僕はふぅーっと、身体の力を抜くように息を吐いた。軽くジャンプして緊張をほぐしていく。
目の前に対峙するのは『黒翼のファルコン』のギルドマスター、ウルセルさんだ。いつもゆるい空気をまとっているけど、油断したが最後一瞬でやられてしまう。
「では、始めてくれんかの」
モリスさんのちょっと気の抜けた掛け声で、ウルセルさんとの勝負が始まった。
「起きろ、シヴァ」
ウルセルさんは腰に差している魔剣シヴァを、するりと引き抜いた。漆黒の剣身にまとわりつく黒い魔力がユラリと立ちのぼる。
本気でこいってことだよな。それなら。
「リジェネ」
「限界突破」
「神秘覚醒」
僕も治癒魔法と青魔法を重ねがけしていく。
身体が羽のように軽くなったのを感じて、一瞬で距離を詰めた。
「おっと!」
ウルセルさんは魔剣を振り上げ、僕が近づかないように牽制する。何度か一緒に魔物の討伐にいっていたから、僕の戦い方は熟知されていた。
つまり、僕に触れられなければ、負けないこともわかっている。
黒い切先はそのまま軌跡を変えて、僕の胸元を掠めた。
魔剣に付与されている闇魔法のドレインで、ほんの少し触れただけなのにごっそりと体力を削られる。
「ハイヒール!」
すかさず回復して次の手を考えた。
簡単には触れさせてくれない。それなら試してみるか。まだウルセルさんが知らない、僕の魔法を。
今度はウルセルさんが、魔剣シヴァで斬りつけてくる。次々に繰り出される攻撃を紙一重で躱していた。
本当に容赦ない……!
「どうした? 反撃しないと勝てないぞ?」
余裕たっぷりなウルセルさんが挑発してくる。
わかってる、このままじゃ埒があかない。初めて試すから成功するかわからないけど、やってみるしかない。
黒い刃が左右上下の色々な角度から襲いかかってくる。
身体を捻って突きを避けて、バックステップで切先を躱した。ウルセルさんの鋭い攻撃を避けながら、少しずつ少しずつ魔法陣を形成していく。
「できた! 意識断絶!!」
魔法陣があらわれたのはウルセルさんの背中だ。
金色に光る魔法陣から僕の魔力を流し込み、ウルセルさんの魔力を流れをとめる。
「なっ……んで——」
ガクリと糸が切れた操り気人形のように、ウルセルさんは柔らかな芝生に倒れ込んだ。
「ほおお! ウルセルを倒しおったわい!!」
モリスさんの声にハッと我にかえる。魔物と違って死にはしないけど起きるまで時間がかかるので、覚醒させるため青魔法をかける。
「 強制魔力解放」
「っ!! はっ……うわー! クラウス、あれなんだよ!? あんな奥の手あったのか!?」
ウルセルさんはガバッと起き上がり、悔しそうに拳を握っていた。
「どうしてもウルセルさんに触れられなかったから、試してみたんです。成功してよかったですよ」
「くっそー、あんなのどうやって避けるんだよ?」
「実はアレをやってる間は追加でほかの魔法が使えないんです。今回はギリギリでした」
まだ魔法陣の使い方に慣れていなくて、変わった使い方をすると隙が多くなる。便利だけど使いどころが限られるやり方だ。
「次は絶対に負けねえ……! あ、でもクラウスが勝ったからギルマスやってもいいぞ?」
「やりません。断じてやりません」
訳の分からない話はサクッと断り、モリスさんに向き直る。
「ふむふむ、ウルセルは魔力の込め方が雑じゃの。まだ無駄があるわい。クラウスは変わった魔力の使い方じゃのう……だが、あの訓練でいけそうじゃ」
そういうとモリスさんは家の中から、二種類の魔道具を持ってきた。
ひとつは込める魔力の量で色が変わる水晶と、もうひとつは複雑な回路に魔力を通して使う通信用の魔道具だ。
「こっちの水晶はウルセル。こっちの通信機はクラウス。それぞれ魔力を通して見事売り物にするのじゃ」
「はあ!? 俺もやるのか!?」
付き添いできたウルセルさんは、納得いかないと反論する。
「お主に勝ったクラウスがやるのに、ウルセルはやらんのか? まぁ、それでもよいがの。差は開くばかりじゃのう」
「うぐっ……くっそ、やるよ! やればいいんだな!」
「おお、そうか、やる気になったか! ではこの箱いっぱい頼むぞい。一色につき二十個づつで七色分作ってもらおう。毎日じゃ」
モリスさんは絶句してるウルセルさんをサラッとスルーして、今度は僕に魔道具の説明を始める。
「クラウスは魔力の力加減はよいが、あの模様に魔力を流すのが上手くいっとらんかった。この魔道具は魔力の流し方で通信できる距離が変わるのじゃ。最終目標は百キロじゃ」
「えっ、僕の魔法の使い方がわかったんですか?」
「うむ、ワシは目が良いらしくての。魔力の流れが目視できるんじゃ」
なるほど! だから僕の魔法陣もすんなり理解してくれたのか。なんでもないように話してくれたけど、すごい能力だ。
「わかりました。百キロ目指して頑張ります」
「道具はたくさんあるから、好きなだけ練習してかまわんからの」
その日から僕とウルセルさんは、旅に出る準備が整うまでモリスさんの家に入り浸り訓練に励んだ。
ウルセルさんと勝負した日の夜にセレナから連絡がきた。準備に時間がかかると出発の延期を希望され、僕も修行したかったので出発は一週間後になった。
——六日後
「おっしゃ、できた! モリス師匠、できたぞ!! いまの俺なら何色でも自由自在だ!!」
ウルセルさんが雄叫びを上げた。六日間びっちり通っている間に、すっかり打ち解けてモリスさんは僕たちの師匠となっていた。
ちなみに僕たちが魔力を込めた魔道具は、道具屋に持ち込んで換金しているのでそれが授業料代わりとなっている。
「ふむ、ウルセルはもう合格じゃのう、よう頑張った」
モリス師匠は嬉しそうに灰色の瞳を細めている。
「師匠、僕もできました。最長距離更新です」
モリス師匠は僕の仕上げた魔道具をじっくり吟味している。一定の魔力を滞りなくすべての回路に注ぎ込むと、通信できる距離が伸びるのだ。
判定は円盤型の魔道具の淵に沿うように魔石がはめ込まれていて、何個光っているかで判断する。
一個で十キロなので、十個光れば合格だ。魔石は全部で十五個ついている。今回は十五個全部光らせた。
「十五個全部か、クラウスもよくやったの。ふたりとも合格じゃ」
「モリス師匠、ありがとうございます。おかげで最近魔法の発動が早くなりました」
「喜ぶのはまだ早いぞい。ウルセルは魔剣に魔力を通してみるんじゃ。クラウスはあの模様を手のひらに出せるかの」
モリス師匠の言葉に素直に従う。
「起きろ、シヴァ」
ウルセルさんが魔剣を抜いて魔力を込める。僕も手のひらに意識を集中して右手に魔法陣を形成した。
「あっ……ヤバいな、これ。全然違う」
ウルセルさんが驚いたように魔剣を顔の目に持ってきた。でも、たしかに違う。この前勝負した時よりも、濃密な魔力が魔剣に込められている。
「ほっほっほっ、成果がわかったかの。魔力の込め方が雑で無駄になっていたのじゃよ」
「これじゃぁ、もうウルセルさんに勝てないですね」
「なにを言うておる、クラウス。左手にもその模様を出してみるのじゃ」
「えっ、もうひとつですか?」
いままで魔法を使うときは、いつも一種類ずつだった。
ふたつ同時なんて……できるのか?
そっと目を閉じて右手はそのままに、左手にも魔力の流れを作っていく。流した魔力を魔法陣に作り込んでいった。
「うわっ……できた」
両手には金色に光る魔法陣が出現している。
これなら魔法陣の使い方に幅が広がり、いざという時の一手になる。それに細かな操作ができれば、もし聖竜の鱗が見つからなくてもカリンの呪いを治せるようになるかもしれない。
「げっ、マジかよ! クラウスにリベンジしようと思ったのに」
「ほっほっほっ、負けたくなければ、これからも訓練を続けるのじゃ。またいつでもくるとよい。待っておるぞい」
僕とウルセルさんはモリス師匠にお礼を言って、旅に出発するために王城へと戻った。
やっと、カリンの呪いを解くための旅に出られる。
必ず僕がウロボロスの呪いを解くんだ。
カリンの笑顔のために。