いよいよ、出発の日になった。
朝から少し曇り空ではあったが、心地よい風が吹いている。
魔皇帝の謁見室にマリアーナ様やルドルフ様、ほかの公爵の方たちまで見送りにきてくれていた。みんなからこの十日間で役職や爵位で呼ぶのはやめてくれと懇願されたので、しかたなく変えたのだ。
「それでは、いってきます」
「クラウス様、どうかお気をつけてくださいませ。何かあった際は、転移の魔道具をお使いください。この城に戻れるようになっています」
マリアーナ様は非常にコスパの悪い転移の魔道具をポンと用意してくれた。至れり尽くせりで本当にありがたい。
「ウルセルはしっかりクラウス様にお仕えするのだぞ。なにがあっても支えになるよう——」
「わかってるよ、任せろ。何年もクラウスを見てるんだ、大丈夫だよ」
ウルセルさんは、やっぱりルドルフ様に念を押されていた。セレナは穏やかな微笑みを浮かべて、最後にマリアーナ様にポツポツと挨拶をしていた。
「ありがとうごいざいます。四聖獣も正気に戻して、必ず聖竜の鱗を手に入れて戻ります」
そう言って、僕とウルセルさん、セレナの三人で旅立った。
「クラウス様、まずは西の国ヒューデント王国でよろしいですか? ここで聖竜らしきものの目撃情報があったのです」
「それなら白虎の守人のモスリン家がいるな。そこに向かおう。おそらく公爵家から俺たちが旅に出ると、知らせが届いてるはずだ」
セントフォリアの王城を背にして、これから向かう先の打ち合わせをする。僕たちがモリス師匠の家で訓練に明け暮れていたので、情報収集もセレナにお願いしていた。
「それでは、ヒューデントにいきましょう。よろしくお願いします」
「クラウス様、ひとつお願いがございます」
セレナが珍しく険しい顔で僕を見つめていた。なにかやらかしてしまったか?
「なんでしょう?」
「私とクラウス様は仲間ではないのですか?」
「えっ、仲間……あ、そうですね、もう旅の仲間です」
「それならば! ウルセル様のように、私にも気軽にお話ししてほしいのです! うすーい壁があるみたいで、悲しいです!」
つまりは、ウルセルさんみたく砕けた話し方をしてほしいのか。確かに長旅になるのに他人行儀なのも疲れるか。
「うん、わかった。じゃぁ、セレナも同じにして。ウルセルさんは今までと同じでいいですか? ていうか、いまさら変えられないですけど」
「ん? ああ、俺はなんでもいいぞ。気にしてないから」
「ふぁ? クラウス様と同じ……? え、えええ! いえ! 私はいいのです!!」
ウルセルさんは相変わらずで、ここまでくると安心感すら感じる。セレナは真っ赤な顔をブンブン振りながら、僕からのお願いを拒否した。
「……では、僕もこのまま」
「いやあ! わ、わかりまし……わかったから! クラウス様、お願いだから普通に話して……」
名前を呼び捨てにするのだけは無理と言われたので、そこはセレナに譲った。王都マルティノの中心部にある広場を抜けようとしたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だから! クラウス・フィンレイという人物を探しておるのだ!! アルバート公爵家にいっても門前払いでなにも聞けんのだから、お前に尋ねているのであろう!!」
なにやら書簡を見せながら、街を警護する兵士に大声で詰め寄っている。よく見たら、フール団長だけでなくテキトン副団長とウカリ副団長も一緒だ。
「え、なんであの人がここにいるんだ?」
「クラウスを探してるみたいだな?」
その時、テキトン副団長と目が合った。覇気のない動作でフール団長になにか話している。フール団長は僕を見つけると、いままでに見たことのない速さで駆け寄ってきて両手で掴まれた。
わざわざ魔法を使って加速までかけたみたいだ。
「クラウス様ー!! ようやく、ようやく見つけましたぞ!! さあ、このまま私と一緒にウッドヴィルに戻りましょう!! 転移の魔道具もあるので一瞬で帰れますぞ!!」
「なにを言ってるんですか? 帰りませんよ?」
「そんなこと言うなよ、クラウス。面倒くせえけど、わざわざ迎えにきたんだぜ?」
「そうですよ、これは国王命令なんです。さあ、クラウス、戻りましょう」
テキトン副団長とウカリ副団長もフール団長と同じことを言ってくる。というか、この三人がここにいて魔導士団は大丈夫なんだろうか?
「お前さあ、色なしなんだから素直に命令に従えよ!」
「私たちも命令でしかたなくやってきたのですよ、わかってください」
「クラウス様! お願いです! 私とウッドヴィルに戻ってください!!」
いい加減にしろと返そうとした時だ。
僕の背後から怒気を孕んだ低い声が聞こえてきた。
「貴方たち、クラウス様のなんなのですか?」
「む、お前こそなんなのだ!? 私はクラウス様と話をしておるのだ邪魔をするな!!」
「……私はセントフォリア第三聖女、セレナ・ディル・フォリアです。邪魔をしているのは貴方の方です。私たちはこれから使命の旅に出るのです!」
セレナの覇気は広場を駆け巡り、さっきまでの広場の喧騒が嘘のように静まり返った。
「せ、聖女……? セントフォリアの聖女様!?」
フール団長を始め、テキトン副団長とウカリ副団長も青ざめている。隣国の貴族でも頭が上がらないほど、セントフォリアの聖女様は偉大な存在なのだ。
「しかも先ほどから後ろのふたりはクラウス様を呼び捨てにして……私ですらまだそんな風にお呼びできないのに、勘違いもはなはだしいわ!!」
うん? そこがセレナの怒るポイントなのか? ほかに怒るところあるよね?
「クラウス様は、今はウッドヴィルには戻りません!! 下がりなさい!!」
「おい、コイツら魔皇帝様と聖女様に無礼を働いたんだ。ひと晩は牢屋にぶち込んでおけ」
そこでウルセルさんがサラッと近くの兵士に指示を出す。さすがにアルバート公爵家だと知れているらしく、兵士は敬礼をして指示に従った。
フール団長たちはなにやら叫んでいたけど、あの人たちなら大丈夫だろう。こう見ると、やっぱりウルセルさんは大貴族の一員で間違いないと思う。
「おい……いまアルバート公爵家の方が言ったの……」
「魔皇帝様って……!!」
「この前大聖女様からお達しがあった、魔皇帝様なの?」
「あ、あの方が降臨された魔皇帝様なのか!?」
「うおおお! 魔皇帝様!!」
「魔皇帝様!!」
「きゃあああ! 素敵いいい!!」
「我らの救世主!! 魔皇帝様!!」
「魔皇帝様ああ!! 結婚してええええ!!!!」
「こっち向いてー!! 魔皇帝様!!」
ウルセルさんの一言を拾った広場の人たちが、突然猛烈に僕を崇めはじめた。
…………は?
なに、大聖女様がお達しを出した?
マ・ジ・か————!!!!
なんて取り返しのつかないことをしてくれたんだ!? 僕はひっそりと普通に暮らしたいんだよ!? カリンの呪いを解いたら、もとのこぢんまりした家に戻るんだよ!?
……え、戻れる、よな?
ウルセルさんがニヤニヤしながら僕を見ている。知っててわざと口に出したな。クソッ、またハメられたっ!
爽やかな笑顔を浮かべて、トドメを刺しにくる。
「クラウス、そのうちカリンちゃんもこっちに呼ぼうな」
完全に僕を囲いに入ってる!!
カリンがくるなら戻らなくても、まあ、いいか……と考えてしまったけど、決して口に出したらダメなのはわかった。
そして大歓声から逃げるようにマルティの街を後にした。