あれから一時間後、少年が見たものは間違いなく酒場町だった。
へとへとになりながらもたどり着いた少年は両手を挙げて大声で叫んだ。そしてそこで力尽き、そのまま後ろへと倒れると眠るように気絶してしまった。
何事かと周辺の酒場や宿屋から住人や旅人が顔を出しては少年を見る。ボロボロになったローブに砂まみれの衣装を見た彼らは急いで少年を近場の診療所へと運んだ。
この町ではよくある話だそうだ、唐突に大声を上げたとたん倒れる旅人なんてもはや名物となり果てている。それもそのはずだ、大体この町に入ってくる旅人なんてのは荒野か砂漠を越えてくるのどちらかしかいない。どっちのルートも大概ではあるものの難易度的には砂漠を越えてくるほうが無茶なことである。荒野のほうも安全とは言い難いがそれでも砂漠よりかはマシだろう。
少年が他の旅人に抱えられ診療所に担ぎ込まれたのを見送った一人の大男が少年のものと思われる大きな大剣が地面に置き去りにされているのに気が付きそれを拾うとした。
「な……なんだこれ」
診療所に少年が担ぎ込まれて二日、一向に目を覚まさなかった少年だったがこの日やっと動きがあった。ゆっくりと瞼を開くと少年は現在自分が置かれてる状況が分からなく首をかしげていた。体に異変は無く上半身を起こし、見慣れない服を着てベッドに横たわっていたことを確認する。
「お、兄ちゃん大丈夫か?」
部屋の前を通り過ぎようとしていた大男が意識を取り戻した少年を見えて声をかける、少年は一言簡単に返すと大男は一安心したようで胸をなでおろした。
「あのまま目を覚まさないのかと思ったぜ、兄ちゃんが町の入り口で大声出して倒れた時にゃいつものアレかと思って顔出してみりゃぁこんな子供だもんな。町中大騒ぎよ」
大男の話曰く、大概は大人の旅人が行き倒れるところを目撃しているようだが今回のように子供がこのように倒れたというのは初めてだという。少年も申し訳なさそうに一度会釈をして右手で頭をかいた。
「それはそうと、もう大丈夫なのか? 熱中症に脱水症状。極め付けは砂漠熱にもあてられてたって先生の話だったが」
少年はきょとんとした顔でもう一度自分の体を見る、見る限りではどこにも異常は無く旅に出た当初と同じ程度の健康状態であると確認できる。その大男のいう病状の痕跡は全くなく辛さや気怠さといった不調も一切なかった。
「驚きだなぁ、砂漠熱にあてられて二日で目を覚ますとは前代未聞だ。なんにせよ外傷はないみたいだけど内臓がどうなってるかわからねぇし先生呼んでくるわ」
そう笑顔で大男は部屋を後にしようとした。が、少年が呼び止める。
「あ、なんだ兄ちゃん」
少年は申し訳なさそうな顔でこの大男の名前を尋ねる、すると今度は大男のほうがきょとんとした顔で少年の顔を見て笑う。
「はっはっは、すまねぇな兄ちゃん。俺はこの町の宿屋『風吹くさざ波亭』の店主で『ガトー』ってんだ。皆からはおやっさんって愛称で呼ばれてるから兄ちゃんも気軽におやっさんとでも呼んでくれ」
そう笑いながら言うと部屋を立ち去ってしまった。少年が自分の名前を名乗ろうとしたその前にだ。大柄でスキンヘッド、ピンクのエプロンが似合わない大男。そんなガトーに少年は少しだけ安堵して上半身の力を抜いた。力の抜けた上半身はベッドにそのまま倒れ白い枕に後頭部をうずめた。