《《お兄ちゃん、もう聖竜を見つけたの!? すごい!》》
「いや、見つけただけで捕まえていないから、まだまだなんだけど……」
いつものカリンとの毎夜のたわいもない会話で、今日は大ニュースがあったからウキウキと報告していた。その知らせを受けたカリンの声も、いつもより明るく弾んでいる。
《《えー、でもお兄ちゃんの魔力感知があれば、半分捕まえたようなものでしょ?》》
「うーん、国をまたがれたら、ちょっとキツイなあ……」
《《待って、その基準がもう一般的じゃないから。やっぱり魔皇帝様は違うね!》》
確かに、一般的な魔力感知は半径十メートルほどだ。魔導士団に入るくらいの人材で半径五キロメートルだから、カリンの言うこともわかる。でも、褒められ慣れていない僕はくすぐったくてしかたない。
「あんまり褒められたら落ち着かないよ」
《《なんで? 魔皇帝ってカッコいいのに》》
なっ……! 魔皇帝がカッコいいだって!? 思わず喜んでしまった……!
だけどあの崇められる空気には、今後も耐えられそうにない。
「ええ……いや、不相応だから辞めようと思ってるんだけど」
《《なんで!? 魔皇帝ってカッコいいのに!》》
くっ! 二回も『魔皇帝ってカッコいい』って言われた!!
でも、そんな風に言われても僕はカリンと穏やかな生活を送りたい!
「あんまり褒めないでくれ」
なんとかそれだけ頼んで、今夜は通信を切った。
どんなにカリンに『魔皇帝がカッコいい』と言われても、続ける気はない……多分。
いつもの日課を終えて、僕の胡座(あぐら)の中でまるくなってる白虎に声をかける。
「白虎、お待たせ。起きてる?」
《あー、あっぶね、寝るとこだった。もういいのかよ?》
「うん、大丈夫。それじゃぁ、触れてもいいかな?」
《いつでもいいぜ》
白虎を仲間にしてからバタバタしていて、まだ宝珠にふれていなかった。今回はどんな記憶が戻るのか、ゴクリと喉を鳴らした。
白虎の額に光るのはホワイトオパールのようだ。白く輝く宝珠は光の角度で七色に変わる。
覚悟を決めてそっと触れると、いつものように僕の意識は暗闇に沈んでいった。
暗転した意識がゆっくりと鮮明になっていく。
意識がはっきりしていくとともに、僕はある遺跡の前にいるんだと理解した。
ここは、ウロボロスが根城にしている神殿だ。もともとは光の女神を祀るために建てられたものだが、魔物の巣窟となっていて見る影もない。
僕は仲間たちを振り返る。
聖女と呼ばれるようになったマリンは、強い意志の宿る瞳で頷いてくれた。漆黒の髪と瞳の剣士アルバート、白銀の髪をなびかせている弓使いのモスリン、燃えるような紅い瞳の槍使いカスティル、透き通るような青い髪の大剣使いフェロウズ。
ここまでお互いに命を預けてきた仲間だ。
『決着をつけよう。そして全員で故郷に帰ろう』
僕たちはそう決心して神殿へと足を踏み入れた。
神殿の地下は迷宮になっていて、魔物たちがあふれ返っていた。一歩進むたびに十匹の魔物を倒し、じわりじわりと進んでいく。
最下層にたどり着くと、そこは一つの巨大空間になっていた。
【ほう、人間どもがここまでよく来たな】
目の前にあらわれたのは、十二歳くらいの子供だ。
青紫色の髪を目を持ち、見た目は天使のように愛らしい。だけど、身にまとう魔力も、その口から発せられるおぞましい声も人間のものではない。
『お前がウロボロスか……!』
【いかにも。ここまで来た褒美に聞いてやる。脆弱な人間どもが何用だ?】
『世界を……大切なひとを守るために、お前を倒しにきたんだ!』
この言葉で一斉に攻撃を仕掛けた。
連携を取りながら、ここですべての魔力を使うつもりで攻撃を続けるが決定的なダメージを与えられない。
それでも僕たちはあきらめなかった。
魔力が尽きれば僕が回復して、全力で攻撃魔法を放つ。ダメージを受ければマリンが回復して、アルバートの剣で斬りつた。モスリンの矢で体を貫き、カスティルの槍で突き上げて、フェロウズの大剣でウロボロスの身を砕いた。
【おのれ人間ごときが!! 貴様らの魂ごと喰ってやる!!!!】
僕たちの攻撃を受けて激昂したウロボロスが姿を変えて襲ってきた。
銀色の大蛇が黒い霧を吐き出しながら、フロアの中を縦横無尽に暴れまわる。ウロボロスの怒涛の攻撃に僕たちはひとり、またひとりと削られていった。
黒い霧を浴びて石化していく仲間たち。
いまも僕を庇ってアルバートまでが黒い霧によって石化してしまった。残るのは僕とマリンだけだ。
僕はマリンだけでもなんとか逃がそうと考えた。魔法陣を両手に出して、ウロボロスの一瞬の隙をつく。
『マリン、僕が魔法を放ったら——』
『セシルス、愛してるわ。子供たちをお願い』
そう言って僕に微笑んだ。ドクリと心臓が波打つ。
『マリン、待て、なにをする気だ!?』
『永遠なる封印(エターナル・シール)』
次の瞬間、マリンの体から白い光があふれ出しウロボロスをも包み込んだ。あまりの眩しさに目を開けていられない。
【なっ!? なんだ、これは!! くっ、ぐあああぁぁぁ!! 人間ごときがぁぁぁ!! 貴様ら全員呪ってやる————】
光が収まり、そっと目を開くと目の前には金色の鱗に包まれた不思議な生き物がいた。
記憶の中のセシルスは理解してないけど、今の僕ならわかる。
聖竜クイリンだ。
これは聖竜クイリンの誕生の記憶だ。
すでにウロボロスの姿は消えていて、聖竜クイリンの足元には白く光る魔法陣がある。
その魔法陣を見て理解した。
これは結界の最上位魔法だ。自分の生命すら使ってウロボロスを封じ込めたんだ。マリンは姿を変えて、封印の鍵となった。マリンが生きている限りはウロボロスの封印は破れることがない。
でも、それはウロボロスが存在する限り、マリンもずっとそのままということだ。それこそ永遠に。
『ウソだ……マリンは……マリンが……!』
僕が無力だから! 僕が弱いから! 全部僕のせいだ!!
なんのためにウロボロスを討伐しようとした!?
誰のために笑って過ごせる世界にしたいと思った!?
大切な子供たちと、愛しい唯一のマリンのためなんだ!!
身体が、心が、引き裂かれるような慟哭。
セシルスの慟哭と、カリンの余命を知ったときの僕の慟哭がリンクする。悲しいほどに理解できる、愛しい人を失う喪失感と絶望。
うずくまって動けないでいる僕に、姿を変えたマリンがそっと鼻先で触れてくる。
僕は震える手でマリンを抱きしめた。
『ごめん、僕が無力だから君にこんなことをさせてしまった……必ずなんとかするから』
《セシルス、愛してるわ。子供たちをお願い》
そんな風にマリンの声が聞こえた気がした。
そうだ僕たちの大切な娘たちが待っている。
『待っていて、僕は君を絶対にひとりにしないから』
そこでマリンは自らの鱗を取って、僕に渡してくれた。数は四枚、ちょうど石化された仲間と一致する。まるで鱗を使えというように顔を向けて、僕を促した。
促されるまま金色の鱗を石化した仲間に触れさせると、鱗は金色の粒子となって触れたところから石化が解けていった。
みんながもとに戻ると、マリン自身も金色の粒子になって空中に霧散した。
それから僕はみんなに事情を説明して、一度村に帰ることにした。その後も僕は決意を胸に、ふたりの娘を育てながら魔法陣の研究を重ねた。
そうしているうちに、僕はウロボロスの封印を成し遂げたパーティーのリーダーとして魔皇帝と呼ばれ、人々に崇められた。
アルバートのたちの進言もあり、遺跡の周辺にセントフォリアという国を作ったのだ。
そこで、また意識が暗転した。
現在の僕に戻って思ったのは、聖竜クイリンの気配がマリンじゃないということだ。似てはいるけど魔力の癖が違う。
でもあの魔法陣の時限は永遠を設定していた。
「まだ、なにかあるのか……?」
聖獣はあと二匹いる。
なぜ僕がここにいるのか、マリンじゃない聖竜クイリンは何者なのか。謎は深まるばかりだった。