「プリムラ達は逃げたって、今頃は西大陸だろうって――弱っていく声でそう教えてくれた」

 その声に力が入っていた、震える声、悲しみの声、怒りの声。その三つが入り交ざっていた。瞳からはおびただしい量の涙が流れ、頬を伝いシャツに伝わる。

「――この世界はクソッタレで、残酷なほど現実を突き付けてくる」
「レイ……」

 震える背中を見てミトが声を掛ける、振り向いたその顔には今しがた旅立った者から受け継いだ確かな絆、約束を守るんだと誓う眼をしていた。

「みんな、ちょっとだけ協力して欲しい」





 その日の夕刻、廃墟と化した要塞都市メリアタウン近郊に墓地群が出来上がった。
 この街で戦死した者達を一人一人埋葬し、最後にレナードの遺体を盛り上がった高い場所へと埋めた。墓標として彼が生前愛用していた剣を突き立て、柄から紐で括り付けたシフトパーソルをぶら下げた。
 レイが懐からレナードのタバコを取り出して火をつけると、吸い口を土に埋める。生前吸っていたように火は燃えあがると同時に白い煙を上げる。
 後ろにはアデルを始めとしたFOS軍の面々が整列していた。全員が土埃にまみれていて汗が止まらないでいた。
 
「これで、全部か」
「うん、レナードさんで最後」

 アデルがレイの横に立つと左肩に右手を置いた。震えるその肩が物語るもの、何も言わずにただ一人かみしめるレイ。その姿はまるで――。

「ありがとうみんな」

 振り向いてレイが答える。その言葉に誰も声を上げず、ただただレナードの墓を見つめていた。

「それじゃ、頼むねギズー」
「あぁ」

 彼らの中央にレイが並ぶとギズーがウィンチェスターライフルを空に向けて構える。引き金を引くと大口径の銃弾が銃口から飛び出し、その周囲に轟音を打ち鳴らした。

「敬礼っ!」

 レイが声を上げた。
 発砲音と共にレイ達は一斉にレナードと、その先に眠る兵士達に向けて敬礼をした。続けて二発目、三発目とギズーは空に向かって引き金を引く。

 発砲音と共に大気が揺れる気がした。
 発砲音と共に彼等の目には涙が滲んでいた。
 発砲音と共に、彼等を見守るようにメルリスが眠る丘からやまびこが届いた。

 彼等は分かっていた、この世の中は自分達が考える程甘い物じゃないと。この戦争を引き起こしたのは自分達であると、決して大人達に巻き込まれた事じゃない。自分達が巻き込んでしまったものだと理解していた。故にレイの瞳からは涙が止めどなく流れていた。
 墓を作るのはこれで二度目だ。

「行こう、西大陸へ――」

 帝国との戦争はまだ始まったばかり、始まったばかりで彼らの初めての敗北だった。


 統一歴二七六五年、八月十七日。
 中央大陸南部要塞都市メリアタウン陥落、死者二千五十六人、行方不明者一万弱。後に語られるメリアタウン攻城戦である。


 第三章 記憶の彼方
 END