因みにこの丸太だが、グランレイクの周辺に生えている木をレイが伐採したものである。初めは何に使うのかと思っていたレイだが、目の前を滑っていく丸太を見て顔を青ざめた。
「ね、ねぇギズー。僕は走っていくから大丈夫だよ?」
「あ? 今にも倒れそうになるまで消耗したお前がそんな事出来る訳ねぇだろ? ほら、さっさと乗った!」
「いやいやいや、それでも僕は――」
全てを言い切る前にギズーが無理やり丸太に座らせる、そして自分もレイの後ろに座るとガズルに合図を送った。
「いいぞ、やってくれ」
「ちょっと!? ギズー! 待って降ろし――」
また全てを言い終える前にガズルが二人の乗る丸太を蹴り飛ばした。先ほどと同様に勢いよく氷の上を滑っていく。流石に二台もあの威力で蹴り飛ばしているとなると氷に僅かながらヒビが入り始める。きっと次の丸太でこの氷は割れるだろうとガズルは推測する。
「それで、私達はどうやって行くの?」
最後にガズルと二人になったミトは腕を組んで疑問を口にした、これまでは丸太をガズルが蹴り飛ばして進んでいたのだが、二人が乗るとなるとどの様に進むのかと想像できないでいた。
「お前と二人ってのが気に入らねぇが、まぁ見てろ」
最後の丸太を氷の上に置く、ミトが首を傾げながら丸太に座るとガズルがロープを投げてきた。
「それを丸太に結んでくれ、そしたら合図をくれれば良い」
言われるがままにロープを丸太に括り付けてきつく結んだ。
同時に結んだことをガズルに告げると歯を食いしばって丸太を見つめる。この時点でミトはまさかと思っていただろう、渡されたロープの先はガズルが握っている。いや、流石にそんな事はしないだろうと。
「行くぞぉ!」
ミトの予想は的中した、躊躇なく丸太を蹴り飛ばすと体にグンと加速が掛かる。それと同時に丸太が氷の上を滑り出してガズルの握るロープのたるみが無くなってピーンと張り詰めた。同時にガズルの体が宙に浮く、いや、正しくは引っ張られて放り出されたというのが正しい。
「あんた本当に馬鹿ね!」
「だって手っ取り早くやるならこうするのが早いだろう!」
そんなやり取りをしている間にガズルの体が落ちてくる。ミトは顔と一緒に目線も動いてガズルにそれを知らせようとするが、ガズルはロープにしがみつくので精一杯のようだった。自分でもどんどん落下していることは気づいているが現状の態勢ではこのまま氷に激突し、引きずられる事も脳裏をよぎった。だが現実はその通りに動く。
「っ!」
腹から落下し右手でロープを何とかつかみズルズルと引きずられる結果となる。ミトは絶句しながらもあまりにも予想通りの落ち方と悶絶に笑いが出てしまう。ガズルには申し訳ないと思いながらもどんどん笑いが込み上げ、止まらなくなる。
「ぷ……あはははははははは! お腹痛いっ」
よく腹筋が崩壊すると聞くがきっとこの事なのか、笑い声がガズルの耳元に届くと自分が置かれている状況の恥ずかしさと強打した痛さが同時に彼を責め立てる。だが彼の不運はまだ終わらない。
「いてぇっ!」
もう一度ガズルに衝撃が襲う。体に重しがかかったような感覚を覚えるとロープを握る右腕に激痛が走った。それと同時に右足首に違和感を感じた。
「ガーズールー――!」
一番先に投げ飛ばしたアデルがガズルの右足をつかんでいた。
滑っている途中で目を覚ました彼は現状を把握するためにつるつると滑る氷の上で何とか立ち上がり、周囲を見渡している最中。ミラとファリックが乗った丸太に轢かれる。
ふわりと宙に弾き飛ばされたアデルはもう一度氷に真っ逆さまに落ちる。ふらつきながらも頭を右手で抑えて立ち上がるが、レイとギズーが乗った丸太に再び轢かれる。
三度宙に浮き、顔から落ちた。そして最後の二人が乗った丸太が近づいてくるのが見えると今度は――三度轢かれる。だが今度は丸太が激突する衝撃に耐えて見せた。先頭にしがみつくが二度轢かれたダメージが思いのほか大きく直ぐに力尽きる。徐々に丸太の重心からズレ始めるとついに投げ出される。
彼はこの時こう思った。「俺が一体何をしたんだ」と。一度走馬燈が彼の脳裏をよぎり目に映る全てのものがスローモーションで流れるのを彼は感じた。同時に目の前でガズルが泣きそうな顔をしてロープにしがみ付いてるのが見えた。
意識が朦朧とし始める中、ガズルの姿をとらえたアデルは最後の力を振り絞って手を伸ばす。そして奇跡的にもガズルの右足を掴むことに成功した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 出たぁぁぁぁぁ!」
ガズルは見た、真っ黒で顔中血だらけのお化けを。それが自身の親友であり、これまで幾多の山場を共に乗り越えてきた仲間だと気づいたのは、対岸に到着した時だった。
照りつける日差しが容赦なく旅人の体力を奪う、砂漠と荒野の中間に位置する唯一のオアシスであり、旅人の拠点としても使われる小さな酒場町は今日も多くの旅人を受け入れていた。
一年前、この地で暴れていた盗賊団は三人の少年により全滅させられた。それ以来この地を騒がせる荒くれ者はいなくなり本当の意味でのオアシスとなっていた。この辺りは帝国の手も薄く騒がしい日常という物は一ヵ月に一日あるかどうかとなっていた。その一番の功績者が現在の剣聖レイ・フォワードである。
彼が剣聖の称号をカルナックより受け継いだ一報はこの町にも届いてた。それはそれは大々的に祝われたそうだ、またそれと同時に世界各地へと報道された反帝国組織の結成、これもまたこの町にも轟いている。彼等は自分たちが思っているほど以上に世界にその名を行き渡らせていた。
これには当の本人たちも驚いていただろう、何せ彼らは自分たちがやりたいようにやっているだけで、決して世界平和の為と言う訳ではなかった。強いて言うのであれば帝国の思い通りに事が進むことが何より気に入らなかった。ただそれだけだったのだ。
それが今では世界中の救世主のような扱いをされている地域さえある。それは中央大陸南部の貿易都市、そして彼らの拠点であるメリアタウンである。
そして、当然のように帝国からは危険人物としてリストアップされている。これは言うまでもないだろう。
半年前に帝国の主力部隊でもあった特殊部隊を壊滅、当時の剣帝序列筆頭のレイヴン・イフリートとその上官であり、先代の剣聖カルナック・コンチェルトの友人兼ライバルであったエレヴァファル・アグリメントの両名を失う事となった。それは帝国の戦力の半分を失うにも等しい。彼等は文字通りの一騎当千であった。
現在帝国に残る勢力は一般歩兵と銃兵、各地に散開している部隊と遊撃師団のみ。
この中にもう一人、一騎当千と呼ばれる軍人がいる。それがカルナックを裏切った最後の一人である。カルナック曰くエレヴァファル以上に対峙したくない相手だという。
「んで、その最後の一人ってどんな奴よ」
酒場町に到着した彼等はいつぞや世話になった酒場の一角を借りて休憩をとっていた。アデルは全身打撲を負っていて今はミトの治癒法術にて回復中である。もう一人テーブルに伏せているのが彼らのリーダーであるレイだ。あれだけの極大法術を使った後だ、精神的に疲労困憊であろう。
地図を開いて今後の進路を模索してるガズルにシフトパーソルの手入れをしていたギズーが口を開いて質問した。
「さぁ、俺も詳しいことは知らねぇんだ。おやっさんの過去話なんてお前らが知ってる位の武勇伝とかその程度だしな」
「なんだよ使えねぇな、お前それでも現存の弟子かよ」
「そんなこと言われたって仕方ねぇよ、聞いても教えてくれないしアリス姉さんも知らないんだ。そもそも『アルファセウス伝記』って本にもなってる位だろ? それを読めば多少なりわかるんじゃないのか? 俺は読んだことねぇけど」
やっと痛みが引いてきたアデルがミトに礼を言って帽子の位置を直しながら返答した。
そう、カルナック達が起こした数々の武勇伝は書籍化されて一部では熱狂的なファンが居るほどだ。だが当のカルナックからすれば日記として残しておいた記録がギルドによって勝手に修正と加筆を加えられて出版された書物であり本人としては興味がない。
「でもよ、あのエレヴァファルだって右腕と引き換えにやっとこさ倒せたって相手だろ? そんな化け物と同等かそれ以上って本人が言ってる相手にどうやって太刀打ちするんだ? 俺たちじゃどうやったって勝てないだろ」
「そこなんだよなぁ、おやっさんの右腕がなくなっちまった今じゃ同じ剣の扱いは無理だろうし、いくらエレメンタルマスターって言われるおやっさんでも全盛期に比べれば見劣りはするだろうしなぁ」
二人がそんな会話を続けているとカウンターからコーヒーができたと声が掛かった。ミラとファリック二人でコーヒーを受け取ると各自に配る。
「オイラはそのカルナックって人がどんな人なのか知らないから何とも言えないけど、とりあえず剣術と法術がものすごく強い人って認識でいいのかな?」
「そうだ、今は剣聖の称号をレイに譲って隠遁生活……いや、結構前から前線からは身を引いているけど間違いなく現在でも最強の称号はあの人のものだろうな。どうだレイ」
「あぁ、その認識で間違いないよ」
コーヒーを配り終わったファリックが席について一服したのちに質問をした。先にアデルが答え続いて伏せてるレイが答える。
「残念だけど、僕達じゃまだ先生の域に到達できてないんだよファリック。先のメリアタウン防衛戦だって先生が居れば一人であの機械仕掛けのガーディアンだっけ? あれを破壊してただろうね」
「すごいのねその人、でもそんな人の弟子なんでしょ貴方達」
代わる代わる質問を続ける自称未来人達、落ち着きを払っているのはミラ一人だった。伏せていたレイが一度伸びをして思いっきり上体を起こして背もたれに寄りかかる。
「弟子というか何というか、なぁ?」
「うん、僕とアデルは正確には弟子というより息子に近いのかもね」
二人の言っている意味が理解できないミトは首を傾げた。
「僕達二人は孤児なんだ、僕の故郷は帝国によって焼き払われてアデルは天涯孤独。どこ出身で親が誰なのかもわからない。まぁ僕もある意味じゃそうだけどね」
「ある意味?」
再び首を傾げた。だが今度はギズーとガズルも初耳の情報だったのだろうか顔を上げる。
「僕の故郷『ケルミナ』に帝国が進出してきた時さ、父さんの最後の言葉が「お前は私たちの子供じゃない」って告げられてね。んでメルの最後との言葉というか手紙というか――まぁ何にせよ僕とアデルは孤児なのさ」
「ごめんなさい、私――」
レイはきっと何の気なしに身の上話をしたのだろう、ミトが申し訳なさそうな顔をしてるのを見てそこでようやく場の空気に気づいた。慌てて話題を変えようとしたが思い浮かぶ話もなくワタワタと手を振って、深いため息をついた。
「まぁお前ら二人の身の上話聞いたところで今後の役に立つ話でもねぇがな、それより見てくれ」
目線を再び地図に落としたガズルが指を指しながら続きを話す。
「現在地はここ、以降東と南は砂漠で西は荒野、北には二千年前にできた巨大な亀裂。目的地であるカルナック家はこの亀裂の先だ、だがどうやってもこの亀裂を渡るなんてことはできん。何年か前までは先人達がかけた巨大な橋があったそうだけど今じゃ落ちてる。って事は砂漠を超えて亀裂の端から迂回するか、戻って帝国の詰め所があるもう一つの橋を渡るしかねぇ」
「砂漠越えかぁ、嫌な思い出しかないなぁ」
もう一度ため息をつくとカウンターから笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは。坊主、また行き倒れるか?」
「やめてくださいおやじさん、縁起でもない」
店主のガトーだ、一年前に砂漠越えを果たしたレイがこの町で行き倒れにも等しい到着の仕方をしたのを覚えている。それを思い出して笑っていた。
「んでだ、砂漠を超えるとなると結構な距離を歩くことになるんだがどうする?」
「それはもう仕方ないじゃないかな、直線距離なら近いんだけど僕もこの亀裂だけはどうにもできなかったし、その結果砂漠越えを強行して半場行き倒れ。方向音痴だったっていうのもあるんだけどね」
「やっぱり辛いところだなぁ、西大陸の蒸気機関ってのがこっちにもあればまた違うんだろうけどな」
ガズルとレイが地図を見ながら半場絶望する。当初の予定では亀裂の西側を回ってカルナック家へと行く予定だったのがまさかのグランレイク越えからの大砂漠越えである。
「無いもの強請りしても仕方ねぇぞお前ら、とりあえず携帯食料と大量の水持ってさっさと砂漠超えようぜ。シフトパーソルに砂が入って仕方ねぇ」
ギズーの言うことにも一理ある、ここで休憩しているのはあくまでもレイとアデルの回復が主であり、それがある程度済んででいるのであれば一刻も早く町を出るべきである。
理由としては二つ、一つは何時帝国が迫ってくるかもしれない状況であること、もう一つは夜になる前にある程度砂漠を進んでおきたいという所だろう。
「それもそうだな、俺はミトのおかげでかなり回復したけどレイはどうだ?」
「僕も何とか大丈夫かな、ただ連続戦闘みたいな場面だけは出くわしたく無いのが本音。と言っても砂漠に入っちゃえば危ない動物も帝国兵も居ないから後は単純な体力面かな」
アデルが懐から煙草を取り出して法術で火をつける。横目でそれを見ながらギズーも同じく煙草を取り出してアデルに火を求める、面倒臭そうに左手で指を鳴らすと摩擦熱を利用してわずかな火を作り出してそれを放る。アーチ状にゆっくりと落ちてくる火はギズーのくわえてる煙草の先端に当たると小さな音を立てて着火した。
「相変わらず器用な事するなお前は、いっその事曲芸師にでもなったらどうだ? 曲師アデルってな」
「馬鹿言うな」
ガズルが一連の作業を見てアデルを揶揄うと、煙草を咥えたまま両腕を頭の後ろへと回して背もたれにグッと寄りかかった。二人のやり取りを見てレイがほほ笑むと席を立つ。
「よし、そしたら準備して砂漠に入ろう。おやじさんお世話になりました」
「なぁに、いつでも戻ってきてくれ。お前らは俺達の希望なんだ。水はどれだけ必要だ? かき集めてくるぜ」
各自荷物を分担して担ぐと集合場所へと集まってきた。
町の入り口、つまり砂漠側へと各々集まりだすと彼らは町に一礼してから歩き始めた。見送るのは以前助けた町長の娘とガトー、そして数人の町人である。
「行ってしまいましたねガトーさん」
「あぁ、でもあいつらなら砂漠越えできるだろう。なんせあのカルナック・コンチェルトの弟子なんだからさ」
「そうですね、あの人も今では隠遁生活ですか。またお会いしたいものです」
「あぁ、きっといつかまた会えるさ。この町の英雄に」
カルナックが成し遂げた武勇伝にはいくつか記録に残されていないものもある。それがこの町ケープバレーでの武勇伝であった。遡ること十数年、まだこの娘が幼子だった頃にまでさかのぼる話である。だが、その話はまたいつか。
夕方前に町を出発した彼等は急ぎ足で砂漠を駆ける。ある程度行った先に小さな洞窟がある、まずはそこを目指すことになる。と言っても彼らの急ぎ足とは通常に大人でいえば全力疾走に近い移動速度程である、レイの風法術を応用した移動術である。
レイを最後尾に設置してそこから追い風を発生させ、またそれとは別に各々の空気抵抗をできる限り減らすことでこれだけの人数ではあるが移動速度を上げることに成功させる。発案はガズル。
そのおかげか、出発から三時間ほどで目的の岩場まで到達できた。日はとうに落ちて満点の星空が空に広がっている。日中とは打って変わって気温が大きく下がる砂漠地帯。ここで重要になってくるのがアデルの炎法術だった。持ち込んだ小さな薪を地面に並べるとアデルがすかさず着火させる。すぐに火が付くとその周りを取り囲むように彼らは座った。
「予想以上に早く着いたな、これなら明日の昼には砂漠超えられるかもな」