『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

 売り言葉に買い言葉、巻き込まれたレイも苦笑いしながら目を細めた。その隣でアデルは笑顔で椅子に座っている、この男は退屈していた日々に久しぶりに面白そうなことが起きていると内心楽しんでいるようだった。

 その日の夜、ある程度の回収作業を終えた傭兵部隊は残りを翌日に回すことにした。撤去できた外装をあらかた回収しそれを郊外の小さな工場へと運び保管する。一仕事を終えた彼等は修復作業もそこそこの街へと戻り司令部に状況を説明して仕事を終えた。
 雨は完全に上がり街の明かりに火が灯る。酒場ではその日の出来事を話し合う傭兵や兵士達の声で賑わっている。中には商人の姿も所々混じっていた。
 そんな騒ぎの中郊外では黒ずくめの何者かが数をなして集まり始めていた。



 その日、要塞都市メリアタウンは怒涛の一日を送ることになった。始まりはミト達が突如としてレイ達の元に現れた事、そして謎の巨人の出現。これが一体何を意味するのか、はたまた何者かによる仕掛けられた罠なのか? それはこの時点では彼等の知るところではなかった。そしてこの日を境に世界情勢は一気に加速を始めることとなる。
 帝国側にも動きが有ったことを知るのは翌日、彼らがメリアタウンを旅立つ日となる。睨み合っている南部支部にもあの巨人の姿ははっきりと捉えられていた。それが何なのか、それは帝国もまた知るところではなかった。

 だが、歴史を振り返ると世界に異変が起きたのはこの日を境だったことは間違いない。レイ達率いるFOS軍、武力国家スティンツァ帝国、そしてケルヴィン領主軍に西の大軍。それぞれの勢力が次第に動き初め歴史は加速を始める。

 空から現れた三人の少年少女、ミト達は一体何者なのだろうか? ガズルの仮説通り未来から来たタイムトラベラーなのだろうか? 技術的にも難しいと言われている時空転移、二千年と言う未来で一体何があったのか? もしくはタグが偽造された何処かの刺客なのか?

 それは今はまだ分からない、しかし彼女たちが今後のFOS軍、あるいは世界に与える状況は紛れもなく多大であり歴史を変える起点であることは確かだった。だがそれを彼らが知るにはまだ先の話であり、現時点ではまだ誰も世界に異変が起こるなんて事は誰もが想像しえない事だろう。だがこれだけは明確にしておく、この日の出来事がレイ達FOS軍の運命を大きく分ける出来事なる。それはまた先の話。


 翌日、朝日が東の空から登りメリアタウンをゆっくりと照らし始めると街もゆっくりと動き始めた。煙突からは煙が出て家からは人々が伸びをしながら出てくる。司令部に常駐している人間も交代で緊急事態に備えているが一人を残して今は全員寝ている、主に商店街や商人達やギルドが今日の商売の為に準備を始める時間である。
 FOS軍の彼等もまだ眠っている時間だ、そんな中、彼等のアジトの屋上に一人の少女が立っていた。

「……」

 東の空から登る恒星を見て物思いに更けている、遠くを見つめてジッと一点だけを見つめているようだった。そんな彼女の後ろからレイがあくびをしながら登ってきた。

「あれ、ミトさん早いんですね」
「……おはようレイさん」
「おはよう、レイで良いって」
「分かった、おはようレイ……。それなら私の事もミトでいいわよ」

 少し強めの風が吹いている、腰まで長いミトの髪の毛がその風に遊ばれている。ふわふわと靡く髪の毛を右手で押さえて振り向きレイを見た。二人は簡単な会話をして互いに微笑む。

「昨日あんなことがあったのに街はそれまで通りに動くんだ、凄いよね」
「そうね、私はこの街二日目だから普段がどうなのか分からないけど」
「朝はいつもこんな感じだよ、ゆっくりと歯車が動いて全体にその動きが伝わる様な。そんな感じ」

 レイもミトの傍へやってくるとフェンスに両手を掛けて寄りかかる。彼は眼下に広がる巨大な街を見下ろして人々が動き始めるのを見てもう一度微笑む。

「ごめんなさい、私達の所為で滅茶苦茶になっちゃって」
「うん?」

 ミトもまたそのフェンスに寄りかかって街の西側を見た、レイが振り返り同じ方向を見るとそこには巨人によって壊された城壁の一部が見えた。

「大丈夫、城壁が壊れるなんてこれが初めてじゃないんだ。この街の職人の力とスピードを侮っちゃいけないよ。だから気にしないで。むしろ海上商業組合(ギルド)は大喜びじゃないかな?」
「何で?」
「石材とかが売れるから」

 その後二人の間に少しだけの沈黙が出来たが、それは直ぐに笑い声に変わった。最初にミトが小声で笑った後つられてレイも同じように笑う。

「何よそれ、おっかしいの」
「真実だもん仕方ないよ、事実この戦争で一番潤ってるのは間違いなく海上商業組合(ギルド)なんだから。この間新しい帆船を購入したなんて噂も聞いた位だしね」

 二人は静かに動き出した街の中で楽しく笑っていた、まるで昨日の事が嘘だったかのように楽しい会話が続いている。レイなりの配慮なのだろう。それに気づいているミトは笑い終えた後呼吸を整えてからお礼を言う。

「有難うレイ、少しだけ元気になった」



「……うん、それならよかった」




 アジトの屋上で二人がそんな会話をしている中、司令本部の通信装置へと引切り無しに伝達が入っていた。ほんの少しだけ席を外していた空の本部の中で通信装置は大きな独り言のように指令室に声がこだましていた。

「”……誰もいないのか! こんな一大事に何で誰も応答しないんだ!”」

 男の声だ、外を巡回している兵隊の声だった。焦っているようにも聞こえるその声から緊急事態が伝えられる。

「”大変なんだ、巨人の姿がどこにもない!”」

 事態が動くにはあまりのも早く、彼等を巻き込み歴史は加速を始めていた。

 いつもの静かな朝を迎えるはずだったメリアタウンに衝撃が走った。
昨日大暴れした巨人が忽然と姿を消していたのだ、跡形もなく。確かに昨夜までそこにあったはずの巨大な物体が忽然と姿を消していた。
 最初の入電から一時間後、街中に張り巡らされている通信機器から警報が発せられ傭兵部隊及び民間兵達は一斉に郊外の戦闘跡地へと集められた。レイとミトもまたその放送を聞きつけて現場へと急いでいた。

 街全体が夢を見ていたかのように突如として姿を消した巨人、巨大な物体が倒れた後も、木々をなぎ倒した後もそこには生々しく残されている。しかし巨人の姿だけが見当たらない。

「放送を聞いてこちらへときました、状況は?」

 息を切らして走ってきたレイが傭兵部隊の一人に語り掛ける、ざわついた中レイの声を聞き取った一人が振り向き状況を知らせる。

「レイ君……いや、まだ何も分かってない。状況がさっぱりなんだ、昨夜までここにあった巨人の姿が消えた」
「消えるって、機能は完全に停止したはずよ? それにアレが仮に動き出したとしても地響きと振動で分かる、誰かソレを聞いたりしたのかしら?」

 まだ混乱している現場にミトの声が一際通り抜けた、男達のざわめきに対して幼い女性の声は他の声よりも程よく通っていた。ミトのいう通りあれほどの質量を持った巨人、動き出せばそれなりの振動と音が出るはず。
 しかし夜中にそんな音は一切していなかった。確かに街中からここまではそれなりに距離もあるが巨人が出現した時の事を思い出し、中央区位までならその起動音と地鳴りにも似た音は確実に聞こえているだろう。
 ましてや郊外に近い住宅地区がある、もし動き出していれば住民が騒ぎを立てるだろう。

「とりあえず現場を見てみます、レナードさんもそちらに?」
「あぁ、司令官なら一番前で現場分析をしてるよ。おーい、剣聖が来たぞ。道を開けてくれ!」

 大声で前方を塞いでいる傭兵及び民間兵に呼び掛ける、するとざわつきが一瞬だけ静かになり皆が振り返ってレイを注目した、するとレイの前に一本の道が出来始めた。
 一歩横にずれる男達の中央は花道にもふさわしい一本道が出来る。レイは少しだけ顔を引きつらせて慣れない様子でその道を歩き始める。

「すごいね、レイって本当にみんなに慕われてるのね」
「剣聖の名前が独り歩きしてるだけだよ、僕はこういうの全く慣れない」

 開かれた一本道を歩きながらミトが後ろからレイを茶化す、だが考えてみれば剣聖の二つ名はそれほどの影響力を持っているのは確実であった。

 その道を極めし最高の剣士、それが剣聖。
 カルナックより引き継いだ時もレイは遠慮していたが何より前剣聖(カルナック)による直接的な称号の引き継ぎである。
 最高の剣士に認められた彼もまたその名にふさわしい強さを秘めているのは誰よりもカルナック本人が一番良く理解していた。そう、あのアデルを差し置いて。

 男の花道を進むとその先にはレナードと呼ばれた司令部の統括役が数人の部下を連れて現場を見ていた。レナードもまた後ろの異変に気付き振り返る。

「おはよう剣聖、異常事態だ」
「剣聖はやめてくださいレナードさん、僕には荷が重すぎます」
「はっはっは、それは失敬。では改めてレイ君、コレをどう見る?」

 レナードは右手を伸ばしてレイに差し出す、それを手に取り握手をしてからレイも会釈をしながら現場へと入った。彼の目に映ったのは確かに昨夜までそこにあっただろう巨人が作った凹み、今はどこにも見当たらない。
 地面は昨日の雨でぬかるんでいて周りにはいくつもの足跡が残されている。これは傭兵部隊が巨人を解体作業をする時にできた足跡だろう。

「この足跡は傭兵部隊の物だと思う、まだ全体を見ていないので何とも分からんがな」
「レナードさんはこの状況どう思いますか?」
「わからん――だがあんな巨大な物が再び動き出せば音と振動で分かるだろう。しかしそんな報告は一切受けていない。私の部下が居住区へと聞き込みを行っているが口をそろえて『静かな夜だった』だそうだ」
「僕もアジトに居ましたがそれらしい音や振動は感知していません、アレが勝手に動いたという考えは僕にもできません。もしかしたら――」

 彼らが居るのは倒れた巨人の足元、そこから辺りを探るようにレイとミトは歩き始める。レナードもまた彼らの後をついて動き出した。その際工場へ格納した巨人の外装パーツがきちんと残っているかを部下に調べるよう命令して。

「皆も周囲を捜索しろ、何か異変に気付いた者は通信機で知らせる事。散開!」

 レナードの一声で傭兵部隊と民間兵は一斉に散らばった、駆け足をする者や歩く者。様々だがそれに関してレナードは特に気に留める様子は無かった。部下の一人が若干眉間に皺を寄せているようだが。
 ここでレナードの通信機に反応があった、居住区を調べていた部下からの伝達である。昨夜に異音を聞いた人間はやはり一人もいなかったらしい。それを聞いたレナードは居住区以外の区域を調べる様に伝達してレイ達の後を追う。

「どう思うレイ君、あんな巨大な物一夜にして動かせるものかね?」
「人力では難しいでしょう、しかも音もなく街からこんなに近い場所でそんなことが出来るのであれば……何か仕掛けがあると思うんです」
「なるほど、ではその何かとは?」
「それが分かったら苦労しませんよレナードさん」

 二人がそんな話をしながら歩いて巨人の腰の部分が横たわっていたところまで来た、周りにはやはり幾つ物足跡が残されているがこれが傭兵部隊の物なのか、はたまた別の物なのかは区別が一切つかない。昨日の雨さえなければこんな事には成らなかっただろうが……そんなことを考えても仕方がない。
 周囲を見渡しても同じような足跡が無数に残されているだけ、レイはため息を一つ付いてレナードに提案する。

「通信機を一つ貸してください、僕が上から見下ろしてみます」
「見下ろす? どうやって?」

 レナードは突然の提案に疑問を呈した、通信機を一つ借りたレイは笑顔で地面の感触を確かめてからゆっくりと腰を落とす。そして。

「こうやって」

 足元に風の法術を練り上げ一気に放出させた、するとレイの体はバネの様に上空へと押し出されて飛んだ。一瞬で飛び上がったレイを見上げるレナードとミト、その部下達は空を見上げて徐々に小さくなるレイの姿をとらえた。

「結構高く飛ぶんですねレイって、ミラ以上だわ」
「剣聖たる由縁……か、全くあの子は」

 ミトとレナードはそれぞれ独り言のように呟き、それが互いの耳に入って顔を見合わす。あまりの出来事に二人は思わず笑ってしまった。常識離れしたレイの身体能力もそうだが、とっさに風を使って上空へと舞い上がる彼の姿が滑稽だったのだ。

「さてっと――」

 上空に来たレイはすぐさま辺りを見渡す、最初にメリアタウンを見下ろし昨日と何ら変わらないことを確認する。次に巨人が倒れていた場所へと目線を動かして観察する、地面では見えていた足跡はこの距離になると小さすぎてレイの目には映らない、その代り巨人が地面に倒れた後は綺麗に残っている。いや、そこで彼は異変に気付いた。

「あれは~……」

 レイが目にしたのは森の方へと続く細い線だった、ゆっくりと下降しながらその線を追って森へと目を向ける。しかしこの季節の森は緑に覆われていて地面は見えない。耳元の無線機にスイッチを入れてレナードへと伝達を行う。

「レナードさん、森の方へと続く何か線みたいなのが見えました。そちらでも確認できますか?」
「”線? 分かった、確認してみよう”」

 地表では連絡を受けたレナードが森へと顔を向ける、この場所からは確認できないため森の方へと歩き出した。それに続いてミトと部下の一人が続く。抜かるんだ地面が彼らの足に絡みついて中々思う様に進むことが出来ずにいる。

「歩きにくいわね」
「お嬢さんは泥道が苦手かね?」
「好む人はいないんじゃないかしら? ましてや女性ではね」

 靴に泥水が入り足には嫌な感触が残る。そんなぬかるんだ道を歩く度に泥が靴に跳ねてくる、それがとても不快に感じているミトにレナードが茶化す。それを笑顔でいなした。
 レナードもまた自分で言った冗談が世間一般で考えれば確かにその通りだと改め、苦笑いをしながら返された言葉に同意した。

 しばらく歩いた先に森への入り口がある。
 少し手前から太い線の様なものが無数に森へと抜けているのが分かる。起点はおそらく巨人の肩の部分だろう、そこには無数の線と大量の足跡が残されている。この足跡はメリアタウンに駐在している傭兵及び民間兵、ギルドの物ともまた別の足跡だと分かった。
 彼等はギルドから支給されている防具や衣類を身に着けている。これは識別を容易にするためでもある。数乱れる戦場において敵陣との区別を図るためだ、もちろん先に話したタグもあるのだがそれはあくまでも身元を確認するための装飾品であり、全体の大まかな区別をつけるには外見の統一が簡単だった。
 逆手を取って同じような外見にし、内部へと潜り込ませることも出来るだろうが……ことメリアタウンではそれは通用しない。この街を出入りするに必要な通行アイテムがある。兵士は各々が付けている腕輪に施された法術が検問を通す。これを付けていないと検問で引っかかるシステムとなっている。考案者はガズルである。

「何の線だろうかこれは、彼の言う通り森の中へと続いているようだが」

 レナードはしゃがんでその線を見る、長く続いている線はぬかるんだ地面に深くめり込んでいるようにも見える。そこに空から滑空してきたレイがゆっくりと地面に着地する、着地の寸前足元に法術で風を作り出して落下時の衝撃を和らげている。そのまま落下してきても良かったのだろうが地面の状態を考慮しての判断だろう。

「空から確認できたのでかなり太い線だと思いましたが、予想通り太い線ですね。車輪の後みたいだ」
「車輪……そうか、何者かが台車を使って巨人の体を運んだのか」
「結論は早いですよレナードさん、あれほど巨大な物体をそんじょそこらの台車なんかじゃ運べませんよ。それに――」

 そこまで言うとレイはもう一度辺りを見渡した、無数に存在する足跡を見て眉を顰める。言葉には表しにくいが何か違和感を感じているようにも見える。

「とりあえずガズルに見てもらいましょう、アイツの頭なら何か分かるかも知れません」