「改めまして、私はリンネルド王国第一王子、リハク・ジルバーン・リンネンルドにございます。此度は我が国おいでいただき、まことに恐悦至極でございます」
対面に腰かけ深々と頭を下げたリハク王子は、それでもやっぱり姿勢がいい。
「ご丁寧にありがとうございます。ただ、できれば普通に接してもらえると助かります」
「クラウス様がそうおっしゃるのであれば、承知いたしました」
「でも今回は国王様のお出迎えがなくて安心しました。あれ、平民の僕には心臓に悪いです」
「ははっ、大聖女様から新たに通達がきてましたから。クラウス様は派手なことが嫌いだと」
そんな通達を出していてくれたのか、それはありがたい。定番のお願いもすんだし、本題に入る。今回はリンネルド王国でやりたいことはふたつだ。
「それではまず僕は青龍のもとに向かいます。サクラさん、案内をお願いします」
「任せてくれ」
「それからサクラさんの状況をなにがなんでも変えます。みなさん協力してもらえますか?」
セシウスの記憶は、僕の心に変化をもたらした。
魔皇帝なんて相変わらず不相応だと思うし、権力を振り回すなんて嫌だけど。でも、それで変えられるものがあるなら、それが僕しか使えないなら利用すると決めた。一途に聖獣を守り続けてくれた人たちに報いたい、それだけだ。
「クラウス様、サクラの状況を変えるとはどういうことですか?」
リハク王子が強い光をたずさえて、探るように睨みつけている。自国でなにをするつもりなのかと、警戒するのは王子なら当然だ。
「僕はほかの守人たちと同じように、サクラさんにも快適にこの国で過ごしてほしいだけです。そのために必要なものをすべて用意したいと考えています」
「クラウス様、そのような気遣いは無用だ」
慌てたサクラさんは僕の申し出を辞退しようとするけど、それこそ僕だって引くつもりはない。もう決めたんだ。
「いえ、これは気遣いじゃなくて自己満足です。自分勝手ですみません」
「…………」
リハク王子は眉間にシワをよせて悔しそうな表情を浮かべている。
「リハク王子、この国の第一王子として僕に協力してもらえますか?」
「本当なら……本来なら、それはオレがやらなくてはいけなかったんだ。クラウス様、申し訳ないがよろしく頼みます」
「もしかして、なにか事情があるんですか?」
リハク王子は一瞬悩んだ様子だったけど、長いため息をついて静かに話しはじめた。
「オレの母はサクラと同じように、異端だと虐げられていました。王妃として国益のために魔導士を続けていたからです」
「え……国益になるからやっていたのにですか?」
疑問をそのまま口に出してしまった。
リハク王子は眉尻を下げて自嘲気味に話を続ける。
「そうです。魔法で結界を張ったり補助魔法で兵士たちのフォローをしていたけど、父がそれを認めなかった。だからオレは母が認められるような国にしたいと、いろいろとやったのですが……この状況です。昨年に流行り病で母が亡くなりサクラのこともあって動いてましたが、今では廃嫡まで秒読み状態です」
「そうだったんですか……」
この国の第一王子が声を上げても響かない。そんな強い固定観念なのか。これは一筋縄じゃいかなそうだ。
「クラウス様、私はこのままでもかまわない。どうかお気になさらず。リハク様も、もうよいですから」
「サクラさん、リハク王子は僕たちの仲間を助けようとしてくれてる恩人ですし、なにより仲間がこんな状況なのは僕が許せません」
「んー、だけどクラウス。王子がいろいろやってダメなら、あとはクーデター起こすくらいしかないぞ?」
「それをやったら、この国は変わりますか?」
ウルセルさんの意見に、僕は質問で返した。どの道それしかないなら、やるだけだ。
「そうだね、リハク王子が新しい国王になれば……それでも国民の意識を変えるのには相当の時間がかかるけど」
シューヤさんも公爵家の嫡男として教育を受けてきたから、こういう場合は僕より正しい判断ができる。ふたりとも同じ意見なら間違いないだろう。
「リハク王子、覚悟はありますか?」
僕はもう決めている。使えるものはすべて使ってでも変えてやる。
リハク王子は、グッと硬く拳をにぎり覚悟を決めた強い視線を僕に向けた。
「たった今、覚悟を決めました。オレはサクラのためにこの国を変えます」
「リハク様……クラウス様、ありがとうございます」
この言葉にサクラさんは嬉しそうに、熱のこもった瞳でリハク王子を見つめている。澄んだ湖のような瞳はうっすらと潤んでいた。
きっと、これまでもリハク王子はサクラさんの支えだったんだろう。そっとふたりの幸せな未来を願った。
「では全員の覚悟も決まったことですし、作戦を立てましょう」
シューヤさんは黒い笑顔でニヤリと笑った。
作戦会議の後でウルセルさんが、シューヤさんは昔からこういうのが得意でボードゲームでは勝てたことがないとボヤいてた。
それを聞いて、セシウスの記憶の中にかつて仲間だった四人の役割分担があったのを思い出す。あの時から確かにモスリンは戦略を立てるのが上手かった。ああ、アイツの子孫に間違いないと妙に納得したのだった。
ひとまずリハク王子の準備が整うまで、少し時間の余裕ができてしまった。せっかくなので僕は青魔法の研究を進めることにした。
カリンの呪いを解くための青魔法だ。治癒魔法が効かないのはわかったけど、青魔法ならできるかもしれない。聖竜クイリンの鱗が間に合わない可能性もある。
モリス師匠のおかげで魔力の流し方がずいぶんと上達したんだ。今なら使えるようになるかもしれない。ずっと考えていた、あの青魔法が——カリンの呪いを治せるかもしれない青魔法が。
それから僕は寝る間も惜しんで空いた時間で研究を続けた。
日課になったカリンとの通信はちゃんとこなしている。たまに寝落ちしたり眠すぎてズレたことをいう時もあるけど、次の日は少し早めに通信を切り上げてくれるのがカリンの優しさだ。
研究で使う花を手に取り、波長を変えて魔力を流してわざと滞らせる。これがカリンの呪いに一番近い形だった。ここで一度対象の魔力の流れを細かく確認する。どこがどの程度詰まっているのか丁寧に調べた。
「よし、スキャン完了だ。次は僕の魔力を流し込む」
複雑な魔道具に魔力を流し込むように、均一にゆっくりと力を込めた。ところが、流し込むことはできても波長を変えた魔力は消えなかった。
「あ、そうか。流し込むだけじゃダメだ。流し込みながら絡め取らないと消せないな」
ふーっと息を吐いて、その後も同じように何度も何度も研究を重ねた。
僕は決してあきらめない。できることがあるなら全部やる。万が一にでもカリンを失わないように必死だった。