「いつか殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」

 そのころガズルはと言うと、まだ逃げていた。
 次から次へとケルヴィン兵達が追いかけてくる、それも筋肉の固まりから化け物に近い犬まで様々だ。かれこれ一時間は走りっぱなしだろう。

「何で俺ばっかりこんなにもくじ運が悪いんだよ!」

 必死で逃げるガズルの足が突然止まった、目の前に壁が立ちふさがる。右を見ても左を見て逃げられるようなスペースは無い。

「や、やべぇ」

 直ぐさま引き返そうと後ろを振り返った瞬間そこには隙間がないほどにケルヴィン兵達が押し寄せていた。次から次へと汚い言葉や聞き慣れない言葉が飛び交う、ガズルはほとんど泣きそうな顔をして覚悟を決める。

「もうやけくそだ!」

 その言葉と同時にガズルは目の前の兵隊達に飛びかかった、重力波の乱れ撃ちや連続蹴りなどで次から次へとなぎ払う。

「どけぇ!」

 無我夢中で走りながら見た事もない技を繰り出す、後ろを振り返らずにどんどんと突っ込んでいく。彼にしてみればもう技なんて固定された疑念にすがっている場合ではなかった。この攻撃の手をゆるめれば自分は殺されてしまうかも知れない。それだけが頭の中にはあった。

「うぅぅぅりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 気が付けば最後尾の方まで到達していた、そして最後の一人の頭を蹴り飛ばし首から上を吹き飛ばした。そしてそのまま逃げた。

「ふざけんじゃねぇって、いくら雑魚でも数が多すぎんだよ!」

 暫くそのまま走り続けた、どの位この城の中を走ったのかも忘れてしまうほど走った。だが不思議と息は切れてなかった。
 ふと、ガズルは不思議な事に気付く。

「おかしい、今までの調子なら次の追っ手がもうやってきても良いハズなんだけど。追ってこないという事はもう全滅って事かな?」

 密かにガッツポーズを取るガズル、だがその考えもすぐに否定される事になった。突然目の前の壁が爆発した。爆風が容赦なくガズルを捕らえる。

「へぇ、まだ子供なのね?」
「だ、誰だ!」

 壁の中から一人の女性が出てくる、鉄の杖を持った自分より大分身長が低い女性だった。鮮血のように真っ赤に染まった髪の毛は腰まで伸びており軍隊用の制服を着用している。

「私は“ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ”。貴方が先ほどこの城に攻め込んできた何とか軍って人間ね?」
「三番隊団長、やべぇかな?」
「答えなさい、何が目的なのです?」
「生憎おばさんに答えるギリはないね、もっと綺麗で美人な人をよこしてきたら話は――」

 突然ガズルの言葉が止まった、そしてすぐに後方へとバックステップをした。ガズルがいた場所にはシトラと名乗った女性が勢いよく杖を振りかぶって地面をたたき割った。

「へ?」
「坊や、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってご覧なさい?」
「……はい?」

 完全に怯えきったガズルは死の恐怖まで感じた、そして目の前のおぞましい光景に泣きそうになる。それはシトラの髪の毛が逆立ってガズルの事を睨んでいる。

「貴方に質問するは、私のこといくつに見える?」
「……三十」

 そう言った瞬間またガズルは後方の方へとバックステップをした、デジャヴを見ているかのような光景だった。

「……三十?」
「い、いえ! 二十二歳ぐらいに見えます! 俺は嘘は大嫌いな人間ですから間違い有りません!」

 ガズルは本気で怯えていた、目の前の女性の顔に笑顔が戻る、その顔を見てホッとした。ゆっくりと立ち上がる目の前の女性を見ながら少し涙目でガズルはズリズリと後ろの方へと下がっていく。それは彼が下がっているのではなく、無意識のうちに後退していた。

「あなた……」
「ひっ!」

 真っ黒な髪の毛が左右に揺れた、まるで今から人を殺すような目をガズルへと向ける。

「ねぇ……」
 ゆっくりとガズルの方へと近づいていく、ガズルは本気で殺されると思いこみ知らず知らずのうちにまた後方へと移動している。

「可愛い顔ね、良く見たら私好みじゃない!」
「へ、はぁ!?」
「それに帽子を取ったら結構格好いいかも知れないわね、ちょっと帽子取ってみてよ」
「え……何……ちょ……うわぁ!」

 逃げようと後ろを振り返ったとき強引に襟元を捕まれて帽子を脱がされた、帽子はいとも簡単に脱げてシトラの手のひらで踊る。ガズルの髪の毛を楽しそうに撫でながらキャイキャイとはしゃぐ。

「貴方の髪の毛良いニオイがするわね、気に入ったわ」
「き、気に入った? はぁ!?」
「うん、決めた。私をあなた達の仲間にしてくれない?」
「な、仲間って……何言ってんですか!」
「そのままよ、私部屋に戻って支度するから必ずここで待っててね!」

 ガズルはその場に尻餅をついた、痛そうに顔を歪めスキップをしながら遠くの方へ行くシトラを見た。

「逃げた方が身の安全だな、早くアデルに報告しねぇと」