「あー、やっぱり玄武サイコー!」
ウルセルさんはアイテム袋から出したクッションに体を預けてくつろいでいる。
「そのクッション……ウルセルさん、めちゃくちゃ準備いいですね。セレナは大丈夫?」
「すごい! さすがクラウス様の聖獣だわ! こんなに速く進んでるのに全然揺れない!!」
初めて玄武に乗ったセレナも、琥珀色の瞳をキラキラさせて興奮した様子だ。
僕は今回も玄武に青魔法をかけて、最短で移動していた。あんなに熱狂したマルティノから一刻も早く離れたかったのもある。いや、むしろそれが一番の理由だ。
ウルセルさんは軽く仮眠を取るつもりらしく、アイマスクまでつけていた。用意周到すぎる。
「これからいくヒューデントっどんな国か知ってる?」
声のトーンを抑えてセレナに尋ねた。
「ヒューデントは聖獣白虎が守る国で、国土の九割が森なの。だから冒険者ではなく、ハンターと呼ばれる狩人が活躍しているわ」
「へえ、国が違えば冒険者のあり方も変わるんだな」
「そうね。でもウッドヴィルで冒険者をやれていたのなら、実力的には大丈夫よ。クラウス様なら心配いらないわ」
「それならよかった」
ずっとウッドヴィルにいて他の国なんていったことがなかったから、ワクワクする気持ちもあった。ほかの国の話をカリンにもしたら喜ぶかな。いや、自分もいきたかったって、悔しがるか。
あれだけ毎日一緒にいたのに、もうしばらくカリンと話していない。
わかっていたけど、寂しい気持ちはごまかせない。
「ヒューデントに着いたら、通信用の魔道具買おう……」
妹離れができていないと笑われようが、僕はカリンの声が聞きたかった。今までも散々シスコンだなんだと言われてきたけど、カリンが一番大切なんだからしかたない。
そんなことを考えているうちに、玄武は西の国ヒューデントへと入国していた。
ヒューデントに入国すると次第に鬱蒼とおいしげる木々に囲まれた。ひんやりとした澄んだ空気の中を進んでいく。
玄武では森の小道を進めなくなってきたので、途中からは歩きに変えていた。
魔力感知すれば街の方向はわかるので、地図がなくても問題ない。あの時の研究の努力が意外なところで役に立っている。
本当に役に立ったのだ。
「っ!! 前方から多数の魔法攻撃がきてる!!」
突然の攻撃に僕たちは瞬時に戦闘体制に入った。
「私が壁を作ります! 聖白の結界!!」
セレナの張った結界に、炎魔法が込められた矢が次々と当たり爆ぜていく。明らかに人間からの攻撃だ。
「これは……僕たちが敵だって勘違いされたのか?」
「いや、違うな」
ウルセルさんが、面倒くさそうにため息をついた。なにかを思い出したようで項垂れている。
「悪いな、俺の知り合いだ」
「えっ? ウルセルさんの知り合いですか!?」
「ちょうどいいや。クラウス、思いっきりやっていいぞ」
ウルセルさんがあの悪巧みするあ顔になってニヤリと笑った。なにか考えがあるようだけど、こういう時に関わっても碌な目にあわないのは学習済みだ。
「いや、なんで僕なんですか? 知り合いの方ですよね?」
「そうなんだけど、いつも噛みついてきて面倒くせえから、そろそろ目を覚まさせないとな?」
うわあ、ハッキリ面倒くせえって言っちゃってるし!
ていうか、どうして僕がやると目を覚ますことになるんだ?
「わかった、カリンちゃんと話せる通信機買ってやるから頼——」
「わかりました。いってきます」
食い気味で返事して、僕は青魔法を自分にかける。そういうことなら話は別だ。さっきの独り言を聞かれてたみたいだけど、まあ、いいか。
「リジェネ、限界突破、神秘覚醒」
一瞬で青魔法をかけて、結界から飛び出した。
目標は前方へ一キロ進んだところにいる。この距離で魔力を込めて矢を放ってくるのは、相当腕のいいハンターなんだろう。
冒険者でも弓を武器にしている人を見たことあるけど、ここまでの遠距離攻撃はできなかった。
だけど、僕も訓練の成果を確かめたかったから、ちょうどよかった。
僕は両手に魔法陣を浮かべて、すぐに攻撃できるように準備を整える。目標はすでに目の前だ。
目標まで十メートルというところで、炎の矢が真上から降り注いできた。
「極氷血」
僕の手のひらに触れた炎の矢は瞬くまに凍りついて、その場に落ちていった。魔物と違って物なら抵抗力がないので凍りつくまで一瞬だ。
落とせなかった矢はヒラリと躱して、目標のいる木の根本にたどりついた。
「 無限増殖」
左手を木の幹にそえて、魔力を流し込む。これはカリンの呪い解くために研究した時に思いついた魔法だ。細胞の成長を促し増殖させる。際限なく増殖した細胞はやがて形を保てず巨大化して崩れ落ちるのだ。
僕が触れたところから木の成長が促進されて、歪な形になっていく。
メキメキと音を立てて、あっという間に目標が潜伏している場所も曲がりくねった木の枝が覆いつくした。
「うっわ!! なんだこれ!? ちょ、待っ!! うわああああ!!」
目標が木の上から転げ落ちてきて、打ちどころが悪かったのか動けなくなっていた。攻撃を仕掛けてきたのは相手側なので遠慮なくトドメを刺す。
「 爆雷破」
この魔法も解呪の魔法の研究の時に開発したもので、体内にある微弱な電気を魔力によって増幅させるものだ。軽く使えば麻痺させられるし、思い切り使えば雷魔法と同様の効果になる。
焼くか凍らせるかしかできなかったから、素材の回収にはうってつけだ。
「ぐっ!!」
ウルセルさんの知り合いらしいので、軽く麻痺させるくらいにしておいた。
木の上から落ちてきたのは二十台半ばの青年で、キラキラと輝く白髪に深い緑色の瞳が印象的だった。今はギリギリと僕を睨みつけている。
わかるけど……先に攻撃してきたのはそちらですよね?
「お、さすがクラウスだな。サクッと倒してくれたか」
いいタイミングでウルセルさんが追いついた。
「はい、とりあえず軽く麻痺させておきました。あの、こちらの方はどういった知り合いなんですか?」
「ああ、コイツな。白虎の守人であるモスリン家の嫡男、シューヤだ」
麻痺してなにも話せない青年は、いまだに悔しそうに僕を睨みつけている。守人の一族、セントフォリオの四大公爵家のひとつであるモスリン家。
なぜ襲ってきたのかわからないけど、尋ねる予定だった人物に無事に出会えたようだ。それはよかったけど、こんなに睨まれていてはこの先がやりづらい。
「シューヤ、第三聖女のセレナ様は知ってるな? それと、こちらがクラウス・フィンレイ。我らが待ち望んだ魔皇帝様だ。親父さんから事前に知らせが届いてるだろ?」
「っ!?!?」
白髪の青年は驚いたように、目を見開いている。どうやら魔皇帝の話は知っているらしいが、それが僕だとは結びつかなかったみたいだ。
それについては、むしろそのままでもいいくらいなんだけど。
「……お前、守人である俺が理由もなく西の国(こんなとこ)まで来ると思ったのか?」
「……まっ……さか……っ!」
さっきの青魔法の麻痺効果が薄れてきたようだ。声が出るようになっている。倒れたままになっていた体も、少しずつ動きはじめていた。
「シューヤ様、本当です。ウルセル様には、クラウス様の旅のともでこちらにきたのです」
「本当……です、か!? あああっ!! ボクはなんていうことをしたんだ!!」
完全に麻痺が取れたらしく、シューヤさんがガバッと起きあがる。
「申し訳ございませんでした————!!!!」
次の瞬間にはキレイな土下座を披露していた。