笑って欲しかったのに、帰ってきた答えは予想外のものだった。
《《うん、変な男につきまとわれないか心配だ。僕のカリンなのに……》》
「え……?」
いま、なんて?
僕のなんだって?
《《あー、ごめん。変なこと言った? ここ三日くらいほとんど寝てなくて頭働いてないかも》》
「そ、そうなの? それなら早く寝たほうがいいよ。無理してほしくないし! 今日はもうおしまい! おやすみ!!」
《《うん、カリン、ありがとう。おやすみ》》
眠そうな声もかわいくて好き! なんて思いながら、通信を切った。
いや、待って。ちょっと落ち着け、私。
あれは、お兄ちゃんの本心か? 本心なのかしら? ジェリーさんが言ってたけど、酔った時や切羽詰まった時に本性や本心が出るって言ってたわ。
お兄ちゃんは三日間ほとんど寝てないって言ってた。
これは肉体的に切羽詰まった状況ということだよね?
つまり、さっきのが聞き間違いじゃなければ!
『僕のカリンなのに』
マ・ジ・で・す・か——!!!!
嬉しすぎて緩みっぱなしの顔をベッドに押し付けた。もうだいぶ薄まってしまったけど、お兄ちゃんの匂いがして余計にのたうちまわってしまう。実は家からお兄ちゃんが使ってた毛布を持ってきて、こっそり使ってたのだ。
会えなくて寂しすぎて、ヤケクソで持ってきた寝具の匂いにドキドキがちとまらない。まあ、見つからなければ問題ないわ。
これはもしかしたら、もしかして、気持ちを伝えたら案外あっさり受け入れてくれるじゃないかな?
友達の兄妹関係を見る限りもっとドライで、なんていうかそもそもここまで興味持って見てない気がする。
そこで、ある可能性に気がついた。
もしかして、お兄ちゃんは知ってる? 私と血が繋がってないと知ってる?
お兄ちゃんが家にきたのはいつだった?
「た、確かめなくちゃ……!」
もし、私たちが本当の兄妹じゃないと知ってるなら、振り向いてくれるまであきらめない。
きっと私以上にお兄ちゃんを——クラウスを愛せる人なんてほかにいないから。
* * *
リハク王子の準備が整い、いよいよ行動に移す時がきた。
今回の作戦では僕とセレナ、サクラさんが青龍の元に向かっている。
出発と同時にリジェネと限界突破は全員にかけてある。ミリア王女が餞別がわりにくれたイヤーカフ型の通信機もつけていた。
僕の役目はまず青龍を正気に戻すことだ。
サクラさんの案内で青龍の住処までやってきた。目の前には高さ三十メートルの滝があり、水飛沫を上げて清らかな流れを作っている。うっすらと虹がかかっていて、荘厳な雰囲気の中にも幻想的な美しさがあった。
澄んだ空気を肺の奥まで吸い込むと、心まで洗われたような気分になる。一度カリンも連れてきたと思った。毎日通信もしているけど、それだけじゃ足りない。一緒に住んでいた時よりも思い出している。
カリンに会いたいな。
あの花が咲くような笑顔が見たい。
カリンにもウッドヴィル以外の国を見せたい。
美味しい食べ物や、美しい景色も一緒に見たい。
なあ、カリンは……今なにしてる?
そんな考えにふけっていた僕の意識をこちらに戻したのはセレナだった。
「クラウス様、すごく綺麗な景色ね!」
「うん、本当に……カリンにも見せたかったな」
「……カリンちゃんが元気になったら、きっと一緒にこれるわ。本当にクラウス様はカリンちゃんが大切なのね」
「うん、たったひとりの家族だしね。……僕の大切な人だよ」
「くぅ……やっぱり、カリンちゃんには勝てないっ! はー、もう筋金入りのシスコンってみんなに言われない?」
「よく言われる」
セレナが呆れたように笑っていた。
どんなに笑われても変えられないし、変える気もないんだからしかたないと思う。シスコンと呼ばれても甘んじて受け入れよう。
「クラウス様、この辺りに青龍はいるはずだが……なにか感じるか?」
サクラさんの問いかけにあらためて魔力感知してみる。王都を出てからずっと探っていいるけど、大きな魔物の気配はあっても青龍らしい気配が感じられなかった。聖獣ならわかるだろうか?
「玄武、白虎。お前たちはなにか感じるか?」
《主人殿、なにかおかしい気がする》
《ああ、なんかアイツじゃない。気配が違う》
胸ポケットと肩から似たような返事が返ってきた。
「おかしい? 気配が違う?」
その時、上空から魔物の気配が迫ってきた。
反射的に見上げた先には、巨大な口を開けて迫り来る青い龍だった。
《主人殿! 青龍だ!》
《クラウス、本気で攻撃仕掛けてくるぞ!》
「これが青龍……!?」
両目は魔物のように赤く光り、その額に輝くサファイアのような宝珠は半分が黒く染まっている。
聖獣の額にある宝珠は、その輝きを失いつつあった。
「……連絡が来ない」
私はしかめっ面のまま、毎夜くるはずのお兄ちゃんからの通信を待っていた。だいたいの時間は決めてあって、予定が変わる時は前日までかジェリーさん経由で伝えてもらってる。
イレギュラーなことが起きた?
それとも連絡できない状況なの?
連絡できない状況……っ!!
初めてお兄ちゃんから通信で連絡をもらった時だ。嬉しすぎて張り切って声をかけたのに、お兄ちゃんの側には別の女がいた。王女とか言ってたけど、女には変わりない。
天国から地獄の底に叩き落とされたような気持ちになったのだ。
呪いを受けてお兄ちゃんについていけなくて、あの時ほど自分の体を疎ましく思ったことはなかった。
もしかして今も誰か女の人がお兄ちゃんの側にいて、連絡できないんじゃ……!!!!
心臓がキュッと掴まれたようにつぶれそうだ。
妖艶な美女がお兄ちゃんにしなだれかかり、腕をからませ真っ赤な唇を寄せて——
「ダメ——!! そんなの絶対に許せないっ!!」
ひとりで勝手に想像して、ひとりで勝手に怒り狂った。はたと我に帰り虚しくなる。
お兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんの隣にいるのはいつも私でいたい。
あの夕暮れ色の瞳を私だけに向けてほしい。
いっそ、お兄ちゃんとは血が繋がってないとバラしてしまおうか。そうしたら私を気にかけてくれるかもしれない。
「でも、もしそれでも妹だって言われたら……立ち直れない」
はぁとため息がこぼれる。
独占したいくせに臆病で、お兄ちゃんが家族に向ける愛情を妹のフリして受け取っている。本当の兄弟ではないと伝えたら、お兄ちゃんはどんな顔をするんだろう?
《《カリン! 遅くなってごめん!》》
その時、待ちに待ったお兄ちゃんからの通信がきた。嬉しくてたまらないのに、テンパりすぎて素直な言い方ができない。
「もう! 遅いよ! なにかあったのかと思って心配してたんだからね!」
《《うん、ごめん。通信機を手にした瞬間ウルセルさんに声かけられて話し込んじゃった》》
……犯人はウルセルさんね。通信機買ってくれたから、今回は大目にみよう。
私がツンケンしても、お兄ちゃんは優しくふんわりした声で返してくれる。こんなところも大好きになってしまった理由のひとつだ。
「最近忙しそうだけど大丈夫?」
《《うーん、毎日時間が足りない。なんで一日二四時間なんだろう?》》
「ふふっ、それ子供の時から言ってたね。治癒魔法の練習してた時も言ってたよ」
《《そうだっけ? まあ、あの時もヒールを覚えるのに必死だったからな》》
お兄ちゃんはお転婆な私がよく怪我をするから、それを治すためにヒールを覚えてくれた。あの頃にはもうお兄ちゃんを好きになっていたなと思い出す。
「ねえ……あの頃お兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたの覚えてる?」
まだ幼かった私は傷つくことを知らず、ただ純粋に気持ちを伝えていた。今思えばずいぶん大胆だ。
《《ああ、覚えてるよ。あの頃のカリンは素直でかわいかった……》》
「そうだね、いまはかわいいだけじゃなくて、強く美しく育ってしまったのよねー」
いつものように私の冗談で笑って欲しかったのに、帰ってきた答えは予想外のものだった。
《《うん、変な男につきまとわれないか心配だ。僕のカリンなのに……》》
「え……?」
いま、なんて?
僕のなんだって?
《《あー、ごめん。変なこと言った? ここ三日くらいほとんど寝てなくて頭働いてないかも》》
「そ、そうなの? それなら早く寝たほうがいいよ。無理してほしくないし! 今日はもうおしまい! おやすみ!!」
《《うん、カリン、ありがとう。おやすみ》》
眠そうな声もかわいくて好き! なんて思いながら、通信を切った。
いや、待って。ちょっと落ち着け、私。
あれは、お兄ちゃんの本心か? 本心なのかしら? ジェリーさんが言ってたけど、酔った時や切羽詰まった時に本性や本心が出るって言ってたわ。
お兄ちゃんは三日間ほとんど寝てないって言ってた。
これは肉体的に切羽詰まった状況ということだよね?
つまり、さっきのが聞き間違いじゃなければ!
『僕のカリンなのに』
マ・ジ・で・す・か——!!!!
嬉しすぎて緩みっぱなしの顔をベッドに押し付けた。もうだいぶ薄まってしまったけど、お兄ちゃんの匂いがして余計にのたうちまわってしまう。実は家からお兄ちゃんが使ってた毛布を持ってきて、こっそり使ってたのだ。
会えなくて寂しすぎて、ヤケクソで持ってきた寝具の匂いにドキドキがちとまらない。まあ、見つからなければ問題ないわ。
これはもしかしたら、もしかして、気持ちを伝えたら案外あっさり受け入れてくれるじゃないかな?
友達の兄妹関係を見る限りもっとドライで、なんていうかそもそもここまで興味持って見てない気がする。
そこで、ある可能性に気がついた。
もしかして、お兄ちゃんは知ってる? 私と血が繋がってないと知ってる?
お兄ちゃんが家にきたのはいつだった?
「た、確かめなくちゃ……!」
もし、私たちが本当の兄妹じゃないと知ってるなら、振り向いてくれるまであきらめない。
きっと私以上にお兄ちゃんを——クラウスを愛せる人なんてほかにいないから。
* * *
リハク王子の準備が整い、いよいよ行動に移す時がきた。
今回の作戦では僕とセレナ、サクラさんが青龍の元に向かっている。
出発と同時にリジェネと限界突破は全員にかけてある。ミリア王女が餞別がわりにくれたイヤーカフ型の通信機もつけていた。
僕の役目はまず青龍を正気に戻すことだ。
サクラさんの案内で青龍の住処までやってきた。目の前には高さ三十メートルの滝があり、水飛沫を上げて清らかな流れを作っている。うっすらと虹がかかっていて、荘厳な雰囲気の中にも幻想的な美しさがあった。
澄んだ空気を肺の奥まで吸い込むと、心まで洗われたような気分になる。一度カリンも連れてきたと思った。毎日通信もしているけど、それだけじゃ足りない。一緒に住んでいた時よりも思い出している。
カリンに会いたいな。
あの花が咲くような笑顔が見たい。
カリンにもウッドヴィル以外の国を見せたい。
美味しい食べ物や、美しい景色も一緒に見たい。
なあ、カリンは……今なにしてる?
そんな考えにふけっていた僕の意識をこちらに戻したのはセレナだった。
「クラウス様、すごく綺麗な景色ね!」
「うん、本当に……カリンにも見せたかったな」
「……カリンちゃんが元気になったら、きっと一緒にこれるわ。本当にクラウス様はカリンちゃんが大切なのね」
「うん、たったひとりの家族だしね。……僕の大切な人だよ」
「くぅ……やっぱり、カリンちゃんには勝てないっ! はー、もう筋金入りのシスコンってみんなに言われない?」
「よく言われる」
セレナが呆れたように笑っていた。
どんなに笑われても変えられないし、変える気もないんだからしかたないと思う。シスコンと呼ばれても甘んじて受け入れよう。
「クラウス様、この辺りに青龍はいるはずだが……なにか感じるか?」
サクラさんの問いかけにあらためて魔力感知してみる。王都を出てからずっと探っていいるけど、大きな魔物の気配はあっても青龍らしい気配が感じられなかった。聖獣ならわかるだろうか?
「玄武、白虎。お前たちはなにか感じるか?」
《主人殿、なにかおかしい気がする》
《ああ、なんかアイツじゃない。気配が違う》
胸ポケットと肩から似たような返事が返ってきた。
「おかしい? 気配が違う?」
その時、上空から魔物の気配が迫ってきた。
反射的に見上げた先には、巨大な口を開けて迫り来る青い龍だった。
《主人殿! 青龍だ!》
《クラウス、本気で攻撃仕掛けてくるぞ!》
「これが青龍……!?」
両目は魔物のように赤く光り、その額に輝くサファイアのような宝珠は半分が黒く染まっている。
聖獣の額にある宝珠は、その輝きを失いつつあった。