『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~



 目の前は真っ暗だった、身体が重たくて身動き取れない状態で少年は暗闇の中宙に浮いているような錯覚を覚える。

「……ここは」

 顔を動かそうとしても自由に動けない、どうして良いか分からずしばらくはそのままの状態でボーっとしていた。
 どの位の時間が経ったのだろう、突然からだが軽くなった感じがした少年は徐に状態を起こそうと身体をひねった。それは簡単に動きそして宙に浮いていた身体を地面に立たせる。

「さっきからずっと真っ暗だけど今は夜なのかな、でも今は冬だし、もしも夜ならこんなに暖かいはずはないんだけど」

 少年は不思議な感覚にとらわれながらその真っ暗な空間を歩き始めた、何処までも続く闇をただ歩き続ける。暫く歩くと一つの光が見えた。ライトで照らした様に一点だけが明るくなっている、そしてそこには扉があった。

「……」

 少年は黙ってその扉を見つめる、何故こんな所に扉があるのか、何故扉なのかと自分に問いつめながら一つの決断をした。

「出られるかな?」

 少年は少し笑いながらその扉のドアノブを回してドアを内側に開けた。するとドアの中から突然光があふれ出して少年の居た空間を明るくてらす。

「っ!」

 突然の光で少年の目は眩み視力が回復するまでにしばらくの時間が掛かった、ようやく正常の視力を取り戻した時少年は暖かい空の下にいた。

「何処なんだここは」

 辺りは地位面の花畑、そよ風が何とも心地よい春の陽気に近い温度だった。自分以外に人間は居ないかどうか辺りを見回すがやはり誰もいない、有るのは一面の花と、一本の樹。それもとてつもなく大きな樹だった。

「すごい、樹齢何百年って有るんだろうな。こんな樹見た事無いよ」

 少年は初めて見る壮大なスケールの樹に近づいた、どっしりと構えた樹に圧倒されながら少年は樹に手を触れた。

「凄いなぁ……この樹はいろんな人の人生を見て来たんだろうな」

 暫く樹に触れていた少年は今自分がもの凄くちっぽけな存在みたいに感じてきた、そしてその樹に身体を預け地面に座る。
 少し丘になっていて樹の根が盛り上がっている所に座っている、アグラをかいてその足の上に手を乗せる。にっこりとしながら丘から見る景色を少年はとても綺麗だと思った。

「ん……」

 ふと少年の目に何かが映り混んだ、人のような人形のような。遠くからではハッキリと何だか分からないほど遠い物が見えた。
 だがそれは瞬時にして移動し少年の方へと近づいてくる、音もなく空間を移動しているように思えた。そして少年の目の前にたどり着く。

「君は?」

 少年の目の前には見た事のない少女が立っている、身体中傷だらけで顔面蒼白。今にも死ぬんじゃないかというほどの出血も見られる。

「やっと会えましたね、レイ」

 少女はにっこりと笑うと少年の名前を呼んだ、レイと呼ばれた少年はまだあどけないく、幼さが残る小さくて純粋な顔をしていた。

「僕の事を知ってるの?」

 レイは首をかしげて言った、笑顔のまま何も言わずに目の前に立っている少女は少しずつだが身体が消え始めていた。

「今はまだ分からないと思う、でも……いつか、きっと分かるときが来るでしょう」
「きっと?」

 少女はほとんどからだが消えた状態でレイの質問に答える、だがその答えはレイの考えている事を更に分からなくさせる答えだった。

「貴方に、大切な人が出来たときです。でも……それは私にとっても、貴方にとっても最後の戦いになるでしょう。それでも、貴方は最後に大切な人を守り、大切な仲間を守る事になります。その時、私が誰なのかが分かります」

 そう言い残して少女は消えてしまった。

「待って、最後の戦いって何なの? 大切な人って、大切な仲間って……」

 レイは必死になって叫んだ、だが何も返事は帰っては来なかった。そして周りの景色が急にぐらつき辺り一面が最初にいた暗い場所と同じ状態になった。
 だが、その暗闇はすぐに解けて何処か、見た事のない場所へと導いてくれた。

「……」

 レイの目の前には紅く染まる空と、やけ焦がれた大地があった。草木は焦げ、空気はどことなく焦げ臭いニオイがした。とてつもなく嫌な感情と今までに体験した事のない圧迫感にレイは怯えた。

「あ……」

 視線を横に移すと何処かで見た事のある少年が剣を構えて立っている、その周りには七人の少年の姿も見える。


「幻魔ぁ!」

 青髪の少年は傷だらけの身体だった。少年の目の前には邪悪な生き物に立っている、邪悪な生き物の横には二人の少年が不思議な光を身体から放射し邪悪な生き物の身動きを制御していた。
 邪悪な生き物に縦一閃、見た事のある剣が振るわれる、だがその剣は無情にも手応えのない事を傷だらけの少年に知らせそのまま空振りをした。

「無駄だ、我に傷を付ける事は出来ぬ!」

 邪悪な生き物は自分を縛り付けている目には見えない鎖が弱まった一瞬に二人を吹き飛ばした。
 青髪の少年を残し他の七人はその場に倒れ込んでいる。後のこっているのは青髪の少年ただ一人、左肩を負傷している青髪の少年が渾身の力で剣を握る。

「マダだっ!」

 天を仰ぎ剣を両手に構え前に倒す、すると剣から突如光が溢れ邪悪な生き物以外を光で包み込んだ。

「こ、これは!」

 邪悪な生き物が一瞬怯む、唯一にして絶対の力を発揮するその光に邪悪な生き物は怯える。
 そして直ぐさま邪悪な生き物は我が目を疑った、そこには倒れているはずの七人の傷が見る見るうちに治癒されていく、その中心に青髪の少年の姿が見える。

「今は倒す事が出来なくても、封印は出来る!」

 八人が一斉に走った、青髪の少年以外の七人が邪悪な生き物を取り囲みその手から不思議な魔法陣が浮き上がる。
 その紋章は次第に消え、邪悪な生き物を中心とする七人を取り囲み邪悪な生き物の頭上に一つの亜空間が生まれた。

「これで最後だ!」

 青髪の少年がその魔法陣-結界の中に強引に入り込み剣を邪悪な生き物に突き立てる、凄まじい光に包まれた剣が邪悪な生き物の身体を貫き通すと青髪の少年はそのまま邪悪な生き物の身体を亜空間のひずみに放り投げた。
 邪悪な生き物の身体は少しずつ、少しずつ亜空間のひずみに吸い込まれていく。だがその力は次第に失われていく。

「私は絶対だ、これ位の力では私は封印出来ぬ」

 青髪の少年は後少しという所で邪悪な生き物が無理矢理空間を開けて出てくるのを見た、だが次の瞬間青髪の少年の隣に居た二人が邪悪な生き物の方へ跳躍する。

「ミカエル! ヘル! 何をするつもりだ!」

 青髪の少年が叫ぶ、だが二人は跳躍している間に小さく残った者達へと

「じゃあな」「後は頼んだ」

 と小さく呟いた。
 二人は邪悪な生き物を無理矢理その空間に押し込め、自らもその空間に入った。

「やめろぉぉぉぉ!」

 青髪の少年が叫ぶ、だがその声は虚しくもその空間にただただ響いているだけだった。


 そしてまた暗闇が支配する世界へと変わった。レイは今目の前で行われた戦いが一体何を意味しているのかがサッパリ分からずただ黙ったままだった。

「僕は、あの人達を知ってる。あの人達を見た事がある。でも……誰だかは分からない、今何が起きた? このひどく懐かしい感じは何なんだろう。あの人達は誰なんだ。それに、幻魔って何なんだ。あの少女は誰なんだ……何で何も分からないんだよ! おとぎ話の話だろう!?」

 自分が情けなくなって等々苛立ち始めた、確かに今目の前で行われた出来事が理解出来ない不可解な感情と怒りの感情は有る意味仕方のない物だとしてもなぜここまで分からない事だらけなのかと言う事にレイは怒り浸透していた。

「貴方が悪い訳じゃない」
「誰だ!」

 突然暗闇の世界で声が聞こえた、その声に反射的に反応したレイは辺りを見回す。気付けば自分の身体が元の大きさに戻っている事を知る。

「今のは、星の記憶」
「メル?」

 レイは聞き覚えのある声だという事に気が付いた、そしてその声の主であろう名前を口にする。暫くすると暗闇の世界で一つの光が生まれた。
 その光にてらされるかのように一人の少女、メルが立っていた。

「貴方は、誰にも止められない運命を背負って生まれた。貴方のレールは、もう誰にも変える事は出来ない」
「メル、君何を言って――」
「私はただの番人に過ぎない、私の役目は貴方を扉まで誘導する事なの。だから、扉は貴方が開けて」
「……メル?」

 レイはメルが何を言っているのかが全く理解出来なかった、勿論メルが嘘を言っているようには見えない。ただその話は信じがたい内容ばかりであった。

「私はカギではないの、カギは……既に貴方が持っています」
「カギ、運命、番人、扉。僕には何のことだか全く理解出来ないよ!」
「今は、それで良いのよ。その内分かる事だから」

 メルが微笑むとレイは何も言えなくなってしまった、そしてその言葉に先ほどの少女の顔が横切った。

「メル、君は何者なんだ?」

 メルは笑顔でそう言うと先ほどの少女のようにゆっくりと消えていく。そしてすべが消えた所で暗い空間が真っ白に明るくなった。


「メル!」

 レイは突然目を開けた、がばっと勢いよく起きあがった。周りには誰もいない。辺りを見回すと隣のベットにメルが眠っているだけで他には何もなかった。すうすうと寝息を立てて眠るメルが居た。

「――夢?」

 辺りはすっかりと暗くなっている、もう夜なのだろうと言う事が病み上がりのレイでも分かるほど暗かった。外はほんのり明るく雪がその明るさを演じていた。風はなく大きな雪が深々と積もっている。

「そうだ、アデル達はどうしたんだろう。確かメルと一緒に何処かの街に来てそこで倒れたような倒れてないような。そうするとここは何処なんだ?」

 ベットがギシッと音を鳴らした、パジャマ姿のレイは床に足を着いて立ち上がると暗い部屋にライターで明かりを付ける。そこはとても綺麗な部屋で何処かのホテルのようだった。

「僕の荷物がちゃんとある、幻聖石の鞄まであるし――一体誰が」
「ん」

 小さな声が聞こえた、声の主はメルだ。ゆっくりと目を開きそして起きあがる、レイはライターをメルが居る方に向けて

「大丈夫、メル?」

 と言った、メルはまだ寝ぼけている様子で事を全く把握出来ない状態だ。

「レイ君?」
「そうだよ、僕だよ」

 レイはゆっくりとメルの方へと足を運んだ、うっすらとだがレイの目が慣れてメルの身体が見え始めた頃レイは突然顔を赤くして後ろを向いた。

「レイ君? どうしたの」
「メメメメ……メル、その」

 レイは顔を赤くしたままメルの方を向かなかった、不思議に思ったメルは自分の身体を見る、そして大きな声で叫んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その声は建物全体に響き渡るような声だ、勿論隣の部屋にいたアデル達にもハッキリと聞こえるぐらいの声でもある。

「ち、ちょっと……そんな大きな声だしたら」

 レイがメルの方を振り返って慌てながらそう言った、メルは布団で自分の身体を隠しながらレイの顔を見る。

「嫌、レイ君こっち見ないで!」
「あわわわ、ゴメン!」

 恥ずかしそうにメルがレイの顔を見ながら叫んだ、叫びと同時に突然扉が開いた。

「テメェら起きて早々何騒いで」

 アデルが飛び込んできた、そして明かりを付けて言葉を失った。アデルの目の前にはパジャマ姿のレイと素っ裸のメルが布団で自分の身体を隠しながら恥ずかしそうにアデルの方を見ている。

「レイ、テメェ人を心配させておいて……起きたと思ったらいきなり夜這いとはいい度胸じゃねぇか?」
「アアアア、アデル! 落ち着いて聞いてくれ、僕は別に何もしてないし起きたらメルがその、裸になってただけであって、僕は何もしてないし何も見てない!」

 レイが慌てながらアデルに弁解をしている最中にメルが大声で。

「なんでもいいから二人とも出てって!」

 メルは近くにあった花瓶をレイの方に投げつけた、辛うじて避ける事に成功したレイだったが次が来たら避けられそうにない事を察知し急いでアデルの腕を引いてその部屋を出た。

「……何がどうなってるんだ」
「メルの事は知らん、お前達がこの街の入り口で倒れていた所を俺達がこのホテルに連れ込んだんだよ。それから一週間眠り続けた後メルと美味しい事やってるなんてふざけんじゃねぇよ」
「だから、僕が起きたらメルが裸だったんだ」

 アデルとレイが廊下で言い争いをしている所、何事かと騒ぎに駆けつけたガズルが隣の部屋から飛んできた。

「何騒いでんだよ、アデル。レイは病み上がりなんだから無理させんじゃねぇよ」
「だって此奴が」

 そこまでアデルが言うと突然後ろから何かで頭をどつかれた、スパーンと弾むような音が鳴り響く。アデルが蹲る中誰がアデルにこんな事をしたのかとレイは殴った張本人を見る。そこには見た事のない女性の姿があった。

「初めましてレイ君、これから一緒のパーティーになるアリスよ。宜しくね」
「アリス、お前いきなり叩く事はないだろ」

 アデルが起きあがりアリスの胸ぐらを掴んで怒鳴った瞬間ガズルの後ろから突然銃弾が飛んできた、アデルは顔面蒼白になり顔のギリギリ横をかすめた弾丸の音を聞いた。アリスは平然と立っている。

「うるせぇ、目が覚めちまったじゃねぇか」
「ギズー、テメェ!」

 アデルが後ろを振り向こうとしたときアリスがアデルを何処かへと連れて行ってしまった、暗い廊下に連れ込まれて何発かはりせんで叩かれる音が聞こえた。

「あん、起きたのかレイ?」
「ギズー?」
「そうだ、寝ぼけて俺の顔まで分からなく――」

 レイはその場から跳躍してギズーの方へと猛突進した、そしてギズーの顔に一発拳を入れた。殴られたギズーは五メートルも後ろの方に吹き飛ばされて倒れた、ギリギリと歯ぎしりを立てながらレイはギズーの方に近づいていく。

「痛てぇ、何しやがる!」

 ギズーは起きあがり拳銃を取り出す、そして引き金を引いた。だがリヴォルバータイプの拳銃であったため撃鉄の部分にレイが指を入れて弾丸を発射させなくした。

「ギズー、あれ程言ったよね! そんな物人に向けて発砲するもんじゃないって何回言えば気が済むんだ! それに、指名手配になるほど人を殺して!」

 レイがもう一発拳を入れる為大きく振りかぶった、だが振り下ろそうとした瞬間ガズルがその腕を止めた。

「放してガズル!」
「止めろ、レイ! 此奴の話も聞いてやれ。積もる話もあるだろうしな、それにいきなり人を殴るお前もお前だ。少しは落ち着け」

 ガズルの顔は余裕だった、だが内心はもの凄く怯えていた。今までに見た事のないレイのその行動と表情。そしてさっきから来る恐怖心がガズルを怯えさせていた。


 こうしてレイとメルは目覚めた、だがレイは探していた親友との再会を最低のカタチで迎えてしまった。喧嘩という名の暴力だ。
 だがギズーは知っていた、何故レイが自分の事を殴ったのか、その本当の理由と意味を出有る前から知っていた。そしてレイも何故自分がギズーを殴ったのかを知っている。それは意味のない暴力ではない事をここに証明する。
 だが、レイはギズーとの再会とは別に一つ悩んでいる事があった。それは自分が見た夢のこと。
 何故自分の夢の中にメルが出てきたのか、あの少女は誰なのか、あの少年達と幻魔と呼ばれた生き物の正体は何なのか。今はまだ何も分からない。あの少女が言った事が正しければ今はまだ何も分からなくても良いのかも知れない。
 だがそのことだけが今のレイの頭の中にはあった。
 そしてもう一人、ここにも有る事で悩んでいる少年が居た。アデルは以前から気になっていたインストールについて興味を持ち始めている。帝国特殊任務部隊中隊長レイヴン・イフリート、東大陸を統治しているケルビン領主フィリップ、そしてあらたにFOS軍の一員となった元ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ。彼女らはカルナックの事を知っているようだ。そしてシトラの発した言葉の意味とはいったい何なのか。
 彼等はまだ何も知らない。


 第一章 少年達の冒険編 END

 今から約十五年も前の話、この世界に何でも一つだけ願い事を叶えてくれるという宝石、瑠璃が存在するという噂が流れた。その瑠璃は“ 神苑(しんえん)瑠璃(るり)”と呼ばれる。世界中の旅人や一攫千金を狙う者は皆瑠璃を探し、そして誰も帰っては来なかった。
 人間の欲望、そして力を欲するあまり仲間を裏切り殺し合い、そして全滅していった。その中で唯一生き残ったパーティーがあった。平均年齢十五歳の男女が集まった出来たてのチームでもある、その中の一人――シトラ・マイエンタという女性が生き残った。
 他の仲間は皆殺し合い、そして最後に残ったシトラ・マイエンタの恋人、“テト・ラピストマル”はシトラを殺そうとした仲間と相打ちになり息を引き取った。残されたシトラは呪われた瑠璃を探すのを止め、恋人の墓をその地に作り去った。
 その後も瑠璃を探す冒険家達は一行に減る気配を見せず逆に増える一方だった、そして誰も瑠璃は見つけられなかった。
 次第に神苑の瑠璃は“過ちの瑠璃”と呼ばれるようになり、人々に恐れられた。だが、その瑠璃の詳細な記録は既に無く、残されているのは過ちの瑠璃と名前だけになってしまった。
 しかし、ここに一人。その過ちの瑠璃を探そうとする者が居た。彼の名は“カルナック・コンチェルト”、何故彼は瑠璃を探そうとしたのか、それはこの星が見た記憶の本当の意味を知る為である。
 彼は剣聖であり、賢者でもあった。この世界中で今、彼に敵う者なんて居ない。よって彼は力を得ようとはしなかった。

「無茶です、あの瑠璃の噂はカルナックさんも聞いているはずです!」

 真っ赤に染まった髪の毛、スラリとした身長、腰には刀をぶら下げている青年がカルナックに叫んだ。だが当の本人は涼しい顔でお茶をすすっている。

「大丈夫ですよレイヴン、私は力なんて手に入れようとは思っていませんから。ただこの星が見た本当の歴史を知りたいだけなんですから」
「なりません! 神苑の瑠璃を探しに出て帰ってきた者は一人も居ないのですから、第一残された私達はどうするのですか! そもそもシトラの事を考えれば瑠璃を探しに行くなんて事はお止めになって下さい! あの瑠璃の所為でシトラは心に深い傷を作ってしまったのですよ!?」

 もの凄い形相でレイヴンと呼ばれた青年はカルナックに怒鳴った、少々耳が痛いのか両耳を塞いで顔をすくめた。隣にはシトラと呼ばれた女性が座っている。シトラの対象の席には少し控えめな青年が座っている。

「それは分かっております、ですからあなた方にはもしもの為に私の悟りをお教えしたのではないですか。いつか後継者が現れたその時、あなた達は私の悟りを継承する義務があります。もう私はこれ以上発展のない人生を歩む事になりかねません。そして、私もいずれは死んでしまいます、少なくともあなた達よりもずっと早くに――」
「あの!」

 カルナックが喋っている途中シトラが突然話を切り出した、いつもなら大人しい性格のシトラから見れば突然すぎて驚く物だ。

「私も、私も連れて行って下さい」
「何を言ってるんだシトラ! 又あの地獄みたいな場所に戻りたいというのか!?」

 レイヴンが叫んだ、その言葉にシトラはすくみ方を小さくして俯いた。

「でも、私は……私は本当の事を知りたいんです。テトが最後に言い残した言葉の本当の意味を、未だに分からない謎かけは私を苦しめるんです。だから」

「本気なのですか?」

 言い争うシトラとレイヴンの間に割って入ったこの青年、“フィリップ・ケルヴィン”は両手を顎の下に据えて話した。

「そのつもり。だから、カルナック先生、私も連れて行って下さい! 覚悟は出来ています」
「……」

 カルナックは黙った、先ほどまでの威勢は何処に行ったのだろうと考えるほどだ。だが暫くしてからフィリップが口を開く。

「私も行きましょう、私は師匠にお仕えする為に自分の家元を捨ててここまで来たのです。今更力など欲しようとは思っていません」
「ケルヴィン様」

 重い腰を上げてゆっくりと立ち上がったフィリップにシトラが涙目で言う。
 しかし、レイヴンは納得いかなかった。

「お前達、あの瑠璃の本当の恐ろしさを理解していない! アレは……あの宝石はこの星に厄災をもたらす存在だ! そもそもあの石は神々が所有する神器、それを人間如きが使おうなんて!」
「ならば破壊すれば良いのですね?」

 ずっと黙り込んでいたカルナックが突然口を開いた。

「カルナックさん、何を……」
「本当は、私はあの宝石にまつわる古代説を知っていましてね。貴方も知っていたのかと思っていましたがまさか本当に知っていようとは思っても居ませんでした」
「では、カルナックさんは始めから」
「えぇ、本当はあの石を封印又は破壊しようと考えていました。あの石さえなければ“アレ”も蘇る事はないでしょう」

 聞いた事のない名前が飛び出してきた、シトラは勿論フィリップも首をかしげる。だがこの男だけは違った、出された名前に異常なまでの反応を示した。

「それならば、“幻魔樹”を探し出し燃やすほうが安全です! 瑠璃と幻魔樹、そして***のいずれかがそろっていなければ“アレ”は復活しません、ですから幻魔樹を!」
「分かっていないのは貴方の方です」

 突然フィリップが口を開いた、何かを悟った様子でレイヴンを見る。

「ようやく話の筋が分かりましたよ、確かに瑠璃には“アレ”を復活さえるには十分かと思います。ですが幻魔樹を燃やすのであればこの星は朽ち果てる事になります」
「何だと」
「宜しいですかな? 元々幻魔樹というのは“アレ”を復活させるだけの物ではありません。その昔、“アレ”の復活を恐れた人類は力の源である幻魔樹そのものを消滅させる事を選んだ。だが一部の学者は猛反対した。それは幻魔樹がこの星のエレメントの源だという仮説からだ。勿論、仮説としてその時は無視されたがね。しかし、その発言を無視した他の学者達は当時の帝国に情報を流し幻魔樹と思われる大樹を焼き払った。その大樹は幻魔樹ではなかったようだが、森の守り神の怒りに触れてしまい、人間と魔族との大戦争へと繋がっている。実在するかもわからない幻魔樹を探すよりは瑠璃がはるかに効率的だ」

 驚く真実がフィリップの口から話された、勿論カルナックはそれを知っていた。だからこそカルナックは幻魔樹ではなく瑠璃の方を封印しようと考えたのだろう。その言葉にレイヴンは自らの無知さに暴落した。
 何も分かっていなかったのは自分だという事、そして自分は過去の過ちを繰り返そうとしていた事に酷く後悔した。
 話の筋が見えないシトラは首をかしげて何も言えなかった。

「し、しかし。瑠璃を破壊又は封印するなどと神の持ち物に人間如きが手を出して良いのでしょうか」
「安心しなさいレイヴン」

 カルナックは笑顔でそう言って自分の部屋に戻った、そしてその日は部屋から一歩も出てこなかった。その一週間後カルナックは瑠璃を探す旅に出る事になる、長く険しい旅になった。無事に帰ってきたのはその三年後の事。






「とまぁ、昔話ですよ隊長」
「ほう、お前にそんな過去があったとはなぁ。んで、瑠璃はどうなったんだ?」
「見つからなかったそうです。確か、その時は小さな子供を連れて帰ってきましてね、この間合いましたよ。僕の事覚えていなかったようですがね」

 楽しそうに昔話をしているこの男、名はレイヴン。元カルナック流剣術皆伝でカルナックの右腕と呼ばれた男だ。今は帝国特殊任務部隊中隊長として活躍している、主に炎系の法術を得意としカルナック流最終奥義“インストール”をマスターする。この男の活躍により今の帝国があると考えても良いだろう。

「何だ、そんなにちっこいガキだったのか当時は?」
「えぇ、まだ五歳ぐらいでしたよ」
「どうだ懐かしかっただろう?」
「えぇ、それもあるんですが予想以上に強くなっていましたね。インストールを使わなかったら負けていたかも知れません」
「たく、冗談もほどほどにしておけよ。たかがガキにお前が負けるわけねぇだろう」

 隊長は髭面で、大柄の如何にもって男だった。部下に優しく温厚で人望も厚い。それが帝国特殊任務部隊の隊長である。名は“エレヴァファル・アグレメント”、帝国内部で彼の名前を知らない物は居ないほどである。通称「最狂」。一度戦場へ出れば一騎当千の力を発揮する。

「いえいえ、本当の事ですよ。今でも思うだけでゾッとします、最初にあったときは其程強いとは思って居なかったのですが実際に剣を交えてみると予想外でした。彼がアレを習得すると多分私でも勝てる気がしません。おそらく、帝国でも一目置く存在になる事は確かでしょう」

 コーヒーカップを手に取り一口飲みそれをテーブルにおいた、窓を開けて外の寒くてほこりくさい空気を部屋に取り込んだ。外は雪が降っていてとても寒かった。

「それ程の力を持っているのか、で? 名前はなんて言うんだ?」

 窓の外に乗り出して外の景色を眺めていたレイヴンに対して椅子に腰掛けている隊長がその少年の名前を尋ねた。そしてレイヴンはにっこりと笑って答えなかった。

「秘密ですよ隊長、それを教えたら隊長が殺しちゃうじゃないですか。あの子は私の獲物ですよ?」
「バレてたか。しょうがねぇな」
「あれれ、隊長図星ですか?」
「うるせぇ、それよっか早く窓閉めろい。寒くてかなわんわ」

 二人は笑いながらコーヒーを飲み干した。そして窓を閉めた。






「と言うのが瑠璃にまつわる噂だ、どうだ? 試してみる価値はあんだろう?」
「……お前な、そんな都合の良い物がこの世の中にあると思ってるの?」

 アデルと一緒の部屋になったレイはアデルが持ち出した噂話。だがレイは笑いながらアデルの持ち出した話を途中で否定した。

「その前に僕達は一回先生の元に帰らなくちゃ行けないだろう? それと、FOS軍て名前は構わないとして残されたメンバーはどうするんだ? と言うより何で僕がリーダーなんだ」

 レイはティーカップをテーブルに叩き付けるとアデルに怒鳴った、一度に沢山の事を言われたアデルはしばし考えてから口を開く。

「そう沢山の事を言うな、確かに俺とお前はおやっさんの所に帰って教わってない最後の技を教えて貰いに行く、他のメンバーも連れて行けばいい話じゃないか。それともギズーに越されるのが嫌なのか?」
「僕は別にそんな事思ってはないよ、心配なのはこんなに大勢でいきなりお邪魔するのはどうかって言ってんだよ。確かにあの家は無駄に広いけど、アリス姉さんだって困るだろうし。……ん、アリス姉さん?」

 途中言葉を止めて何か大切な事を思い出そうとレイは頭を抱えた、そしてすぐにその答えは出てきた。

「ちょっと待って、アリスも連れて行くなら――」
「あぁ、そうだな。アリスには悪いけど一時的に改名して貰うってのはどうだ? あいつの事だすぐにでも変えてくれるだろうしな。そろそろ出てきても良いんじゃねぇか? いつまでドアの外で耳を立ててるつもりだよアリス?」

 突然何を言うのかと疑問に思ってレイだが思わず自分の背後にある扉の方に目を向けた、その扉は音もなく自然に開いた。そしてドアの向こうからアリスの姿が見えた。ゆっくりとドアを開けて二人の部屋へと入ってくる。バツが悪そうに頭をかきながら舌をちろりとだして入ってきた。

「あはは、ばれちゃった?」
「ばれちゃったじゃねぇよ。盗み聴きなんて性質が悪いぜ。でも話す手間が省けたわけだな、そう言う事だから宜しく頼むぞ?」
「いやぁ~、その事なんだけど」

 アリスはまたバツが悪そうに右手で後ろ頭を掻く。

「実はアリスって名前、偽名なんだ」
「はぁ!?」

 急に窓が勢いよく開いた、レイとアデルはとっさに後ろを振り向くとガズルが窓から顔を出していた。ここ三階なんだけど。あんぐりと口を開けて魚みたいにパクパクと開閉している、とても気持ちが悪い。

「いやだって! 見知らぬ人だよ? 私から付いていくとは言ったけど見知らぬ男だよ!? とっさに偽名使っちゃったんだもん仕方ないじゃない!」

 そんな事を叫びながら偽名が怒る、それを見てレイが笑う。

「ははは、確かにこの二人と一緒に行動するってなるとわからないでもないね」
「レイ、お前なぁ」

 顔を真っ赤にしてアデルが睨みつける。ガズルは未だに口をパクパクさせていた。気持ち悪い。

「で、本当の名前はなんていうんだよ偽名さん」
「ぎ、偽名さんって言うな! プリムラよ『プリムラ・キリエンタ』!」
「プリムラか、わかったなるべく間違えないように呼ぶよ偽名さん」

 調子に乗ったアデルはまたもプリムラの事を偽名さんと呼ぶ、だが言われた張本人はプルプルと震え近くにあった花瓶をアデルに力任せに投げた。

「あた!」

 額にぶつかり花瓶が割れる、中に入っていた水はアデルの顔を濡らした。ガズルは~……まだやっていた。気持ち悪い。



「それじゃ行ってきます、しばらくの間留守を頼みます」
「任せな、お前達は楽しみながら行ってくると良い。出来たての軍隊だ、最初の内はこっちから依頼を探しに行かないと見つからないさ」