あれから三日後、僕は旅に出るまえに黒翼のファルコンの受付にきていた。出発の挨拶とカリンのことをお願いするためだ。
「ジェリーさん、すみません。それではカリンをよろしくお願いします」
「うん、任せて! 私が責任持ってお世話するわ!」
ジェリーさんはカリンを背中から抱きしめて、片手でガッツポーズを作っている。
僕は下げていた頭をそっと上げて、今度はウルセルさんを見上げる。
「あの……本当にいいんですか?」
「なにが?」
「隣国までついてきてもらっても、ギルドは平気ですか?」
僕がカリンになにかあったときはお願いしようとウルセルさんに話をしたら、なんとギルドマスター自ら一緒にくることになったのだ。
「大丈夫だ。ジェリーに任せとけば心配ない」
ギルドはジェリーさんに任せて、カリンは受付で働きながらフォローすることになっていた。ジェリーさんもウルセルさんが旅に出ることになり、実は寂しいみたいでカリンを喜んで引き取ってくれた。
問題はカリンだ。
「カリン……もういくよ」
「……うん」
隣国に旅に出ると言ってから、ほんとどまともに話ができていない。
僕と一緒にいきたかったんだ。わかるけど、この状態のカリンをなんの保証もないのに連れていけない。
カリンもそれがわかってるから、なにも言えなくてこんな態度になっているんだろう。
「カリン、必ず聖竜クイリンの鱗を手に入れてくるから、治ったら必ず冒険にいこう」
「……治ったら?」
どうか僕がそばにいなくても、希望の欠片がカリンの心を照らしますように。
そんな思いを込めて、楽しい未来を語りかける。
「玄武に乗ってゆっくり移動してさ。途中の街でお祭りやってたら、その街で夜店を覗こう。それで、僕とふたりでSSSランクの魔物倒そう」
「玄武に乗っていくの? 本当に? お兄ちゃんと魔物討伐できる?」
「ああ、もちろんだよ。カリンがどれくらい強いかは、よくわかったからな。ふたりで冒険者やろう」
この言葉で、ようやくカリンは笑顔になった。
「わかった、約束ね。もう、そんなに私と冒険者をやりたいなら、付き合ってあげるよ」
そんなふうに強がり言ってても、本当は寂しいのを我慢してるのはわかってる。でも約束だ。
「うん、頼むよ。必ず戻ってくるから。じゃぁ、いってくる!」
こうして僕とウルセルさんは隣国セントフォリアへ旅立った。
「……おい、クラウス」
「なんですか?」
「玄武って意外と乗り心地いいなー!! やっべぇ、マジ楽しいんだけど!!」
僕とウルセルさんは玄武に乗って移動していた。
思いのほか気に入ってくれたみたいでなによりだ。
隣国のセントフォリオへは、大人の男性の足でも一カ月かかる道のりだ。魔道具でも使えば別だけど、この距離を移動できる代物は高価すぎてコスパが悪い。
トップクラスの赤魔導士なら転移魔法も使えるけど、僕は青魔導士だ。そこは僕なりの方法で最短を目指す。
玄武に青魔法をかけて山道を直線的に移動すれば、かなりの時間短縮になるはずだ。
「ウルセルさんはセントフォリアにいったことありますか?」
「いったというか、住んでたな」
「え! そうだったんですか!?」
「まぁ、住んでたのは十五歳までだから、あちこち案内できるわけじゃねえけど。寝床ぐらいは用意できると思うぜ?」
ニヤリと笑って、高速移動中の玄武の背中に立ち上がった。これで振り落とされないんだから、さすがギルドマスターでありSランク冒険者だ。基礎能力が違う。
「クラウス、そろそろセントフォリアとの国境だ! 玄武はどうする?」
「それなら、そろそろ降りましょう! 兵士さんを驚かせても悪いですし」
「……そうだな」
いま若干の間があったけど気のせいかな? ともかくタマラさんからの書簡も渡したいし、途中からは歩いていこう。
玄武にはいつものように胸ポケットに入ってもらい、あくまでもペットとして国境を通過する予定だ。
ふたつある受付には旅人や冒険者、商人たちがそれぞれ十人ほど並んでいた。
みんな順番に名前と本人であると証明できるものを提示していく。
「次の方どうぞー」
穏やかな兵士さんが、優しく声をかけてくれた。
「クラウス・フィンレイです。これが冒険者カードです」
「はい、Sランク冒険者の方ですね。セントフォリアには魔物の討伐で入国ですか?」
「はい、他にも調べ物があって……」
「そうですか、入国の処理をしますので少しお待ち——」
その時だ、隣の受付で処理をしていた兵士さんが、ガタガタッと音を立てて椅子から立ち上がりウルセルさんに敬礼している。
僕はその様子をポカンと見てた。
「ア、ア、アルバート公爵家の方でございましたかっ! 大変失礼いたしました! どうぞお通りください!!」
「ん、話が早くて助かるよ。あー、隣の奴はツレなんだけど、もう終わったか?」
すると今度は僕の担当だった兵士さんが、真っ青になって立ち上がり同じく敬礼をした。
「はひっ!! も、問題ありませんっ! どうぞお通りくだしゃい!!」
焦りすぎてカミカミだ。
ていうか、ウルセルさん……セントフォリアの公爵家の人だったんですか————!!
「ほら、クラウスいくぞ」
「……は、はい」
もう黙ってついていくしかなかった。
ごく一般的な平民には隣国とはいえ、いや、もう入国したからこの国の貴族様か。そんな人に逆らったらマズいことくらいはわかる。
「あー、久しぶりだなぁ。クラウス、とりあえず俺ん家のあるマルティノって街にいっていいか?」
「はい、マルティノって街というか、セントフォリアの首都ですよね?」
「そうだな、でもどこも似たようなもんだろ?」
そんなことないと思うけど。ウルセルさんはいつもとまったく変わらない様子で、僕をマルティノにあるご実家まで連れていってくれた。
セントフォリアの首都マルティノは、白い建物が標準仕様のようで美しい街並みだった。よく晴れた青い空とのコントラストが心に残る。
この国の人たちは聖女様の加護を受けているからか、朗らかで明るい笑顔を浮かべていた。市場も活気があって賑わっている。ウッドヴィルの王都より栄えているのは一目瞭然だった。そんな首都の中心部にウルセルさんの実家があった。
正直公爵家というものを正しく理解していなかった。
目の前にあるのは、広大な庭園だ。その奥に城のような屋敷が建っている。遠目からみても絢爛豪華な造りなのがわかる。
「ウルセル様! お帰りをお待ちしておりました!」
「前触れなくすまないな。兄貴はいるか?」
「お知らせくださったらお迎えに上がりましたのに……。公爵様はいらっしゃいます。すぐにサイモン様に知らせいたします」
門番の男性が艶のある黒い金属製の門を開けて、すぐに魔道具を使ってどこかに通信していた。
ほどなくして馬車が一台目の前にとまる。ウルセルさんに促されて乗り込むと庭園の奥の屋敷へと向かって走り出した。
あまりのスケールの違いに、もうなにから突っ込んでいいのかわからない。
「あ、サイモンってのは執事長で、兄貴はルドルフっていってここの公爵やってる」
ウルセルさんは当然のようにサラッと流して言った。でも、そもそも敷地内を馬車で移動するような大貴族と、僕が一緒にいる時点で違うと思う。
「ウルセルさん……僕は場違いなんじゃないかと思うんですが」
「いや、全然場違いじゃないし、むしろこんなところで申し訳ないくらいだな」
「え? いや、僕はただの平民で——」
言いかけた言葉は、馬車がとまって呑み込んでしまった。
大袈裟なことになるのが嫌で、魔皇帝のことはまだ話していない。
「あ、着いたな。降りるぞ」
ウルセルさんのあとを追って馬車から降りると、ウルセルさんと同じ黒髪の男性が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
その後ろに使用人だと思われる人たちがズラリと並んでいる。
「ようこそいらっしゃいました、クラウス様。愚弟から話は伺っております」
そう言って、僕に膝をついて挨拶をしてきた。後ろに並んでいた人たちも一斉に膝をついて、頭を下げている。驚きすぎて固まってしまった。
「え? 愚弟って……ウルセルさんのお兄さんで公爵様……?」
挨拶のしかたが立場的にまったくもって逆だと思うんですが!?
「そうだ、兄貴にはクラウスの話をしておいたんだ」
「ウルセル! クラウス様にそのような口の聞き方をするでない! 礼儀をわきまえないか!」
「ったく、うるせぇなぁ」
公爵様の叱責にポソっと愚痴りながらも、ウルセルさんは公爵様の隣に膝をついて同じように頭を垂れる。
なによりウルセルさんから出てきた言葉に固まってしまった。
「いままでの数々のご無礼、大変失礼いたしました。魔皇帝クラウス様の忠実な僕としてお仕えする所存でございます。このウルセル・アルバートにおいては、如何様にもお使いください」
「……………………はい?」
なぜか僕が魔皇帝であることがバレていて、しかもセントフォリアの公爵様を筆頭にかしずかれている。
こうなるのが嫌だったから、黙ってたのに!!
どこでバレたんだ————!?