「もう数週間は絶対安静じゃ! と本来ならいうところだがお前さんの体はどうなってるんじゃ? もう心配いらんわ」
その後ガトーが引っ張ってきた医者に診察してもらい体に異変がないか調べてもらったが特に何も出なかった。健康そのものであると太鼓判を押されて少年もほっとする。それを見たガトーもまた大笑いして少年の背中を数発平手で叩いた。
「はっはっは、本当に頑丈だな兄ちゃん!」
「これ! いくら正常といっても担ぎ込まれた時は瀕死の重傷だったんじゃぞ! 患者にそんなことしちゃいかん!」
「大丈夫だよ先生、この顔見てみろよ。これが病人だって誰に話しても信じてもらえねぇぞ」
背中を勢いよく叩かれた事で少しむせる少年に対し相変わらず大声で笑うガトー、それを見た医者も呆れた様子で頭を抱える。
「ほれ、病人じゃないならお前さんのところで引き取ってくれ。服もきれいにしておいてあるからそれに着替えてさっさと出た出た」
なぜか少年は自分が怒られている様な錯覚を覚えつつ少し理不尽なガトーの顔を見てもう一度感謝の言葉を言った。だがガトーは笑顔で首を横に振り。
「なんてことはねぇよ、何かあったらお互い様ってのが俺の信条だ。んじゃぁ爺さんのいう通り着替えてこいよ。俺は外で待ってるからな」
また少年の背中を数回平手で叩いた後、ガトーは部屋を後にする。医者もまたゆっくりと椅子から立ち上がって腰に手を当てて部屋を出た。
少年はきれいになった自分の服を手に取るとゆっくりとだが着替え始める。白いシャツに青いジャンバー。青いズボンと短めのブーツに革の手袋。全てがたどり着いたときのままだ。しかし少年はここで一つ自分の持ち物で足りないものに気が付いた。それは自前の大剣だ。部屋を見渡してもどこにも見当たらない。まさかと思い急いで服を着るとそのまま診療所を後にした。
外では先ほど言った通りガトーが待っていた、そこに走っていき自分の剣を見なかったかと尋ねた。するとガトーは一度右手を見つめた後そのまま砂漠側の入り口を指さす。
「あの馬鹿みてぇに重たい剣ならあそこだ、誰も持てねぇからあそこに置きっぱなしだよ。安心しな、誰も盗み出しちゃいねぇよ。なにせ持てねぇんだからよ」
ガトーが指さした方向を見ると少しだけ砂にかぶった自分の剣が見えた。ホッと一安心すると少年とガトーは大剣のところまで歩き始める。
「兄ちゃん、あんな剣どうするつもりだよ。そもそもどうやってあれを運んできたんだおめぇ」
少年は問いかけに首を傾げた、ガトーはその仕草が何を示すものなのかが理解できずに少年の隣を歩く。診療所から街の入り口までは少しだけ距離がある。その道のりを二人はそろって歩いていくと家々から住人が顔を出して声をかけてくる。もう大丈夫なのか? といった心配の声が多数聞こえてくる。それほど子供がこの町で倒れたというのは珍事件だったのだろうと少年は苦笑いする。
「ほら、動かした形跡すらねぇだろ?」
ガトーのいう通り、少年が持っていた剣は一ミリも動かされた形跡はない。立派な装飾は無く、鉄塊と見間違えるほどの大きな剣。それを確認した少年はゆっくりとグリップに手を伸ばす。
「おいおい、兄ちゃんまさか」
ガトーをはじめ、あの大剣をどうやって運んできたのか疑問に思っていた住人がここぞとばりに家々から顔をだして少年を見ていた。そして次の瞬間。
「お……おめぇ――」
ガトーの言葉以外、この酒場町から一切の音が消えた。静寂の中少年は右手でその大剣のグリップを握ると軽々と持ち上げてしまった。
開いた口がふさがらないとはこの事だろう。少年が寝ている間力自慢の旅人が何人もこの剣を持ち上げようとチャレンジしては敗北していった中、少年は軽々とその剣を持ち上げてしまったのだ。
「……自分の目を疑ったぜまったく。そういやぁまだ兄ちゃんの名前聞いてなかったな、なんていうんだ?」
静まり返った町にガトーの声だけが遠くまで聞けるような気がした。今までのような大声ではなかったが確かにその声はよく通っただろう。少年は振り返り笑顔で答えた。
「レイ、『レイ・フォワード』です」
レイ・フォワード、青髪で身長も同じ同年代の男の子では平均的で体に似合わない大剣を軽々と持ち上げるまだ齢十二歳の少年。
「よろしくね、おやっさん」
そう言うと、にっこりと笑った。