『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

「逃走したのは二人か三人、あの戦力じゃもう何も出来ねぇだろうからほっとけ」

 周囲に血と肉の焦げた匂いが充満している中ガズルが辺りを見渡してそう言った、最初の電撃で半数以上が焼け焦げると残りは散り散りに逃げ始めようとしていた。そこをアデルが切込み一通り殲滅させていた。

「一年前の復讐か何かか? それにしても装備揃えてやがったなこいつら。んで、それなんだ?」

 振り回していた剣を鞘に納めるとガズルに近づいた、当人は見慣れない機械を触っている。全部で五十台あってどれも最初の電撃でショートしていた。

「ホバーウォーマー、これも西大陸原産の蒸気機関だよ。遠くだったから見えなかったけど、コレがあるなら電撃戦法何て取らなかったんだがなぁ」
「なんだ、使えないのか?」
「初手の電撃でほぼ全滅、一部のコイルがショートしてやがる」

 ここ中央大陸でも時々見かける小型の蒸気機関、蒸気を機体の下から噴射して浮力を得る。更に後方の噴射口から排熱することで浮いたまま前進する機械である。

「……でもオカシイと思わないかアデル、いくら格安で手に入ると言ってもこの量のショットパーソルとこれだけのホバーウォーマーを集めるなんて結構な額なんだ。それを何だってこいつらがこんな代物これだけの量手に入れられんだ」

 故障してないホバーウォーマーを探しながら不満そうに漏らした、それにアデルがキョトンとした顔で答える。

「盗賊団なんだしどこかからかっぱらって来たんだろ? こいつらの懐事情なんて当時から良く知ってるけど買える訳がねぇ」
「だからおかしいって言ってんだ、ギズーも言ってたけどショットパーソルは横流し品だ。正規ルートで買おうなんて考えたらそれこして大陸渡らなきゃなんねぇ。こいつらにそんな余裕はない、盗むったってこの辺り拠点にしてるこいつらがどこを襲うって? 海上商業組合(ギルド)は船持ってるから砂漠越え何てしない。誰かが裏で糸引いてなきゃ出来ねぇんだよ、それにこの奇襲だってまるで俺らが此処に居るって分かってた様じゃないか」

 一台だけ電撃から免れていた機体を発見してエンジンを掛けた。無事に起動することを確認すると跨ってアデルを後ろに乗せた。

「だから、誰がこいつらを(そそのか)したって?」
「本当に馬鹿だなお前は、俺らと対峙してるなんて言ったら一つしかねぇだろ!」

 右手でアクセルを回すと機体が浮き上がってレイ達の元へと急速発進する、後ろで軽く乗っていたアデルが思わず落っこちるかと思うほどの衝撃を受けることになる。

「帝国だっていうのか?」
「考えたくはねぇが気を付けていた方が良いだろう、だからこそこいつが居るっ!」

 この時点でガズルの考えはおおよそ的中していた、彼等の戦闘を遠くから見ていたエルメアを着た男が三人。少佐殿と呼ばれ、恐れられている人物がいることをまだ彼等は知らない。
 
「こいつなら今までの速度以上で逃げることが出来る、この砂漠さえ抜けちまえば剣老院の所まではあと少しのはずだ。向こうに付いちまえば化け物クラスが一人加勢すると考えると心強い、だから早い所抜けちまおう」
「……俺の師匠を化け物呼ばわりするな」




「はい――えぇその通りです、グラブの報告ではホバーウォーマーで一気に砂漠越えを企んでいるそうです。――はい。かしこまりました、ではその様に」

 一方、先ほどレイ達を監視していた一人が通信機で誰かと交信を取っていた。そう言えばこちらの詳細について話していなかった。軽くだが触れておこう。

 現在通信を行っている男、名をダル・ホンビードと言う。階級は大尉、灰色のエルメアを着て背中にはハルバードを背負っている。また、グラブと呼ばれた男、こちらは先ほど望遠鏡でレイ達を見張っていた男だ。同じく階級は大尉で同じ色のエルメアを着ている。

「所で少佐、彼はどこで拾って来たのですか? ――なるほど、東で。――いえ、あれほどの狂犬を良く手懐けたと思いまして。――それはそれは」

 そして最後の一人、赤いエルメアを纏うこの青年。
 先ほどから一言も喋らず不気味に微笑んでいる彼もまた、この二人と共に行動するだけの力を持ち合わせている。引き込みで帝国に加入したとはいえ初めての階級が中尉である。実力社会の帝国としては異例の階級であり、また前例は無かった。

「それで彼に付いて少々お話が。――いえ、作戦に変更は何らありません。ただ」

 ダルが通信機を耳に当てながら顔を上げると、そこには真っ赤に燃える炎が見える。黒煙が立ち上がり一目で大規模火災が起きていると分かる。しかし、レイ達の場所からではあまりにも距離が離れすぎている為この煙に気づくことは無かっただろう。

「奴らを匿った罪で数名を公開処刑し、それに反発した為――えぇそうです」

 大きな炎はこの距離でもダルの目にきちんと届いていた、そして同時に風に乗って運ばれてくる不快な臭いも同時に。眉間にしわを寄せて数時間前に起きた惨劇を思い出しながら報告すべき事を通信相手へと伝える。

ケープバレー(オアシス)は消滅しました、生存者確認できません」

 砂漠のオアシス、宿場町ケープバレーはたった一人の手によって全滅していた。
 物々しい空気が満ちていた。
 本国より送られた兵隊の数は二万を超え、着々とメリアタウンを包囲し始めていた。レイ達が街を出て二日目の事だった。帝国は彼等が居ないことに勝機を見出し、ここぞと現有勢力の半分を投入することを決定した。これに対しメリアタウンも覚悟をもって警戒にあたっていたが、偵察部隊が第一報を報じる前に壊滅、第一次防衛ラインをいとも簡単に突破されてしまう。

 命からがら生き延びた偵察部隊の一人が第二防衛ラインへと到達するが時すでに遅し、たった一人の将校によって防衛ラインは崩されていた。それは後に白い悪魔と呼ばれた。

 メリアタウン本部へと伝達が入るころには目の前に帝国兵が迫りくる勢いであった、第二防衛ラインより伝達を受けていた本部は至急住民の避難と部隊の編制へと動く。第一第二と突破されたメリアタウンだが本部の守りはラインの非にあらず。強固な城壁が組まれ上には大量の砲台。これを突破することは今の帝国でも至難の業である。故に睨み合いが続く。白い悪魔と呼称された将校は第二防衛ラインを突破後本国の部隊に後を任せ、皇帝より受けし勅命に動いていた。
 結果、それが功を成す。
 本国の部隊とて多くのそれらはショットパーソルを持った一般兵、後方に数名の法術士が控えているが城壁の効果もあり戦力は奇しくも均衡。しかし、増援が送られてくる帝国と違って現有戦力しかないメリアタウンは削られる一方だった。



「彼等が帰還するまで絶対に落としてはならん!」

 メリアタウン本部統括のレナードが叫ぶ、中央に陣取った司令部から各方面へと次々に指示が飛ぶ中、用意をしていたとはいえ奇襲を受けたメリアタウンのダメージは予想を超えていた。住民街にダメージが無いのがまだ幸いしてるとは言え負傷者の数は右上がりで増えていく。
 
「レナード司令、医療班が足りません!」
「泣き言いってんじゃねぇ! 何とかして持たせろ! 彼等は必ず帰ってくるっ! それまでここを落としてはならん! 回復の法術士を前線から少人数抜いて後ろに回させろ!」

 唇を噛みしめながら悔しそうにそう言った。
 城壁の上から見下ろした光景はまさに絶望、大量の帝国兵が押し寄せてくるのをはっきりとレナードは目撃した。
 第二次メリアタウン防衛戦、彼等が旅立ってから一週間後の事だった。




 時は遡り、第二次メリアタウン防衛線より五日前。
 ホバーウォーマーを手に入れたレイ達はオーバーヒート寸前になる程の出力をだして先を急いでいた。結局見つかったウォーマーは一台だけ。その一台にレイとミトが乗る。レイは氷法術で機体の中に随時溶解寸前の氷を生成し、機体の熱で水へと変換させて蒸気を確保。ミトは消耗するレイを回復させながら必死に捕まっていた。
 残りの五人はというと、機体にロープを張り体を引っ張られながら砂の上を滑っていた。その調子で半日ほど移動を続けると砂漠を超えることに成功した。残りは荒野とカルナック家へと続く山道のみであり、そう時間はかからなかった。
 結局カルナック家へと到達したのはこの日の夕暮れ付近になる。

「まったく君達は……」

 ボロボロの彼等を見たカルナックがぼやく。
 全身砂まみれで衣服もボロボロ、アデルに至っては他の六人より一段と汚れていた。玄関の前で申し訳なさそうに笑うレイとアデルにアリスがため息を漏らす。

「あのね君達、ここは洗濯風呂付の宿場町じゃないのよ?」
「ごめんなさいアリス姉さん、これには深い事情があって――」
「口答えするんじゃないのレイ君!」

 今までシャンとしていたレイがタジタジになっている姿を初めてみたミト達は思わず笑ってしまった。同時に目の前に居るカルナックに対しても畏怖を感じていた。
 ファリックはまだしも、ミトとミラは類まれな法術使いである。レイとアデルを見た時も異常な程のエーテル量を感知し驚愕していたが、目の前に居るカルナックはこの二人を遥かに凌駕する。まだこの二人が成長段階であるとはいえ、このカルナックは既に完成された精神力と肉体。
 ガズルが化け物クラスと言っていた意味が良く分かった瞬間だった。

「それで、後ろの三人が例の?」
「え、はい。そうです」

 開いているのか閉じているのか分からない目でカルナックは三人を見た、一瞬だけ敵意が向けられ萎縮する。余りにも咄嗟の出来事でファリックが脊髄反射で銃を構える。

「――良い反応速度ですね」

 薄目で三人を見た。

「記憶を無くされても体が覚えている――貴方たちも凄まじいほどの場数を踏んできた事が分かります。何故記憶が失われているのかは分かりませんが安心してください。きっと何かの拍子で思い出すこともあるでしょう」

 にっこりと笑みをこぼしながらそう告げた。向けられた敵意は直ぐに収まって張り詰めた空気が解除されたのがミト達には分かった。それと同時に目の前に居るこの男が人のソレ(・・・・)ではない感覚だと言う事もほぼ同時に悟った。
 
「貴方……本当に人間なのですか?」
「失礼な、きちんと人ですよ」
「にわかには信じられない程のエーテル量です、今まで感知した事の無い位」

 ミラが堪らず口を開いた。この時代に現れてからレイというほぼ化け物に近いエーテル量を感知しながらもそれ以上の存在を目の当たりにした。敵意を向けられた時もそうだったが解除された今もまだ足の震えが止まらないでいる。それはミトも同じだった。
 顔面蒼白で手足は震えている、隣に居るレイも心配そうに横目でその様子を伺っているが収まる気配はまだ見当たらない。

「それで先生、何とかなりますか?」
「レイ君、私を何でもかんでも解決できる便利屋さんとでも思ってるのですか? 流石の私も記憶に関してはどうにもできません。なので――」

 カルナックの後ろに轢けていた小さな女性が顔を覗かせる、レイとアデルは見た事も無い女性が突然現れた事に少し驚く。ファリック程の身長で小柄の女性がそこに居た。

「紹介します、彼女は――」
「お主らがこの馬鹿弟子(カルナック)の弟子かの?」

 顔を覗かせた女性はゆっくりとカルナックの背中から姿を現すとゆっくりと歩いてくる。フード付きのマントを羽織り右手には杖を持っている。

「ほほう、面白いのぉおぬしら。特にそこの青髪の小僧――中に何を飼っている?」

 その一言でレイは思わず霊剣を幻聖石から具現化させる、咄嗟の事だった。常人では感知することも出来ない存在を一目で看破されたのだ。

「貴女は……いったい?」

 一歩下がるとレイの前にアデルとガズル、ギズーの三人が立ち塞がるように女性の前に立った。

「おやっさん、こいつ一体誰なんだよ。イゴールの事話したのか?」
「いえ、一言も話してはいませんよ。この人こそ「人ならざる者」ですからねぇ」

 笑顔のままそう答えた。
 女性はパーカーを脱ぐとカルナックの横に立つと一つため息をついて改めて自己紹介を始める。

「儂はシュガー、「シュガー・リリック」。おぬし等の師カルナック・コンチェルトの師匠じゃよ」



 ドタバタした自己紹介から一時間後、庭でミトとミラ、ファリックの三人が魔法陣の上に立たされていた。

「信じられねぇ、おやっさんの師匠筋とか居たんだな」
「この時の為に西大陸からお越し願ったんですよ、普段は決して人目に触れる事は無いのですが事情を話した所興味を持たれてね。それにしても魔法とは本当に便利な物です」

 カルナックの師匠、シュガーは西大陸で静かに生きる魔族の生き残りである。今は数も減って殆ど人目に付くことは無いが、こうして時々現れては難事件を解決したり、帝国との戦闘で猛威を振るったりとしている。
 現在の西大陸で行われている帝国との戦闘の殆どは魔族との衝突であり、それを指揮しているのがシュガーでもあった。

「魔族の生き残りねぇ、通りでイゴールに関しても見抜いた訳だ。エーテルの質が魔族と人じゃ全く違うからな」
「と言ってもアデル、君のエーテルもレイ君のエーテルも人のソレでは無いんですがね。それ以上に厄災の純粋なエーテルに反応したのでしょう。さぁレイ君、そろそろイゴールを表に出してもらえますか?」

 この一時間の間に記憶を覗く方法としてとある魔法を用いると説明を受けた彼等だったが、イゴールの魔術も用いる事も説明された。レイはあまり気乗りはしなかったがイゴールは反対しなかったため決行することになった。


「――厄災剣聖結界(バスカヴィルインストール)

 レイの足元から青白い炎が噴き出した、何時ぞや見たイゴール出現の炎だ。
 真っ青な髪の毛は次第に赤く変色し、顔つきも変わり始め、裏でひっそりとしていたイゴールが前へと現れる。ゆっくりと瞼を開くと懐かしい景色が目に飛び込んできた。

「この場所でまた現界するとは思いませんでしたよ、カルナックさんご無沙汰しております」
「やぁ厄災、あの時と違って今は紳士的なのですね」
「揶揄わないでください、あの時はどうかしてたんです。それで――」

 カルナックの横に立つシュガーを一目見て理解した、懐かしいまでのエーテルと過去千年以上触れられなかった純粋な魔族としてのエーテルを感知する。

「あぁ……お久しぶりで御座います、シュガー様」
「千年ぶりじゃなバスカヴィル、最後に会うたのはお主がまだ小童の頃じゃったか。体と言う依り代から解き放たれた感想はどうじゃ?」
「悪くは無いですね、私の体はまだ異空間に封印されたままですが――今はこの少年の目で世界を見て、この少年と共にあります」
「そうか――」

 シュガーはバスカヴィル(レイ)の肩に手を置くと久しく見る同族のエーテルを感じていた。

 千年だ。
 千年もの間感じる事の出来なかった個体をこの時久しぶりに感じ取り、目じりには涙がにじみだしていた。

「さて――」

 バスカヴィルとの再会をそこそこにシュガーは彼女達三人へと顔を向けた。術式は既に整っており後は強力なエーテルを注ぎ込むことで完成する。魔法陣は次第に青白く光り輝き術式開放へ着々と進んでいた。