翌日、僕たちは聖竜クイリンの行方を追うため、ヒューデント王国の王都レガリスで準備をしていた。数日分の食料や飲み物を買いためていく。
市場を周っている途中で、前にも聞いたことのあるようなダミ声が聞こえてきた。
いや、まさか、そんなはずはないだろ。もしここにいるとしたら、時間的に考えてバカ高い転移の魔道具を使ってこないと追いつけないはずだ。
そんな無駄な使い方するわけない。
「おいっ! 転移の魔道具がこの値段はおかしいだろう!? 桁を間違えてないか!?」
「フール団長、国をまたぐ転移の魔道具はこれくらいですよ」
「なんだったら魔物倒しながら進んでもいいっすよ。たまには魔法ぶっ放したいし」
「ダメだ! 確実にクラウスを連れ戻さねば、私の未来はないのだ! そうなればお前たちも終わりだぞ!? 国王陛下は、本気だっ……」
そのまさかだった。
しかもバッチリと目が合ってしまった。だってさ、こんなところにいると思わないから、思わず見ちゃうだろ?
「クラウス様っ!!」
いや、さっき呼び捨てにしたでしょ。相変わらずの様子にうんざりした。一瞬で距離を詰めてすり寄ってくる。
「すみません、僕は急いでるんで失礼します」
「そこをなんとかお願いします! お時間は取らせませんから! 三分だけでも時間をいただけませんか!?」
「いや、無理です」
「そこをなんとかー!! おいっ! お前らもお願いせねば、副団長の座はなくなるぞ!!」
「げっ! クラウス様、頼むから戻ってきてくれ!!」
「クラウス様、フール団長がここまで言ってることですし、聞き入れてもらえませんか?」
どうやら、前回のセレナの叱責が効いたのかテキトン副団長とウカリ副団長もわりと物腰柔らかくなっていた。そこはありがたいことだ。でも、フール団長たちに囲まれて逃げられない。
白虎を解放しようとした、その時だ。
雷属性を帯びた紅蓮の矢がフール団長たちの足元に突き刺さった。その衝撃で眩い光があふれ出す。僕も咄嗟に目を閉じた。
気が付いたら光は収まってて、僕の左腕になにか柔らかいものが当たっている。
「貴方たち、クラウス様を取り囲むとはどういうことかしら? 無礼にもほどがあるわよ」
視線を向けた先にいたのは、ミリアクレス殿下だ。
なぜ、こんなところに第一王女様がいるんだ? しかもバッチリなタイミングで入ってきたよね? もしかして見てたのか?
「なっ、お前はなんだ? 今は私たちとクラウス様で話しておるのだ、邪魔をするな!!」
「邪魔なのは貴方たちよ。わたくしはクラウス様の未来の妻であり、この国の第一王女ミリアクレスよ。よく覚えておきなさい」
「「「第一王女様っっっ!?」」」
「いやいやいや、妻ってなんですか? 僕は結婚する気はないって言ったのに……ていうか、なんでハンターの格好してるんですか?」
後ろにいたウルセルさんはワクワクした顔で成りゆきを見守っていて、セレナとシューヤさんは、なぜか戦闘体制に入っている。
「そんなの決まっているわ、クラウス様の旅についていくためよ」
「はっ!? いやいやいや、王女様がついてきたらダメですよ! ヒューデント国お——」
「問題ないわ。お父様の許可もいただいているの。だから貴方たち、わたくしとクラウス様の旅路を邪魔しないでくださる?」
王女様がパチンと指を鳴らすと、どこからともなく現れた騎士たちがフール団長たちをどこかに連れていった。雄叫びを上げながら連れ去られるフール団長たちに、ほんの少しだけ同情する。
もういい加減あきらめたらいいのに……どうかもう会いませんようにと祈った。
「ミリアクレス王女、どうして貴方が同行するのですか? これは遊びではないのですよ」
セレナが鋭く質問する。そうだ、いくらなんでも王女様を守りながら聖竜の鱗を探すのは無理な話だ。
「そんなのはわかっているわ。私こう見えてシューヤ様と同じセブンスハンターですもの、自分の身は自分で守れるわ。なによりお慕いしている方の力になりたいの」
バチバチとセレナと王女様の視線がぶつかり、火花が散っている。
ふたりでなにかゴニョゴニョと話したあと王女様がハッとして、やがてガッチリと握手を交わしていた。
「会員番号一桁は約束よ」
「もちろんよ、約束は守るわ」
「それなら貴方たちはわたくしの仲間も同然、これからはミリアと呼んでくださる?」
「わかったわ、私のことはセレナと呼んで」
まあ、握手するくらいだから大丈夫なんだろうけど……会員番号って、いったいなんの話しをしたんだ? おまけにシューヤさんも握手している。
そして僕もウルセルさんも、今後はミリア様と呼ぶように指導を受けた。
ともかく今日は僕のわがままに付き合ってもらうのだ。みんなに丁重にお願いして目撃情報のあった、白虎が目覚めた山へ向かった。
僕は全員に青魔法をかけて、道中を急いだ。
カリンがひとりでウッドヴィルで待ってる。のんびりなんてしていられない。駆け足で白虎の目覚めた場所まできて広範囲を魔力感知する。
聖竜クイリン、いままで遭遇したことがない。つまり初めて感じ取る魔力の気配を片っ端から調べていった。
「うわー、結構いるな」
この山一帯に魔力感知をしたところ、十数体の未知の魔力を感知した。まずは一体ずつ調べたいが、あちこち散らばっている。
「クラウス、どうだ? 怪しい気配はあったか?」
「僕の知らない魔力の気配が十数個あって、ひとつずつ確認するのに時間がかかりそうです」
「じゃぁ、クラウス、どの範囲にいるのかこの地図に印をつけてくれる?」
いつもの態度へ戻してもらったシューヤさんに言われるがまま、赤いペンでチェックをつけた。それを見たウルセルさんが手慣れた様子で指揮を取る。
「じゃぁ、手分けして探そう。ここにいるメンバーなら、ひとりで大丈夫か。この西エリアはシューヤ、東はミリア様、この南はセレナ様、北は俺、山頂付近はクラウスでいいか?」
それぞれ問題ないと静かに頷く。
「それでは、これを皆様にお渡ししましょう」
ミリア様が手渡して来たのはイヤーカフ型の近距離通信の魔道具だ。輪の一部が切れていて、耳にはめて使うタイプなのだが最新型なのでかなり値が張る。それを人数分、なんでもないことのように用意してくれていた。
「ミリア様、ここまで準備してくれるなんて……本当にありがとうございます」
「わたくし、こう見えて仲間は大切にする主義ですの。当然のことをしただけですわ。周波数を合わせればみんなの声が届きますわ」
「わかりました、よろしくお願いします」
そうして担当のエリアにそれぞれが向かっていった。
一匹ずつ報告を受けて、魔物の種類と魔力の癖を覚えていく。
ほとんど確認が終わり、残すところ三種類になった時だった。
《《……見つけた》》
それはセレナの声だった。
すぐに東のエリアにいるセレナのもとに向かおうと白虎に飛び乗った。
「わっ、速……っ!」
『聖竜クイリンはすばしっこいからな! 本気で走ってる!』
素早さのある白虎でもそういうくらいだから、捕まえるのは大変そうだ。作戦を考えないといけないかもしれない。
あっという間にセレナのもとに駆けつけて、その視線の先にある聖獣クイリンを目視した。
淡く光る身体は金色の鱗に覆われていて、ドラゴンのような頭には角が二本生えている。首から下の造形はユニコーンと変わらない。金色に光る立髪は風に揺れてキラキラと輝いていた。
「セレナ、これがクイリンか……?」
神々しい姿に見惚れてしまう。いったいどうやってあの金色の鱗を手に入れればいいのか。
「聖竜クイリン……鱗を手に入れるには、倒すしかないの。そしてそれは私じゃないと倒せない。それが私たち一族が代々聖女を務める理由でもあるの」
セレナは聖竜クイリンを真っ直ぐに見つめたまま、言葉を続けた。
「クラウス様、その時がきても決してとめないでね。もう覚悟はできてるから」
「……うん、わかった」
「あっ、クイリンが空に舞い上がるわ!」
淡い金色の光包まれたクイリンは、ふわりと浮かび上がり空を駆け抜けるようにあっという間に姿を消した。
クイリンの魔力の癖は覚えた。今後は魔力感知で行方が追える。
飛んでいったのは東の方向だ。セントフォリアかその先の国か、いずれかに向かったようだ。
今度見つけたその時は、必ず聖竜の鱗を手に入れる。
セレナの協力が必要だけれど、僕もできる限りのことはする。どんなことをしても、カリンの呪いを解くと改めて心に誓った。
「お母さん……」
セレナがなにか呟いたようだったけど、あまりにもか細い声で僕は聞き取れなかった。
視線を向けるとセレナは泣きそうな顔で、クイリンが飛んでいった空を見つめていた。
でもそれは一瞬のことで、セレナはすぐに笑顔になって街に戻ろうと声をかけてくる。いつもと変わらないセレナの様子に、僕の見間違いだったのかと思った。
もうひとつ運命の歯車が廻り始める。
動き出した流れはもう止められない。どんなに願っても、どんなに泣いてもゆっくりと進み続ける。
ひっそりと、だが確実に呪いがその身を蝕んでいくように。
市場を周っている途中で、前にも聞いたことのあるようなダミ声が聞こえてきた。
いや、まさか、そんなはずはないだろ。もしここにいるとしたら、時間的に考えてバカ高い転移の魔道具を使ってこないと追いつけないはずだ。
そんな無駄な使い方するわけない。
「おいっ! 転移の魔道具がこの値段はおかしいだろう!? 桁を間違えてないか!?」
「フール団長、国をまたぐ転移の魔道具はこれくらいですよ」
「なんだったら魔物倒しながら進んでもいいっすよ。たまには魔法ぶっ放したいし」
「ダメだ! 確実にクラウスを連れ戻さねば、私の未来はないのだ! そうなればお前たちも終わりだぞ!? 国王陛下は、本気だっ……」
そのまさかだった。
しかもバッチリと目が合ってしまった。だってさ、こんなところにいると思わないから、思わず見ちゃうだろ?
「クラウス様っ!!」
いや、さっき呼び捨てにしたでしょ。相変わらずの様子にうんざりした。一瞬で距離を詰めてすり寄ってくる。
「すみません、僕は急いでるんで失礼します」
「そこをなんとかお願いします! お時間は取らせませんから! 三分だけでも時間をいただけませんか!?」
「いや、無理です」
「そこをなんとかー!! おいっ! お前らもお願いせねば、副団長の座はなくなるぞ!!」
「げっ! クラウス様、頼むから戻ってきてくれ!!」
「クラウス様、フール団長がここまで言ってることですし、聞き入れてもらえませんか?」
どうやら、前回のセレナの叱責が効いたのかテキトン副団長とウカリ副団長もわりと物腰柔らかくなっていた。そこはありがたいことだ。でも、フール団長たちに囲まれて逃げられない。
白虎を解放しようとした、その時だ。
雷属性を帯びた紅蓮の矢がフール団長たちの足元に突き刺さった。その衝撃で眩い光があふれ出す。僕も咄嗟に目を閉じた。
気が付いたら光は収まってて、僕の左腕になにか柔らかいものが当たっている。
「貴方たち、クラウス様を取り囲むとはどういうことかしら? 無礼にもほどがあるわよ」
視線を向けた先にいたのは、ミリアクレス殿下だ。
なぜ、こんなところに第一王女様がいるんだ? しかもバッチリなタイミングで入ってきたよね? もしかして見てたのか?
「なっ、お前はなんだ? 今は私たちとクラウス様で話しておるのだ、邪魔をするな!!」
「邪魔なのは貴方たちよ。わたくしはクラウス様の未来の妻であり、この国の第一王女ミリアクレスよ。よく覚えておきなさい」
「「「第一王女様っっっ!?」」」
「いやいやいや、妻ってなんですか? 僕は結婚する気はないって言ったのに……ていうか、なんでハンターの格好してるんですか?」
後ろにいたウルセルさんはワクワクした顔で成りゆきを見守っていて、セレナとシューヤさんは、なぜか戦闘体制に入っている。
「そんなの決まっているわ、クラウス様の旅についていくためよ」
「はっ!? いやいやいや、王女様がついてきたらダメですよ! ヒューデント国お——」
「問題ないわ。お父様の許可もいただいているの。だから貴方たち、わたくしとクラウス様の旅路を邪魔しないでくださる?」
王女様がパチンと指を鳴らすと、どこからともなく現れた騎士たちがフール団長たちをどこかに連れていった。雄叫びを上げながら連れ去られるフール団長たちに、ほんの少しだけ同情する。
もういい加減あきらめたらいいのに……どうかもう会いませんようにと祈った。
「ミリアクレス王女、どうして貴方が同行するのですか? これは遊びではないのですよ」
セレナが鋭く質問する。そうだ、いくらなんでも王女様を守りながら聖竜の鱗を探すのは無理な話だ。
「そんなのはわかっているわ。私こう見えてシューヤ様と同じセブンスハンターですもの、自分の身は自分で守れるわ。なによりお慕いしている方の力になりたいの」
バチバチとセレナと王女様の視線がぶつかり、火花が散っている。
ふたりでなにかゴニョゴニョと話したあと王女様がハッとして、やがてガッチリと握手を交わしていた。
「会員番号一桁は約束よ」
「もちろんよ、約束は守るわ」
「それなら貴方たちはわたくしの仲間も同然、これからはミリアと呼んでくださる?」
「わかったわ、私のことはセレナと呼んで」
まあ、握手するくらいだから大丈夫なんだろうけど……会員番号って、いったいなんの話しをしたんだ? おまけにシューヤさんも握手している。
そして僕もウルセルさんも、今後はミリア様と呼ぶように指導を受けた。
ともかく今日は僕のわがままに付き合ってもらうのだ。みんなに丁重にお願いして目撃情報のあった、白虎が目覚めた山へ向かった。
僕は全員に青魔法をかけて、道中を急いだ。
カリンがひとりでウッドヴィルで待ってる。のんびりなんてしていられない。駆け足で白虎の目覚めた場所まできて広範囲を魔力感知する。
聖竜クイリン、いままで遭遇したことがない。つまり初めて感じ取る魔力の気配を片っ端から調べていった。
「うわー、結構いるな」
この山一帯に魔力感知をしたところ、十数体の未知の魔力を感知した。まずは一体ずつ調べたいが、あちこち散らばっている。
「クラウス、どうだ? 怪しい気配はあったか?」
「僕の知らない魔力の気配が十数個あって、ひとつずつ確認するのに時間がかかりそうです」
「じゃぁ、クラウス、どの範囲にいるのかこの地図に印をつけてくれる?」
いつもの態度へ戻してもらったシューヤさんに言われるがまま、赤いペンでチェックをつけた。それを見たウルセルさんが手慣れた様子で指揮を取る。
「じゃぁ、手分けして探そう。ここにいるメンバーなら、ひとりで大丈夫か。この西エリアはシューヤ、東はミリア様、この南はセレナ様、北は俺、山頂付近はクラウスでいいか?」
それぞれ問題ないと静かに頷く。
「それでは、これを皆様にお渡ししましょう」
ミリア様が手渡して来たのはイヤーカフ型の近距離通信の魔道具だ。輪の一部が切れていて、耳にはめて使うタイプなのだが最新型なのでかなり値が張る。それを人数分、なんでもないことのように用意してくれていた。
「ミリア様、ここまで準備してくれるなんて……本当にありがとうございます」
「わたくし、こう見えて仲間は大切にする主義ですの。当然のことをしただけですわ。周波数を合わせればみんなの声が届きますわ」
「わかりました、よろしくお願いします」
そうして担当のエリアにそれぞれが向かっていった。
一匹ずつ報告を受けて、魔物の種類と魔力の癖を覚えていく。
ほとんど確認が終わり、残すところ三種類になった時だった。
《《……見つけた》》
それはセレナの声だった。
すぐに東のエリアにいるセレナのもとに向かおうと白虎に飛び乗った。
「わっ、速……っ!」
『聖竜クイリンはすばしっこいからな! 本気で走ってる!』
素早さのある白虎でもそういうくらいだから、捕まえるのは大変そうだ。作戦を考えないといけないかもしれない。
あっという間にセレナのもとに駆けつけて、その視線の先にある聖獣クイリンを目視した。
淡く光る身体は金色の鱗に覆われていて、ドラゴンのような頭には角が二本生えている。首から下の造形はユニコーンと変わらない。金色に光る立髪は風に揺れてキラキラと輝いていた。
「セレナ、これがクイリンか……?」
神々しい姿に見惚れてしまう。いったいどうやってあの金色の鱗を手に入れればいいのか。
「聖竜クイリン……鱗を手に入れるには、倒すしかないの。そしてそれは私じゃないと倒せない。それが私たち一族が代々聖女を務める理由でもあるの」
セレナは聖竜クイリンを真っ直ぐに見つめたまま、言葉を続けた。
「クラウス様、その時がきても決してとめないでね。もう覚悟はできてるから」
「……うん、わかった」
「あっ、クイリンが空に舞い上がるわ!」
淡い金色の光包まれたクイリンは、ふわりと浮かび上がり空を駆け抜けるようにあっという間に姿を消した。
クイリンの魔力の癖は覚えた。今後は魔力感知で行方が追える。
飛んでいったのは東の方向だ。セントフォリアかその先の国か、いずれかに向かったようだ。
今度見つけたその時は、必ず聖竜の鱗を手に入れる。
セレナの協力が必要だけれど、僕もできる限りのことはする。どんなことをしても、カリンの呪いを解くと改めて心に誓った。
「お母さん……」
セレナがなにか呟いたようだったけど、あまりにもか細い声で僕は聞き取れなかった。
視線を向けるとセレナは泣きそうな顔で、クイリンが飛んでいった空を見つめていた。
でもそれは一瞬のことで、セレナはすぐに笑顔になって街に戻ろうと声をかけてくる。いつもと変わらないセレナの様子に、僕の見間違いだったのかと思った。
もうひとつ運命の歯車が廻り始める。
動き出した流れはもう止められない。どんなに願っても、どんなに泣いてもゆっくりと進み続ける。
ひっそりと、だが確実に呪いがその身を蝕んでいくように。