入場口からヒューデント国王の前まで道が空いていて、そこを進むしかないようだ。やっとのことでヒューデント国王の前までたどり着いた。
「クラウス殿。此度は聖獣白虎を覚醒させ、我が国ヒューデントを救ってくれたこと誠に御礼申し上げる! 今宵はクラウス殿が主役だ、ぜひ楽しんでいただきたい!」
夜会開始の挨拶は、高らかに宣言された。
「は、はい。ありがとうございます」
ヒューデント国王陛下にここまで言われて、断れるわけがない。その後はヒューデント王国の貴族たちに囲まれて質問攻めにあった。必ず挟んでくる褒め言葉に限界で、なんとか貴族の輪から抜け出した。
ひと息ついたので、さっき貴族の人たちが言っていたおかしな噂についても聞いてみようと僕の仲間たちを探した。
「シューヤさん、ウルセルさん。ちょっと聞いてもいいですか?」
セレナは前にも聖女としてこの国に来たことがあるせいか、知り合いの貴族に囲まれていた。
「あの、魔皇帝が名君だってさっきどこかの貴族が言ってたんですけど、なにかの間違いですよね?」
「「……………………」」
シューヤさんもウルセルさんも、固まって動けないでいる。
え、なんでふたりとも目を逸らしてるんだ? これは確実になにかを知っているな。
「……なにか知ってますね?」
「いえ、ボクはなにも……嘘はついてませんし……」
「あ、そうだ! クラウス、通信用の魔道具を買ってやるって言ってただろ? これでさっそくカリンちゃんに連絡とってみろよ。ジェリーに頼んだから、向こうも用意できてるはずだ」
「え、ありがとうございます! 本当に買ってくれたんですね! うわあ、これでカリンと話せるのかあ……今夜にでも連絡してみます」
うん? なにかサラッと誤魔化された気がするな?
いけない、ここで流されてはダメだ。
「それで、名君がどうのっていうのは、なんなんですか?」
「そうだな……みんな嘘はついていないのは確かだ。そして、それはぜひカリンちゃんと話してみるといい」
「ああ! それがいいですね!」
そう言ってふたりとも喉が渇いたと飲み物を取りにいった。
どうしてここでカリンが出てくるのかわからない。でも、連絡は取るつもりだから、後で聞いてみよう。
「クラウス様、少しよろしいでしょうか?」
声をかけてきたのは、宝石が散りばめられた深紅のドレスを着た女性だった。輝くような金髪に紅い瞳がキラリと光る。
「はい、大丈夫ですけど……」
「うふふ、ようやくお声をかけられましたわ。お初にお目にかかります。わたくしは第一王女のミリアクレス・ソル・ヒューデントでございます」
「王女様!? す、すみません、僕はクラウス・フィンレイです。こういう場は慣れてなくて、どうしたらいいのかわからなくて……」
「まあ、そうでしたの。あまりにも堂々とされていらっしゃったので気付きませんでしたわ。よろしければ、落ち着いた場所も提供できましてよ?」
ものすごく魅力的な提案にグラリと心が揺れた。夜会なんて始めて参加したし、どうしていいかわからないから早々に引っ込みたい。
「そうなんですか……でも調べたいこともあったんです」
「調べたいことですか?」
コテンと首をかしげた王女様は、とてもかわいらしいのに品が漂ってる。僕はカリンがいるから特別なにも感じないけど、これは異性に人気があるだろうなと思った。
「はい、魔皇帝が噂の名君だってほかの貴族の方がおっしゃってて、なんでそんな話が出ているのか調べたかったんです」
「ふふふ。その話なら、わたくしでもお答えできますわ。では別室でゆっくりとお話しましょう?」
「それではお話聞かせていただけますか?」
僕は王女様に休憩室だという部屋へ案内された。
ソファーや横になるためのベッドも設置されていて、僕にしてみたらとても豪勢な部屋だ。王女様の指示で飲み物や軽食が用意されて、準備が終わり侍女たちもみんな部屋から退出していった。
「これでゆっくりお話できますわね?」
「はあ、助かります。ようやく落ち着きました」
王女様は僕の隣に腰を下ろした。フワリといい香りが漂ってくる。
わずかに触れた膝にほんの少しドキッとしてしまった。
「それで、あの噂はどこから聞いたのですか?」
「そうですわね、わたくしが聞いたのはシューヤ・モスリン様ですわ。それからウルセル・アルバート様にも確認を取りました」
「ハハハ、そうでしたか」
噂のもとはあのふたりじゃないか……!
渇いた笑いしか出てこない。
「でも、それだけではありませんの」
王女様がグッと体を寄せてくる。隣に座っているから、その綺麗な顔もやけに近い。
「ほかにもあるんですか?」
「ええ、実はわたくし、あの聖獣の討伐に参加しておりましたのよ?」
「へ? あのハンターの中にいたんですか!?」
「さまざまな事情で、定期的にこっそりとハンターギルドで魔物の討伐をしているのです。お父様も了承済みで、今回はあえて参加したのです」
そうだったのか……て、あのときの玄武から落ちかけた女性ハンターじゃないか!? うわあ、王女様に怪我とかなくて、本っっっ当によかった!!
「そのときにクラウス様の仲間のために立ち上がる雄姿や、聖獣を制圧するほどの実力を目の当たりにしたのです! そこで、わたくしの伴侶はクラウス様しかいないと確信したのですわ!」
「は? 伴侶……?」
「はい! ぜひ、わたくしを貰ってくださいませ!!」
嘘だろ!? いきなり王女様からプロポーズされたっ!?
いやいやいや、正直カリンの呪いが治らないと結婚どころじゃないし! だとしたら、この状況はかなりマズくないか……?
密室にふたりきりで、相手はヒューデントの王女様だ。
今は結婚する気がないといって、納得してもらおう。うん、そうしよう。魔皇帝ですら持て余してるのに、嫁が王女様とかまったく想像できない。
「あ、あの……お気持ちはとても嬉しいのですが、あいにく今は僕が結婚できる状況じゃないんです。申し訳ないです……」
「そうでしたの、わかりましたわ。では既成事実だけ作ってしまいましょう! お父様も了承済みですからご安心くださいませ!」
どこがどうわかったんだ!? しかもヒューデント国王もなにを了承してんだ!? ヤバいヤバいヤバいっ!!
王女様がめちゃくちゃハンターの顔してるぅぅぅ——!!
「クラウス様? 逃しませんわよ?」
そういって微笑んだ王女様は僕をソファーに押し倒した。
お、お、押し倒された——!?
キスすら未経験の僕には、どうしていいのかわからない。
「いやっ、ちょ、待ってください。なにす——」
倒れた拍子にさっきウルセルさんからもらった、通信用の魔道具がカチリと音を立ててポケットから滑り落ちる。
《《あっ! お兄ちゃん!?》》
こんな状況なのに、久しぶりにきくカリン声に心からホッとした。嬉しそうに弾む声に思わず僕の頬もゆるむ。さりげなく王女の下から脱出して、すぐに魔道具を拾い上げた。
「カリン!」
「カリン……? ああ、クラウス様の妹様でしたわね! わたくしヒューデント王国第一王女のミリアクレスですわ! ミリアお姉様と呼んでくださるかしら?」
《《えっ、ヒューデントの王女様!? お姉様って……え? お兄ちゃん、どういうこと?》》
ちょっと待て、なに気に面倒な事態になっていないか?
「いや、なんでもないんだ。ちょっと待ってくれるか?」
《《…………》》
あ、ヤバい。カリンの機嫌が悪い。変な誤解をしてるかもしれない。
「王女様。申し訳ないのですが、僕は妹の呪いを解くまではほかのことに心を砕く余裕がありません。大切な家族を失いたくないんです」
真っ直ぐに王女様の紅い瞳を見つめた。
好意を持ってくれるのはありがたいけど、いまはカリンが一番なんだ。これだけは譲れない。
「……わかりました、今日のところはわたくしが引きますわ。嫌われたくありませんもの。でも、諦めませんわよ?」
「ははは……」
もう、苦笑いしか返せなかった。
最後に「この部屋は自由にお使いください」と言い残して、王女様は部屋を後にした。
ひとりになったところで、まだ通信中のカリンに声をかけた。
「カリン、お待たせ」
《《お兄ちゃん……さっきの王女様はなんだったの?》》
「実は、僕の変な噂が流れてて、出どころを探ってたら王女様が知ってるっていうから話を聞いてたんだ」
《《変な噂って?》》
「僕が名君だってこっちの国の貴族の人が話しててさ、でもウルセルさんともうひとりの貴族の人が流したってわかったんだ」
《《あー……お兄ちゃん、違うわ。私がジェリーさんの通信用の魔道具を借りて、ウルセルさんに頼んだの。もうひとりってシューヤさんだよね? その人に頼んだのも私だよ》》
「は!? なんで!?」
《《だって……今は側にいられないから、どうやったらお兄ちゃんに力のなれるか考えたの。お兄ちゃんのいい噂が広まれば、みんな好意的になるでしょ?》》
その理由に僕はなにも言えなくなった。そんなに僕のことを考えてくれてたなんて思わなかった。自分も呪いにかかっていてつらいだろうに。
「そっ……そうか。いや、それならいいんだ。僕のことを考えてくれて、ありがとう」
《《ううん、いいの。お兄ちゃんのたったひとり大切な家族だからね》》
「うん、僕もカリンが……世界で一番大切だよ」
込み上げてくる密かな想いをのせて、そっと伝えた。
《《私も! だからお兄ちゃん、毎日連絡ちょうだいね! ウルセルさんにも魔道具ありがとうって伝えてもらえる?》》
「うん、わかった。じゃぁ、もう遅い時間だからゆっくり休んで」
《《わかった! おやすみー!》》
「おやすみ」
魔道具の通信を切って、はーっとため息をつく。
そして心の中で叫んだ。
犯人はカリンだったのか————!!!!
でも最終的には、カリンが僕のことを深く考えてくれて嬉しいと思ってしまうんだから、どうしようもないと諦めた。