『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

 ガズルが言う。

「もう強くなりたいなんて思わない、嘘に聞こえるかもしれないけど俺は本気だ。あんたが俺達を殺してでも進むって言うならこれ以上の強さを求めることなんで出来ないからな!」

 ギズーが言った。
 それぞれの思いの内を吐き出して一歩前へと踏み出す、それを見たカルナックは一つ溜息を付いて懐の刀を鞘から引き抜く。

「ガズル君、ギズー君下がりなさい」

 綺麗な刃だった、毎日手入れをしているような程の美しさを持つ刀だった。刃に写るレイとアデル、カルナックは刀を自信の体の前に持っていくと逆手に持ち替える。刀身を地面に向けた状態で握っていた拳をゆっくりと解いた。

「レイ君、アデル。これから君達に教えるのは君達自信のことだ」

 刀がタイルに突き刺さった瞬間刀身から光が放たれる、部屋一面を覆うほどの光がその場にいた者達の視力を一瞬にして奪う。

「なっ!」

 思わずアデルとレイは腕で目を保護しようとした。だがそれも意味が無い物だと知る。保護しようと顔の前に腕を伸ばした時、二人は意識を失った。

「向き合いなさい、そして戦いなさい。自分自身に勝つことが出来れば……君達も本当の意味を知る」

 突き刺さった刀を右手で抜き取ると光は一瞬にして消える、だがカルナックを覗くアリス、ガズル、ギズーの三名はいまだ視力が回復しない状態でカルナックの言葉だけが耳に届く。

「負けることは許しません」



 何時間経っただろう、アデルとレイの二人はベッドの上でスースーと寝息を立てて寝ている。いや、気を失っているといったほうが良いのだろうか。
 その傍に師匠のカルナックが立っている、二人の顔を見てフッと笑いその部屋を後にしようとする。

「私も、何を考えているのだろうか」

 ドアノブに手を当ててそう呟いた、もう一度振り返り弟子の顔を見て部屋を出た。

「剣聖、二人は?」

 外で待っていたガズルが問う、カルナックは首を振って答える。

「まだです、ですがそろそろのはずだと思います」
「あの二人は、一体どうなっているんだ」

 続いてギズーが聞いた。

「今の二人は自身のエレメントと対話をさせています、レイ君は目覚めが早いでしょうけどアデルには荷が重い話し合いになるかもしれませんね」
「炎のエレメント、そんなにやばいものなのか」
「一言で言えば頑固、荒々しく見える炎でも一つの絶対なる秩序と言うものがあるのです。それを理解し記憶、さらに契約しなければインストールは扱えません。そして彼等は今、絶対心理の世界にいます。それは己の心の中と言えば聞こえは良いかもしれません、ですが内情はそれほど穏やかな場所ではありません」

 カルナックの説明に首を傾げる二人、まず何を言っているのかを理解するのに時間を費やし、さらにそれが何故今の二人に起こっているのかを考える。先に答えを出したのはガズルだった。

「さっき、剣聖の剣が光ったよな。あれが二人を絶対心理の世界に入れる物だった?」
「正確には違います、あの技はそこまでの効力は持ち合わせてません。もとよりあの技はアデルが開発した自己流奥義の一つです、名前は……」

 カルナックがそこまで言うと先にその答えをガズルが口に出す。

「逆光剣、確か可視光の光を作るのと同時に目には見えない特殊な光を出す。その光を見たものは目をくらませ、技の使用者が念じた相手の本当の姿を引き出す。実践じゃ使えない技だって言ってたな」
「その通り、ですが対人では話が別です。アデルの言う実践とは俗に言う怪物や化物を相手にした時の事でしょう、この森には凶暴な動物から小さな化物まで住んでいますからね。あの子なりに考えた実践とはそれらを相手にすることは入れてないのでしょう」
「……でもさ」

 突然ギズーが声を出した、今までずっと話を聞いていた流れから一つの疑問が浮かんだ。

「正直、俺達も此処へ来る途中幾つかの動物や怪物みたいなのに襲われてるんだ、それなのに実践じゃないってのはどういうことなんだろ?」

 確かに正論ではある、それを聞いたカルナックはバツが悪そうに左手で頭を掻いて申し訳なさそうに言う。

「私に責任があるんですよ、修行時代にこの森のあらゆる動物や怪物、化物と戦わせましたので……アデルからすれば”それは修行の一環であり、実践ではない”と解釈しているのでしょう」

 その話を聞いて二人は呆れた、確かにアデルとレイの強さは尋常ではなかったがその原因はやはり師匠であるこの人にあるようだ。幼少時代の修行に野生の動物や弱小の怪物を相手していればそれは人間など取るに足らない存在だといえよう。

「さて」

 カルナックが廊下の奥においてある時計に目をやる。

「そろそろ時間ですね」

 そういうとカルナックの背中側から悲鳴にも似た声が聞こえた、何事かとガズルとギズーはカルナックを押し退けて部屋へと入った。

「なんだよこれ」

 ギズーが言う、目の前に広がってきたのは夥しい量のエーテルを蓄積したアデルとレイの姿だった。二人とも中に浮いてそれぞれの力に取り込まれようとしている。

「始まりましたね、後は二人の精神次第です」
「剣聖、説明してくれ。どうなってるんだ!」

 二人の後ろに立ち一度ずれた眼鏡を右手で治し、自分の愛弟子二人を見つめながら

「これが、剣聖結界(インストール)です」

 そう言った。

 それは暗く、何も無い空間だった。
 あたりを見渡しても何も見えない、ただ真っ暗な空間がそこに広がっていた。それを虚無と呼ぶのかはたまた宇宙と呼ぶのかは人それぞれでは有ると思う。だが彼は違った、その空間の中には彼でも感じることが出来るほど大量なエレメントが浮かんでいる。

「……結構歩いたな」

 黒い髪の毛、黒い軍服、黒い帽子を被った少年が言う。この暗闇の中では自身を確認することも困難だった。

「たしかにこっちのほうだと思ったんだけどな、間違えたか」

 遠くから歩いてきたアデルは一つの方角だけを目指してきた。それは大量なまでの炎のエレメントの感じだった。もの凄く大量でオゾマシイ程の力は人に恐怖を植え込む。

「気のせいじゃないな、やっぱり此処だ」

 真っ暗な空間でアデルは立ち止まった、そしてあたりを見渡す。当然のことながら真っ暗で何も見えなかった。

「……仕方ないな」

 アデルはそういうと腰にぶら下がっている剣を取り出す。グルブエルスと名づけられた右手に構える何時もの剣だった。それを逆手に持ち替えて自分の正面に持ってくる。少し間をおいてから握っていたグルブエルスを放した、地面に突き刺さると同時にあたり一面に光が放たれる。

「逆光剣」

 パァッと光が伸びると目の前に何かがぼんやりと姿を現した。

「奇怪な術じゃな若造、無理やりワシの姿を見ようとはの」
「悪いな爺さん、俺は生憎法術が苦手でね。何かしらの方法で姿を消してたと思うんだが強制的にそれを排除させてもらったよ」

 目の前に現れたのは白髪の老人だった、赤いローブを肩から足まで伸びる長さだろう。胡坐をかいて座っていた。

「カルナックめ……こんな若造をよこして一体どうするつもりじゃ」
「爺さん、おやっさんを知ってるのか?」
「知っとるも何もあやつが作り上げたのがワシじゃ、してお前さん。ワシに何のようじゃ」
「……それが俺にもさっぱりでね、言われたのは『向き合え、戦え、己に打ち勝て』だった」

 突き刺さったグルブエルスを右手で引き抜きながら言う、また同時に面倒くさそうにも見えた。
 左手で帽子のつばを直して前を見る。

「……え?」

 咄嗟の事だった、目の前に突然老人が持っていた杖をアデル目掛けて突いてきた。それをグルブエルスで受け止めるが、思いもよらない攻撃に頭の中が真っ白になる。

「何のつもりだ爺さん」
「貴様にインストールが仕えるかどうかの確認じゃ、気にせずワシと戦うが良い」

 そういうと老人は再び攻撃を仕掛けてくる、杖を連続で突き出しアデルの顔を狙う。それをアデルは左右に避けながら後ろへと下がる。

「爺さん相手に攻撃できねぇよ」
「見くびるで無いわ、ワシとて貴様の様な若造に遅れは取らんぞ」

 老人の攻撃速度が上昇する、体だけを動かして避けているアデルにも限界が来る。そしてついにアデルは老人の攻撃を受けた。

「っ痛!」
「……貴様、本気で来なければその体焼き尽くすぞ」

 左手で突かれたところを抑えているアデルは一つ違和感を覚えた。それは何か液体に触れたような感触だった。

「へぇ、爺さん強いな」
「ワシを愚弄する気か?」
「そんなつもりは無いけどな」

 右手に構えているグルブエレスを順手に持ち替え、両足を肩幅に広げ左手を添える。一度後ろに剣を引いてから少し溜めた。

「そこっ!」

 引いた右手を瞬時にして突き出す、だがそれを老人は簡単にかわし右へとステップした。続いてアデルは左手でツインシグナルを引き抜くと横一杯に振り回す。

「っ!?」

 ガキン、一度金属がはじける音が聞こえた。スイングした剣は何かにぶつかって動こうとしない。それが金属物だと分かるのに時間は掛からなかった。

「どうした小僧」

 老人が攻撃を防いでいるようには見えない、言うならばまるで何も無い空間に剣だけが浮いているかのようだった。

「何だよこれ」

 浮遊している剣に見覚えがある、それは今アデルの右手に握られているグルブエルスに非常に酷似する。柄から剣先、刀身まで全てがまるでコピーされたように複製されている。

「腐ったりんごのようだなお前は」
「え?」

 声が聞こえたと同時に右から青白い光が飛んでくる、アデルは体を捻って自分の持つグルブエルスでその光をはじいた。そこでまた我目を疑う。

「ツインシグナル!?」

 今度は左手に構えているツインシグナルにそっくりな剣が見えた。

「爺さん、あんた」
「ワシは何もせん、お前が戦っているのはもはやワシではない」
「何だと――うわ!?」

 更に左からグルブエルスに似た剣が襲い掛かってきた、それを紙一重でかわしバクテンで距離を取った。そしてわが目を疑う、目の前に居るのは自分そっくりな何かだった。

「――俺?」
「そうお前だ」

 声もまさに自分そのものだった、見た目から背格好や声質までまるで自分そのもの。まるで複製されたかのようにそれはそこに居た。

「自分と戦え、こういうことかよ」
「違うな、俺はお前であってお前じゃない。お前を更に凌駕した存在、剣帝アデル・ロードだ!」
「剣帝――?」

 目の前に立つその男はまさに自分そのもの、だが自分には無い称号を持つ。だが見た目は鏡を見ているかのように正確にコピーされた物だった。

「小僧、貴様が手に入れようとしているものがどれほど愚かで意味の無い物か分かっておるか?」
「どういう意味だ?」
「テメェが手に入れたがってる力の結末さ、おやっさんの言葉で頭の悪い俺でも分かるってもんだぜ? ソレなのに何故に力を欲する? そこまでして手に入れて何の意味があるんだ?」
「黙れ! そんな事俺に言われる筋合いは無いね!」
「自分にこんな事言うのもなんだが、本当に救いようのねぇ奴だな俺はよ!」

 コピーが動く、トンっとその場から跳躍しオリジナルの目の前まで瞬時にして移動した。それをアデルは捕らえることができなかった。気が付いたときには既に目の前に自分そっくりの顔があって、同時に腹部に痛みを覚える。

「今の俺は剣聖結界(インストール)を施した時と同等、もしくはそれ以上の力だ。俺を倒せなければレイヴンと戦ったところで瞬殺されるのが目に見えてるんだよ」

 剣が突き刺さっていた、心臓の位置より十数センチ下のところから入り背中へと抜ける。

「そうか、お前を倒せれば光は見えるのか!」
「何をいってやがる」

 アデルはコピーの右腕を左手で掴み、右手に構えるグルブエルスを逆手に持ち替えた。次に一歩体を前に出し突き刺さっている剣をより深く、抜けないように根元まで受け入れる。

「テメェ!」
「邪魔だ俺! 俺は爺さんに話があるんだぁ!」

 逆手に構えたグルブエルスをコピーの背中に突き刺す、同時に自分の体に自身の剣が食い込むのが分かる。腹部に二つの傷、その痛みに耐えながら心臓を貫かれたコピーの息が絶えるのを確認する。
 息絶えたコピーは光となってゆっくりと消えていく、ソレを後ろで見ていた老人は眉一つ動かさずにアデルを見つめる。

「爺さん、邪魔者は居なくなったぜ。話を聞かせてもらおうか」
「そこまでして欲する理由は何だ? カルナックも言っておったであろう、あやつは自滅する。それをワザワザ邪魔しに行く必要も無かろう?」

 ポタポタと血を流しながら老人のほうへ足を進めるアデル、その顔には痛みに耐えながらもまっすぐに老人を見つめる目をしていた。

「気にいらねぇんだ」
「それだけか?」
「――あぁ、それだけだ。あいつは俺を育ててくれたおやっさんの奥義を知ってる、だけど俺は知らない。それが気に入らないだけだ」

 フラフラと老人の目の前までやってきた、左腕で老人が着ている服を握り自分のほうへ寄せる。

「俺の名前はアデル・ロード! 剣聖カルナック・コンチェルトの弟子だ!」

 そこまで言うとついに力尽き、握り締めた老人の服からも手を放してその場に崩れ落ちた。

 その後アデルの意識が戻ったのはすぐのことだった。ガバっと起き上がり腹部を手で触る。貫かれた筈の傷が跡形も無く消えている。そして周りには真っ赤に燃える炎、まるで全てを焼き尽くすかのような業火だった。

「熱くない?」
「気が付いたか若造」

 後ろを振り向くと先ほどの老人が立っていた、両手を腰に回し激しく燃える業火を見つめていた。

「お主はこの業火をどう見る」
「どうって」

 アデルはもう一度目の前に広がる灼熱であろう業火を見る、真っ赤に燃え全てを焼き払うその灼熱の炎。

「お主は炎と言う物をどう感じどう受け止める、その先に見えるものはあるか?」
「――いや」
「この業火を見ても何も感じぬか?」

 一瞬、目の前に広がる業火の海がうねりを見せ一本の道を作った。その道を老人が進む、それをアデルがゆっくりと追う形になる。

「炎とは即ち生命の力、天高くから我らを照らす恒星もまた炎。全ては恒星の光を受け、熱を感じ、それを糧に我らは生きる。炎とは命を司り、また終焉をも呼ぶ」
「終焉?」
「そうじゃなぁ、呼び方はたくさんあるが……お主でも分かるように説明しなくてはならんな」
「助かるよ爺さん、俺は頭が悪いんだ」

 業火のトンネルをゆっくりと二人が歩いていく、先にもアデルが言ったとおり熱さは無いらしい。

「始めに無が有った、無は有を作り出し全てを作った。極限までに熱せられた世界を灼熱と言うのであればこの業火は蝋燭の炎と等価じゃろうて。始めの炎は主ら生命をも作り出すほどの物じゃ」
「宇宙誕生の炎、ビックバンか」
「そうじゃ、それが創生の炎。対して終焉を呼ぶ物は何か、我らが頭上高く有るあの恒星の事じゃ」