『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~


 二人は声がした方向に身体を向ける、そこには自分たちと同じぐらいの少年が立っていた、青いバンダナに黒い髪の毛、青いジャケットを羽織って居る。右手にはシフトパーソル、左腰の鞘にはロングソードがぶら下げている。

「そろそろ、俺の出番だろ」

 ギズーだった、庭から爆発音を聞きつけ久々に退屈には成らない戦いになると思い城の内部に入ってきたのだ。

「ギズーか」
「あん? 俺の名前知ってんのか?」

 ギズーは首をかしげながらシフトパーソルを前に突き出す、アデルとガズルも臨戦態勢に入った。

「待て! 俺達はお前とやり合うつもりはない!」
「うるせぇよ」

 ギズーは直ぐさまトリガーを引いた、乾いた銃声音が三発鳴り響いく。アデルとガズルはその場から素早く飛び弾丸を回避する。

「ガズル、ギズーは俺が何とか説得するからお前はケルヴィン領主だ!」
「任せな!」

 高く跳躍していたガズルはゆっくりと放物線を描きながら二階の手すりに足を掛け、そこからまた大きく飛んだ。一気に最上階の方へと繋がる階段へと足をかける。

「させるか!」

 ギズーはガズルの方向へとシフトパーソルを向けたが、銃口が火を噴く前に自分の手から弾かれた。

「っ痛!」
「話に聞いていたとおりの性格だな、その上シフトパーソルと剣の腕も確かだ。確かに面白れぇ」
「何をさっきからぶつぶつと言ってやがる!」

 ギズーは右手を庇いながらアデルから離れた、そして睨む。

「何が目的だ!」
「俺達の目的はお前の奪還、だけど俺は少しお前に興味がある」
「あぁ?」

 ギズーが睨む中、アデルは帽子を深くかぶりなおすと口元だけがニヤリと笑う。

「俺と遊ばない?」




「畜生!」

 ガズルが大声で、しかも泣きそうな顔で廊下を走っていた。後ろから大きな銃を持った大男が走り寄ってきている。

「アデルの奴、ぜってぇ楽な方を選びやがったな!」

 重い銃声音が後方で鳴った、ガズルはその音に反応して身体をのけ反る。ガズルの身体の数ミリ横を大きな弾丸が通り抜けていくが見えた。

「し、死ぬ!」

 二発目が鳴った。ガズルは今度こそ避けられないと急に身体を反って右手に重力波を作った。

「落ちろ!」

 重力波は大きな弾丸を包み込んだ、だが衝撃を和らげる事ぐらいが関の山だった。弾丸は重力波ごとガズルを吹き飛ばした。

「だぁぁぁぁ!」

 ガズルが壁に思いっ切り激突する。完全に泣きっ面の顔をあげて両手に重力波を作り出して起きあがった。

「アデルの……」

 またもや大きな銃声音が鳴った刹那ガズルが両手を自分の前方に突き出して腰を深く落とした。

「馬鹿野郎!」

 叫びと同時に弾丸はガズルが構える重力波に包み込まれた、今度は両手の重力波で受け止めた為ピタリと弾丸は止まった、その重力波を地面にぶつけ床を粉砕した所で空に浮いている弾丸を左拳で思いっ切り殴った。

重力反射壁(グレア・ビィ・インパクト)!」

 殴られた弾丸は発射される時より数段のスピードで弾かれた、その弾丸は拳銃の発射口にはまって大きな爆発を起こした。大男はその爆発で息絶えた。

「畜生、本気で怖かったんだからな!」




「勿論、条件付きだ。俺が勝ったら用件を話す。そしてお前を連れ戻す」
「もしも、俺が勝ったら?」
「無理やり連れて帰る!」
「条件になってねぇだろ!」

 ギズーは左手で剣を抜き逆手のままアデルへと突っ込んできた、アデルは両手の剣を鞘にしまって一つ幻聖石を取り出す。

「余裕かましてんじゃねぇ!」
「悪いが、俺も切羽詰まってるもんでね。本気でいかせてもらう!」

 幻聖石が光を放った瞬間振り下ろされたギズーの剣を何か鋼のようなモノで受け止め、ガキンと刃がぶつかる音がした。

「何!?」
「カルナック流抜刀術!」

 一度刀を左手に持つ鞘に納める、納刀された刀を再度右手で勢い良く引き抜き斬撃を飛ばす。一直線に飛ばされた斬撃はギズーの左手に握られているロングソードを弾いた。

「お前、カルナックの者か!」
「聞いてるぜ、弟子にしてもらえなかったらしいじゃねぇか。あの人はそう易々と自分の技を教える人じゃないんでね、俺とあいつだけは事情の事柄から教わったんだ! テメェみたいにただ強くなりたいだけじゃ教えてはくれねぇんだよ!」
「な、何でそのことを!」
「頭の良いお前ならわかんだろ!」

 アデルが刀を右手に構えて再びギズーの方へと攻撃を仕掛ける、横一閃。だがギズーもその年にしてはずば抜けた戦闘能力でアデルの斬撃をかわす。弾かれたロングソードを拾い今度は飛んでくる斬撃を自身の剣で弾き捌く。

「ふざけるな、そのことを知ってるのはカルナックとアリス姉さんとレイだけだ! それ以外のあそこに居た人間は居ない!」
「確かにその時に俺はそこには居なかったさ、二年も前におやっさんの家を出たんだからな! テメェの事を探してる馬鹿な奴が教えてくれたんだよ!」
「テメェ! レイの事を悪く言うな!」
「だったら、俺達と一緒にきやがれ!」
「だから何でそうなるんだって言ってんだよ!」

 二人の会話中、幾度となく剣と剣がぶつかる音が城内を幾度と無く響き渡った。そのたびに火花が散ってまぶしい閃光が放たれる。アデルは涼しい顔をしてどんどんと剣を振り回しながら正確にギズーを追いつめていく。

「レイが危ない、死に掛けてるんだ。医者はお前にしか治せないと言っていた」
「な!?」

 激しい戦闘が静かに終わった、最後にアデルがギズーの剣をはねとばし、その剣がヒュルヒュルと音を立てて地面に突き刺さった。アデルはニヤリと笑顔を作って刃をむき出しにしている剣を鞘に収めて幻聖石へと姿を戻させた。

「何言ってんだよ、お前」
「そのままの意味だ、お前の力が必要だ」

 その場で棒立ちする。突然のことで何を言われてるか頭の中で整理が追い付かない。それでも目の前の男が何を言ってるのか、その真剣な表情に表れている。

「レイに何があった!」

 突然何かがはじけたように怒鳴るギズー、だがアデルはもの凄い形相で睨まれているにもかかわらず眉一つ動かさず動じなかった。

「言え! レイに何があったんだ!」
「瀕死の状態だ、酷い凍傷だ。そしてお前にはもう一人助けて貰う奴が居る、そいつも頼みたい」
「そいつの病状は?」
「よく解らん、医者を待機させているからそいつに聞け」

 周りが少しずつざわめき始めた、その中央でアデルとギズーが立っている。アデルは笑みを浮かべながら、ギズーは戸惑いながら。だが次第にギズーの顔に少しずつだが笑顔が出てきた。

「……あいつは何処にいる?」
「ギ、ギズー様! まさかケルヴィン様を裏切るおつもりですか!?」
「裏切るだ? 笑わせるな、俺は「邪魔していた」だけだ、何時でも出て行く準備は出来ていた。そのきっかけが無かっただけに過ぎない」

 兵士達が全員一歩前に歩み出る、そしてそれぞれ武器を手に持つ。

「ケルヴィン様よりご命令が有りまして、ギズー様をこの城から一歩も外に出すなという事です。申し訳ありませんが私どもと一緒にお部屋にお戻り頂きます!」
「わりぃが急用ができた、テメェらに俺を止められるとも思えねぇがやってみるか?」

 じりじりと兵隊達がギズーとの間を詰めていく、ギズーはにやつきながら右手のホルダーから銃を取り出す。

「お覚悟を!」

 そして一人の兵隊が飛び出した、大柄の巨大な斧を持った兵隊だ。スピードはそれほど早くはないが巨大な斧の破壊力は抜群だった。振りかぶられた斧は城のタイルを粉々に破壊するほどの威力だ。だがギズーが避ける前にその刃は止まった。

「何やってんだお前!」

 アデルが両手の剣で重たい斧を受け止めた。

「俺達だろ? 一人の問題にすんなボケ」

 振り返ってギズーに笑顔で言った、そしてすぐに目の前の大男の方を向いて睨み付ける。次の瞬間斧が地面に落ちる、アデルはふわりとその斧の柄の部分に乗った。

「甘く見ると死ぬぜ筋肉ダルマ!」

 また笑ってグルブエレスを逆手に持ち替えて斧の柄をたたっ斬った。音もなく切れた柄は地面にゴトンと音を立てて落ちる。

「そら次だっ!」

 大きく後ろに振りかぶられたツインシグナルが横一線に筋を残す。それと同時に大男が二つにずれた。
 それを見たギズーが目の前の光景に唖然とする。ほとんど音もなく進められた殺人に目を奪われていた。自分にもこんな戦い方が出来れば、そんな風に考え出した。

「ひぃぃ!」

 アデルはそのまま剣を構えた状態で兵隊達の群れに突っ込んだ、次々に悲鳴と何かが崩れ落ちる音や落ちる音、そして銃声が聞こえる。

「すげぇ」

 ギズーはその場に暫く放心状態で居た、だがじりじりと後ろの方から数人の足音に気付いたギズーは身体の位置を動かさずに後ろの兵隊達を撃ち殺した。

「久々に血が騒ぎ出しやがった、いつかあいつも俺が殺してやりてぇ」




「いつか殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」

 そのころガズルはと言うと、まだ逃げていた。
 次から次へとケルヴィン兵達が追いかけてくる、それも筋肉の固まりから化け物に近い犬まで様々だ。かれこれ一時間は走りっぱなしだろう。

「何で俺ばっかりこんなにもくじ運が悪いんだよ!」

 必死で逃げるガズルの足が突然止まった、目の前に壁が立ちふさがる。右を見ても左を見て逃げられるようなスペースは無い。

「や、やべぇ」

 直ぐさま引き返そうと後ろを振り返った瞬間そこには隙間がないほどにケルヴィン兵達が押し寄せていた。次から次へと汚い言葉や聞き慣れない言葉が飛び交う、ガズルはほとんど泣きそうな顔をして覚悟を決める。

「もうやけくそだ!」

 その言葉と同時にガズルは目の前の兵隊達に飛びかかった、重力波の乱れ撃ちや連続蹴りなどで次から次へとなぎ払う。

「どけぇ!」

 無我夢中で走りながら見た事もない技を繰り出す、後ろを振り返らずにどんどんと突っ込んでいく。彼にしてみればもう技なんて固定された疑念にすがっている場合ではなかった。この攻撃の手をゆるめれば自分は殺されてしまうかも知れない。それだけが頭の中にはあった。

「うぅぅぅりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 気が付けば最後尾の方まで到達していた、そして最後の一人の頭を蹴り飛ばし首から上を吹き飛ばした。そしてそのまま逃げた。

「ふざけんじゃねぇって、いくら雑魚でも数が多すぎんだよ!」

 暫くそのまま走り続けた、どの位この城の中を走ったのかも忘れてしまうほど走った。だが不思議と息は切れてなかった。
 ふと、ガズルは不思議な事に気付く。

「おかしい、今までの調子なら次の追っ手がもうやってきても良いハズなんだけど。追ってこないという事はもう全滅って事かな?」

 密かにガッツポーズを取るガズル、だがその考えもすぐに否定される事になった。突然目の前の壁が爆発した。爆風が容赦なくガズルを捕らえる。

「へぇ、まだ子供なのね?」
「だ、誰だ!」

 壁の中から一人の女性が出てくる、鉄の杖を持った自分より大分身長が低い女性だった。鮮血のように真っ赤に染まった髪の毛は腰まで伸びており軍隊用の制服を着用している。

「私は“ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ”。貴方が先ほどこの城に攻め込んできた何とか軍って人間ね?」
「三番隊団長、やべぇかな?」
「答えなさい、何が目的なのです?」
「生憎おばさんに答えるギリはないね、もっと綺麗で美人な人をよこしてきたら話は――」

 突然ガズルの言葉が止まった、そしてすぐに後方へとバックステップをした。ガズルがいた場所にはシトラと名乗った女性が勢いよく杖を振りかぶって地面をたたき割った。

「へ?」
「坊や、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってご覧なさい?」
「……はい?」

 完全に怯えきったガズルは死の恐怖まで感じた、そして目の前のおぞましい光景に泣きそうになる。それはシトラの髪の毛が逆立ってガズルの事を睨んでいる。

「貴方に質問するは、私のこといくつに見える?」
「……三十」

 そう言った瞬間またガズルは後方の方へとバックステップをした、デジャヴを見ているかのような光景だった。

「……三十?」
「い、いえ! 二十二歳ぐらいに見えます! 俺は嘘は大嫌いな人間ですから間違い有りません!」

 ガズルは本気で怯えていた、目の前の女性の顔に笑顔が戻る、その顔を見てホッとした。ゆっくりと立ち上がる目の前の女性を見ながら少し涙目でガズルはズリズリと後ろの方へと下がっていく。それは彼が下がっているのではなく、無意識のうちに後退していた。

「あなた……」
「ひっ!」

 真っ黒な髪の毛が左右に揺れた、まるで今から人を殺すような目をガズルへと向ける。

「ねぇ……」
 ゆっくりとガズルの方へと近づいていく、ガズルは本気で殺されると思いこみ知らず知らずのうちにまた後方へと移動している。

「可愛い顔ね、良く見たら私好みじゃない!」
「へ、はぁ!?」
「それに帽子を取ったら結構格好いいかも知れないわね、ちょっと帽子取ってみてよ」
「え……何……ちょ……うわぁ!」

 逃げようと後ろを振り返ったとき強引に襟元を捕まれて帽子を脱がされた、帽子はいとも簡単に脱げてシトラの手のひらで踊る。ガズルの髪の毛を楽しそうに撫でながらキャイキャイとはしゃぐ。

「貴方の髪の毛良いニオイがするわね、気に入ったわ」
「き、気に入った? はぁ!?」
「うん、決めた。私をあなた達の仲間にしてくれない?」
「な、仲間って……何言ってんですか!」
「そのままよ、私部屋に戻って支度するから必ずここで待っててね!」

 ガズルはその場に尻餅をついた、痛そうに顔を歪めスキップをしながら遠くの方へ行くシトラを見た。

「逃げた方が身の安全だな、早くアデルに報告しねぇと」


「……」

 ケルヴィン領主は頭を抱えていた、目の前にいるシトラの申し出とギズーの事で深く考え込んでいた。

「以上です、私は今日にてケルヴィン領主様の部隊を下ろさせて頂きます」
「ならん、貴様以外に誰が三番隊を指揮するというのだね」
「そのことでしたら、既に『ケルティット』に任せております、彼女でしたら十分役目を果たすでしょう」

 だが領主は首を振って、頭を抱えて暫く俯いていた。数分の時間が流れた後領主は突然頭を持ち上げて何かを決意した。

「宜しい、ただし条件がある。シトラにはギズーの監視役をしてもらう、それが条件だ」
「監視役ですか?」
「そうだ、何とか軍とやらにギズーを易々と渡してたまるモノか。用件がすめばすぐに引き戻せるように準備をしつつ警戒をするように」
「あの……」
「何だ?」

 困った様子で領主の顔を見る、だが領主はキョトンとした様子でシトラの顔を見た。

「私はもう領主様の元で働くのは止めると言っているのですが」
「何だと?」

 領主はやっと事を把握した、シトラは完全に自分の元で働くのをいやがっている事に気付く。だが領主は何度言っても聞かないシトラに苛立ちを始めていた。

「何度も言いますが領主様は他人を軽蔑しすぎています、部下が領主様にどういった感情を抱いているかお解りでしょうか? 何度も三番隊の部下達から相談を受けました、ですが私からは何も言えませんでした。一番隊と二番隊が解散になった理由はそこにあります。一度お考え下さい、その答えが出たとき……私は三番隊ではなく、一番隊の隊長として戻ってくる事をここに約束します」

  領主は何も言えずにただ一礼してその場から去っていくシトラの後ろ姿だけを虚しく見ていた。

「領主様」

 側近の一人が見た事のない領主の姿に声をかけた、領主は何も反応せずもせずにただただ椅子に座っていた。
 だが突然人が切り替わったように立ち上がり剣を手に取り急いでその場から去った。


「……はぁ」

 アデルはギズーを連れて外に出ようとした所でシトラと名乗る女性に呼び止められた、アデルの後ろではガズルが震えて縮こまっていた。

「だから、そう言う話だから私も付いていくわ。何か問題でもある?」
「いえ、俺は別に無いんだけど……」

 アデルは後ろを振り返り怯えているガズルを見た、ガズルは本当に涙目になっておりアデルのエルメアを掴んだままただ震えていた。

「ガズルがこんな調子なんでね、ちょっと事情を聞きたいんだけど」
「あら、ガズルって名前なんだ。ちょっと可愛がっただけだよ? ね、ガズル君?」
「ひぃ!」

 にっこりと笑顔を見せるとガズルは数メートル後ろの方に下がった、そして戦闘態勢に入る。

「まぁ、あいつに危害を加えないのであれば俺達は別に構わないが」
「うむ、確かにシトラの力は絶大だ。アデル、後で注意事項を言っておくからそのことだけには触れないでくれ。死にたくなければだが」

 アデルは再度ガズルの方を見る、そしてギズーが言っている注意事項がどれだけ恐ろしいのかを理解してパーティーにシトラを入れた。
 ガズルはシトラと大分距離を置いてびくびくしながら門を出ようとした。

「待ちたまえ!」

 と、突如後ろから大きな声が聞こえた。ギズーはやれやれと首を振った、アデルとガズルは何事かと後ろを振り向く。シトラは振り向かなかった。

「君達か、我が城に侵入しギズーをさらって行くという何とか軍というモノは」
「それが何か?」

 アデルは眉一つ動かさずにケルヴィン領主が手に持っている剣を見る、そして自分の剣を何時でも引き抜けるように腰へと手を回す。

「受け取りたまえ」

 そう言うと刀を一つアデルの方へと放り投げた。

「これは?」
「貴様達が戦ったのはレイヴンと聞いている、レイヴンと同等に戦うのならばその剣が必要になるだろう」

 アデルは驚いて目を丸くする、なぜ自分たちがあのレイヴンと戦った事を知っているのだろうと疑問を抱いた。だがそれはすぐに理解出来た。
 なぜなら彼はこの大陸を納めている王であり、この大陸で起きた事はほぼ全て理解していて当然の事だろうと考えたからである。

「何故、俺にこの剣を?」
「貴様が着ている服はカルナックのお下がりではないのか?」

 その言葉にまた驚く、今度は理解出来なかった。

「どうしてそのことを」
「カルナックに合えば分かる事だ、それに……まだ完全にインストールをマスターしていないと見受けられる。貴様が炎帝をインストール出来るとは思えんが持っていて損はない。持っていきたまえ」
「レイヴンも言っていた、そのインストールってのは何だ?」
「それは私の口から言う事ではない、師であるカルナックにでも聞くと良い」

 そう言い残して領主はまた自分の城へと戻っていった、問題が山住になったアデルはレイの事を忘れて暫くそのことで考え込んだ、何故カルナックの事を知っているのか。インストールとは何の事なのか。そしてこの剣はいったい何なのか。
 今は何も分からない事だらけではあるがそれは全て師であるカルナックに聞けば分かる事だという事は頭の中にはあった。カルナックの家にはもう何年も帰っては居ない、しかし……あそこが自分の家である事には違いない。

「帰ってみるか、あそこに」

 振り向き様にそう言って彼等はリーダーの元へと急いだ。


 ここ、中央大陸中央部より北東に進んだ所にある小さな一軒家。そこに壮年と女性が住んでいた。
 家の事は全てこの女性“アリス・コンチェルト”が行っていた。
 壮年は毎日森の中を散策してみたり、自分の部屋で何か物書きをしているのが日課である。アリスには内緒で風呂の覗きも趣味としている。
 この壮年の名前は“カルナック・コンチェルト”と言う、三大大陸を又にかけ凶暴な怪物(モンスター)を退治した三英雄の一人。
 通称剣聖、その他にも幾多の名声を欲しいままにしてきた彼ではあるが金はない。基本は俗世から離れたこの地で暮らしている。山の中腹にあるこの家を構えてから幾年、弟子の志願者が後を絶たないがこれまで育てた弟子は全部で五人。そのすべてが一騎当千の力を保有している。

「おや?」

 書物を読んでいたカルナックがふと、窓の外に訪問者を見つける。窓を開けて外の様子を見ると一羽の鳥がその場で滞空していた。

「おやおや、何か変わった事があったのですね?」

 手をさしのべて鳥を指の上にのせる、そして羽ばたくのを止めた鳥を自分の部屋に招き入れて何かの法術を施す。

「どうしました?」

 詠唱を止めて鳥を机の上にのせた。

「ふぅ、大変な事になったぜカルナックよ」

 鳥が喋った、普通の人間ではとても不思議な出来事に思えるがこのおやじ……カルナックには容易い事である。法術により鳥が人間の言葉を喋るようにさせたのだ。

「そのようですね。さて、何があったのか聞かせて頂きましょうか?」
「おう、実は……」

 鳥は今まで見てきた出来事をすらすらと喋り出した、その言葉の一言一言をよく理解し解釈する。そして全ての話が終えた後カルナックが一つため息をついた。

「なるほど、それは一大事ですね。まさかこんなにも早くレイヴンと遭遇するとは、アデル君も相当の苦戦を強いられた事でしょうね」
「そのようだ、レイヴンはインストールを使いアデルとその仲間を赤子のように相手していたぞ。運良く逃げたのは奇跡に近いぐらいだ」
「そうですか、そうなるとその内ここへ戻ってくるかも知れませんね」
「可能性はあるな、でもよカルナック……まさかとは思うがインストールをあの小僧共に教えるつもりなのか? お前も知ってる通りインストールは強靱的な精神力とエーテルを持ち合わせていないと死を招く諸刃の刃だ。それをまだ年端も行かない小僧共に教えるなんて無謀も良い所だ」

 鳥はカルナックを睨みながらそう喋る、確かにそうではあった。それをまだ成熟しきっていない人間に対して教え込むのは到底無謀だと言えよう。

「確かに、まだまだ時期は早すぎると思いますが。それも時間の問題です、あのレイヴンが動いたという事は、既にケルヴィン君とも接触している可能性もあります。ただ……これは悪まで私の憶測でしか有りませんがね。しかし……」
「しかし?」
「出来れば、三人目にはあって欲しくはありませんね。あの人だけには……」



「これで良いはずだ、後三日は安静にしていないといけないがな」

 アデル達はギズーを無事にレイとメルの元へ運び終えた。そして直ぐさまギズーが治療に当たる。助手にあの医者も付けて。

「レイの方は今日中にでも起きるだろう、ただ……あの娘だけは分からん。正直助かる確率は半々と言った所だ」
「半々って、それ以上生還の確率を上げる事は出来ないのか?」

 アデルが無愛想にギズーの顔を覗く、だがギズーと医者は首を横に振ってカルテを見せる。

「これがメル君の症状だ、こんな症状は極まれで治る確率も十分低い。だからこの半分と言う確率は十分高い数字なのだ。本来なら既に息を引き取っている可能性だってある。今はこれが最大の治療なのだ」

 医者が厳しい剣幕でそう言った、アリスは酷く落ち込みその場にいた全員に背中を向ける。アデルは舌打ちをする。

「……ただ」

 ギズーが何かを言いそうになって止めた、だがそれはとても小さな声で誰にも聞こえないように喋った言葉だった。だがガズルは不思議とその言葉を聞き取った。

「ただ、なんだ?」
「聞こえていたのか。このメルという娘は俺達の認知を超えた人間だという事だけは俺には分かった。このメルとか言う人間は、ただの人間じゃない。強いて言えばレイも同じだ」
「レイが人間じゃない?」
「勘違いするな、人間には違いないんだが普通の遺伝子とは異なった形式を持ち合わせている。それがなんなのかは俺には分からん。因みに言うとだなアデル、お前から採取した血液にも普通の人間とは異なった遺伝子が混じっている。お前らは本当に人間なのか?」
「うるせぇ! 俺は人間だ、レイもメルも人間には違いなんだ。それで良いじゃねぇかよ、大体が遺伝子だかなんだかしらねぇけど関係ないじゃないか!」

 アデルがギズーに飛びかかろうとした所をガズルがタイミング良く割って入った、左手でツインシグナルを引き抜こうとした瞬間の出来事だった。

「ともかくだ、今しばらくの辛抱だ」

 鋭い目つきでドスをきかせていたアデルは暫くそのままで居たが小さく舌打ちをするとその部屋を勢いよく出て行った。

「すまない、アデルはレイの事をとやかく言われるのがとても嫌っていてな。そのことだけではお前以上だギズー」
「分かってる、分かってるさ」


「……」

 屋上で一人黄昏れている少年が居た、黒い帽子に黒いエルメアを来た少年だ。帽子をひもでつって首に下げる、そして一つため息をついて遠くの空を眺めた。

「おやっさん、なんで俺に教えてくれなかった」

 誰にも聞こえないような声でそう呟く、十二月も暮れに近づいたこの時期の風はとても冷たく、そしてほこりくさいニオイが混じっていた。又この地にも雪が振る事を知らせる風のニオイだ。
 風は優しくアデルの髪の毛を撫でる、腰まで伸びた髪の毛はサワサワと暴れそして戻り、同じ事を何度も繰り返している。

「俺は、強くなれるのだろうか」
「今の君も十分強いと思うけどな?」

 ほぼとっさの出来事だった、声に反応して後ろを振り返り声の主を確認する。そこには真っ赤な髪の毛をしたシトラが立っている、自分と同じぐらいの長さを持つ髪の毛はアデル同様暴れていた。

「いつからそこに?」
「今来た所よ、黄昏れてるわね少年?」
「別に黄昏れてるつもりはない、ただ……考え事をしていただけに過ぎない」

 風がビュウビュウと音を立てて吹き出した、先ほどより幾分か強い風が二人の間を縫うように吹き荒れた、あまりの風の強さにアデルの帽子がシトラの方へと飛ばされる。慌てて帽子を掴もうとしたが間に合わずシトラの足下に転がった。その帽子を拾い上げて自分の頭にかぶせる。

「とても大きな帽子ね、それとも私の頭が小さいのかしら?」
「元々俺のじゃない、師匠から預かってる帽子だ。大きくて当然だろうな」

 黒い帽子をかぶったシトラがニコリと笑ってアデルの方へと近づいていく、そしてアデルの頭の上に自分の手をのせて微笑む。

「まだ事も何だから強くなりたいとか願わなくても良いの、今は他の事を願わなくちゃ」
「他の事?」
「そ、他の事」

 黒い帽子がばたばたと暴れ始めた、だがシトラは微笑んだまま空を見上げた。暫くすると風は次第に穏やかになり急に西風が吹き始めた。

「私もね、アデル君と同じ年頃の冒険家達を何人も見てきた。だけど、彼等は自分の力ほしさに仲間を裏切った、目的の為にみんな一生懸命旅をしてきたのに」
「……」
「だから、力なんて欲しいと思わない事。力を求めたら最後、周りの事が見えなくなるし何より仲間の事がどうでも良くなってしまうの。だって、最終的には自分が可愛いじゃない? だから、人は皆仲間を裏切ってまで力を我が物にしようとする。アデル君は違うって言い切れる?」

 優しい言葉の中でも時折厳しい言葉が混じっている、何かを教えようとする言葉や諭す言葉、今のアデルには必要な言葉さえ混じっている。アデルは俯いたまま手すりに身体を任せポケットに手を入れた。
 本当は辛い話なのにシトラは笑顔のままだった、優しく微笑んだままアデルの顔を見る、まだ頭には黒い帽子が被さっている状態だった。

「だから力なんて求めちゃ駄目」

「……」

 アデルは口から言葉が出なかった、にっこりと笑ったままのシトラの顔を見ていたら何も言えなくなってしまったのだ。かぶっている帽子をとってアデルに渡すとシトラはゆっくりと屋上の出口の方へと歩き出していった。

「そうそう、最後に一つだけ言い忘れた事があったわ」
「言い忘れた事?」

 アデルが帽子をかぶり直してシトラの方を見る、シトラは悲しそうな顔をしてゆっくりとこちらを振り返った、そして

「インストールは……我が身を滅ぼす事になりかねないわ。今の貴方じゃ、インストールは使いこなせない」
「!」
「諦めなさい、今はレイ君とメルちゃんの事だけを考えていれば良いわ」
「ちょ、ちょっと!」

 シトラの顔が今度は笑顔になった、そしてドアを開けてゆっくりと階段を下りていった。アデルは屋上で一人途方に暮れていた。そして暫くそこから動こうとはしなかった。



 目の前は真っ暗だった、身体が重たくて身動き取れない状態で少年は暗闇の中宙に浮いているような錯覚を覚える。

「……ここは」

 顔を動かそうとしても自由に動けない、どうして良いか分からずしばらくはそのままの状態でボーっとしていた。
 どの位の時間が経ったのだろう、突然からだが軽くなった感じがした少年は徐に状態を起こそうと身体をひねった。それは簡単に動きそして宙に浮いていた身体を地面に立たせる。

「さっきからずっと真っ暗だけど今は夜なのかな、でも今は冬だし、もしも夜ならこんなに暖かいはずはないんだけど」

 少年は不思議な感覚にとらわれながらその真っ暗な空間を歩き始めた、何処までも続く闇をただ歩き続ける。暫く歩くと一つの光が見えた。ライトで照らした様に一点だけが明るくなっている、そしてそこには扉があった。

「……」

 少年は黙ってその扉を見つめる、何故こんな所に扉があるのか、何故扉なのかと自分に問いつめながら一つの決断をした。

「出られるかな?」

 少年は少し笑いながらその扉のドアノブを回してドアを内側に開けた。するとドアの中から突然光があふれ出して少年の居た空間を明るくてらす。

「っ!」

 突然の光で少年の目は眩み視力が回復するまでにしばらくの時間が掛かった、ようやく正常の視力を取り戻した時少年は暖かい空の下にいた。

「何処なんだここは」

 辺りは地位面の花畑、そよ風が何とも心地よい春の陽気に近い温度だった。自分以外に人間は居ないかどうか辺りを見回すがやはり誰もいない、有るのは一面の花と、一本の樹。それもとてつもなく大きな樹だった。

「すごい、樹齢何百年って有るんだろうな。こんな樹見た事無いよ」

 少年は初めて見る壮大なスケールの樹に近づいた、どっしりと構えた樹に圧倒されながら少年は樹に手を触れた。

「凄いなぁ……この樹はいろんな人の人生を見て来たんだろうな」

 暫く樹に触れていた少年は今自分がもの凄くちっぽけな存在みたいに感じてきた、そしてその樹に身体を預け地面に座る。
 少し丘になっていて樹の根が盛り上がっている所に座っている、アグラをかいてその足の上に手を乗せる。にっこりとしながら丘から見る景色を少年はとても綺麗だと思った。

「ん……」

 ふと少年の目に何かが映り混んだ、人のような人形のような。遠くからではハッキリと何だか分からないほど遠い物が見えた。
 だがそれは瞬時にして移動し少年の方へと近づいてくる、音もなく空間を移動しているように思えた。そして少年の目の前にたどり着く。

「君は?」

 少年の目の前には見た事のない少女が立っている、身体中傷だらけで顔面蒼白。今にも死ぬんじゃないかというほどの出血も見られる。

「やっと会えましたね、レイ」

 少女はにっこりと笑うと少年の名前を呼んだ、レイと呼ばれた少年はまだあどけないく、幼さが残る小さくて純粋な顔をしていた。

「僕の事を知ってるの?」

 レイは首をかしげて言った、笑顔のまま何も言わずに目の前に立っている少女は少しずつだが身体が消え始めていた。

「今はまだ分からないと思う、でも……いつか、きっと分かるときが来るでしょう」
「きっと?」

 少女はほとんどからだが消えた状態でレイの質問に答える、だがその答えはレイの考えている事を更に分からなくさせる答えだった。

「貴方に、大切な人が出来たときです。でも……それは私にとっても、貴方にとっても最後の戦いになるでしょう。それでも、貴方は最後に大切な人を守り、大切な仲間を守る事になります。その時、私が誰なのかが分かります」

 そう言い残して少女は消えてしまった。

「待って、最後の戦いって何なの? 大切な人って、大切な仲間って……」

 レイは必死になって叫んだ、だが何も返事は帰っては来なかった。そして周りの景色が急にぐらつき辺り一面が最初にいた暗い場所と同じ状態になった。
 だが、その暗闇はすぐに解けて何処か、見た事のない場所へと導いてくれた。

「……」

 レイの目の前には紅く染まる空と、やけ焦がれた大地があった。草木は焦げ、空気はどことなく焦げ臭いニオイがした。とてつもなく嫌な感情と今までに体験した事のない圧迫感にレイは怯えた。

「あ……」

 視線を横に移すと何処かで見た事のある少年が剣を構えて立っている、その周りには七人の少年の姿も見える。


「幻魔ぁ!」

 青髪の少年は傷だらけの身体だった。少年の目の前には邪悪な生き物に立っている、邪悪な生き物の横には二人の少年が不思議な光を身体から放射し邪悪な生き物の身動きを制御していた。
 邪悪な生き物に縦一閃、見た事のある剣が振るわれる、だがその剣は無情にも手応えのない事を傷だらけの少年に知らせそのまま空振りをした。

「無駄だ、我に傷を付ける事は出来ぬ!」

 邪悪な生き物は自分を縛り付けている目には見えない鎖が弱まった一瞬に二人を吹き飛ばした。
 青髪の少年を残し他の七人はその場に倒れ込んでいる。後のこっているのは青髪の少年ただ一人、左肩を負傷している青髪の少年が渾身の力で剣を握る。

「マダだっ!」

 天を仰ぎ剣を両手に構え前に倒す、すると剣から突如光が溢れ邪悪な生き物以外を光で包み込んだ。

「こ、これは!」

 邪悪な生き物が一瞬怯む、唯一にして絶対の力を発揮するその光に邪悪な生き物は怯える。
 そして直ぐさま邪悪な生き物は我が目を疑った、そこには倒れているはずの七人の傷が見る見るうちに治癒されていく、その中心に青髪の少年の姿が見える。

「今は倒す事が出来なくても、封印は出来る!」

 八人が一斉に走った、青髪の少年以外の七人が邪悪な生き物を取り囲みその手から不思議な魔法陣が浮き上がる。
 その紋章は次第に消え、邪悪な生き物を中心とする七人を取り囲み邪悪な生き物の頭上に一つの亜空間が生まれた。

「これで最後だ!」

 青髪の少年がその魔法陣-結界の中に強引に入り込み剣を邪悪な生き物に突き立てる、凄まじい光に包まれた剣が邪悪な生き物の身体を貫き通すと青髪の少年はそのまま邪悪な生き物の身体を亜空間のひずみに放り投げた。
 邪悪な生き物の身体は少しずつ、少しずつ亜空間のひずみに吸い込まれていく。だがその力は次第に失われていく。

「私は絶対だ、これ位の力では私は封印出来ぬ」

 青髪の少年は後少しという所で邪悪な生き物が無理矢理空間を開けて出てくるのを見た、だが次の瞬間青髪の少年の隣に居た二人が邪悪な生き物の方へ跳躍する。

「ミカエル! ヘル! 何をするつもりだ!」

 青髪の少年が叫ぶ、だが二人は跳躍している間に小さく残った者達へと

「じゃあな」「後は頼んだ」

 と小さく呟いた。
 二人は邪悪な生き物を無理矢理その空間に押し込め、自らもその空間に入った。

「やめろぉぉぉぉ!」

 青髪の少年が叫ぶ、だがその声は虚しくもその空間にただただ響いているだけだった。


 そしてまた暗闇が支配する世界へと変わった。レイは今目の前で行われた戦いが一体何を意味しているのかがサッパリ分からずただ黙ったままだった。

「僕は、あの人達を知ってる。あの人達を見た事がある。でも……誰だかは分からない、今何が起きた? このひどく懐かしい感じは何なんだろう。あの人達は誰なんだ。それに、幻魔って何なんだ。あの少女は誰なんだ……何で何も分からないんだよ! おとぎ話の話だろう!?」

 自分が情けなくなって等々苛立ち始めた、確かに今目の前で行われた出来事が理解出来ない不可解な感情と怒りの感情は有る意味仕方のない物だとしてもなぜここまで分からない事だらけなのかと言う事にレイは怒り浸透していた。

「貴方が悪い訳じゃない」
「誰だ!」

 突然暗闇の世界で声が聞こえた、その声に反射的に反応したレイは辺りを見回す。気付けば自分の身体が元の大きさに戻っている事を知る。

「今のは、星の記憶」
「メル?」

 レイは聞き覚えのある声だという事に気が付いた、そしてその声の主であろう名前を口にする。暫くすると暗闇の世界で一つの光が生まれた。
 その光にてらされるかのように一人の少女、メルが立っていた。

「貴方は、誰にも止められない運命を背負って生まれた。貴方のレールは、もう誰にも変える事は出来ない」
「メル、君何を言って――」
「私はただの番人に過ぎない、私の役目は貴方を扉まで誘導する事なの。だから、扉は貴方が開けて」
「……メル?」

 レイはメルが何を言っているのかが全く理解出来なかった、勿論メルが嘘を言っているようには見えない。ただその話は信じがたい内容ばかりであった。

「私はカギではないの、カギは……既に貴方が持っています」
「カギ、運命、番人、扉。僕には何のことだか全く理解出来ないよ!」
「今は、それで良いのよ。その内分かる事だから」

 メルが微笑むとレイは何も言えなくなってしまった、そしてその言葉に先ほどの少女の顔が横切った。

「メル、君は何者なんだ?」

 メルは笑顔でそう言うと先ほどの少女のようにゆっくりと消えていく。そしてすべが消えた所で暗い空間が真っ白に明るくなった。


「メル!」

 レイは突然目を開けた、がばっと勢いよく起きあがった。周りには誰もいない。辺りを見回すと隣のベットにメルが眠っているだけで他には何もなかった。すうすうと寝息を立てて眠るメルが居た。

「――夢?」

 辺りはすっかりと暗くなっている、もう夜なのだろうと言う事が病み上がりのレイでも分かるほど暗かった。外はほんのり明るく雪がその明るさを演じていた。風はなく大きな雪が深々と積もっている。

「そうだ、アデル達はどうしたんだろう。確かメルと一緒に何処かの街に来てそこで倒れたような倒れてないような。そうするとここは何処なんだ?」

 ベットがギシッと音を鳴らした、パジャマ姿のレイは床に足を着いて立ち上がると暗い部屋にライターで明かりを付ける。そこはとても綺麗な部屋で何処かのホテルのようだった。

「僕の荷物がちゃんとある、幻聖石の鞄まであるし――一体誰が」
「ん」

 小さな声が聞こえた、声の主はメルだ。ゆっくりと目を開きそして起きあがる、レイはライターをメルが居る方に向けて

「大丈夫、メル?」

 と言った、メルはまだ寝ぼけている様子で事を全く把握出来ない状態だ。

「レイ君?」
「そうだよ、僕だよ」

 レイはゆっくりとメルの方へと足を運んだ、うっすらとだがレイの目が慣れてメルの身体が見え始めた頃レイは突然顔を赤くして後ろを向いた。

「レイ君? どうしたの」
「メメメメ……メル、その」

 レイは顔を赤くしたままメルの方を向かなかった、不思議に思ったメルは自分の身体を見る、そして大きな声で叫んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その声は建物全体に響き渡るような声だ、勿論隣の部屋にいたアデル達にもハッキリと聞こえるぐらいの声でもある。

「ち、ちょっと……そんな大きな声だしたら」

 レイがメルの方を振り返って慌てながらそう言った、メルは布団で自分の身体を隠しながらレイの顔を見る。

「嫌、レイ君こっち見ないで!」
「あわわわ、ゴメン!」

 恥ずかしそうにメルがレイの顔を見ながら叫んだ、叫びと同時に突然扉が開いた。

「テメェら起きて早々何騒いで」

 アデルが飛び込んできた、そして明かりを付けて言葉を失った。アデルの目の前にはパジャマ姿のレイと素っ裸のメルが布団で自分の身体を隠しながら恥ずかしそうにアデルの方を見ている。

「レイ、テメェ人を心配させておいて……起きたと思ったらいきなり夜這いとはいい度胸じゃねぇか?」
「アアアア、アデル! 落ち着いて聞いてくれ、僕は別に何もしてないし起きたらメルがその、裸になってただけであって、僕は何もしてないし何も見てない!」

 レイが慌てながらアデルに弁解をしている最中にメルが大声で。

「なんでもいいから二人とも出てって!」

 メルは近くにあった花瓶をレイの方に投げつけた、辛うじて避ける事に成功したレイだったが次が来たら避けられそうにない事を察知し急いでアデルの腕を引いてその部屋を出た。

「……何がどうなってるんだ」
「メルの事は知らん、お前達がこの街の入り口で倒れていた所を俺達がこのホテルに連れ込んだんだよ。それから一週間眠り続けた後メルと美味しい事やってるなんてふざけんじゃねぇよ」
「だから、僕が起きたらメルが裸だったんだ」

 アデルとレイが廊下で言い争いをしている所、何事かと騒ぎに駆けつけたガズルが隣の部屋から飛んできた。

「何騒いでんだよ、アデル。レイは病み上がりなんだから無理させんじゃねぇよ」
「だって此奴が」

 そこまでアデルが言うと突然後ろから何かで頭をどつかれた、スパーンと弾むような音が鳴り響く。アデルが蹲る中誰がアデルにこんな事をしたのかとレイは殴った張本人を見る。そこには見た事のない女性の姿があった。

「初めましてレイ君、これから一緒のパーティーになるアリスよ。宜しくね」
「アリス、お前いきなり叩く事はないだろ」

 アデルが起きあがりアリスの胸ぐらを掴んで怒鳴った瞬間ガズルの後ろから突然銃弾が飛んできた、アデルは顔面蒼白になり顔のギリギリ横をかすめた弾丸の音を聞いた。アリスは平然と立っている。

「うるせぇ、目が覚めちまったじゃねぇか」
「ギズー、テメェ!」

 アデルが後ろを振り向こうとしたときアリスがアデルを何処かへと連れて行ってしまった、暗い廊下に連れ込まれて何発かはりせんで叩かれる音が聞こえた。

「あん、起きたのかレイ?」
「ギズー?」
「そうだ、寝ぼけて俺の顔まで分からなく――」

 レイはその場から跳躍してギズーの方へと猛突進した、そしてギズーの顔に一発拳を入れた。殴られたギズーは五メートルも後ろの方に吹き飛ばされて倒れた、ギリギリと歯ぎしりを立てながらレイはギズーの方に近づいていく。

「痛てぇ、何しやがる!」

 ギズーは起きあがり拳銃を取り出す、そして引き金を引いた。だがリヴォルバータイプの拳銃であったため撃鉄の部分にレイが指を入れて弾丸を発射させなくした。

「ギズー、あれ程言ったよね! そんな物人に向けて発砲するもんじゃないって何回言えば気が済むんだ! それに、指名手配になるほど人を殺して!」

 レイがもう一発拳を入れる為大きく振りかぶった、だが振り下ろそうとした瞬間ガズルがその腕を止めた。

「放してガズル!」
「止めろ、レイ! 此奴の話も聞いてやれ。積もる話もあるだろうしな、それにいきなり人を殴るお前もお前だ。少しは落ち着け」

 ガズルの顔は余裕だった、だが内心はもの凄く怯えていた。今までに見た事のないレイのその行動と表情。そしてさっきから来る恐怖心がガズルを怯えさせていた。


 こうしてレイとメルは目覚めた、だがレイは探していた親友との再会を最低のカタチで迎えてしまった。喧嘩という名の暴力だ。
 だがギズーは知っていた、何故レイが自分の事を殴ったのか、その本当の理由と意味を出有る前から知っていた。そしてレイも何故自分がギズーを殴ったのかを知っている。それは意味のない暴力ではない事をここに証明する。
 だが、レイはギズーとの再会とは別に一つ悩んでいる事があった。それは自分が見た夢のこと。
 何故自分の夢の中にメルが出てきたのか、あの少女は誰なのか、あの少年達と幻魔と呼ばれた生き物の正体は何なのか。今はまだ何も分からない。あの少女が言った事が正しければ今はまだ何も分からなくても良いのかも知れない。
 だがそのことだけが今のレイの頭の中にはあった。
 そしてもう一人、ここにも有る事で悩んでいる少年が居た。アデルは以前から気になっていたインストールについて興味を持ち始めている。帝国特殊任務部隊中隊長レイヴン・イフリート、東大陸を統治しているケルビン領主フィリップ、そしてあらたにFOS軍の一員となった元ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ。彼女らはカルナックの事を知っているようだ。そしてシトラの発した言葉の意味とはいったい何なのか。
 彼等はまだ何も知らない。


 第一章 少年達の冒険編 END