「大丈夫かギズー!」
「――あぁ、肩を撃ち抜かれただけだ。問題はねぇよ」
「何で撃たなかったんだ、相手は誰なんだよ」
「大丈夫だ、心配いらねぇ。ただの顔見知りだ。まさか帝国に居るとは思っても居なかったから面を食らっただけだよレイ。問題はねぇ」
「でもお前――」
「大丈夫だって言ってんだろう!」
レイは初めてみたのかも知れない、ここまで何かに怯えるギズーの姿を。
ギズーもまた人の子だ、何かに恐怖を覚え何かに恐れる事もあるだろう。だがそれは一般人の場合に限る。少なくともレイを含めたここにいる少年少女達は世間でいう一般ではない。
死線を潜り抜けてきた幼いながらも前線で戦ってきた者達だ。ましてやレイ、アデル、ガズル、ギズーは先の神苑の瑠璃の戦いを抜けて来た。そんな彼等が今怯える者と言えば――レイは想像が付かなかった。
「今更何の用だよ、完全なる偽善者……」
帝国の待ち伏せを受けてから二時間、ギズーの負傷により一時休憩を取った彼等の脳裏には不安が残っていた。この先帝国の待ち伏せがまだあるかも知れない、その都度こうして足止めをされていては全力で走ってきた意味が無い。ましてやギズーが負傷するこの事態は誰も予想だにしていなかった。
だがギズー自身に油断が無かった訳ではない。
帝国の一般兵程度ならある程度苦戦することも無く突破できる、それは今まで培ってきた彼等の戦闘と修羅場を切り抜けてきたからこそ分かる力量。そして仲間と一緒に居ると言う何よりの安心感がギズーだけではなく、全員の心の奥底にあった。
考えてもみれば馬鹿な話である、帝国最大の戦力が彼等を待ち伏せている可能性だってあった。どれ程の実力があるのか分からない中その油断は一歩間違えれば死を意味する。この半年彼等が戦ってきた一般兵との戦闘がその油断を作った。これは彼等の確実な汚点。
「どうする? このまま真っすぐ街道に出て行けば最短で到着するだろう。が、帝国の待ち伏せがこの先無いとは言い切れない。だが他の道を行くとなると時間が掛かるのは明白だ」
「それは他の道でも同じだろうね、ただ街道を抜けるのが一番近いってのはギズーの言う通りだと僕も思う。だからそこに配置するのは目に見えてるから……どうしようかアデル?」
ミトに回復してもらってる途中でギズーが声を発した。レイもまたそれに同意して口を動かすがどうすれば良いのかが分からない。
「俺に聞かれてもな、こういうのはやっぱりガズルに任せた方が良いだろう。な?」
「なって簡単に降るなよ。確かにギズーとレイの言う通りだ。真っすぐ街道を行けば最短ルートで最短時間でメリアタウンへと到着するけど問題は帝国兵だ。どれ程の戦力を配置してるのかが分からねぇし他の道を行くのが利口ではあるな」
タバコを吸いながらそう答えた、日は既に落ちて荒野で焚火を囲む彼等。カルナック家を出る時に貰った少量の食料を食べながら周囲の警戒を怠らず話を進めていた。
「だったら、またグランレイクを通れば良いんじゃないか?」
アデルが提案するが即座に否定される。それもミラにだ。
「駄目だよ、グランレイク越えだって前回はレイ君の法術で抜けたけど……現状僕達の中で一番の防御力を誇る絶対零度をあそこでまた使ったらその先で帝国に襲われた時対処するのが遅くなる。何よりエーテルが持たないよ」
「ミラの言う通りだアデル、仮に向こうに高位な法術使いが居たら俺やファリックはそれを防ぐ術がない。法術に対する防御はレイに任せっきりになっちまうから出来る限りの消耗は控えたい。こういう時にエーテルが無いってのはつれぇな」
肩の怪我がほぼ治癒された所で右腕の調子を確かめるために二度三度回してギズーが言った。それもそうかとアデルは納得してその場に寝そべる。
「この際だから俺らの立ち位置をもう一度明白にしておこう。前衛のアタッカーは俺とアデル、中衛に防御のレイと中距離射撃のファリック、そして回復と中距離攻撃が可能なミト。最後に後衛から大火力をたたき出せるミラと長距離射撃のギズー。こんな振り分けになるだろう。正直レイは前衛でも問題は無いが言わば俺達の要、防御が崩れた所に法術やショットパーソルの弾丸の嵐はゾッとするな」
木の枝を使って地面に図を書きながら説明するのはガズル、それを囲みながら見つめる他のメンバー。
「確かにレイが落ちたら崩れるのは早いだろうな。そう言う意味でいえばガズル、お前も出来れば落ちて欲しくは無いから前衛としては辛い所だな」
「なんでだ?」
「お前の重力球って法術を吸収できるだろ? そう言う意味での防御はギズー達からすれば有り難いんじゃないかって」
「馬鹿言うな、アレは一種類の物しか吸収できねぇんだよ。炎なら炎、風なら風って具合でしかできねぇ。だからレイ程の防御力は無いんだ」
呆れ顔でガズルはアデルにそう言った。
「とまぁこんな感じかな、後は――」
吸い殻を焚火に投げ入れたガズルはギズーへと目線をやる。それに気づいたギズーは左手で右肩を抑えた。
「そろそろ教えてくれねぇか、お前は一体誰と会って誰にその肩を撃たれた? 何で引き金を直ぐに引かなかった?」
「……」
「だんまり決め込んでても話は進まねぇぞギズー、教えろよお前がそこまで怯える野郎の名前を。完全なる偽善者って一体誰だ?」
一度ガズルから目線を外して右肩を抑える左手に力が入った。だが何かを観念したかのようにその力を緩めると懐から煙草を一本取りだして火をつけた。そして。
「完全なる偽善者――俺の兄貴「マイク・ガンガゾン」。一族最強の男」
「完全なる偽善者――俺の兄貴「マイク・ガンガゾン」だ」
「ちょっと待てよ、お前の兄貴の二つ名は「殺戮永久機関」だろ。何だよ完全なる偽善者って」
「完全なる偽善者は俺達裏の社会で使われてたもう一つの二つ名。レイやアデルにだってあるだろ? 「重剣のフォワード」と「剣聖」のレイ、「黒衣の焔」「剣帝序列筆頭」のアデルみたいなもんだよ。ただし表では一般的な名前じゃないけどな。その素質を知ってる人間だけで使われてる名前みたいなもんだ」
タバコを思いっきり吸い込んで肺に煙を入れると二酸化炭素と一緒に口から吐き出すギズー、左手でタバコを取って燃える先端をガズルへと突き付ける。
「良いか、身内の言葉だと思ってよく聞いてくれ。完全なる偽善者ってのは親父が付けた二つ名でもありきちんと意味がある。今後帝国と全面戦争になるって考えると確実に俺達は兄貴とぶつかる。その時レイやアデルの二人は絶対に兄貴とやり合わないでくれ」
「理由は?」
淡々と説明するところにアデルが口を挟む。
「兄貴は対峙した相手の能力をそのままコピーしちまうんだ、攻撃スタイルから法術に至るまで全てを完全にコピーできちまう。流石に剣聖結界までコピーはできねぇと思うが万が一されたら……到底勝ち目なんてないと思ってくれ」
「剣聖結界までコピーしかねない? ははは、馬鹿も休み休み言えよギズー。あれはそんな一朝一夕で習得できるほど甘い術じゃない。それこそ大量のエーテルを消費する術だしそう易々と」
アデルが笑いながら否定しようとしたところで言葉に詰まった。違和感を感じた、そうとしか言いようがない程かみ合わない事が先ほど起きたのを思い出し、一気に表情が変わる。
「何だよアデル、そんな悲壮感漂う顔をして」
「ギズー、一つ聞かせてくれ。お前最後に兄貴にあったのは何時だ?」
「一年前の東大陸」
「その時誰と一緒だった」
「さっきから何を言ってやがる、フィリップと一緒に捕まって――」
ギズーもそこで何かに気付く、アデルはその一言で確信を得たような表情でレイの顔を見る。
「お前らさっきから何を話してるんだ?」
「いや、ずっと違和感を感じてたんだ。ギズーやお前じゃ感知できなかったかもしれないから無理はないが……レイ、お前も感じてたはずだ」
「言いたい事は分かるけど、可能なのかな? 適性があってなければ僕みたいに体に想像を絶する負担をかける事になるし。何よりフィフスエレメントなんて先生以外聞いた事が無いよ」
ガズルが首を傾げてギズーとアデルの会話に口を挟んだところでアデルもまた感じていた違和感を口にする。それは同時にレイも感じ取っていたが自身の体験談からも考えて不可能だと頭の中で否定していた。
「なぁギズー、お前の兄貴って法術は何が使えた? どの属性が得意なんだ」
「それは俺も知らねぇんだ、兄貴が法術を使う所なんて見た事がねぇし。大体俺の一族は代々エーテルがほぼねぇんだ。だから剣聖結界以前の問題で法術をどうやってコピーしてるのかもわからねぇ」
「それでも――今までコピーしてたんだな」
その一言でアデルの中にあった違和感と疑問は吹き飛んだ。同時にレイもまた考えうる最悪の事態を想定し、それを口にする。
「可能性は低いけど、最悪フィフスエレメント全てと会話が出来ると考えても不思議じゃない。雷帝フィリップと既に接触していたとなればこの状況は説明が付く。この残り香にも近いエレメントとギズーが撃たれた後に僅かに感じた雷光の気配。多分マイクは雷光剣聖結界が使える」
ガズルの表情が見る見るうちに冷めていく、永久殺戮機関と呼ばれたマイクの実力は噂で耳にしている。それがレイやアデル同様に剣聖結界を使用する可能性があると考えると絶望しかわかなかった。
「いや待て、可能性で終わらせると痛い目をあうかも知れない。不安要素は全て今潰しておこう。帝国にはまだ剣老院と互角に戦えるアルファセウス最後の一人が居るんだよな。そいつが対話できるのは何だ、アルファセウスの一人なら剣聖結界は確実に使えると考えていい。仮に手合わせ何てしていたら確実にコピーしてる可能性だって否定できない」
「僕も最後の一人は知らないんだ、先生も何も話してくれなかったし絶対に会ってはいけないって言われ続けてきたから。アデルは?」
ガズルが指を加えながら必死に考える、最恐と呼ばれる最後の一人が一体何と対話できるのか。現状雷光剣聖結界が使えるとして攻撃速度は尋常ではない、そして移動速度も。そこに何が加わるとどの程度の戦闘力になるのかを必死で考えていた。
「俺も知らねぇんだ、だけどおやっさんと互角かそれ以上となると確実に多重剣聖結界と考えるべきだろう。それが何かが分からねぇ……ギズーは何か聞いたことないか?」
「俺が知る訳ねぇだろ、お前ら二人が知らねぇのに俺が知ってるはずがねぇ」
よくガズルが言っていた言葉がある。可能性を否定して痛い目を見るぐらいなら全てを考慮した前提で作戦を立てろと。現状考えうるすべての状況をガズルが考えているがレイ達の戦力を考えた際に彼等の戦力以上の人間。それも一人で対軍と戦闘できるであろう人物が相手に居る可能性。それとどうやってぶつかるのか。考えても考えても思考がまとまらない。
「こりゃぁ大変な事になったもんだぜ、あのグラブって野郎の笑顔がずっと引っかかってたけどこんな切り札隠していたなんてな。流石に誤算だ」
懐から二本目の煙草を取り出して火をつけて空を仰ぐガズル、彼等の頭脳がお手上げと出した答えにレイ、アデル、ギズーが落胆する。
現状としては情報が不足しているこちら側が圧倒的不利な状況であり、また向こうはこちらのデータを揃えている。これがどれほど危険かは彼ら自身が良く分かっていた。
そもそも剣聖結界の存在を知って一年足らず、まだその性質や全ての効果を知っている訳ではない彼等にとって何と何が組み合わさるとどれほどの戦闘力になるのかが分からない。故に恐怖。
「暫く雑魚ばっかりの相手だったしな、向こうに剣聖結界使いが居るかもしれないと考えるとまた厄介なことになるな。その辺どうだレイ」
「どうって……ガズルも分かってると思うけど精神寒波が一番の問題だと思うよ。前回はガズルとギズーの二人だけをカバーできればそれで良かったけど、今回はファリックの分もと考えたら僕の許容をオーバーしちゃうかもしれない。もしも対峙するのなら二手に分かれた方が確実に生還率はあがるかな。そもそもマイクと戦う時はこちら側の剣聖結界は使えない物と考えないといけないからそれだけでも不利だよ」
淡々と語るレイもまた悲壮感を感じていた。
剣聖結界使いに剣聖結界を使わずにどうやって戦えばいいのだろうかとそればかりを考えている。先の戦いでは互いに剣聖結界を使い精神寒波を緩和しながらの死闘だった。それも二対四。実力差もあったがそれでもギリギリの勝負だった。
今回は違う、こちらの技や術を盗まれてしまう可能性がある以上下手に戦うことが出来ない。もしも、万が一彼等の術と技が盗まれたら実力差も垣間見て確実に負けるだろう。そして何より問題なのが一つ。
「アデル、間違っても兄貴と対峙した時は絶対に刀は使うな」
「なんでだ?」
「炎帝剣聖結界限定の六幻は使えないだろうが、それまでの連続抜刀は脅威だ。確実にコピーしてくるぞ、それに兄貴が剣老院の技をコピーしたらそれこそ手に負えなくなる」
「――それもそうだな、グルブエレスとツインシグナルを使うのも何か久しぶりな気がするな」
常に腰に吊るしている二本を取り出して刃を改める。常に整備していたおかげでいつでも使える状態にはなっている曲刀と直剣に目を凝らすアデル、それを隣で見たミラが口を開いた。
「何で普段からそれ使わないの?」
「元々こっちが本命だったんだが剣聖結界はインストーラーデバイスじゃ無いと俺はまだ使えないんだ。だからこっちで戦う事は少なくなってただけで技の種類や戦い方はこっちの方が俺には向いてるんだよ」
レイを含めて全員が久しく見ていなかった二刀流のアデルが見れると思うと少し活気が沸く。ヤミガラスを使うアデルはどちらかと言うと慎重に相手の動きを分析し一撃必殺を決めるカルナック流抜刀術使いの奥義伝承者だが、元を正せば荒れ狂う二刀流の法術剣士だ。派手好きな彼からすればこちらの方が性に合っている。
しかし欠点も勿論ある。
アデルの精神力ではインストーラーデバイス抜きで剣聖結界は使えない。それでも並の法術使いと比べれば卓越したエーテル操作を可能とするが、まだ力の加減が出来ずにいる。
例えるのなら術師が使う初歩的な術、同じ術をアデルが使うと五倍にも十倍にもエーテルを消費してしまう。そして消費したエーテルの回復力は人並みであるからこそインストーラーデバイスでその力加減を調整しなくてはいけない。だが。
「でもよ、お前も炎帝剣聖結界をそれなりに使えるようになってんだ。デバイス抜きでもある程度は使えるんじゃないのか?」
「無茶言うな、剣聖結界時の消費エーテルは尋常じゃねぇんだぞ。いくら俺のエーテル貯蓄量が人のソレを外れてると言ってもとんでもねぇ量消費するんだ。デバイス抜きでやったら一瞬でタンクが空になっちまうよ。そうなったら最後だ、エーテルに食われて化け物になっても良いのか?」
ガズルが笑いながらデバイス抜きでの剣聖結界を提案するが、それを普段見せる事の無い真顔でアデルは返答した。確かに一歩間違えれば死に至る術であるが現状のアデルであればある程度は何とかなるのではないかとガズルは思って居た。それはレイも同じだった。
「いや、ガズルの言う通りだよアデル。現状であればデバイス抜きでも使えるかもしれないよ?」
「お前まで何言ってんだよ全く、そこまで言うなら試してやろうか? どうなっても知らねぇぞ」
スッと立ち上がると一度深く深呼吸した。その姿を見てレイ以外の五名は即座にアデルの傍から逃げた。ミトとミラはガズルに捕まれ、ファリックはギズーに引っ張られる形ではあったが。
「ほら見ろ、信用してねぇだろお前ら!」
「いやだって、なぁギズー?」
「あぁ、変に巻き込まれたら堪らん」
ため息を付きながらもゆっくりと精神を集中させる。高まるアデルのエーテルに反応するように周囲のエレメントがざわつき始める。
次第にアデルの足元から炎がゆっくりと沸き始めた、出だしは好調に見えレイ達も少し緊張の糸がほぐれていく。その時だった。
「っ!」
一気に噴き出す炎にアデルは慌てた、体内のエーテルが軽く暴走を始めたのが分かった。このままでは確実にエーテルに食われると思ったアデルは直ぐ様炎帝とのつながりを切ろうとした。が、
「大丈夫だよアデル、そのまま」
静かにアデルを見つめているレイが諭す様に話す。
「馬鹿野郎、確実に暴走寸前なのに何が大丈夫なんだよレイ!」
「良いんだ、そのまま一度エーテルに委ねて」
レイもまた氷結剣聖結界を発動させる。万が一の事を考えてなのか、はたまた別の意図なのか。レイの表情は何か確信を得ているようにも見えた。
「どうなっても知らねぇぞ!」
溢れだすエーテルをあえてコントロールせずに解放させる、黒く綺麗な髪の毛は真っ赤に染まり瞳の色もまた深紅に染まり始めた。
その姿を見てミラは怯えていた、もしかしたら自分も使えるのではないかと高をくくっていたが目の前で起きている尋常ではないエーテル量とエレメントのざわめきを肌で感じていた。
恐怖。
そう、ミラが感じていたのは紛れもなく恐怖だった。アデルが使えるのであればと思って居た自分を殴りたくなり、またこれ程危険な術を練習も無しに使ってみようと思って居た自分に恐怖した。
「今だ、エーテルの放出を押さえて周囲の炎帝を取り込むんだアデル」
意識を保っているのが不思議な程エーテルに身を委ねていたアデルに届いた言葉は確実に成長している証でもあった。レイの言葉通りにエーテルを操り始めた途端、それまで苦しいほど負担を強いられた体が軽く感じられた。そして。
「――あ、あれ?」
放出するエーテルが一定まで下がった所でエレメントが定着した。同時にデバイスを使っていた時と同じ感覚がアデルの体に現れた。
「出来た?」
体の中に流れるエーテル量も安定し始め、放出するエーテルも自然に還元を始めるのを感じ取ったアデルは炎帝剣聖結界の発動に成功していた。だがそう長くその状態を維持することはやはり困難のようで五秒と持たなかった。
「ね、出来るもんでしょ?」
「何でだ? デバイスも使ってないのに何で?」
目を丸くして驚いているアデルに対してレイは当然と言う顔をしている。
「デバイスを使ってある程度剣聖結界を使うとエーテルコントロールを体が覚えるんだよ、だから僕は確信をもってアデルが発動できると思った」
「その割には氷結剣聖結界発動させてるじゃねぇか」
「一応万に一つエーテル食われるようなそぶりを見せたら即座に絶対零度でアデルを凍らせて炎帝とのつながりを切ろうと思っただけだよ。でも成功する確立は九割だと思って居たから本当に万に一つって感じだね。でもアデルが怒るのは僕じゃ無くて後ろの面々にじゃない?」
「後ろ?」
氷結剣聖結界を解除したレイの後ろをアデルが覗き込むとミラを盾に全員が隠れていた。ギズーはウィンチェスターライフルを取り出し、ガズルは両手に重力球を作り出し、ファリックは二丁のパイソンをアデルに向け、ミトは杖を握りしめていた。
「お前ら……」
アデルの声にハッと我に返った彼等は各々獲物をしまう。ギズーだけは舌打ちをして渋々幻聖石に戻してポケットへとしまう。
「ギズーテメェ今舌打ちしやがったな!」
「うるせぇ死ねボケ、成功したから良い物を周りに煽られただけで博打するんじゃねぇクソッタレ!」
「な――おまえそれは言い過ぎだろう!」
「だからうるせぇって言ってんだよ、お前もお前だレイ。こんなクソ野郎煽って楽しむんじゃねぇ」
苦笑いしながらレイは右手で頭を掻き始めた、その隣で今一納得しないアデルが夕陽を背に静かに怒りをあらわにしている。だが内心ほっとしているのは確かだ。デバイス無しでも発動に成功したのは彼にとって大きな一歩であり、確かな戦力アップと言っても過言じゃない。
「さて、それじゃぁ僕なりに考えた対策を今のうちに話しておこうと思う。その話が終わったら移動を再開しよう、出来る限り早く戻ろう」
彼等が再び移動を再開したのは陽が沈んでから二時間程後の事だった。これには理由が幾つかある。
まず一つ、暗闇に紛れて帝国兵との接触をなるべく避ける目的がある。次に現状彼等がどこに居るのかを帝国の目から隠れる必要があった為だ。
既に情報戦で彼等にとっては不利な現状、出来る限り位置を把握されたくないとガズルが提案した事。居場所が分かっていれば奇襲を受けるリスクが上がり何か策を講じようにも後手に回ってしまう為だ。同時に帝国兵と出くわさないようにするのも時間をロスしない為、いくら彼等にとって気に留める事の無い戦力だとしても逐一戦っていてはその分時間をロスしてしまう。それを避けるには見つからないように闇夜に紛れて移動するのが一番の得策だった。
先頭にギズーを配置し、次にアデルを置く。最後尾はレイ。その間は特にバラバラでも構わない。ギズーを先頭に配置したのには理由があり、帝国兵を察知した際素早く仕留める事が出来るのが彼であるからだ。シフトパーソルの先端に消音機を取り付けて静かに、闇夜に紛れて一発一発正確に帝国兵の頭を撃ち抜く。気が付いた時には既に遅し、仮に撃ち漏らしたらアデルが即座にツインシグナルで心臓を刺突するかグルブエレスで首を跳ねる。
夜通し移動した結果、陽が昇るころには見慣れた丘へと到着していた。
「ここまでくれば後は目と鼻の先だ、少し休憩入れようぜ。流石に突かれたわ」
アデルがその場に腰を落とすと次々に座り始めた。
「俺は周囲の状況を確認してくるわ、何かあったら呼びに来る」
そう言うとガズルは双眼鏡を手にいつも見張りをする木を目指し歩き始めた、気温が徐々に上がり始めるのを感じ取ったレイはゆっくりとエーテルを練り始めた。ほんの少しだけ氷結剣聖結界を発動させると彼の周囲から冷気が放出し始める。
「お前は良いよな、こんな暑さでも眉一つ動かさないんだからな」
「それにあやかろうとしてるアデルにそんなこと言われたくないね、何なら切ろうか?」
「いや、そのままで良い」
二人の会話がどこかおかしくてミトが笑った、つられてミトとファリックも笑う。それを見てギズーがムスッとしながら埃だらけの服を見てため息を付く。
「俺は戻ったら絶対に風呂入る、こんな状態いつまでも続けてられるか」
「あら、意外と軟弱なのね?」
「テメェみたいに野生に生きてねぇんだよ」
「失礼ね、私だってお風呂に入りたいわよ」
ギズーとミトがおちゃらけながらそんな小言を互いに言い合った。それをレイはホッとした様子で見ていた。
ミト達が彼等の前に現れてから少し経つ、最初こそギズーは銃口を向けたり突如発砲したりと敵視していたが現在では仲間と認識して背中を預ける程の仲にまでなっている。それがレイにはとても嬉しい出来事ではあった。
彼にとってギズーとは親友であり、友であり、また家族の様な存在でもあった。いや、ギズーだけではない。アデルやガズル、ミト達もまたその一員である。こんな時代だ、家族に飢える子供は少なくない。忘れてはいけない、レイもまだ子供なのだと。
「しっかし道中大した衝突も無くて良かったな」
レイから発せられる冷気で涼んでいるアデルが空を見上げながらそう言った。
「気持ち悪い位だ、兄貴があそこに居たって事も不思議だが何にもなさすぎる。俺達をメリアタウンへと近づけさせまいとするだろうに道中居たのは一般の帝国兵だけだ、武装もショットパーソルとサーベル程度だったし何か腑に落ちねぇ」
しかめっ面で冗談を言い合っていたギズーが懐から煙草を取り出して火を付けながらそう言った。
「覚えてるか? あの野郎の言葉」
一息ついてから煙を吐き出してカルナック家であったことを思い出すギズー、常に引っかかっている事を彼なりの考察して喋りだした。
「メリアタウンの防御はある種鉄壁に近い、法術使いの数も帝国より多いし城壁の砲台の威力だって向こうからすれば脅威だろう。法術攻めも数で攻めようにも帝国からしたらどちらも不可能に近いんだ。逆を言えば防御に徹底していれば崩されることは無い。だからこそ俺達は安心して剣老院の元へと旅立つことが出来た」
そう、メリアタウンの防御力は通常の街と比較にならない。まさに要塞都市であり難攻不落と呼ぶに相応しい。仮にレイ達七人が攻め込んだとしてもメリアタウンを落とすのは難しいだろう。それほどの防御力はあるのだ。
「それは僕もずっと気になってたんだ、仮にあの要塞都市が陥落するようなことが有ればこの戦争自体僕達にとって最悪の結果になる。それにプリムラ達もメリアタウンにいるし」
「でもよぉ、アレを落とそうとするならそれこそ「国落とし」に近いだろ? 今の帝国にそんな戦力が――」
アデルはハッとした、一人だけいる事実だけがぽっかりと穴が開いたように抜けていたのである。決して忘れていたわけではない、最大限警戒していた事は事実であるが出来ればそうありたくないと願っていたのも事実。
「最恐――フレデリカ・バーク」
レイは頷いた、アルファセウス最後の一角にして旧剣聖であるカルナックをも凌ぐと言われる戦力を持つ「最」の称号を持つ帝国最後の切り札。
「最恐かぁ、対峙したことも無ければどんな力なのかもわからねぇから今一パッとしねぇけどおやっさんより強いって言われる位だからな。それに「最」の称号は伊達じゃねぇ。覚えてるか? エレヴァファル・アグレメントの事」