「これで良いはずだ、後三日は安静にしていないといけないがな」
アデル達はギズーを無事にレイとメルの元へ運び終えた。そして直ぐさまギズーが治療に当たる。助手にあの医者も付けて。
「レイの方は今日中にでも起きるだろう、ただ……あの娘だけは分からん。正直助かる確率は半々と言った所だ」
「半々って、それ以上生還の確率を上げる事は出来ないのか?」
アデルが無愛想にギズーの顔を覗く、だがギズーと医者は首を横に振ってカルテを見せる。
「これがメル君の症状だ、こんな症状は極まれで治る確率も十分低い。だからこの半分と言う確率は十分高い数字なのだ。本来なら既に息を引き取っている可能性だってある。今はこれが最大の治療なのだ」
医者が厳しい剣幕でそう言った、アリスは酷く落ち込みその場にいた全員に背中を向ける。アデルは舌打ちをする。
「……ただ」
ギズーが何かを言いそうになって止めた、だがそれはとても小さな声で誰にも聞こえないように喋った言葉だった。だがガズルは不思議とその言葉を聞き取った。
「ただ、なんだ?」
「聞こえていたのか。このメルという娘は俺達の認知を超えた人間だという事だけは俺には分かった。このメルとか言う人間は、ただの人間じゃない。強いて言えばレイも同じだ」
「レイが人間じゃない?」
「勘違いするな、人間には違いないんだが普通の遺伝子とは異なった形式を持ち合わせている。それがなんなのかは俺には分からん。因みに言うとだなアデル、お前から採取した血液にも普通の人間とは異なった遺伝子が混じっている。お前らは本当に人間なのか?」
「うるせぇ! 俺は人間だ、レイもメルも人間には違いなんだ。それで良いじゃねぇかよ、大体が遺伝子だかなんだかしらねぇけど関係ないじゃないか!」
アデルがギズーに飛びかかろうとした所をガズルがタイミング良く割って入った、左手でツインシグナルを引き抜こうとした瞬間の出来事だった。
「ともかくだ、今しばらくの辛抱だ」
鋭い目つきでドスをきかせていたアデルは暫くそのままで居たが小さく舌打ちをするとその部屋を勢いよく出て行った。
「すまない、アデルはレイの事をとやかく言われるのがとても嫌っていてな。そのことだけではお前以上だギズー」
「分かってる、分かってるさ」
「……」
屋上で一人黄昏れている少年が居た、黒い帽子に黒いエルメアを来た少年だ。帽子をひもでつって首に下げる、そして一つため息をついて遠くの空を眺めた。
「おやっさん、なんで俺に教えてくれなかった」
誰にも聞こえないような声でそう呟く、十二月も暮れに近づいたこの時期の風はとても冷たく、そしてほこりくさいニオイが混じっていた。又この地にも雪が振る事を知らせる風のニオイだ。
風は優しくアデルの髪の毛を撫でる、腰まで伸びた髪の毛はサワサワと暴れそして戻り、同じ事を何度も繰り返している。
「俺は、強くなれるのだろうか」
「今の君も十分強いと思うけどな?」
ほぼとっさの出来事だった、声に反応して後ろを振り返り声の主を確認する。そこには真っ赤な髪の毛をしたシトラが立っている、自分と同じぐらいの長さを持つ髪の毛はアデル同様暴れていた。
「いつからそこに?」
「今来た所よ、黄昏れてるわね少年?」
「別に黄昏れてるつもりはない、ただ……考え事をしていただけに過ぎない」
風がビュウビュウと音を立てて吹き出した、先ほどより幾分か強い風が二人の間を縫うように吹き荒れた、あまりの風の強さにアデルの帽子がシトラの方へと飛ばされる。慌てて帽子を掴もうとしたが間に合わずシトラの足下に転がった。その帽子を拾い上げて自分の頭にかぶせる。
「とても大きな帽子ね、それとも私の頭が小さいのかしら?」
「元々俺のじゃない、師匠から預かってる帽子だ。大きくて当然だろうな」
黒い帽子をかぶったシトラがニコリと笑ってアデルの方へと近づいていく、そしてアデルの頭の上に自分の手をのせて微笑む。
「まだ事も何だから強くなりたいとか願わなくても良いの、今は他の事を願わなくちゃ」
「他の事?」
「そ、他の事」
黒い帽子がばたばたと暴れ始めた、だがシトラは微笑んだまま空を見上げた。暫くすると風は次第に穏やかになり急に西風が吹き始めた。
「私もね、アデル君と同じ年頃の冒険家達を何人も見てきた。だけど、彼等は自分の力ほしさに仲間を裏切った、目的の為にみんな一生懸命旅をしてきたのに」
「……」
「だから、力なんて欲しいと思わない事。力を求めたら最後、周りの事が見えなくなるし何より仲間の事がどうでも良くなってしまうの。だって、最終的には自分が可愛いじゃない? だから、人は皆仲間を裏切ってまで力を我が物にしようとする。アデル君は違うって言い切れる?」
優しい言葉の中でも時折厳しい言葉が混じっている、何かを教えようとする言葉や諭す言葉、今のアデルには必要な言葉さえ混じっている。アデルは俯いたまま手すりに身体を任せポケットに手を入れた。
本当は辛い話なのにシトラは笑顔のままだった、優しく微笑んだままアデルの顔を見る、まだ頭には黒い帽子が被さっている状態だった。
「だから力なんて求めちゃ駄目」
「……」
アデルは口から言葉が出なかった、にっこりと笑ったままのシトラの顔を見ていたら何も言えなくなってしまったのだ。かぶっている帽子をとってアデルに渡すとシトラはゆっくりと屋上の出口の方へと歩き出していった。
「そうそう、最後に一つだけ言い忘れた事があったわ」
「言い忘れた事?」
アデルが帽子をかぶり直してシトラの方を見る、シトラは悲しそうな顔をしてゆっくりとこちらを振り返った、そして
「インストールは……我が身を滅ぼす事になりかねないわ。今の貴方じゃ、インストールは使いこなせない」
「!」
「諦めなさい、今はレイ君とメルちゃんの事だけを考えていれば良いわ」
「ちょ、ちょっと!」
シトラの顔が今度は笑顔になった、そしてドアを開けてゆっくりと階段を下りていった。アデルは屋上で一人途方に暮れていた。そして暫くそこから動こうとはしなかった。